〔77〕

3段目に現れたこの人形が一体何なのか。先へと進むのを阻む存在である事はその場にいる全員がすぐに認識できた。直後一体の巨大な人形がカタカタと音を立て、ルフィ達へと動き出そうとした事にリイムとキャベンディッシュがいち早く気付いた。
「キャベンディッシュ!」
リイムもすかさず凍雨を手にするも目の前の人形達から感じた重量感からの油断……反応がほんの少しだけ遅れ、結果見た目に反して軽く動いた人形の影がファルルを覆った。
「くっ、避けろファルル!!」
ヒヒーーーン!!!と切羽詰ったようなファルルの声が響いた後、ガブリと人形が噛み付いた音と一緒に嫌な音がしたのをリイムも、ファルルに乗っていた全ての人間が感じ取った。バランスも崩れ状態も不安定になり、リイムはどうにか落ちぬよう手をつく事がその瞬間では精一杯だった。
「馬ァ!!!コンニャロ!!」
メキ、メキとファルルの首から離れる事無く人形の口から音がするのをルフィも黙ってはいなかった。
「“ゴムゴムの”ォ!!!“JET銃”!!!」
ルフィの一撃は巨大な人形の腹に穴を開け、ようやくファルルの頭は人形の口から解放されたものの、そのまま立っている事も出来ず力なく地面へと崩れ落ちた。
「ファルル!!しっかりしろ!!」
倒れるファルルから自力で降りたルフィとキュロスだったが、勿論錠でつながれ身動きの取れぬ状態のローはそのまま地面に落ちる、その寸前にリイムがどうにかローの体と地面との間に腕を滑り込ませる。
「いっ」
「なんてアゴだ!!頭を砕かれた!!ファルル死ぬな!!!」
「……ロー、どこかぶつけたりしてない?」
「俺はいい!てめェの心配をしてろ!」
ローを受け止めた反動で少し傷口が傷んだリイムの小さな悲鳴はキャベンディッシュによってかき消されるも聞こえていたのだろうか、ローはリイムに声を上げる。
そしてすぐ、倒れた人形がムクリと起き上がったのがリイムには見えた。それに一瞬動揺し人形に対して構え直すルフィに対し、怒りを露にしたキャベンディッシュはすぐに剣を構えた。
「何だコイツ!!腹に穴空いたのに!!」
「おのれよくもファルルを!!“美剣円卓”!!!」
ズバっと勢いよく人形の首を切り落としたキャベンディッシュだったが、再び人形は自らその頭を持ち上げると体にはめ直した。さすがにそれにルフィ達も、そしてリイムもローも目を見開いた。

