〔64〕

どさり、と床へと落とされたリイム。スートの間だと説明されたそこには大きな映像電伝虫とコロシアムを映すスクリーン。
そしてドレスローザへと着いてすぐに立ち寄った店にいた盲目の……海軍大将・藤虎がいた。
真っ先に目に入ったその人物から視線を外し、部屋を見回すとリイムの目に飛び込んできたのは柱に寄りかかって座っている鎖でつながれた一人の男と、そして。
リイムは思わずごくり、と息を呑んだ。すぐにでも声に出してその名前を呼びたかったのだが、そうした所で痛みとだるさが増していくこの体ではどうにもできない。
そう思いながら、恐らく意識のないハートを模した椅子に括りつけられた自身の船長をひたすらに見つめた。

「こりゃぁ……」
その低い声と共に感じた気配にリイムは藤虎へと顔を向ければ、目を瞑ってはいるものの、こちらへと意識を向けているであろう姿に顔をしかめた。
「何、かしら」
「死神とはよく言ったもんだと思いましてなァ」
「……そりゃどうも」
リイムは大きくため息を吐き出す。つい先程まで散々、死神云々の話をされた後にまたか、とその苛立ちをドフラミンゴへと向ける。
「おいおい、何故俺を睨むんだ」
「何となくイラっとしたから」
「もし海軍にいたとしたなら、“幸運の女神”だったかもしれないってェのに……皮肉なもんですな」
そんなもの知らない、とリイムはこれ以上口を開くのをやめた。確か誰かに……そうだ、あの女大佐さんに言ったのだ。
私には、正義も悪も関係なくて……ただ私の信念を貫くだけだ、と。
海賊だから死神?海軍だから女神?ちゃんちゃらおかしい。本当に笑わせてくれる。
もし私の力を海軍が利用するとするなら、ドフラミンゴが言っていた通り……
リイムがそう思っていた所で、ドフラミンゴが音を立てた電伝虫を手に取り、そうか、とだけ言うとすぐに受話器を置いた。

「ついさっき海軍が動いたそうだ、よく決断してくれたな……藤虎」
「……」
「何もあんたの味方をしようってんじゃありやせん…麦わらの一味に加え、さらに不審な者達の動きがあるというのなら、当然の筋」
リイムはドフラミンゴの足元でうずくまったままその話を聞き続ける。つまり、海軍はルフィ達を追い、さらには工場へと姿を現したフランキーへと向かったのではないかと。
そして不審な動き、というのは一体何の事なのだろうかとリイムは藤虎を見つめた。
「軍隊ってのは市民の被害を最小限に抑える為に戦うべきだ、麦わらの目的がお前さんの首だとするなら、大きな破壊も厭わねェでしょう……
だったらそれを止めんのが、あっしの“正義”。あんたは……その後でいい!!」
そう言い放った藤虎の言葉にリイムは一瞬、耳を疑った。この海軍大将は、ドフラミンゴをどうにかする気でいるのだろうか、と。
その話の続きを待てば出てきた言葉は“王下七武海”制度の完全撤廃、というものだった。
おそらく、藤虎はドフラミンゴの裏の顔を……少なからず掴んでいる。そんな気がして様子を伺っていれいれば、突然ドフラミンゴが藤虎へと向けてヒュッと足を上げた。
「三大勢力の均衡ってやつはどうなる?」
「さァ、崩してみたきゃわからねェ」
「……!」
すぐに振り下ろされたドフラミンゴの足は、藤虎の刀とぶつかり合ってガキィン!!と大きな音を上げた。
リイムも本能的に動かない体をどうにか半身程度その場からずらして、まさか本気でやりあう事はないだろうと思いながらも二人の動きを警戒した。
「あんまり悪ィ事重ねると首の値が上がりやすぜ?天夜叉の旦那」
「フフフッ、消すなら今のうちに、と言われた気がしたよ!!」
すっと刀を鞘へと戻す藤虎に、リイムも少しだけ息を吐き出して起こしていたずっしりと重い体を床へと戻した。
「慌てなさんな、今は仲良くやりやしょう……あんたの国を守ろうってんだ、これからこの国のどんな粗が曝け出されてもあっしァ盲目、見えやしませんのでご安心を」
コツコツ、と歩き出した藤虎を、ドフラミンゴはただ黙って笑みを浮かべながら見ていた。
「今年は“世界会議”、否が応でも世界は動く……そうは思いやせんか?“灰雪の死神”……」
「私には、関係ない事だわ」
「そうですかい……」

