〔71〕

キャベンディッシュが一人妄想劇を繰り広げるも、その様子をローもリイムも気に止める事はない。それよりも二人の間にはまるで時間を止めたかのような、そんな空気が流れていた。
リイムを呼んだローは穏やかに、しかしその静けさからは何かずっしりとしたような気迫にも似たオーラが漂っていた。それを感じ取ったリイムはそのまま、腕の中で目を閉じているローの言葉の続きを待ちながら、ただずっとその表情を見つめていた。
「リイム」
「何、かしら」
「お前が、お前に固く誓った決意があるように、俺にもやんなきゃなんねェ事がある」
「……コラさんって人との、何か?」
「そうか、ドフラミンゴに……聞いたのか」
「……」
コラさん、という言葉に反応して目を開いたローだったが、無言のままのリイムを見てその沈黙が答えであると理解する。リイムは一体どこまでドフラミンゴから聞いているのだろうかと思うローだったが、今はそれよりも自身の言葉で目の前にいるリイムに直接、伝えなければならないと意を決して口を開いた。
「……それは、俺にとっての“全て”だ」
「うん」
「だから、俺は……」
「うん」
「一生で一度……船長としてじゃねェ、俺個人の願いを、聞いてくれねェか」
「……」
この先のローの言葉がどんな言葉であろうとリイムは聞き入れる覚悟を一瞬で決めた。それでも勝手に目頭が熱くなるのが分かると隠すように腕の中のローの胸に顔を突っ伏した。
「最後まで一緒に……最後まで、見届けて欲しいんだ、リイムに」
伏せたままのリイムはその後すぐに、巻き込んじまって悪ィ、と呟いたローの声を聞いた。勝手に溢れ出てこようとする涙を必死に堪え、リイムはハートの海賊団の副船長となった日を、そしてローと初めて出会った日を思い出しながら口を開いた。
「地獄の果てまでって言ったの、覚えてる?私にとっては船長だとかそんなの関係なくて、そんな事言われなくたって……決めてたんだから」
「そう、か……そういや死神だったな、お前」
「うん」
「じゃあ俺が悪霊になって彷徨う事もねェな」
「ロー……そういう冗談はシャレにならない」
「そうだな、なんにせよお前がいてくれりゃそれでいい。それと、あれだ……後で仕切り直しだな」
「…??」
思っていたよりは冷静に返事が出来た気がするものの、最後まで一緒にいる事と、最後までを見届ける事では恐らく今回のこの状況では意味合いは違ってくるのではないのだろうかとリイムは思う。
深く考えすぎだろうか、それに何を仕切り直すのか。そんな事を考えながらローに問いかけようとすればルフィの声がしたのでリイムはローの胸から顔を上げた。
「おい!!トラ男!……ってリイム!大丈夫か?」
「ええ、ちょっと目眩がしただけだから」
「そっか!今のうちに行くぞ!」
今のうち、という状況を確認しようと振り返ればキャベンディッシュがウフフフと笑みを浮かべながら一人何か楽しんでおりローは再びルフィに、リイムはゾロに抱え上げられる。
お互いに逆さまのままローとリイムは視線が交差する。まだ話したい事も、聞きたい事、伝えたい事も山程あるのに……と思いながらも進む先に集中しなければとリイムはひとつ、大きく深呼吸をした。

