〔65〕

王宮の2階・スートの間の壁を挟んだ外側、窓から中を盗み見ていたのはゾロから受け取ったリイムの刀である凍雨をしっかりと抱えたルフィ。
リク王の娘でありながらドフラミンゴの元で10年間もの間、ヴァイオレットとして過ごしてきた元女王ヴィオラ、そして王宮でルフィ達と合流したオモチャの兵隊だった。
「…な、何と……一気に目的の部屋の前に!」
「おい何で隠れるんだよ!!ミンゴいたぞ!!」
一度隠れる形を取った兵隊とヴィオラにルフィは声を上げるも、静かに、と制するヴィオラにひとまずその場にしゃがみ込む。
「彼らの作戦を台無しにしないで!」
「作戦〜!?」
何の作戦だよ!と悩ましげな表情を浮かべ中を覗いたルフィに対して、中で話をしているドフラミンゴの相手に、兵隊とヴィオラは思わず目を見開いた。
「(……お父様!何故王宮に…!?)」
「(リク王……!?10年間、ご無事で……!必ずお助けします!)」
「トラ男はちゃんと息あるけど……リイムがキツそうだな、もう行ってもいいか!!?」
ドフラミンゴに足蹴にされているリイムの姿を捉え、さらに身を乗り出しそうになったルフィはヴィオラに思い切り頭を抑えられる。
そこまでされては仕方がないと、落ち着かない様子で壁に寄りかかって座るとパキパキと手を鳴らした。
「…レオ達はまだか!私も含めドレスローザ中のオモチャ達が人間に戻る、その瞬間こそドフラミンゴを討つ大チャンスなのだが……っ!」
作戦の進行が気になって仕方がなかった兵隊だったが、先程チラリと視界に入ったリイムに、今頃コロシアムで奮闘しているであろう人物を重ね思わず声を漏らす。
「それにしてもデスランド……いつの間に王宮に」
「デスランド?」
「彼女の事だ、君とフラランドと一緒にいた」
その兵隊の説明で、デスランドが誰なのか疑問に思ったルフィもリイムの事だとすぐに分かり大きく頷いた。
「リイムの事か!」
「……彼女にも……感じるのだよ……」
並々ならぬ決意、と言えばいいのだろうか。命を懸けてでも成し遂げようとしているその闘志を、と、兵隊はルフィの手にしている刀へと視線を落とす。
「そうだな、リイムに早くこの刀も渡してやりてェ!!ミンゴもぶっ飛ばしてェ!」
今にもスートの間へ殴りこみたい気持ちを抑えるかのように、ルフィは凍雨を強く強く握りしめた。

「……お前の言っている事は、俺にはほぼ理解できねェ」
先程のドフラミンゴが発した、小人、地下、シュガー、この国の根幹……それらの言葉が未だ何を意味するのか分からないローは、ドフラミンゴに踏みつけられたままのリイムを一瞬視界へと入れるとそうこぼした。
「フン……こんな尋問ヴァイオレットがいりゃあ瞬時に真実を見抜けるんだが……それもお前の差し金って事もねェよなァ?リク王!!」
リイムはそのドフラミンゴの言葉に、捕らえられていたあの人物がリク王であると漸く把握する。
少しずつ、確実に繋がっていく点。オモチャの兵隊が言っていた、今日が仕組まれたかのような運命の日だという言葉は強ち間違いではないのかもしれない。
運命は自分の手で切り開くものだけれど、それらを引き寄せ合いまるで奇跡を起こすかのような何か、は、この世に存在する……と、リイムはひたすらに何かを考える事で治まる事のない痛みに耐えていた。
「トンタッタはかつてお前にも仕えていたんだ、ずっとこの機会を伺っていたのか?」
そう問い掛けるも頑なに答えようとしないリク王。そんな姿にドフラミンゴはまァいい、と呟くと、苛立ちをぶつけるかのように足元のリイムを踏む力をより一層強めた。
「いっ……」
「ドフラミンゴ、てめェいい加減にしろ」
「フッフッフッ!!!その状況でよく言うよロー!!そんなに大事なら大人しく籠の中で飼ってりゃよかったんだ」
挑発するかのようなドフラミンゴの言葉にローの殺気が増したのを、リイムは痛みを抑えながらもひしひしと背中に感じていた。
「共倒れとは随分と笑えるシナリオだな!詰めが甘ェんだよ、お前らは」
「さっき……私言ったわよね、甘く見ないほうがいいと、思うけどって」
「……まだ冗談を言える余裕があるのか、いい加減諦めたらどうだ?」
ドフラミンゴに対してそう言葉を発したリイムの背中を、ローはじっと見つめていた。あんなにも、小さかっただろうか。あんなにも……。
それでもなお、ドフラミンゴに余裕すら伺わせる言葉を吐き出したその意図は、ただのハッタリなのか、それとも真実、なのだろうか。
俺の知りえない何かをリイムは知っているというのだろうか、と。そんな思考がぐるぐるとローの頭を巡っていた。

