〔84〕

自由。誰もがそう有りたいと願う、誰もがそう有って欲しいと願う事。それでもそれを選択するのは、決めるのは自身の心ひとつ。
それぞれが貫き通さなければならない想いを抱えた戦いのうちの一つ、ルフィとベラミーの戦いに、決着がついたあと。

ベラミーが逃げない事をわかりながらも、それを利用したドフラミンゴへのルフィの怒りは収まる事はなかった。息を切らしながら、笑みを浮かべているドフラミンゴへと拳を向けた。
互いの能力がぶつかる。しばしの攻撃の応酬……ドフラミンゴの荒浪白糸により後方へと飛ばされたルフィの着地点。ぬるっと足下がすべり、ルフィは思わず声をあげ視線を向ける。そしてすぐにその顔色は変わった。
「え!?……あ!!!おい!!!」
足元に出来ていた血溜まり。そこに横たわるローの姿をルフィは捉え、すぐにその伏したままの体を起こす。
「トラ男!!!何だこの血の量……!腕はどうした!?おい、しっかりしろ!!……!!っ、リイムは!!?」
そうだ、リイムがいたはずだ……ルフィは辺りを見渡す。砂煙の先に、同じ様に倒れているリイムの姿が薄っすらと浮かび上がる。視線をローとリイムと交互に移すも、ローは動かないまま、そしてただ青白い顔で横たわるリイムの姿が鮮明になっていくだけだった。
「トラ男……リイム!?」
「死んでるよ……!見りゃわかるだろ!?」
「ウソだ……!!!」
「ローはずいぶんお前を信頼してる様だった……お前、奇跡を見せてくれるんだって……?“麦わら”」
煽り立てるような物言い。怒りを抑えられないルフィの背後に薄気味悪い笑みを浮かべるドフラミンゴとトレーボルが迫る。
「フッフッフ!!戦っても強そうには感じなかったが……さァ来い、二人いるぞ……ゲームを、終わらせよう」
「よくもお前ら!!!」
ルフィが顔をあげた。その瞬間。――よく聞け……“麦わら屋”……!!!――死んだはずのローの声と、そして更なる混乱へと動き出したドレスローザの悲鳴はルフィへと届いた。
「みんな死ぬ!!遅かれ早かれな!……あぁ悪い、ゲーム、の趣向が変わった事を知らせてなかった………!」
「ゲーム!?何だ今更っ!」
「まぁ聞けよ、町を囲む“鳥カゴ”は今、少しずつ収縮しているんだ……」
「!?」
「まるでゆっくりと傘を閉じる様に……やがてこの国の全てを切り刻むだろう……!時間にして約、1時間ってとこか」
ドフラミンゴの言葉にルフィは空を見上げる。中心へと少しずつ動き出し、触れるものを切る“鳥カゴ”。
町の隅から中心街へと逃げ惑う人々、救出、救助へと向かう海軍。ルフィの勝利を祈る仲間達……しかしドフラミンゴの笑い声は王宮に響き渡る。
「フッフッフ……誰も助ける気はない!!国の秘密を知った者達を生かしておくメリットがどこにある……!!!町も人も動物も……!お前の仲間達も、お前も全てだ!!!フッフッフ」
歯を食いしばるルフィの怒りは爆発寸前。ドフラミンゴはこの国の全てを消す、その余裕からか……まだ口を閉じる事なく続けた。
「つまりお前の友人達は一足先に、死んだだけ……!!なァ“麦わら屋”……そう呼ばれてたっけな……ドレスローザは今日、消えてなくなる。なに、心配には及ばねェ、国はまた創る」
「ミンゴ!!お前をブッ飛ばせば済む話だろうが!!!“ゴムゴムの”ォ!!!」
「フフフッ!!!それができねェって話をしたつもりだったが」



