〔80〕

ドフラミンゴの手から生み出される無数の糸が徐々に人の形を成していく。ただの人形だと見過ごす訳にはいかない程の力がある事を、あの狭い井戸の中で体感していたリイム。開けたこの広い王宮の最上階ではその力は未知数、脅威でしかなく、今が出て行くべきであるのか否かリイムは悩み続けていた。
「“影騎糸”!!!」
「!?また分身を」
「……じゃおれが、本物の方だ!!!」
ローに襲い掛かった分身のドフラミンゴを見たルフィはそれならばと本物の、ソファに今だに堂々と座ったままのドフラミンゴへと駆けて行く。だがすぐにそれを阻止したのは、倒れ込んでいたはずのベラミーだった。
ベラミーの攻撃を間一髪で避ける3ルフィは、つい先刻に謝ってベラミーの顔面を蹴ってしまった事が原因かと謝ろうとするが、ローの言葉にすかさずドフラミンゴを視界へと入れた。
「麦わら屋、そいつは操られている!」
「…………!!!」
「すま゛ねェ“麦わら”……!!おれを゛……止め゛でクレ……!!」
ルフィとベラミーの向こうに見えるドフラミンゴ。本当に人の心理を揺さぶるのが上手いし、そしてルフィはそういった作戦には滅法弱い、とリイムは無意識に歯にギシリと力を込める。
これでは圧倒的に不利。そう思っていればさらにリイムの頭を悩ませる言葉がルフィの口から発せられた。
「どういう知り合いか知らねェが、止めたかったら意識を失うまでブッ飛ばせ!!」
「……そう゛シロ……“麦ワら”…!!」
「できるわけねェ!!友達だ!!!」
……操られているベラミーに向かって何の迷いもなく友達だと言い切るルフィ。これがルフィのルフィらしさであり、今の状況ではハンデとなり得る現実。
それでも、今までのルフィを見てきて思う事。彼ならばどんな状況も絶望も何とかしてくれるのかもしれないという思いと、ただそれに縋るだけで私はいいのだろうかという思いがリイムの中でぶつかり合う。
「もう一発であの世行きだろう……フッフッフ、いい最期じゃねェか!昔教えたよなァ!ロー!!見ろ!“弱ェ奴は……死に方も選べねェ”!!!」
その言葉にリイムはハッと息を飲んだ。耳を疑った。けれどそれは紛れもなくドフラミンゴの声だった。今までローの口から聞いてきた言葉がリイムの心を容赦なく抉るよ。聞きたくなかった……そこでようやく、リイムは自身の手の震えに気が付いた。

「あの野郎!!おれ達がここまで来たのにまだ自分で戦わねェのか!!トラ男!!」
「!?」
「もうブッ飛ばす!頭に来た!!」
「バカ!“秘策”だと言ったよな!?熱くなるなとも言ったぞ!?」
「今!やる!!“ゴムゴムの”ォ〜〜〜!」
一歩も動こうとせず、挙げ句ベラミーを操り高みの見物でもするかのような態度のドフラミンゴ。その態度に怒りが頂点に達したルフィは唐突ローへと向かって突進し始め、手を武装硬化し、大きく振りかぶった。
とっさに、その場から立ち上がろうとしたリイムだったが瞬時に何か考えがあっての事だろうと震える腕を押さえる。秘策、とも聞こえてきた。おそらくドフラミンゴに一泡吹かせようとしているのだろう。
ごくり、不安と緊張が入り交じりツバが音を立ててリイムの喉を通っていった。そしてローの動きで二人が何を企んでいたのかが理解できた。
「てめェ……!覚えてろ!!」
「んねーねー、ローをブッ飛ばす気だ!!血迷ったか!?麦わら!!面白ェ!べっへっへ」
「“ROOM”」
ローのその一声にドフラミンゴの表情が変わったのがリイムにも確認できた。そしてすぐに出た言葉は“シャンブルズ”、リイムが目で追っていたローはそこにはいなくなり、変わりにソファに座っていたはずのドフラミンゴの姿を捉える。
……やはり、入れ替えたのか。確かに一度使ってしまえば二度とドフラミンゴには通用しないだろうと、今の一撃がどの程度のダメージを与えられたのかのかとリイムはただその光景を凝視した。
“火拳銃”、ルフィからは炎を纏った重い一撃が繰り出されドフラミンゴの腹部に直撃。その攻撃は腹を貫通したかのようにもリイムからは見えた。さらにはそんなドフラミンゴの身を案じて駆け寄ろうとしたトレーボルだったが、その真下、先ほどまでドフラミンゴが腰を据えていたソファには鬼哭を手にトレーボルを待ち構えるローの姿があった。
「んドォフィ〜〜!!……ん?」
ローとトレーボルの視線がぶつかったのだろう。一瞬の沈黙の後ローは突然の事で攻撃を避けきれないトレーボルを見事に捉え、バラバラに切断したのだ。
「……!!」
「麦わら屋ァ!!“最悪”だお前は!!」
「お前もその“世代”だ!!」
そのままソファの肘掛に片足を掛けたローは鬼哭をバラバラになったトレーボルへと向け見下ろす。そのローの姿を眺めながらも、心臓がありえない程バクバクと脈を打っている事が自覚できたリイム。どうにか落ち着かなければと大きく息を吸って吐き出した。
「効いたかコンニャロー!!」
「見ろ!まだ致命傷にできねェ!もう二度と今の作戦は通じねェぞ!!」
「ロ〜〜〜……お前の能力は全てわかってんだ!“オペオペの実”は元々おれ達が欲した能力なんだからなァ!!」