スートの間を出て行ってしまった藤虎の問い掛けの意味を考えながらもリイムの目にはふとスクリーンの映像が入った。
おそらく決勝が始まるようでそこには幹部であるディアマンテ、黒ひげ海賊団のバージェス、さらにはコロシアムの中から声リイム達に声をかけてきたバルトロメオがいた。
そしてリイムが思わず目を見開いたのは、兵隊といた時に会ったレベッカという少女と、ルーシーの格好をした誰かがその舞台にいたからだ。
チラリ、と椅子を見るもまだローの意識はないようで、リイムは再び視線をスクリーンへと戻す。
「……」
あのルーシーの姿の誰なのか、は置いておくとして……それならばきっとルフィはコロシアムを出てきっとここへと向かっているはず。
リイムは少しでも、ルフィがこの王宮へ来た時にローとここから脱出する為にもどうにか体力を回復しなければと歯を食いしばった。
コロシアムの映像からは決勝の開始を告げるゴングの音が鳴り響き、ドフラミンゴは薄っすらと笑みを浮かべながらその様子を眺めていた。
そんな中でリイムは一瞬、柱の前で座っている人物と視線がぶつかる。
誰なのか知りえないリイムだったが、ここに捕らえられているのだとすれば反ドフラミンゴ体制の重要な人物なのだろうという結論に行き着く。
おもちゃの兵隊や小人達とのつながりについて思案していればふと小人達が集まっていた時に耳にした“リク王軍”という言葉を思い出したリイム。
おそらくドフラミンゴの前の国王の……と、もう一度その人物へと体ごと向けようとしたその時だった。

ビー、ビー、とけたたましい音と、外から聞こえてくる大きな叫び声。
『外壁塔正面入口より報告!!侵入者〜〜〜!!!』
その声に、リイムはもしかして、とコロシアムを映すスクリーンを呆然と眺めているドフラミンゴの様子を伺い続けた。
『麦わらのルフィです!!!』
「……あァ?」
スクリーンには、闘魚と戦うルーシーの姿が映っており、ドフラミンゴはそこから目を逸らすこともなく、何を言ってやがる、と呟いた。
そんな姿を見て、これは一世一代の大チャンスだとリイムは確信する。未だに状況を把握できていないドフラミンゴ……この現状を打破出来る状況が整いつつある、と。
『こちらB−2外壁塔大食堂前!!間違いありません!侵入者は麦わらのルフィ!海賊狩りのゾロ!!そして……ヴァ、ヴァイオレット様…ギャー!!』
報告する者の声も、ルフィ達にやられてしまったのか悲鳴へと変わった。
それでもなお、スクリーンに映り続けているルーシーに、ドフラミンゴは電伝虫を手についに声を張り上げた。
「……じゃあ今、コロシアムにいるあいつは誰なんだ!!一体何が起きている!!おい!リイム!!」
急に殺気交じりに怒りの矛先を向けられたリイムは表情を変えないまま、ドフラミンゴを睨み返す。
「お前……どこまで分かってるんだ!?」
「……いつか言ったと思うけど、私も知らない事、分からない事が多すぎて困ってるところなのよ」
偶然に偶然が重なったような状況で、どうにか答え合わせをしながらここまで来たようなもので、ドフラミンゴに答えたその言葉は嘘ではなかった。
ルフィが来るという絶対的自信と、ローを助けるという絶対的意志だけが今のリイムの意識を支えていた。
「……今ならまだ、穏便に話を聞いてやる」
「私は言わばみんなに利用されているだけ、じゃない……あんたもさっきそう言ってたでしょう?」
「へェ……随分と都合がいいじゃねェか!!」
急に慌ただしくなった王宮。その雰囲気に流されるように迫ってきたドフラミンゴは頭を掴んでそのまま床に叩き付け、リイムの脳内はグラリと揺れた。
「……っ」
「場合によっちゃ、お前を生かしてやってもいいんだ」
「……信念を捨てて……生きる人生なんて、死んだほうが、マシ」
そうリイムが言い放てば、ドフラミンゴの眉は見る見るうちに攣り上がった。再び掴まれ宙に体が浮いたその時、バタバタとベビー5とバッファローがスートの間へと入ってきた。
「すごい音がしたけど!何事だすやん!」
「死神!あんたやっぱり何か企んでたのね!若!!今工場の地下で騒ぎがっ!」
「なんだと……?おい、リイム!!一体どういう事だ!」
地下で騒ぎが、と聞いた途端にドフラミンゴはリイムを投げつけ、爆風を上げて体は床へとめり込んだ。

