〔72〕

ウーシーの背に乗りリイム達は“オモチャの家”前の広場へと迫っていた。ドフラミンゴによる“鳥カゴ”は展開されたまま、そして賞金を狙う者共に追われる状況も変わりはない。それでもリイムは今ローの近くで、ローの体温を感じる事の出来る喜びを噛み締めていた。
「……なんだか騒がしいわね」
「なんだかってレベルじゃねェぞ」
「揃いも揃って、むさ苦しい人ばっか」
リイムがそうぼやくのもそのはずで、気付けばウーシーの周りにはルフィに恩を返すと言って聞かない者共が併走しており、ドフラミンゴを討つのは自分だと主張しながら前へ前へと進もうとしていた。
それをルフィが手を伸ばし足を伸ばし押さえており、ウーシーの上はよく揺れる状況。半ば無理矢理ローの横に寝かせられている状態のままだったが、リイムは空を振るわせる巨大な存在を気にかけていた。いつでも刀は抜けるようにと思いながら、時折体が激しくぶつかるローと会話を続けていた。
「ロー、傷大丈夫?」
「心配性だなお前は。錠さえ解けりゃ弾もどうにでもなる」
「本当に?」
「俺がお前に嘘ついてどうすんだ」
「……だって、ローはいつも肝心な事話してくれないじゃない」
話さない理由などいくらでもある。自身にも話していない事はいくつもある。なのにどうしてそんな事を口にしてしまったのだろうかと思いつつも、これはきっと本音なのだろうと、リイムは空を見上げたままの状態のローの横顔を見つめた。
「話せない事だってあるのはわかるけど、でも、少しくらいは教えて欲しいと思うの」
「……」
「私、ローの事わかってるって思ってたけど、違った。自分勝手なのは承知だけど、それがすごく悔しくて。私……案外わがままだったみたい」
「フッ、今頃気付いたのかよ」
「今頃って……なにそれ、ずっとわがままだったみたいな口ぶり!」
だってそうだろう、とローは顔を横へ向けた。ずっとローを見ていたリイムの目にはその意地悪そうに笑うローの表情がしっかりと映しだされた。
「っ、近い!あっち向いて!」
「は?」
「何で急にこっち向くの!」
「何でって、お前の顔見る為に決まってんだろ」
「……!!?」
一気に顔が熱くなったように感じたリイムだったが、先ほどからウーシーの上で横になっているせいで頭は下に下がった状態なので、それが原因だろうと自己完結させる。それにしてもそんなセリフは反則ではないのだろうか、と、リイムは鼓動が高鳴るのを感じながら思った。
「あれだ、別にお前を困らせたい訳じゃ……なかったんだ」
「……うん」
「それよりもお前、さっきからうんうん言うの何なんだよ」
「え?」
「いつもみてェに『ええ』とか『そう』とか言ってりゃいいだろうが」
「……?私そんなに言ってたかしら……何か駄目だった?」
「いや、そういう訳じゃねェんだが」
そう言うと視線を逸らして再び空を見上げたロー。リイムも先ほどからの会話のやり取りがなんだか少しだけおかしく感じてフッと小さく息を吐いて笑った。
「そういえば、いつだか似たような会話したわよね」
「……お前が『うん』は肯定や承諾の言葉だとか、はい、ええ、よりぞんざいな言い方だとかってほざいたやつか」
「そう、それだわ、よく覚えてたわね」
「そう簡単に忘れるかよ」