「若!1階に若が居たという報告が!!」
パタパタと入ってきた部下にドフラミンゴもそんな奴いるか?と微妙な反応を示す。そんな中、スートの間の外にいた兵隊はふと目に付いた剣を手に取っていた。人間に戻れるのなら、この剣がいい、と。
昔のリク王との出会いを……ヴィオラの姉であるスカーレットと出会い、愛娘レベッカを授かって過ごした幸せな日々を、
ドフラミンゴによるあの日の事件、オモチャにされた苦しみ、愛する人を失った、愛する人に忘れられた悲しみを思い出しながら。
「……兵隊さん!兵隊さん!?」
「はっ!!ああ、ヴィオラ様…!」
その忌々しい記憶に、カタカタと震えていた兵隊にルフィが大丈夫か?と声をかける。
「ああ……」
「大変よ、1階から敵が来るのが見えるの!!」
このままだと挟まれるわ、と焦るヴィオラに兵隊も手にした剣を強く握り締めた。
「マズイな……挟まれて戦いになるくらいなら、今ドフラミンゴに奇襲をかけた方が得策か!?ウソランド達は間に合わんか……」
近づいてくるグラディウス達の気配、迫られる決断の時。覚悟を決めたかのように兵隊は口を開いた。
「……そういえば、キミ達は全員海賊だったんだな……フラランドもウソランドもデスランドも、後で気付いたよ」
ぼそりと呟いた兵隊に、ルフィは考える素振りもなく何か問題あるか?と答えた。その言葉に、やはり彼らウソランダーズはこのドレスローザの命運を握る光明なのかもしれない、と兵隊は小さく息を呑んだ。
「いや……私もフダツキだ、目的が同じなら心強い!!」
「そうか、じゃあ行くか!!」
剣を構えてスートの間を兵隊が見つめ、ルフィも凍雨を抱えて立ち上がろうとしたその瞬間、だった。

『すまねェドフィ〜〜〜!!!!』
「トレーボル!?」
『シュガーが気絶しちまったァ〜〜〜!!!』
スートの間に響き渡った、電伝虫からの声。それは、この国の呪いに終わりを告げる、誰しもが待ちわびた歓喜の瞬間を告げる声だった。
「!!?オイ……何の冗談だ!!!」
『10年間かけて増やし続けた俺達の僕共が!!人間に戻っていく〜〜〜!!ホビホビの呪いが解けていく〜〜〜!!!』
その声と共に、次々と音を上げ始めた電伝虫に一気に変わった場の空気。リイムは待ちわびていた瞬間の訪れにチラリとドフラミンゴを見やれば険しい表情で頭を抱えており、今しかない、と全身に力を入れた。
『応答願います!!“王宮”〜〜〜!!』
『ドレスローザは!パニックです!!!!』
バン!と窓が開いた音が微かに聞こえたリイムは、それがルフィ達であると確信するとドフラミンゴの足を目掛け、なけなしの武装色で硬化した手を思い切り振り切った。
「ドフラミンゴ、悪いけどあんたについていく気は毛頭ないのよ!!」
「リイム……やはりお前は知っていたのか!!!」
リイムの振るった手は簡単に避けられしまったものの、その場から立ち上がる為にはその足を除ければよく、リイムはやっと自由になった体をどうにか起こす。
「そのほんの少しの油断が……命取りになる」
「てめェ……!!」
怒りに任せたままドフラミンゴが腕を振り上げたその時、リイムの後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「……!!キュロスか!!?」
「はい!!10年間お待たせして!!申し訳ありませんっ!!デスランド!伏せろ!!」
その言葉にリイムはすぐに伏せた、というよりは急に立ち上がった事によりふらつき、そのまま床へと転がる形となった。
「てめェは……!!!」
リイムは倒れこんだままその片足の男の姿を見つめた。勇敢にもドフラミンゴに斬りかかったその剣は、正確にその首を捕らえた。
「今!!助けに来ました!!!」
ザンッ!!と飛んだドフラミンゴの頭に、ベビー5やバッファローが若!!と声を上げた。
リイムは、混乱が支配する今ならばローの所へ行ける、そう判断するともう一度立ち上がろうと体を起こした。
「真のドレスローザを!!取り戻しに来た!!」