「コイツら!!不死身かァ!!?」
「……くそっ、錠の鍵さえありゃ……!!こんな奴ら俺が」
すぐにでも俺の能力でどうにでも出来る……そう続いたであろう言葉を聞きながらリイムはローの体を起こす。そしてこの場はひとまずルフィ達に任せようと、そう思った瞬間……上空から知った気配を感じ視線を上げた。同時に、ルフィもその正体に気が付いたようで驚きの声を発した。
「え!?上からなんか降ってくる!!」
勢いよく落下してきたのはバルトロメオで思い切り人形にぶつかり、その脇に落ちたのはリイムも一度宮殿で会ったグラディウスだった。そしてフワリ、と百花繚乱“ウイング”を使い減速しながらロビンが地面へと着地した。
油断したとぼやくバルトロメオを余所に、リイムはすぐにローから手を離し立ち上がった。一瞬何が起きた理解出来ていなかったルフィもすぐに目の前にロビンがいる事に気付く。
「ロビン!!」
「ルフィ!?トラ男君!!リイムも!ここにいたの!?」
「ニコ屋!!俺の」
「ロビン!!鍵、ローの、鍵っ!!!」
鍵を持っていると言っていたロビンを目の前にそれを催促するローの言葉を遮り、リイムはロビンの腕をがっしりと掴んだ。持っているのなら一刻も早く、ローの錠を外したい。リイムにはただその思いしかなかった。
しかしすぐに背後で声がした。ドンキホーテファミリー幹部、グラディウス。彼は立ち上がりジリジリとルフィ達へと近付いてくる。
「レベッカを逃がしたな……!?……あんな小娘一人王宮へ辿り着こうが何もできやしねェがな!後で追って消してやる!!」
その言葉にルフィ達は身構える。ようやく起き上がったバルトロメオも未だリイムが腕を掴んだままのロビンの横へと向かうとしっかりとグラディウスを見据えた。
「俺の名はグラディウス!!まずお前らを片付ける!!」
ロビンもルフィ達を守るかのように真っ直ぐに立ち前を見る。そんなロビンの何かを決めたかのような顔を、リイムはチラリと覗き込んだ。
「……ロビン?」
「ルフィ!トラ男君!兵隊さん!リイムも早く!!早く行って!!4段目の“ひまわり畑”へ!!」
「だべ!!」
「レベッカが“鍵”を持ってる!!」
「!!」
「んだ!!」
ロビンの言葉にハッとしたリイムはすぐにその腕を離し走りはじめるも、一瞬止まって振り返る。丁度振り向き視線が合ったロビンに声に出さずにありがとうと口だけを動かすと、それに答えるかのようにロビンは微笑み返した。
「フランジパニ・リイム!!そう簡単に行かせると思うか!!?」
「おいリイム!待て!」
すぐにグラディウスの攻撃が飛んで来るもすでにリイムにはそれを避ける事よりも、ただ4段目だけを目指し走っていた。とにかく鍵を受け取りにレベッカの元へ行く事だけがリイムの全てを支配しており、ローの声にすら振り向くことはなかった。
「さっきの破裂玉だべ!!“バーリア”!!」
バルトロメオが張ったバリアによってその攻撃は防がれ、巨大な爆発音が響いた。それでも振り返る事なくそれを誰かが防いでくれると信じていたのか、もはやそれすらも考えていないのかもわからないようなリイムの走る姿に思わずキュロスは声を上げた。
「待てデスランド!どうやってこの壁を!!」
「……どうにでもするわ、能力さえ使えれば飛べるし、まだ使えないならよじ登るまで!」
そのリイムの気迫にキュロスも剣を握り直す。上にはレベッカがいるのだと4段目を見上げ、走りだそうと歯を食いしばった。
すると、走るリイムの横に見る見るうちに先ほどのバリアが形を変えたような、階段状のものが4段目へと向かって伸びていった。何事だろうかとようやくリイムが振り返ればバルトロメオを見ればルフィに背を向けたまま、「使ってけれ!!ルフィ先輩ィ!!」と叫ぶ姿が目に入る。
「おおーーーー!!こりゃ助かる!!」
「どこ向いていってるんだ」
冷静なキャベンディッシュの突っ込みに一瞬だけ素に戻りフッと笑うリイム。その奥に見えた座ったままのローとも目が合うも、すぐに階段へと視線を戻しそこへ足をかけた。
「ありがとうトサカ!!って!!リイムお前先に行くなんてズリぃぞ!!」
「そう思うなら早く!」
「あァ!これで一気に4段目だ!!行くぞトラ男!」
「行け!!」