すぐにルフィはコロシアムで出会った者達に取り囲まれる。八宝水軍の首領チンジャオ、副棟梁ブー、棟梁サイやエバルフの戦士ハイルディン、プロデンス王国国王エリザベロー二世、軍師ダガマ、アブドーラ&ジェット、船団提督オオロンブス、破壊砲イデオ、首はねスレイマン、足長族ブルー・ギリー。
続々と集まった賞金よりも誇りと恩返しを躍起になっている面々に、それは俺がやるんだ!と怒鳴り返すルフィ。ドフラミンゴの首は俺が取るとそれぞれが主張して収拾のつかない状況になっていた。
「……ルフィってこういう所がすごいわよね」
「だな、変な知り合いばっか増えてきやがる……お前ら!それなら俺達の援護に回るってのはどうだ!」
「「バカ言え!!ドフラミンゴの首を取る!!!」」
ゾロが譲歩案を出すもすぐにそう切り替えされててしまい、ゾロと抱えられたリイムはその光景に呆れながら盛大にため息を漏らした。
「ダメだこいつら、我が強すぎる」
「何言っても聞かないわね、さすがコロシアムに集まってただけある……わね」
そんな会話をしながらも少し冷静になったリイムはふとこの大勢の前でゾロに抱えられたままだという事を自覚する。見る見るうちに恥ずかしさが込み上げすぐに自分の足で立とうとゾロの肩の上でもがいた。
「!なんだよ急に、暴れんな」
「もう、大丈夫だから!下りる!」
「あ?今更どって事ねーからもうちょっと担がれてろ」
「ゾロがどうって事なくても、私はあるの」
「女はすぐそうやって気にするよな」
「何それ!どこの誰との比較よ!!」
思わず声を荒らげたリイムであったが、その自身の発言の女々しさに盛大に息を吐き出した。ゾロは何の気なしにそう言っただけだろうに、と、すぐに肩の上で暴れるのをやめた。
「失言、ありがたく休ませてもらうわ……何かあったらすぐに動けなきゃならないし」
「ん。それにしてもあいつら……」
未だにまとまりなく言い合いを続けている曲者達。さらには追いついたキャベンディッシュまでそこに合流し、ついに耐え切れなくなったのかルフィは大きな声を上げた。
「どいつもこいつもいい加減にしろォ!!!ドフラミンゴは俺がブッ飛ばすって言ってんだろ!!!」
「恩を返すと言ってんのがわからねェのか!!ガタガタぬかしてっと息の根止めるぞこのタワケ恩人が!!」
「仁義!!」
「人気……!!」
「誇り!!」
「リク王!!」
「神よ〜〜〜!!!」
それぞれ言いたい放題の状況に、思わず声にならずに口を開いたままのローをリイムは見た。先程までの深刻な表情とは違うその顔に少しだけ安堵のため息を漏らしたが、すぐにもうひとつの騒がしい気配がすぐ側まで迫っていて、その方へと視線を移す。
「いたぞ!三ツ星に二ツ星の受刑者達だ!!」
「首を取れェ〜〜〜!!!」
遠くから何やら近付いてくる気配は感じていたリイムは本当に面倒な事になったと思いながらその集団を逆さまに眺めていると、すぐにルフィと揉めていた面々が賞金に目が眩んだ者達を思い思いに吹き飛ばし始める。
同じようにオモチャにされていたというのに、提示された金に目が眩んだ事に耐えられなかったのだろう。すぐにリイム達の周りには倒れた者達で溢れかえった。

「あれ?お前は!?」
そんな騒ぎの中で一匹の牛が、土煙の中から姿を現した。ルフィはその牛をウーシーと呼び、ウーシーもまた、ルフィに気がついたようで目を輝かせてモォ〜〜〜と鳴き声を上げた。
「なんだ?乗せてくれんのか!?」
「モォォォ〜〜〜」
「よし、ゾロ達も乗れ!急ごう!」
「あ?あァ……そりゃ楽だな」
あれよあれよという間にウーシーの上へと乗せられ、錠がついたまま寝かせられたローの横にゾロに放り込まれる形でうつぶせの状態で下ろされたリイム。自由に動けるのだからと起き上がろうとすれば、上から力がかかっている事に気付き顔をその犯人へと向けた。
「ゾロ、起き上がるからどけて」
「どーせだからしばらくそのまま寝てろ、傷、まだ痛むんだろ」
ぎゅう、と押さえつけられてしまい顔の向きを変えればすぐ横にはローの顔。かといって再び逆を向くのも不自然すぎてどうしたものかとリイムが悩んでいると、仰向けの状態のローがチラリと顔を横へ向けたおかげでしっかりと目線が合ってしまった。
「……あれだ、ゾロ屋がそう言うんだ、おとなしく寝てろ」
「さっきまでずっと担いでもらってたし、それに寝てたら反応が遅れるじゃない」
「動けるだけマシだろ、俺は反応しても身動きが取れねェ」
「そうだけど……」
そんな二人の会話に、ゾロはリイムの頭を突然掴むとわしゃわしゃと撫で回し、満足したようにそのままローの頭の方へとリイムの頭を押した。当然、リイムの額がローの顎にヒットする事になりお互いに痛みでしばし声を失った。
「っ……ちょっとゾロ!何するのよ!」
「あー、悪ィ、手が勝手に」
「……今の行動のどこが勝手だ!!ゾロ屋!!」
しれっとそう話すゾロにローが思わずつっ込む。そんなローを間近で見ていたリイムは思わず小さく震えながら声が出ないよう堪えるも、それは無駄な努力となるのだった。




ふたり

「っ、フフっ……ロー、ひっどい顔ね!!」
「リイム!お前も笑ってんじゃねェ!!」
「私っ、そういう顔も好きだけど」
「は?何言ってんだ」
「好きって言ったの」
「……そうかよ」
「ったく、本当に世話の焼ける七武海と右腕だな、お前ら」

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