〔67〕

ドレスローザの各所では既に混乱が始まっていた。ドフラミンゴの糸により柵のように囲まれた島からは誰一人として出る事は出来ず、さらに通信手段も遮断されている状況だった。
そしてドフラミンゴの“寄生糸”によって、無差別に人々を傷つける者達が現れる。海賊、海軍、市民に関係なくその事態は起こっていた。

「……ロー、あの糸みたいな柵が鳥カゴ?」
「あァ……」
それぞれがドフラミンゴの放った糸を目で追い上空を眺めていれば、突如激しい地響きと共に地面が揺れ動き始めた。リイムは何が起こったのだろうかと周辺を見渡せば、王宮がせり上がっていく様が視界に映った。
「おい!地面が下がってく!どうなってんだ!!?」
「ピーカだ!“石”なら地形でさえ変えられる!!」
大きく地形を変えていくドレスローザに、一体どうなってしまうのだろうかとリイムは眉をひそめ、ルフィも大きく声を上げた。
「王宮だけどっかいくぞ!!待て〜〜〜!!」
「ルフィ!!」
「一旦落ち着きましょう!」
今にも動き出した王宮目掛けて走り出しそうなルフィに、リイムとヴィオラがほぼ同時に声をかけたその時だった。島中に流れ出した音声……その声は紛れもなくドフラミンゴのものであった。
『ドレスローザの国民達……及び…客人達……別に初めからお前らを、恐怖で支配してもよかったんだ……!!』
「……」
ドレスローザ国王としてではなく、海賊、闇のブローカーとしての顔……ついにドフラミンゴが本性を現し、居丈高なその物言いにリイムはローの手を握る力を強めた。
この島には海軍、それも海軍大将までいるというのに……ドフラミンゴは本当に全てを消すつもりなのだ、と、ぐっと息を呑む。
『真実を知り……!!俺を殺してェと思う奴もさぞ多かろう!!だから“ゲーム”を用意した…この俺を殺す、ゲームだ!
俺は王宮にいる…逃げも隠れもしない!!この命を取れれば当然そこでゲームセットだ!!』
ヴン!とモニターに映し出されたドフラミンゴの姿をルフィ達もジッと見つめ、その続きへと意識を向けていた。
『だが、もう一つだけゲームを終わらせる方法がある……!今から俺が名前を挙げる奴ら、全員の首を君らが取った場合だ!!なお首一つ一つには多額の懸賞金を支払う!!』
その懸賞金というドフラミンゴの言葉にドレスローザのどこかから、オオッ!!と歓声が上がった気配をリイムは聞き逃さなかった。
『殺るか殺られるか!!この国にいる全員が“ハンター”!!お前らが助かる道は誰かの首を取る他にない!!』
ゲームなんて……ドフラミンゴを討てば終わる、そう思うリイムだったが先程の歓声が脳裏を過ぎる。
……私達がそうしようとしてもおそらく、賞金に目が眩んだ者達が……これから名前が挙がるであろうルフィやローを狙って来るに違いない。今この国にはメラメラの実を求めてコロシアムへと出場した各国の兵共や、今までオモチャにされていた者達、そして海軍。
とにかく、巨大な力が蠢いている。個で敵うとしても、束になってかかられては苦戦を強いられる可能性だってある。
それも、ドフラミンゴの狙いの一つだろう。オモチャから解放され、ドフラミンゴへと向かおうとしていた無数の戦力を逆手に取ったようなこのゲーム。
やはりドフラミンゴは王下七武海であり、一国を支配するだけの海賊なのだ、と、リイムはモニターに映る狡辛い男を歯を食いしばりながら眺めていた。
『誰も助けには来ない……!!この“鳥カゴ”からは誰も逃げられない!!外への通信も不可能……誰にも気付かれずお前達は死んでいく……
暴れ出した隣人達は無作為に人を傷つけるだろう、それが家族であれ……!親友であれ、守るべき市民であれ!!
この“カゴ”の中に安全な場所などない!!“鳥カゴ”の恐怖は幾日でも続く!全員が死に絶えるが早いか、お前らがゲームを終らせるのが早いか……!!』