ルフィは鬼哭を持ちローを抱えるとリイムの背中を目指し階段を駆け上り始めるがすぐにあの巨大な人形達がリイムへと向かって行くのが見えた。
「おい!リイム!横!!」
「大丈夫!見えてる!」
そうこうしている間にもルフィとローにも人形が襲い掛かる。とっさに応戦しようとするとその隙間を縫うように人形を斬ったキュロスがルフィとローを追い越して行った。
「先に行くぞ!!」
「あっ!!待て兵隊まで!!」
「僕が止めておく!早く行け“麦わら”!!」
「キャベツ!!」
「僕はこの階で愛馬をやられてる……!!コイツらに落とし前もつけず先には進めない!!行け!」
ぞくぞくと階段の方へ進む人形に立ち向かうキャベンディッシュ。そして階段を上るルフィ達にグラディウスが攻撃を仕掛けるのを、階段に全能力を使っている裸同然のバルトロメオが止める。
リイムは少し上からその様子を伺いながらも、ただ目指すは4段目だと必死に階段を駆け上がった。
とにかく早く、早く4段目へ、息が切れ汗が流れ落ちるのも、視界がぼやけるような気がするのも考えるのをやめてただひたすらに走っていると突然、体がぐらりと動いて視界が逆さまになった。
「!!??」
「無茶をしすぎだ!デスランド!!」
「……兵隊……じゃなかったわ、コロシアムの英雄、キュロス」
「どちらも私であることに変わりはない」
追いつかれたキュロスにいとも簡単に抱え上げられたリイム。それでもなお止まる事なく4段目へと向かって進んでいる事は変わっていく景色を見ればわかった。
そう思うと急に切れていた息が苦しく感じたが、こうして運ばれる事は今日だけで何度あったことだろうかと、リイムは大人しくそのまま呼吸を整える為に大きく息を吸って吐き出す。
「……君は、どこまで行っても戦うんだな」
ぼそり、そう呟いたキュロスの言葉にリイムはフッと笑う。それをあなたが言うのか、と思いながら、まだ見えないルフィとローに私は随分と火事場の馬鹿力を発揮したものだわ、と、そしてこの人も……リイムはそんな事を考えながら階段の下の方をぼんやりと眺めた。
「結局はあなたと一緒よ……それに私、こう見えて3億越えの賞金首なんだから」
「そういえばデスランドも海賊だったな」
「……本当に大切なのね、レベッカの事」
「結局は……君と一緒だよ、大切なモノをこれ以上……奪われてたまるものか」
これ以上私が何か言う事に意味はあるのだろうか……それだけ計り知れないない思いがキュロスにはあるのだろうと、この言葉に見合った返事をリイムはする事が出来なかったが、すぐそこへ迫った4段目の状況が少しでもわかればと見聞色を発動させてどうにか意識を集中させた。
「……なら、急いだほうがいいわ!幹部クラスの……恐らくディアマンテがいる!!私は大丈夫だから!」
「……ッ!!!クソォォォ!!!!!」
ディアマンテという言葉に反応したと思われるキュロスは、もう大丈夫だと言い張るリイムを担いだままさらに速度を上げて階段を上がる。そしてそれは本当にすぐ、だった。
「すまん!!デスランド!」
そうとだけ言うと半ば放り投げるようにリイムを肩から下ろしたキュロス。とっさに受身を取って着地したリイムの方向感覚はいま一つはっきりしないままだったが、必死に辺りを見回せば開けた台地が視界に広がり4段目に着いたのだと認識したと同時に、悲鳴にも似た聞き覚えのある声が耳をつんざいた。
「兵隊さァ〜〜〜〜〜ん!!!!!」
その声とほぼ同時にディアマンテに斬りかかったキュロスの姿と、その背後にレベッカの姿を捉える。距離は思っていたほど離れてはいなかった。
「!!!!」
「キュロス〜!!フランジパニ・リイム!!!」
……よかった、間に合った。リイムはもう純粋に鍵の事など忘れていた。守りたい、助けたい人を助けられたキュロスに、ただただ安堵していた。そしてリイムの距離からもレベッカの顔が涙でぐしゃぐしゃになっていくのがわかった。
「家族を2人も……奪われてたまるかァ!!!!!」
「……っ」
「すまなかったレベッカ」
「!!?」
「未来のない“オモチャ”だった私には……戦いを教えることしかできなかった!母親に似て心の優しい君なのに……!!」
そのキュロスの言葉にブンブンと首を振るレベッカ。リイムの胸の底からも思わず熱いものが込み上げる。
「だが今日で最後だ……もう……戦わなくていい」
「……!!!……うん……!!」
戦わなくていい、そう言ったキュロスの顔は今までのものとは違って、確かに“お父さん”の顔をしているように……リイムの目にはそう映った。
堪えきれずに手で顔を覆ったまま頷いたレベッカをよく見ればケガをしており、とにかくディアマンテから引き離そうとリイムはそっと彼女に近付く。今だ近くにいる事には気付いていないようでと小さく「レベッカ」と声をかければようやくぐしゃぐしゃの顔のまま振り向いた。
「そりゃどういう意味だキュロス!!」
「お前達と決着をつけるという意味だ!!!」
怒り心頭な様子のディアマンテの問いにキュロスは答える。その間にリイムはレベッカを引き寄せしっかりと抱きしめた。
「よかった……無事で」
「……っ!!……あの時の……!!!あの約束……あり、がとうっ、また、会えて……っ」
そう胸の中で涙を流すレベッカ。約束などしただろうかと思ったリイムだったが、あの時の会話を思い出し、それが何なのかは何となく理解出来た気がした。そしてそのまま、リイムはレベッカを抱きしめる腕にそっと力を入れた。




セイギのミカタ

「それを言うなら……ルフィに」
「うんっ……でもル?フィ?ルーシーじゃなくて?」
「そうね、ルーシーでも、いいんじゃないかしら」
「??」

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