そんな和やかな会話をするような状況ではないウーシーの背の上。それでも周囲の騒がしさも気にする事もなく会話を続けるリイムとローを大きな影が覆った。
その正体は幹部であるピーカの巨大な手で、すぐにそれがウーシー目掛けて落ちてくるもチンジャオとエリザベロー2世により撃ち砕かれた。
「おぉ〜!!?危ねェ〜〜!!」
砕けたピーカの手の残骸が落下する中、それを避けウーシーは進む。そのまま王宮へと向けて突き進むルフィ達にドフラミンゴの部下達が立ちはだかるも、そばには個々が強力な力を持つ曲者達。どどまる事なく繰り出される技に部下達は次々と倒れていった。
「……力任せにしか出来ないのって嫌いよ、また来るわ」
「上見ろ!もう一発来るゾォ!!」
リイムの呟きとほぼ同時にサイの叫びがあたりに響く。再び腕を振り上げているピーカの第二撃を止めようと一斉に備え構えを取る中、大きく声を上げたのはゾロだった。
「お前らやめとけ!!壊した腕もまた戻る!能力の理屈がわからねェままじゃ力の浪費だ!!」
「……!!逃げろ〜!!」
直後巨大な腕はドレスローザの町に振り下ろされる。ズドォンとけたたましい音を上げて建物は破壊されていく。
それぞれがゾロの一声で反撃の手を止めピーカの攻撃を避けていた。その姿をリイムはルフィの指示で激しくゆれ動き進んで行くウーシーの上から眺める。つい先程まで周囲にいた者達の姿が徐々に小さくなっていった。
「随分とルフィらしいルートを選んだわね」
「…………」
フッと笑ったリイムだったが、ローはまさかのルフィの選択に言葉が出なかった。ウーシーは振り下ろされたピーカの腕を走っており、さらに横になったままの二人はウーシーが攻撃を避けた後から急に密着する状態となっていた。
「行けェ!!ウーシ〜〜〜!近道だァ〜!!」
「ンモ゛ォ〜〜〜〜ッ!!」
「そうだ行け行け牛〜〜〜!!」
リイムとローがさらに密着する原因となっていたのはどさくさに紛れてウーシーに乗り込んできたジェットとアブドーラのせいであった。ゾロとリイムの間に陣取った二人。それに気付いたルフィが思わず声を上げる。
「降りろよ!ウーシーが重いだろ!!」
「ちょっと!誰よ今お尻触ったの!」
「お尻ですか?触ったは私の後ろにいる」
「アブドーラです」
「あんた達正直者かー!!」
リイムはすぐにでも起き上がって二人を蹴落としてやろうかと思うも、再びピーカが攻撃を仕掛ける気配を感じ取り、今はそんな無駄な体力を使う時ではない、と思い直し、一度冷静にならなければと大きく深呼吸をした。
「……ハァ」
「おい、リイム」
「何よ」
「お前、傷口」
その大きな深呼吸に違和感を感じたローは眉をしかめながら、すぐ近くにあるリイムの顔を見つめ問い掛ける。すぐにリイムから出された答えは食い気味だったが、その表情は一瞬ピクリと引きつったようにローの目には映った。
「平気よ、もう痛くも何ともないわ」
「本当か?」
「血も止まったみたいだし。私がローに嘘ついてどうするのよ」
「お前は……自分の事より人の事ばっかだからな」
「そんな事ないわよ、私は私が大事だもの」
先程とはまるで逆の会話。近くに感じる少しだけいつもと違う呼吸。ローもずっと、リイムのケガの状態が気になって仕方がなかったのだ。痛みを我慢しているであろう汗と、肩でするような呼吸。
それでも平気だと言い張る、こんな事では死なないと言ったリイムの言葉をローは信じるしかなかった。
その間にルフィはウーシーから飛び降り、攻撃を仕掛けようとしていたピーカの巨大な顔目掛けて武装色を纏った腕を振り下ろした。その様子を見ていたゾロは冷静に状況を確認しており、着地したルフィに声をかけた。
「ルフィ、今の頭はどうやらただの石だ!」
「え!?」
「今俺達が乗っている場所もただの石像!本体は」
リイムはそのゾロの声と気配の変化にどうにか体の向きを変えてジェットとアブドーラを足蹴にしスペースを作る。どうにか体を起こすとゾロの言う本体であろう姿を視界に捉えた。
「あそこにいる!!」
「あれが……本体なのね」
「初めて人らしい姿を見せたな」
目の前に姿を表したピーカは人らしい姿をしているとはいえど大きい図体にさらにその体の倍はありそうな巨大な刀を持ち構えており、それを目にしたジェットとアブドーラは大きな声で避けろと騒いだ。
「避けられねェなら止まれ〜〜〜牛〜〜〜!!」
「モ゛〜〜〜ッ!!」
そんな騒がしい二人を他所に、リイムにはすぐ横を走るルフィが見えていた。そのままルフィはウーシーを持ち上げるとピーカの太刀筋を避けるように飛び上がった。上手く避けたと思われたが背後のピーカはすぐさま刀を構え直した。
「!」
「リイム」
凍雨をしっかりと握ったリイムをゾロは呼ぶ。その意味を理解したリイムは凍雨から手を離し前を向いた。そして牛が飛んだのなんだと騒ぐジェットとアブドーラを気にする事もなく再びウーシーによじ登ろうとするルフィの手を引いた。
「サンキュリイム!先に行くぞ!!」
「おう!!任せとけ!」

ガキィン!!と刀のぶつかる音がしたのをリイムは聞いた。同時にすぐ後ろですげェ!!と声が上がる。ルフィはゾロがウーシーから降りるか降りないかの時点でゾロに向かってそう声をかけており、そんな二人の呼吸に薄っすらと笑みを浮かべながらリイムも振り返らずに前だけを見つめた。
ゾロがしっかりとピーカの攻撃を止めているおかげで、動かなくなった巨大な石像のピーカの上をウーシーに乗りルフィ達は進む。
上った後は下るだけ。ピーカの背中を猛スピードで下り王宮へと向かって行くウーシー。未だに降りる気配はないジェットとアブドーラ。そんな状況下でリイムは何か考え込んでいる様な表情のローの顔を眺めていた。
「オイ麦わら屋……」
「ん?」
「もうやるしか生きる道がねェのはわかってる」
その言葉を聞いたリイムは、一度ルフィを見た後ローへと視線を戻す。するとローはその視線を感じたのかお前も聞いてろと、真っ直ぐに空を見上げたまま呟いた。
「……」
「俺もハラを決めた……!!お前らに持ちかけた作戦は遠回りにドフラミンゴを潰す手段だった!だが本当は……おれもあいつに直接一矢報いたい!さっきは負けたが今度こそ!!」
そう話すローをリイムはただ、静かに見つめる。何とも言いがたい感情を抱きつつ、それをどうする事もできないまま、リイムは腹を抱え込むようにして、ただそこにいた。
「13年前、俺は大好きだった人をドフラミンゴに殺されたんだ……!!彼の名は“コラソン”……元ドンキホーテファミリー“最高幹部”」
「え?あいつの仲間なのか!?」
「……そうだ、俺に命をくれた恩人で……ドフラミンゴの…実の弟だ」
ごくりと息を呑んだリイム。コラソンという弟の存在は王宮にいる間にドフラミンゴから直接聞いてはいた。わかってはいたはず、だった。
それでも、ローの命の恩人。大好きだった人という本人の言葉……本当に彼の今までは全てそこにあったのだ、と、リイムは自身の存在の小ささを思い知りながら、唇を噛み締めるとそっと瞳を閉じた。




Twilight

「敵わない、な」
「ん!?何か言ったか?リイム」
「何でもないわ、独り言よ……ルフィ」

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