〔66〕

「おい麦わら屋!!工場はどうした、壊したのか!?」
「これ、彼の手錠の鍵よ」
「お前何でも準備いいなー!!先の事見えてるみてェだ!!」
ローの言葉を聞き流したまま、ヴィオラの取り出した鍵に感激した様子で走り続けるルフィ。そしてその後ろから現れたグラディウスに気付いたリイムだったが、ルフィから刀を受け取るので精一杯な今の自身の状況。
そんな現状にどうしたものか、とリイムはチラリと首だけのドフラミンゴを見やるとそのまま刀を支えにローの足元へと倒れこんだ。
「それにしてもリイム、お前麦わら屋がここに来る事を」
「……ルフィなら絶対にここへ来ると、思ってたから」
「工場は、どうなってんだ」
「それも色々あってね、でも、大丈夫よ……」
フランキー達が、あの小人達がきっと約束を果たしてくれる、そんな確信がリイムにはあった。しかし全てを説明している場合ではない。
言葉にせずとも、今ドレスローザで起きている“何か”も“工場の破壊”も無関係ではない事くらいは伝わるはず、とローを見つめるのだが、先程よりもぼんやりと霞んで見えるその姿にリイムの顔は無自覚に歪んだ。
これは涙のせいなのか、それとも……そう思っていれば、何か考えるような表情を浮かべたローが小さく言葉を発したので、リイムは聴覚に意識を集中させた。
「いや、違ェな……今お前に言うべき事は……これじゃねェ」
「……?」
「……散々お前を振り回して、すまねェ」

聞き間違えたのだろうか。しっかりと耳を傾けていたはずなのに聞こえてきた謝罪のような言葉と、まるでいつもとは違った様子のローにリイムは思わず顔を上げた。
「ロー?」
「あん時、全部終わったらと、そう言ったが……いつかの話なんてしたってどうしようも……ねェよな」
「どうしたの……?急に」
あの時、というのは恐らくパンクハザードでの事だろうとは思ったリイムだったが、それを今わざわざ話に出したのはどうしてだろうかと疑問に思う。
丁度そこへヴィオラを抱えたルフィが辿り着き、ローは視線をリイムからルフィへと移した。
「ハァ、折角だが俺とお前らの“同盟”はもう終わったんだ!!」
「え!?お前勝手だな!!そういうのは俺が決めるから黙ってろ!!」
もはやどちらが勝手なのかも分からない言い合いを聞きながら、リイムは少しずつ息苦しくなるようにも感じる呼吸をどうにか整えようと大きく息を吐いた。
「同盟が切れりゃまた敵同士!!俺を逃がせばお前を殺すぞ!!」
ギロリとルフィへと凄んだローだったが、その相手は錠の鍵を外すのにとにかく集中しており、動くな!!と声を荒らげられる始末。
「海楼石に触れねェからカギ外すの難しいんだ!!」
「しっかり!!」
「っ……聞いてねェだろお前ら!!!」
グワッとルフィにつっ込んだそのローの姿に、リイムは思わずフッと息を漏らす。
ルフィ達と同盟を組んだら、きっと退屈しないだろう……そんな事を考えたのはまだそんなに遠い昔ではないはずなのに、と、リイムは目の前の光景に懐かしさすら感じていた。
「てめェも……泣いたり笑ったり、相変わらず忙しいな」
「いえ、何か……ホッとしちゃって」
小さく笑ったように見えたリイムにローも全くお前は、とため息をこぼした。未だ錠は外れずに自身の状況としては進展はそれ程なく、変わったとすればすぐ側に副船長がいる、という事だけ。
しかもその副船長は記憶が正しければ恐らく、あの時ドフラミンゴから負った傷で相当体力を消耗している。なのにこうして笑うその表情は、もう出会った頃の取り繕った笑顔ではない。麦わら屋の一味に向けられていたあの笑顔とも、何かが違う。
どうしてお前はこうも……そんな事を感じながら、ローはカギを外そうと必死なルフィを横目に、足元のリイムの体を少しだけ足で揺すった。
「……リイム、起き上がれるか?」
「それが困ったのよ、全くそんな気がしないのよね」
ローに揺すられたものの、足が当たったはずの背中にもあまり感覚は感じられずリイムは少し目を瞑った。感覚を研ぎ澄ませようと集中してみるものの、全身の力はすっかり抜け落ちていて諦めて再び目を開いた。
まるで自分の体が自分でないような、何を話しているのかも分からないような脱力感のような症状に、さすがにこれは……と、リイムはローのコートの裾をぎゅっと握った。
「でもまぁ……何とかなるんじゃないかしら、意識はあるから」
けろっとそう答えたリイム。その自信は一体どこからくるのだろうかと、ローは弱々しくもしっかりと握られたコートの裾を眺めながら顔をしかめていれば、すぐ横でカギと格闘するルフィが一瞬リイムへ顔を向けた。
「リイムお前、あんま無理すんなよ!!今どうにかすっから!!」
それにしても開かねェ!と手をふるふると震わせてカギを外そうとするルフィに、再びローが声を上げようとしたその時だった。