「“シャンブルズ”」



ドフラミンゴへと向けて握り締めた拳を向け走るルフィ。その背後に潜んでいたロー。二人は瞬時に入れ替わり、ローは一気にドフラミンゴの目の前へと飛び出した。
「ロー!!!」
「消えるのはお前だ、ドフラミンゴ!!!」
死んだはずの、自身の手で何発もの銃弾を撃ち込んだはずのローが現れ、予期せぬ事態に声を上げるドフラミンゴ。
もうこれが最後で最大の……この一撃を狙っていたローに、位置が入れ替わり地面へと落ちたルフィがいけ!!と声をかける。
「この“オペ”はお前を体内から破壊する……“ガンマナイフ”!!!」
構えていた能力を手にローは飛び込んだ。全身全霊を込めたその光はドフラミンゴの胸に突き刺さる。ローの攻撃は確実に、ドフラミンゴの体内にダメージを与えた。その証拠に血を吐き痛みに声を上げるドフラミンゴがいた。
「ロォ〜〜〜!!なぜ生きてるてめェ〜〜〜!!!なぜROOMもねェのに“オペオペ”の攻撃を!!?」
慌てふためいて状況を理解出来ずにいたのはトレーボルだった。目の前で今にも崩れ落ちそうなドフラミンゴに、生きているロー。
「多少命を削るが……目の届かねェ程の大きなROOMをずっと張り続けてた……!!!」
「ん何を〜〜〜〜!?」
「……この瞬間、この一撃の為に!!!」
ドフラミンゴに銃で撃たれた一発は、急所を外れていた。ローはシャンブルズで王宮付近の身代りと入れ替わり、あの時、死んだと思わせ……体内ならば誰も防御できないと、“ガンマナイフ”であれば、さすがのドフラミンゴも耐えきれない……ローはそれを、狙っていた。
怒れるルフィに振り向くなと伝え、そして届いた一撃。膝をつき、ついに崩れ落ちたドフラミンゴにトレーボルが叫ぶ。
「ドフィ!!王たる者これ以上ヒザをつくなァ〜〜〜!!!」
「……やって、くれたな……ゲホ」
ドフラミンゴもこのままやられまいと、ローの頭を右手でがっしりと掴む。不意に受けたダメージに再び沸き上がる感情……ドフラミンゴは血を吐きながらローの名前を叫んだ。
「ロォー!!!!!」
「“ゴムゴムの”!!“JETスタンプ”!!!」
おれを殺してもお前はもう……そう覚っていたローだったが間一髪でルフィーの蹴りがドフラミンゴに命中し、お互いに吹き飛ぶ。その直前、ふとローの脳裏をよぎった顔。
「ドフィ〜〜〜〜!!!」
「にゃろ!!」
「待て、麦わら屋!!」
あの時、13年前、宝箱を閉じる間際のぐちゃぐちゃの、とびきりの笑顔。そんなコラさんの笑顔の後に浮かんだ、もう一人の姿にローはぎりりと唇を噛み締める。未だに起き上がらないままであろうその人物を一瞬探すも、ドフラミンゴへ向かおうとするルフィにそれをやめた。
「ハァ……あいつは、あいつだけは……!!!」
「おい!!動けんのか!?」
もう限界を超えているローの体。腕一本でどうにかドフラミンゴへと近付く姿にルフィも立ち止まる。そうしてどうにかドフラミンゴの近くへと辿り着くと、覚束ない足取りでどうにか倒れたままの男の側に立った。
「ROOM……ドフラミンゴ、お前は……もう助からねェ。“ガンマナイフ”は外傷なく内臓を破壊する……医者が言うんだ、間違いない」
そう話すロー、そしてそれを裏付けるかのように未だ倒れたままのドフラミンゴに、それまで動かずにいたトレーボルがローに向けて声を荒らげた。
「ロ〜〜〜!!!おのれドフィに何をしたァ〜〜〜!!!」
怒りで飛び出したトレーボルだったが、それはすぐにルフィによって止められる。伸びた足が腹部に当たり、そのまま瓦礫へと飛ばされた。
「邪魔すんな!!……」

