〔78〕

本来ここへ急いで来たのはローの錠の鍵を受け取る為だという事を、レベッカとの会話でハッと思い出したリイム。それとほぼ同時に、ガキンガキンという轟音、恐らくはあの人形の口の開閉音……そして共にルフィの叫ぶ声がしゃがみ込み寄り添っていたリイムとレベッカの耳へと届いた。
「レベッカ〜〜〜!いやリイムか!とにかく!!カギィ〜〜〜!!」
「そうよレベッカ!!鍵をちょうだい!!」
「うっ、うん!!」
取り出された鍵を受け取ったリイムはすぐに立ち上がりルフィの担ぐローへと向かおうとするが、ルフィの伸びた手がすぐにそのリイムの体を掴む。
その後はもう無我夢中で背後に迫る人形が追いつくよりほんの少し早く、リイムが器用に錠の鍵を開けたその瞬間、ローが鬼哭でバラバラに刻んだ人形が崩れ落ちていった。
そして今までローの自由を奪っていた錠もカチャンと地面へと落ち、それを見たリイムもその場へペタリと座り込んだ。
「てめェらァ!!」
「やっと自由だ……!!!」
「ロー!!!“麦わら”ァ〜〜〜!!!」
ディアマンテに向き合うルフィ、そして自由になった鬼哭をしっかりと握っているロー。そのコートを、“corazon”とはっきりと記されたその背中をリイムはただ静かに見つめていた。
「ついた!!ミンゴのいる4段目!!ハァ」
「すまんが二人……やはり私はコイツで手一杯、ドフラミンゴは任せていいか!?」
ディアマンテへの闘志をむき出しにしたキュロスの言葉にルフィもローも、何の迷いもなく同時に「勿論だ!!!」と、そう答えた。
「……リイム、いつまでへばってんだ、立てねェんならそう言え」
すぐにリイムの目の前に立ったローは、レベッカの傍にしゃがみ込んだままのリイムの頭をくしゃりと撫でながら、顔を覗き込むように体を屈めた。
「……うん、大丈夫。行くわ」
ローの問い掛けにリイムはそう返事をする。撫でられた頭に熱を感じながら、リイムはじわりと浮かんでくる涙をぐっと堪えた。
やっと、こうして自由になったローが、ロー自らの意思でこうして私に触れたのだ、と。たったそれだけの事だったが、リイムにとっては一気に想いが溢れ出しそうになる程のものだった。
「じゃぁここは任せるぞ兵隊!!」
「ああ」
ルフィもそうキュロスに告げ、リイムもローに差し出された手を一瞬躊躇いながらも掴み、凍雨を支えに立ち上がった。そしてすぐに王宮へと向けて歩き出したその背を追ってゆっくりと、一歩ずつ足を踏み出す。
「おれ達はドフラミンゴの所へ!!」
「行こう!!」
「行かせるかァ!!!」
まるで眼中に入っていないかのような扱いを受けたディアマンテは大きく声を荒らげたがすぐにキュロスが立ちはだかる。
「お前の相手は私だ!!ディアマンテ!!!」
既にリイムよりも先に歩みを進めているローの近くにいたルフィが、チラリと横を向いた。
勿論視線が合ったリイムだったが、それはすぐにレベッカへと移り、ルフィはリイムとすれ違うとそのままレベッカの前でしゃがみ込んだ。リイムもその姿を追い振り向いた。
「ししし!!よかったなレベッカ!父ちゃんに会えて!!」
「……!!うん!えっと……リイムさん?も、私との約束、守ってくれたんだけどお礼はルーシーに、って」
「リイムはそういう所がゾロみてェだよなぁ……まっ!とにかく鍵、ありがとな!行ってくる!!」
なんだか聞き捨てならないような、普段なら一言二言言い返したくもなるような言葉も聞こえた気がしたがそれもなんともルフィらしい、そう思いながらリイムは再びローの背中へと向かい歩き出す。ルフィもローとリイムへと向かい走り出したその時、レベッカがルフィを呼び止めた。
「ねぇ、ルーシー!!」
「!?」
「……!!ホントにあのドフラミンゴを……倒してくれるの!!?」
そのレベッカの言葉に、ルフィは一瞬立ち止まるとぶら下げていた麦わら帽子をかぶり直して、そしてレベッカへと振り返った。
「……“ルーシー”じゃねェ!おれはルフィ!!海賊王になる男だ!!!安心してろ!!」
その力強い姿に、何も言葉にならないのか口を開いたままルフィを見たままのレベッカ。だがすぐにディアマンテが標的をルフィへと向けた。
「〜〜〜ん何を小賢しいィ〜!!!お前らを宮殿になど……!!」
その瞬間、ローがROOMを展開しようとした事がリイムにはすぐにわかった。幾度もの戦いをすぐ側で共にしてきたのだ。そのタイミングくらいは手に取るようにわかる。
ディアマンテはキュロスに任せた今、このまま三人、シャンブルズで王宮の中へと侵入してしまおうという魂胆だろう。
……リイムは瞬時にそう判断するとローの側に近寄る。ローも左手でルフィの首根っこを掴み右手で円を展開する構えを取った。
「行かせるわけねェだろうがァ〜〜!この裏切り小僧がァ〜〜〜!!!」
「“ROOM”」
「ん?」
突然首元を掴まれ状況がわからないような表情を浮かべるルフィを横目に、リイムはローがシャンブルズを発動する寸前、耳元で微かに、小さく囁いた。
「……ロー」
「“シャンブルズ”……!!?」
それはほぼ同時、だった。リイムはローの円内から瞬時に抜け出しディアマンテの攻撃も避ける。そこにはルフィとローと入れ替わった真っ二つに斬れた樽が転がり落ち、苛立ちを隠せない表情のディアマンテの姿と、そこへ間髪入れずに斬りかかろうとするキュロスの姿があった。
「!!!ぬあァ〜〜〜〜!!!!」
「ディアマンテ!!!相手は私だと!!言っているだろう!!」
ガキィン!と、剣がぶつかり合った。そしてその奥のレベッカとリイムの視線が交差する。レベッカは簡単に言えば困惑したような、そんな表情をしていた。
リイムは薄っすらと笑みを浮かべてどうしたの?とでも言うように首を傾ければ、レベッカは急にその場から立ち上がり、ただただひまわり畑に立ち尽くしているリイムの下へと駆け出した。