ボコォン!!という低い音と共に大きくうねりを上げた床にローの座るイスはフワリと浮き上がり、リイムの裾を掴んでいたはずの手も簡単にほどけ、そのまま宙へ放り出された。
「……っ、リイム!!」
いよいよ大きな目眩でもしてるのだろうか?と、リイムは身を案じるかのように自身の名前を叫ぶローの声を聞きながらもどうする事も出来ずにいた。だがすぐにルフィの伸ばした腕がしっかりとその体を掴み、床へと叩きつけられる事態は避けられた。
「大丈夫か!?リイム?……あっ!アレ石の奴!!」
「ピーカ!!」
床からは首が伸びており、その巨大な顔がピーカなのだろうとリイムはルフィに抱えられながら考えていれば、すぐに寒気のような何かが体を突き抜けて行った。
確かに、アレだけで死ぬような男だとは思ってはいなかったリイムだったが、想像以上の禍々しいオーラを感じて、すぐにルフィに声をかけた。
「……ルフィ」
「ん、何だ!?」
「フッフッフ……想像以上に……してやられたな」
ルフィがリイムの声に反応してすぐ、スートの間に広がったその声。ピーカと思われる巨大な掌の上には先程キュロスに斬られたドフラミンゴの頭が乗せられており、その不気味な光景に一同が声を上げた。
「うわァ!!ミンゴが生きてるーーーーー!!!」
周辺にはただならぬ空気が広がっていき、斬った張本人であるキュロスはドフラミンゴが首を斬られても生きているという事実に言葉を発せずに、憤りを感じていた。
「これはマズイ事態だ……“鳥カゴ”を使わざるを得ない……」
そのドフラミンゴの言葉に、リイムやルフィ達は“鳥カゴ”が一体何の事なのだろうかと眉をしかめたが、唯一回答を得たローの顔色は一気に変わった。
「なァ……ロー……」
低く、怒気の篭ったドフラミンゴの声とローの表情に、恐らくこれは最悪にも近い事態なのでは……と、リイムは瞬時に自身の身の振り方を思案した。
この状態のまま、ただの足手まといになってはまずい。そう思ったリイムはルフィにとりあえず下ろしてと、小さく呟いた。
「は!?お前動けねェだろ!?」
「動けるわ」
「どこがだ!」
「……ルフィ!!」
一度は拒否されたものの、大丈夫だからと伝えるようにニコリと笑えばルフィはその場にそっとリイムの体を下ろした。
「でも、ちゃんと頼れよ!」
「ええ、勿論。なんか前もこんな事があった気がするわね」
「そん時は逆だったな!」
マリンフォードでの出来事を思い出しながらリイムが凍雨を支えに体を起こし、ローの元へと向かう為に立ち上がろうとした所で首だけのドフラミンゴが再び口を開く。
「早急な対応が……必要だ」
「気味が悪い……なぜまだ生きている!!!」

