〔81〕

いくつかに分断された体を重ね、元には戻れずに地面にずるりと滑る。そんな事を何度か繰り返しているトレーボルの姿をリイムは瓦礫の影から見張っていた。
ルフィはといえばつい今しがた偽のドフラミンゴによって王宮の下層部へとベラミーと共に落ちてしまいリイムからは姿が見えない。4段目、最上階にはドフラミンゴとトレーボル、ロー。そして気配を消したままのリイム。
しかし、ここまで気を張って気配を消し続けるのにも限界があった。呼吸と共に訪れる傷口の痛み。いっその事忘れて動いてしまったほうがどれだけ楽だろうか、リイムはそう思いながらある事を決めていた。
ローのピンチもそうだがトレーボルの切断面が接合してしまったら。数分の間は接合出来ないとローが言っていたのをリイムは記憶している。数分……その時はもう近いだろう、そしてそれはローにとっても不利にしかならない。だとすればその前になすべき事はひとつしか、なかった。

「お前からだロー……!!!処刑を始めようか……」
「べっへっへ!!んね〜〜〜!!」
「腑に落ちねェ事がある」
そうローは言葉をこぼす。リイムもそれが何であるか気になり続く言葉に耳を傾けた。ローはゆっくりと息を吐き出すと目の前のドフラミンゴに向かって静かに問う。
「マリージョアから堕ちた元天竜人のお前に何故まだ権力がある……!お前は今朝、“CP0”を動かした!」
「フフフ……そんな事、死ぬのに知りてェのか……?」
確かに、とリイムも思う。いくら元天竜人とはいえ……その性質からして奴ら、天竜人はドフラミンゴにいい感情を抱いていないはずだと。しかし、ドフラミンゴは何かと内情を知っているような節があった。それが王宮で告げられたあの事……海軍にとってのウェザウェザの実という存在について……リイムはもしかするとドフラミンゴはCP0をいとも容易く動かせる何かを知っているのでは?と結論付ける。
「おれが“聖地マリージョア”内部にある重大な“国宝”の事を知っているからだ!!それは存在自体が世界を揺るがす。あいつらにとっておれは最悪のカードを持った脱走者。殺そうにも死なねェおれに天竜人達は……実に協力的になった」
「……マリージョアの国宝……?」
「あァ、さらにお前の“オペオペの実”の能力があの日、」
「……!」
ああ、まただとリイムはローを見つめる。僅かにだが、あの日という言葉に反応したように見えたのだ。時折見せるその表情にリイムの胸はギリギリと痛む。今すぐにでも、そばへ行きたい。沸々と沸き上がる思いを今は抑えなければと、リイムは唇をきつく噛んだ。
「おれの手中に入っていたら……マリージョアの国宝を利用しおれは世界の実権さえも握れていた!!」
「……!?」
「それほど利用価値のある能力なんだ!!“人格の移植手術”も然り、もう一つ……お前は知ってるのか?“オペオペの実”は才気ある者が使用すれば……古来の人類の夢さえも叶う、“究極の悪魔の実”と呼ぶ者も少なくない」
「……!ああ、知ってるさ。おれは興味ねェがな……!!この能力の最上の業は……人に“永遠の命”を与える“不老手術”!!だがそれをやれば能力者当人は命を失う」

……そんな事が、あっていいのか。思いもしなかったローの能力にリイムは息を詰まらせ、不覚にも手にしていた凍雨を地面に落としてしまう。
カタン、という何気ない音は騒がしいドレスローザの王宮最上階での一瞬の静寂に小さく響く。ピクリ、一瞬ドフラミンゴの口元が引きつったように、何かに気付いたようなそんな表情になるのをリイムは見た。
しまった、気付かれたかもしれないし何とも間が悪い。リイムは冷や汗すら落とさぬようより一層気を張る。しかしドフラミンゴはといえばその音がまるで合図であったかのように上空へと飛んだ。そしてローもすぐに刀を構える。
「……フフッ、そうさ!お前に食わせる気はなかった!!恩を仇で返しやがって!」
ギィィン!!と、ドフラミンゴの攻撃を刀で受ける音がリイムの脳に届く。ドフラミンゴの意識はローへと向かった。これがリイムの待っていたチャンス、だった。
先ほどの行動、ローが切断したトレーボルにとどめを刺そうとした時。手にかけようとするローに対して怒りをぶつけるかのような速さと、気迫、表情。ドフラミンゴは恐らくファミリーに対しては絶対的な何かを持っているのだと、そうリイムの目には映っていた。
だから、今ドフラミンゴの気がローへと全力で注がれている今がトレーボルを討つチャンスだとリイムは踏んだのだ。再びくっつこうともがき始めたトレーボルに向けてリイムは刀を真っ直ぐに構える。
「ディアマンテの剣術!ラオGの体術!グラディウスの砲術!お前に先頭の全てを叩き込んだのはおれ達だ!!」
「……ああ!そして今があるのはコラさんのお陰……感謝してるよ。この力でお前らを討ち取れる!!!」