トレーボルの言葉にリイムはふと、13年前の出来事とオペオペの実は何か関係があるのではないかと結論付けた。そして普段の切断とは切り口が違うと説明するローの言う通り、予想外にくっつく事が出来ずに崩れ落ちるトレーボル。そこへすかさず、ローが駆け寄る。
「……!!」
ああ、ローの下へ行かなければ……リイムは能力を発動させようと集中する。だが未だに、今までのように大気の小さな変化も感じる事が出来ずにいた。
想像以上に体力を消耗しすぎている。リイムの出した結論はあまりにも簡単で、あまりにも絶望的だった。あれだけ能力者である事を嫌いながら、こんなにもこの能力を頼っていた。いつか師であるミホークに言われた言葉。なぜ悪魔の実の力を持ちながらそれを使いこなそうとしないのか―――
それは意地、だった。刀で世界を制したいという意地と、約束。その結果、能力を上手く使う事も出来ずにローを助ける事もおろか自身も致命傷を負う有様。ドフラミンゴの言う通りだ、もっとこの力を使いこなせていたのなら、違う道があったかもしれないのに。
このウェザウェザの実の能力を持つという事は、裏切り者シャイニーの娘であるという運命を背負う事と同じ事、だったのにと、リイムは勝手に流れる涙を必死に堪える。
結局その場から動けないまま、目でドフラミンゴの動きを追う。くやしい、くやしすぎる。また同じ事を繰り返すのか。またこうして何も出来ないまま終わってしまうのか。
「“降無頼糸”!!」
トレーボルを助けようとローとの間に入ったドフラミンゴ。そしてその隙にトレーボルに動きを封じられたローはそのままドフラミンゴの一撃をまともに食らってしまう。何本もの糸が、ローの体を貫通する。そのまま倒れ込むローとドフラミンゴの攻撃を受け、さらには操られたベラミーの一振りも受けてしまうルフィ。
リイムは今考えうる最善を必死に導き出そうと頭を動かすも、思いつくのはどれも子供だましにしかならないような一手、だった。
「おれが一番キライな事を覚えてるか?ロー……!!見下される事だ!!てめェらみてェなガキ共に!!一瞬でも勝てると思い上がられた事が耐えられねェ程の屈辱!!」
怒りを表したドフラミンゴに、リイムは今ならば、ほんの僅かでも隙が生まれるのかもしれないと、そう思った次の瞬間。思いも寄らぬ言葉を耳にする事となった。

「いいか……おれァ世界一気高い血族……!!“天竜人”だぞ!!」
天竜人、それ程の権力を持った者が何故海賊になど……まさかの真実にリイムもただその場から動けぬまま、ドフラミンゴの話を聞き続ける事しか出来なかった。
「生まれただけで偉い……この世で最も得難い力をおれは持っていた。だが!!その生まれ持った世界一の権力を……ある日父が放棄し、一家4人でこのゴミの掃溜めのような世界に下りてきた!!何が“人間らしい生き方”だ……愚かな父だった……!
何が起きたと思う!?10歳にしてこの世の天国と地獄を見たおれは元凶である父を殺し……マリージョアへ持ち帰った……!!だが天国にいる天竜人達は“裏切り者の一族”を二度と受け入れなかった……!この地獄から出る術はない――その時に誓ったんだ、こいつらの牛耳るこの世界を……!!全て破壊してやるとな!」
言葉にならない。まるで芝居でも見ているかのような、どうにも信じがたい……だがリイムの目の前の男から滲み出るものは、それが確かな真実なのだと物語るには充分だった。
「お前らの生きてきた人生とはレベルが違う!!ガキと遊んでるヒマはねェんだおれには!!!」




虚空を掴む

「(まるで癇癪を起こしたみたいな……それを私に止められなくても、ローが止める事が出来るなら。
みんなとも約束した。だから……もうやるしかない。進む以外道は、ない)」

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