ドフラミンゴの口から語られる言葉に、リク王が声を震わせ涙を流す。そんなリク王をヴィオラが支え、その横ではキュロスが怒りを爆発させそうになりながらただモニターを見上げていた。
丁度そこへ、いままで何処にいたのかはもはや誰も知らない、刀を三本腰に差し、片手に長い刀を抱えた人物が姿を現した。その姿を目にしたリイムは、思わず息を詰まらせた。
「おお!ゾロじゃねェか!よかった!」
ルフィもその姿を捉えて大きく手を上げる。ゾロの手にはどこでどう見つけたのかローの刀である鬼哭がしっかりと握られており、ドフラミンゴの映るモニターを横目にスタスタとルフィへと近寄った。
「……」
「ったく、参った。石の奴はどっか行っちまうわ、地面は勝手に動き出すわ」
「ミンゴの奴、あの段になった花畑の上まで行っちまったんだよ……ん?それ、トラ男の刀か!トラ男ー!刀!!」
鬼哭を受け取ったルフィは刀を握った手を高く上げ、ローの方へと向ける。ゾロはその後ろからチラリとリイムとローへと視線を移した。
すぐにそれに気付いたリイムはチラリと数秒間ゾロを見るも、どうしたらいいのか分からなくなった結果、無意識にローの手を握っていた自身の手をそこから退けた。
「……おいリイム、持てるか」
「あ、ええ」
「麦わら屋」
リイムへと目配せしたローに、ルフィはあァ、とリイムへ鬼哭を渡そうと向きを変える。リイムも立ち上がって受け取ろうとしたのだが、「今は無理すんな、まだ座ってろ」というルフィのもっともな意見に大人しく座り直し刀を受け取った。
そうした一連の流れを見ていたゾロは、少しずつ、リイムとローへと近づく。そんな気配に気付いたリイムだったが、どういう訳か真っ直ぐにゾロを見れずにいた。
「おい、リイム」
その声と共に、ゴツン!と頭にゾロの手にする和道一文字の先が当たり、リイムはジリジリと痛みが広がる頭を押さえながらゾロを見上げた。
あんな情けない姿を見せた上に、相変わらず満足にも立てないような状態で再会した自分を彼は何と言うだろうか。そう思うとリイムはどうしても萎縮してしまい、いつもより小さな声しか出す事が出来なかった。
「……い、痛いじゃない」
「当たり前だろうが、わざとだ」
「……なんか先生みたいで嫌だわ」
ムスッと口を尖らせて再び視線をそらしたリイムに、ゾロは再びその名を呼んだ。こっちは言いたい事が山程ある、そう思いながら一瞬、ローも視界へと入れた。
「リイム、とりあえず一つだけ聞く。お前なんかやましい事でもあんのかよ」
「えっ、な、何の事?」
一体何を言い出すのだとリイムはゾロの視線の先を目で追う。すると、先程まで繋いでいたローの手を一瞬、刀で指した。
そこでようやく、ゾロと視線が合った事でとっさにローの手から自身の手を離したのだという事をリイムは自覚した。
……たぶん、きっと条件反射みたいなもので、やましいなんて思ってない。ただ、ゾロにはこの気持ちを何と言っていいか分からなかったからではないか、と、リイムは自身の行動を振り返った。