ローとドフラミンゴの激しい攻防。それを見上げるトレーボルはまだ接合出来ないかと繰り返し試していた。ローがドフラミンゴに対してROOMを展開した瞬間、トレーボルの発した声がドフラミンゴと、そしてローの意識を一瞬にしてそこへと引き寄せた。
「はっ、鼻水出るわ〜〜〜〜!!!」
「“雷鳴……飄風”!!」
「……っ、リイム!」
「おいおい、リイム……やってくれるじゃねェか!」
間一髪でリイムの斬撃を避けるもトレーボルがリイムへと向け放った鼻水は見事に真っ二つに斬れる。すかさずリイムはトレーボルへと詰め寄る。
ドフラミンゴは身を反転させトレーボルへと向かおうとするもそれをローが許さない。この状況にドフラミンゴはニヤリと口元を歪めた。
「フッフッフ、成程な。大方ローのピンチに助けにでも現れるかと思っていたが……まさかお前が人質を取る側とはな!!」
「やっぱり、気付いてたんじゃない……舐められたものね」
「“音”がするまでは半信半疑だったがな」
ローの攻撃を避けながら、ドフラミンゴは笑みを浮かべる。リイムはその声に表情を曇らせながらもトレーボルへと刀を振り下ろす。しかしリイムが捉えたかと思ったそれは粘着性の鼻水。ねっとりと糸を引くそれにリイムはチッと舌を鳴らした。

ローは一瞬横目でリイムを視界へと入れる。決して良いとは言えない顔色をしたリイムに複雑な思いを抱く。何か気持ちが悪い。ほんの数ミリ単位で合わないパズルのような違和感。彼女は、ドフラミンゴへの、そしてコラさんへの決意を見抜いているのかもしれない、と。
そうでなければ……今までのリイムならば真っ先におれの隣で、共にドフラミンゴを倒す事に注力するはずだろう、と。
ドフラミンゴとの会話の内容からしても今ここへと来たのではなく、しばらく身を隠していたと思われる。そして最初からここへ一緒には来なかった、わざわざROOMから抜け出したその行動も、今までのリイムの戦い方とは何か違う。そんな印象をローは受けていた。
「んねェ〜〜〜!!!ドフィにやられたケガはもう治ったの〜?ね〜ね〜〜??」
「……おかげさまで」
「んじゃぁ〜遠慮なく〜〜!!」
「そう簡単に私がやられると思うの!?」
張り上げられたリイムの声がローには自分へと向けられた言葉のように思えた。この隙にドフラミンゴを止めろとでも言いたいのか。だが確かに、今はそうするのが最善かもしれない、と目の前の男へとローは意識を集中させた。
「……モンキー・D・ルフィをどう思ってる!?」
「!?」
「おれは今日初めて……お前が“天竜人”だと知った……“D”をどう思ってる!?」

リイムは鼻水が厄介だと、トレーボルの頭部に狙いを定める。しかしその間に他の部分が接合されているとは思いもしなかった、いや、そこまで考える余裕がリイムにはなく、気付けば足下が粘着性のもので覆われてしまっていた。
「お前には関係ない!!“麦わらのルフィ”はじゃあ……運命に導かれて……!!“神”の血を引くおれの首を取りに来たってのか!?バカバカしい!!!」
“D”という言葉に反応したドフラミンゴはローの刀を武装色で硬化させた手で押さえ、そのままローを引き寄せると至近距離から攻撃を仕掛ける。その攻撃を同じく硬化した腕で一瞬ガードしたローはコラソンの、“ある土地ではDの一族を神の天敵と呼ぶ者達がいる”という言葉を思い出しながら小さく、呟いた。
「……おれも“D”だ」
リイムは瞬時に足下から視線をローへと向けた。ローが“D”の血を引いている……成程、だからか……フワリと笑みを浮かべたリイムは視線を戻すと迫るトレーボルの上半身と対峙する。
「べへへへ〜〜!何笑ってるんだー?これでもう動けないよねェ〜〜〜!」
「……私が何の能力者だか、忘れた?」
「!?」
今まで能力を使わなかったのは、使えなかったのはこの時のためだとリイムは言い聞かせる。ドレスローザまでの道中で得た知識、自身に使いこなす事が出来るかという不安から実戦には到ってないそれを今使わずしていつ使うのだとリイムは痛む体を奮い立たせ、集中すると小さく呟いた。
「インスタント・ミラージュリーパー」
「……!!??んねェ〜〜〜!?」
「っ、使えた……自信なかったけど、ナミに感謝しなきゃ」
「んなァ〜〜〜〜!!??」
トレーボルの目の前に立つ、足を固定されたまま動けないリイムをトレーボルの杖がすり抜けるとその体はゆらりと歪み消えた。そしてトレーボルの背後に立つリイムはしっかりと刀を構え、ニッと歯を見せて笑みを浮かべる。
それに気付いたドフラミンゴはローを思い切り壁ごと斬り付け、ローはそのまま後方へ弾き飛ばされる。そしてドフラミンゴから放たれた糸はリイムへと迫っていた。




五里霧中

「やめーーーー!!ドフィ〜〜〜!!!」
「お前も誰かに似て悪知恵は回るようだが……調子に乗りすぎだ、リイム」

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