「わ、ここ王宮か!?……便利な能力だ!!」
ルフィは目の前の建物を目にしここが王宮である事を理解すると関心したように言葉を漏らしたと同時に、ついさっきまで一緒にいたはずのリイムの姿がない事にも気が付いた。
「……その分体力を消耗する。錠が外れずお前にここまで運ばれたのは不幸中の幸いだったかもしれねェ、体力は温存できた、だが」
「トラ男!!リイムはどこいったんだ!?今ので一緒にここに来たんじゃなかったのか!?」
「……アイツ、寸前でおれの円内から……ウッ」
「えっ、どうした!?」
腹を押さえながら苦しそうに息を切らせているローにルフィは思わず声を上げた。見ればローの掌には銃弾がいくつもあり、コロシアムの前で打たれた時のものだろうとルフィもその弾を見つめた。
「ハァ……手術をした……わざわざ鉛玉を……あの野郎!!」
「お前の能力本当にすげェな……それにしてもどうすんだ……リイム」
「……クソッ!!」
確かにROOMの円内にいたはずなのにここにはいない。リイムが自らの意思でついてこなかったという事実がルフィの言葉ではっきりとローの脳内でも認識される。
ローは思わず取り出した鉛玉を地面へ投げつけた。あの時、王の台地でルフィが電伝虫に向けて力強く叫んだ声にかき消されてしまったリイムへの言葉がローの脳裏に浮かぶ。
……この先絶対に……おれの側から離れるな。……そう、言おうとした。そしてそれは今でもそう思っている。だがその本意は何だ?おれが死ぬ時も一緒に死ねという意味なのか、既に伝えたようにこの先おれが死ぬまでに成す事を最後まで見届けて欲しいからか。それともただ、側に、隣にいるだけで……
麦わら屋が電伝虫越しに伝えていた、おれの仲間の側から離れるなという言葉と、自身のそれはまるで違うのだろうとローは気が付いた。
コラさんの本懐を遂げた時、その想いを遂げた時おれはどうなっているかわからないってのに、それを最後まで側で見届けろとリイムに言ったのは、伝えてしまったのは……
計画を実行に移すと決め、そしてリイムをパンクハザードに連れて来る前から覚悟はしていたハズだったのにと、ローは視線を足元に散らばった鉛玉へと落とした。
「……残酷、だな」
「?」
「いや、それよりも作戦を立てるぞ、麦わら屋、リイムがいねェとなりゃ、なおさらだ」
「それもそうだけど!!でも早くドフラミンゴブッ飛ばしてェ!!」
「落ち着け麦わら屋!!感情的になったらアイツらの思うツボだ!!」
そんな会話をするルフィとローに、一つの小さな影が近付いている事に二人はまだ気付いていなかった。