騒然とした中、そう叫んだ兵隊……キュロスの声も聞こえず、リイムの視界にはただひとり、ローしか映っていなかった。
ルフィがヴィオラを抱えて窓枠を越えようとしている事にも気付かぬまま、思うようにならない体にどうにか力を入れ、状況が把握出来ずに困惑した表情を浮かべるローへと足を動かす。
「おい、バカ!!お前動ける状態じゃねェだろうが!!」
「そんな事、ないし!」
「ベビー5!片足はコッチに任せろォ!!死神を捕まえるだすやん!!」
「ええ!」
バッファローはドフラミンゴを討たれた怒りに任せてキュロスへと向かうも、呆気なくやられてしまい、その悲鳴と血を流す仲間の姿にリイムへと向かおうとしていたベビー5の動きは一瞬止まる。
ズルズルと体を引きずりながらローの元へと辿りついたリイムは、そのままハートのイスに繋がれたローの上へと覆い被さるように倒れこんだ。
「おいリイム、しっかりしろ!一体何がどうなってんだ!?」
「大丈夫、それに、私この程度じゃ死なないから…」
もう、二度と会えなくなる事だってある。でもこうしてまた、あなたのところへ帰ってこれた……リイムはローの顔を覗き込むと、あふれ出しそうになった涙を堪えながら必死に笑顔を作った。
「……無理に笑うんじゃねェと何度言えば分かんだよ、お前は」
渾身の笑みを搾り出したというのに眉間にシワを寄せながらそう言われてしまったリイムは、みるみるうちに堪えた涙がこぼれそうになりそのまま顔をローの胸に埋めた。
「……分かんない」
「それにだ、俺がいつお前を駒だと言った」
「……」
「俺の右腕は、後にも先にもお前しかいねェんだよ、このバカたれが……無茶するなとあれ程」
そこまでローが話すと、すぐにグワっと顔を上げたリイムの頭はローの顎に直撃した。その突然の衝撃に悶え声を失くしているのもお構いなしに、リイムはローに向けて声を荒らげた。
「無茶してんのはどっち!?……無茶してるのは、ローでしょ?……っ、絶対に……誓ったんだ、だから!だからっ……」
何も知らずに置いていかれるなんて、とか、もう二度と後悔したくないのに、とか、私はまだ、あなたの隣にいても……
言いたい事は山程あるのに、そう思ってもどうしてか言葉にならなずにリイムは再びローの胸に力なく倒れこんだ。
「……リイム」
じわじわと胸に広がっていくリイムの涙。ローはこんなにも錠が邪魔だと思う事はない、と、すぐ側にいるというのにどうする事も来ない腕に力を込めた。

「トラ男〜!!リイム〜!助けに来たァ〜〜〜!!!」
スートの間に凛と響いたルフィの声に、リイムはつい今しがた自身が起こした行動、ローの胸で泣いているという現状にハッと我に返り、熱を持ったような気がした頬に少しだけ戸惑いながらも顔を上げる。
「よかった!!生きてて〜〜!!ゾロから刀預かってきたぞー!受け取れ〜!!」
そう叫びながらルフィが投げた凍雨はふわりと宙を舞い、リイムは自身へ向かって落ちてくるそれへと真っ直ぐに手を伸ばした。






「ルフィ!!来でくれるとっ、思っでだっ!!」
「おい!ここに用はない筈だぞ!麦わら屋!!」
「ロー、ここはひとまずっ、大人しぐ、助けられなさいよっ!」
「……」
「何よっ」
「泣きすぎだ、バカ」
「……っ、うるさいっ!」

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