そんなドフラミンゴに真っ先に剣を構え飛び出して行ったのはキュロスだった。再びドフラミンゴに向かって斬りかかろうとした瞬間、その背後にはどういう訳かもう一体、ドフラミンゴの姿があった。
「まずいわ……!」
「首の切り方を……教えてやろうか」
キュロスのすぐ横に、ドフラミンゴの足が不気味なほど静かに伸びた。このままでは恐らく、首を飛ばされてしまう……その時リイムの脳裏には一瞬、コロシアムで出会ったレベッカの姿が浮かんだ。
「兵隊!!」
「キュロス義兄様!!!」
「こうやるんだ!!!」
ドフラミンゴがそう叫んだ瞬間、スートの間には陽の光が降り注いだ。その眩しさにリイムが顔を上げればズパン!!と音を立て、部屋の上半分が斬れて浮き上がっている様子が目に入った。
すぐに状況を理解しドフラミンゴへ視線を戻せばルフィがキュロスを床に押さえつけた事でどうにか攻撃は避けており、リイムは思わず安堵の息をもらしたい心境だったが、未だ油断はできないとそれを飲み込み二体のドフラミンゴを凝視した。
「あれは……糸?」
「若様が二人……っ!!」
ベビー5がそう声をあげる中、ルフィはドフラミンゴに向かうもその攻撃はガードされ、殴り返されて部屋の端まで飛ばされてしまった。
「ルフィ!!」
「……効く」
「何だ……あの分身は」
「糸で出来た“マリオネット”のようね!あんな技初めて見た……」
ダメージを受けたルフィと、分身の出現に動揺が隠せないリイム達。ゆらり、と向きを変えたドフラミンゴは、突然リク王へ何かを問いかけ始めた。
「リク王!10年前のあの夜の気分を覚えているか?愛する国民を斬り平穏な町を焼いた日!!」
「……!!未だ夜な夜なうなされるわ!覚えていたら何だと言うんだ!?」
10年前の話を持ち出すドフラミンゴを、リイムは少しずつローの方へと体を動かしながら見ていた。
リク王が国民を斬り町焼いたのだとして、そうさせたのはどう考えても10年前に王座についたドフラミンゴだろう。そうリイムが思っていれば、やはり最悪な状況なのだと再確認させられる言葉がドフラミンゴの口から語られた。
「これから起きる惨劇は……あんな小規模なものじゃない」
「バカな事を!何をする気だ!?あんな悲劇はもう二度と!!」
「逃がしてやるよ、お前ら」
再びスートの間の床が先程よりも大きく音を立て、波を打って歪み出す。リイムも今度は目眩ではなく、あのピーカが能力でこのような状況にしているのだと把握しどうにかバランスを保とうと踏ん張った。
「ピーカ!邪魔者共を外へ!!」
ボコボコと動く床によって次々とはじき出されるルフィ、リク王、キュロスにヴィオラ。そしてリイムもイスごと落ちていくローを追うような形で王宮の外へと飛ばされた。
「ドフラミンゴ……!!これ以上この国を傷つけないでくれェ〜〜〜!!!」
リク王の悲痛な叫びが響く中、リイムが下を見ればルフィが自身を膨らまし皆を受け止める姿が目に入り、それなら大丈夫だと重力に逆らわずそのまま落下を続けた。
少ない衝撃で無事にルフィの風船状の体に着地し、その反動で地面へと下りる。そうしてそれぞれが、先程までいたはずの地点を見上げた。

「それにしても……外壁塔の庭まで落とされた!」
「ピーカがいる以上ドフラミンゴには近づけないわ!」
高く聳え立つ王宮を見つめるヴィオラがふと視線を落とす。すぐ横でその姿を見ていたリイムは、自身の方へと向いたヴィオラとパチリと視線が合ってしまった。
リク王の事をお父様と呼んだ事が頭を過ぎり、サンジとサニー号へ向かったはずのこの人物の正体も、何故ドンキホーテファミリーにいたのかも、今ここにいる理由もリイムにはある程度の想像がついた。
「……えっと」
「あの、私は……」
何かを言おうとお互いが言葉を選びながら視線を泳がせていれば、上空に何かが飛んでいく様子が目に入り、ぼそりと聞こえたローの一段と低いその声にその場にいた全員がそのドレスローザの空を見上げた。
「始まった……!!“鳥カゴ”だ!!この国の真実が漏れる前に……今この島にいる奴らを皆殺しにするつもりだ!!」
その名の通り鳥籠を思わせる形状に姿を変えて空へと広がっていくドフラミンゴの糸。リイムは唇を噛み締めその様子を見つめながら、錠で繋がれたままのローの手をしっかりと握り締めた。



いまを生きる

「……!!?」
「……?……あっ!あれよ、これはその……心細いかと、思って」
「お前に心配されるようじゃ俺も仕舞いだな」
「(そう思うのなら、早く離せば……いいじゃない)」

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