……あの日、このまま一緒にいたらお互いに強くなれない。そう言って別れを告げてから随分と経ったような気がする。色々な事があった。
もしかしたらまたゾロを、異性として好きになる事が遠い未来にあるかもしれない。そんな事を思っていた事も、あったのかもしれない。
だけど、違った。彼は本当に心から信頼できる幼馴染であり、私の生涯のライバル、ロロノア・ゾロなのだ。
だからこそ、ローに恋心を抱いている事を知られるのを、どこか無意識に恐れていたのかもしれない。何て言われるだろうか、どう思われるだろうか、ライバルとして幻滅されないだろうか。
ローの為なら命を投げ出すと決めた覚悟は、あの日の誓いを破る事にはならないだろうか……
……でも、もしかしたら、もうとっくにゾロは私のこの気持ちを知っていたのかも、分かっていたのかもしれない。なんせ私の幼馴染はなんでもお見通しなのだから。
それならば、いや、きっとそうだから、ゾロに言うべき事はたった一つ…と、強く向けられている眼差しにリイムは自身の視線をしっかりと交差させた。
「……ない!私……もう、迷わないよ」
「ったく、ならいいんだ。だが後でしっかりと説教させてもらうぞ、トラ男、お前もだかんな」
「……???」
リイムとゾロの会話を、全く理解出来ずに眺めていたロー。二人に何か、今までと違う空気感を感じ眉を顰めたその時、再びドフラミンゴの声が辺りに大きく響いた。

『考えろ……俺の首を取りに来るか!我々ドンキホーテファミリーと共に俺に盾突く13名の愚か者達に捌きを与えるか……選択を間違えばゲームは終わらねェ
星一つにつき1億ベリー!!こいつらこそがドレスローザの“受刑者”達だ!!』
そうしてモニターが切り替わり映し出されたのは、ドフラミンゴの言う“受刑者”13名の顔写真であった。
リイム達は目を細めそのリストをじっと眺める。星一つ、コリーダコロシアム囚人剣闘士(リク王の孫)レベッカ、海賊・麦わらの一味“悪魔の子”ニコ・ロビン、ワノ国の侍“狐火の錦えもん”、ドレスローザ元王女ヴィオラ、海賊・麦わらの一味“鉄人フランキー”。
星二つ、ドレスローザ元軍隊長キュロス、海賊・麦わらの一味“海賊狩りのゾロ”、ハートの海賊団副船長“灰雪の死神”フランジパニ・リイム。
そして星三つには革命軍・参謀総長サボ、海賊・麦わらの一味船長“麦わらのルフィ”、ハートの海賊団船長・王下七武海(暫定)“死の外科医”トラファルガー・ロー、ドレスローザ元国王リク・ドルド3世、と、それぞれがある程度予想していた面々の名が上がった。
『フッフッフ……各組織の“主犯格”は……もれなく“三ツ星”!!』
「……何処にも属さないような気配がするにはしたのだけれど……革命軍がこの島にいたなんて、しかも参謀総長」
「なんだ、俺もリイムも二つか」
人の話も聞かずに少しだけ不満そうにそう漏らしたゾロに、リイムは首をかしげながらも何となく返ってくるであろう言葉を頭に思い浮かべながら問い掛けた。
「……もしかして、楽しんでる?」
「こういうのは多いほうがいいに決まってる」
「やっぱり……それはそうなんだけど、私達は船長を立てないと」
リイムは自身の船長であるローを一瞬見つつも、予想通りのゾロの返事にフッと小さく息を吐いた。そんなゾロとお互いの船長の写真を眺めて話していると急にモニターは暗転した。
『さらに今日俺を最も怒らせた男がいる……お前らをこんな残酷なゲームに追い込んだ全ての元凶!!』
一体何事だろうか、どんな男なのだろうかと誰しもがモニターを凝視した次の瞬間、どん!!と全面に映し出されたそのドアップの顔に、ルフィもゾロも、そしてリイムまでもが思い切り吹き出す事態となった。

『こいつの首を取った奴には!!5億ベリーだ!!!』
ドフラミンゴの声と共に、海賊・麦わらの一味“ゴッド”ウソップ、と大々的に踊る文字、その下に輝く星が五つ。
そして5億という莫大な金額に、ドレスローザ全土は大きく揺れ動いたのだった。




スターダストフィーリング

「う、ウソップ…が……5億っ!?一体っ、何がどうなって……っ」
「ミンゴの奴、勝手な事ばっか言いやがって!!でもゾロ!!ウソップの奴!ゴッドだってよお〜〜〜!!!」
「アイツ、やるときゃやるじゃねェか」
「……リイム、笑ってねェでこのイスをどうにかしやがれ」

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