「……リイム」
身体中が悲鳴を上げ徐々に薄れていきそうな意識を、その声が繋ぎ止めた。
脳内に響いた声に、リイムの瞳には無意識に涙が溢れた。
「……やっと起きたか、ロー」
そのドフラミンゴの言葉に体の向きを変えようとするもそれは叶わなかった。
それでも涙はこぼさない様にとリイムが顔を上げれば、部下たちが用意したのであろう椅子に腰を下ろしたドフラミンゴに見下ろされていた。
さらにはその足が伸ばされており、体の自由を奪っていた原因はそこにあると認識したものの力も入らず振り払うことが出来なかった。
「……その足を、どけろ」
「ロー、リイムはお前にとってただの“駒”だろう?恋人を装うとはお前にしちゃァ随分と面白い事をしたもんだ」
似たようなセリフをどこかで聞いた事があるけれど、誰だったっけ……とリイムは朦朧とする意識の中で思う。
そうだ、先生がいつか私にそう言ったんだった……そう思い出して無意識に小さく笑っていたリイムにドフラミンゴはジリジリと足の力を強めた。
「それよりも……ベビー5、状況を詳しく話せ」
「現在、麦わらの一味とトンタッタ族がシュガーを狙って暴れているそうよ、トレーボル様がいるけれど」
「片足の兵隊も、地下からリフトで王宮に侵入してきただすやん!」
二人が説明した状況に、ここまでくればきっともう少し、もう少しだ……と、リイムは意識をどうにか保ちながらドフラミンゴがどう出るのかに集中した。
「ロー、一体どういう事だ……!?お前らの狙いはSMILE工場、それだけのハズだ…
今日の思いつきで出来る事じゃねェ!!何故麦わらとグリーンビットの小人達が繋がっている!?どうやって地下へ…なぜシュガーを狙う!」
「…………?」

ドフラミンゴの言葉に返ってこない声。ローはたぶん、兵隊や小人達の存在を知らないはずで……これでいいんだ、とリイムは目を瞑った。
「偶然でなけりゃあ奴等この国の闇の根幹を知ってる事になる……リイム、お前の采配か?」
ここへ来てからずっと落ち着かなかったリイムだったが、うまく見聞色が使えないながらもすぐ近くに微かに感じた凍雨と、よく知っている人物の気配に大きく息を吸った。
「ただの“駒”が……そこまで出来ると思ってるの?」
ドフラミンゴにそう吐き出せば、一瞬背中に痛いほどの視線と気配を受けて、ローだろうかと思うもリイムはまだ動こうとしなかった。
「ロー!あんたも黙ってないで答えなさい!若が聞いてるでしょ!?」
ベビー5がそうローに問い掛けた直後、すすり泣く声が聞こえ、バッファローがお前ら昔のまんまだな、と呟いた。
「……言ったハズだ…あいつらと俺らはもう関係ねェ……同盟は終わってる」

リイムはそんなやり取りを聞きながら何となく三人の関係性を頭に浮かべる。
そしてローの発した言葉にそんな事ない、ルフィはもう、私たちの側にいるんだから……と、すぐそこまで訪れた運命の瞬間だけを待った。




積もっていたもの

「(あなたに今すぐにでも伝えたい事が、たくさんあるんだよ……ロー)」

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