「リイム、さん!!」
「……」
レベッカはリイムの目の前でしっかりとその顔を覗きこんで呼びかけるも、先程まで浮かべていた笑みも消え、視線は下を向いたままだった。そんなリイムを見ていられずにレベッカはがっしりとリイムの腕を掴み涙ながらに問い掛けた。
「ねぇリイムさん、あの人、トラファルガー・ローはあなたにとって大切な人じゃないの!!?」
ピクリ、リイムの体はレベッカのその言葉に反応する。少しの間の後、消え入りそうな声でポツリ、ポツリとリイムはレベッカへ言葉を漏らし始めた。
「……そう、よ……絶対に、死んで欲しくない」
「じゃあどうして?どうしてここに残ったの!?あの人だって、リイムさんの事!」
あの一瞬でレベッカにもわかったのだ。レベッカの目の前でローがリイムの頭を撫でたあの瞬間。ほんの一瞬のその仕草、雰囲気に、この二人の全てが見えたような……そんな気さえしていたのだ。
「……私はもう、足手まといにしかならない!!能力だって上手く使えないままだし、あの人には……何よりも大切な人がいて、死ぬ覚悟で、その人の為にやり遂げなきゃいけない事がある。それを私は止められないし、その手助けも、もう……こんなんじゃ出来ないっ!!!」
がっくりと膝を落としてしまったリイムをレベッカがとっさに抱きとめる。俯いてしまったリイムの顔からは、ボタボタと水滴が流れ落ち地面を徐々に濡らしていった。
「最後まで、見届けてくれだなんて……こんな状態で側にいてもドフラミンゴの前じゃ私は少しも役に立たない。それならばせめてこの国の状況を……少しでも把握して、他のみんなの助けにっ……」
グズっと、鼻水をすすったリイムは凍雨を地面に突き立てて立ち上がろうとする。……もう、それすらも出来ないかもしれないけれど、と付け加えながら。
「ねぇリイムさん、私あの時、たった数分の出来事だったけどリイムさんに会えて頑張れた、お互いの大切なモノのために、全力を尽くそうって言ってくれたから」
「……でも私じゃ、コラさんの、ローの大好きだった人の代わりにはなれない、私はっ……私じゃっ!!」
「でもっ!!もし何も出来なくても、足手まといだったとしても!!大切な人が側にいてくれる事はきっと……それだけでも何よりの心の支えに、なる!!!
私がもし、お父様の立場だったら絶対にそう思うし、絶対に大きな力になる!!だから……行って!!行ってよリイムさんっ!!」
レベッカがそう叫んだと同時に、ひまわり畑にブワリとひときわ大きな風が流れ込んだ。ハッと顔を上げれば、つい先程までは意識にすら入ってこなかった一面に広がる黄色が、リイムの視界いっぱいに広がった。
……思い返せば、いつからか私の帰る場所はあの黄色い潜水艦になっていた。初めて会ったあの日、ローが着ていた服も黄色かったと、フランキーと一度このひまわり畑を見た時にも思ったのに。私の帰る場所、大切なひと、ロー。
一面の黄色はみんなの事を、ローとの事を思い出す。そう思うとリイムはただ真っ直ぐに、目の前のひまわり畑を目に焼き付けた。
「……ねぇレベッカ、私の帰る船、こんな色なの……ひまわり色」
「リイムさん……」
「レベッカ、ありがとう」
ギュッと目の前のレベッカを抱きしめたリイム。すぐに邪魔なスカートの裾を縛ると凍雨をしっかりと握り締め、ロー達の後を追い王宮を目指す為の一歩をしっかりと、踏み出した。




向日葵

「(……コラさん、今となっちゃ置いていかれるのも置いていくのも……
けどアイツに守れるかも分からねェ事を伝えるより、約束するより、
残酷なくらいで……きっとこれで、よかったんだよな)」

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