トレーボルを一喝したルフィは、そのままローとドフラミンゴを見つめた。完全な止血が出来ていないローの腕からは血が滴り落ちる。
「てめェに都合のいい集団をお前は家族と呼び!お前の暴走を止めようとした実の弟コラさんを射殺した」
「……ああ、裏切られ……残念だった……おれに銃口を向けるとは」
「コラさんが引鉄を引かない事をお前は知っていた……」
「フフ」
「おれなら、引けた」
ローはROOMを展開したまま、残された左腕の指先に力を集中させる。バチッ、バチリと次第に力は溜められていく。
「……!!フッフッフ!!だろうな……ゲホ!!お前は……おれと同類だ」
「……ああ、それで結構だ。あの日……死ぬべきなのはお前だった!!!」
その思いとは裏腹に、なお生き続けるその人物をローは見下ろす。これが現実だった、でもそれは今日で全て……終わるのだと。しかし、ドフラミンゴの発した言葉にローの気持ちは爆発する。
「……お前の聞きてェセリフを言ってやろうか、ロー……おれにとってコラソンは足手まといで目障りだった……!!あの日、ブチ殺してせいせい…」
「“カウンターショック”!!!」
「ウグ!!!」
「くたばれ悪魔野郎!!!」

むき出しの感情と共に再びドフラミンゴへと浴びせるローの攻撃。13年の全てが込められた、これが本当に最後の、一撃だった。ルフィもそれを、しっかりと見ていた。
トレーボルの悲鳴の様な叫び声が響く中、ローはゆっくりと地面へと倒れる。これ以上はもう、動けない。でも……ローは息を切らしながら目を閉じた。――コラさん、これでやっと…………あぁ――

しかし、すぐに場の空気が変わった。とっさに重いまぶたをあけたローが目にしたのは、立ち上がるドフラミンゴの姿だった。少しずつ近付いてくるその姿。
今度こそ息の根を……理解できない、もう、立ち上がることすら出来ないはずなのに、どうして……声にならない声。ルフィも目を見開きドフラミンゴを見据えた。
その後ろで形勢逆転、これが当たり前、世の摂理だと言わんばかりに、歓喜の声を上げたトレーボル。
「さすがだ!我らが王!!」
「時間さえくれりゃあ……おれは自分で応急処置できる……!!おれの体内では今“糸”による内臓の『修復作業』が進んでいる」
「……!?何だと!?」
「リイムにも散々言ったが、悪魔の実の能力は使いようだからな……“回復”とは少し違うがな……仲良く自爆ご苦労!!息の根くらい止めてやるよ!!!」

「くそォ!!!」

起き上がれないローの横で立ち止まったドフラミンゴ。思い切り上げられた足はそのままローの頭へと向けて振り下ろされる。顔先へと近付いたその足を、それまでを見ていたルフィが同じく足でしっかりと受け止めた。
ローはそのまま動く事も出来ず、顔を手で覆ったまま小さく、くそォ……と、こぼす。
「なぜ止める……ローの頭を……砕き割ろうとしただけだ!!!」
再びローへ向けて足を振り下ろそうとしたドフラミンゴに、ルフィが応戦する。足と足が触れたその瞬間、お互いの覇気がぶつかり合った。バリバリと音を立て、地響きをともなったその衝撃はドレスローザ中に広がる。“覇王色”の衝突だった。
「んな〜〜〜!!“覇王色”の衝突〜〜〜!?奴もそうなのかァ〜〜〜!!?」
「……!?……っ!!!」
ローの声を、やり取りを、微かな意識の中ですくいあげていた。聞き間違いかも、気のせいかもしれない、でも、呼ばれたような……そして覇王色のぶつかり合いで半ば叩き起こさるような形となり、吹き飛ばされたリイムだったが、完璧ではないものの反射的に受け身を取る。
わずかに遅れて認識した傷の痛みと映し出される目の前の景色は、もう目を閉じる事は許されないほどに鮮烈……覇王色の覇気が一帯を包む中でリイムは歯を食いしばり、凍雨を支えにその場に立ち上がった。



生きるよすが

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