〔58〕

大歓声の上がるコリーダコロシアムの前で、その固く閉ざされた門を三人は見上げていた。
どこからも中に入れる様子はなく、どうしたものかとリイムも頭を悩ませていた。
「で、どうすりゃルフィに会える」
「わからんからここで立ち尽くしているのでござる!」
「困ったわね、どこもすっかり閉めきられてしまってるわ」
「だがしかし、妙な行動はつつしまねば…」
捕まりかけた!と神妙な面持ちで語る錦えもんに、リイムも目立つ行動も出来ないし、と柵を手にする。
「……これ、海楼石ね。すり抜けようと思ったけど無理そうだわ、上からでも目立つしすんなり入れたとしても…中で騒ぎにでもなったら面倒だし……」
「じゃ、この壁ブッた斬るか!!」
「それこそ妙な行動にござろう!!」
「ああ…そうね、斬るなら手伝うわよ」
「やめい!!」
「じゃあ……そっと斬る」
「勢いの話ではない!!」
そうこう話しをている三人を、コロシアムの中から見つめる一人の人物がいた。
感動の涙で徐々に視界が霞んでいくその人物は、心の声でひたすらに歓喜の声を上げていた。

……うっわ〜〜!!あれ海賊狩りのゾロ先輩だべ〜〜〜!!ウイスキーピークの100人斬り伝説に始まり、エニエス・ロビーじゃ…
島中を滅多斬りにしたという、三刀流の剣豪!!!常にルフィ先輩の右腕として一味を支えてきた副船長の呼び声高き(俺の声)海賊!!
メチャメチャカッコイイベ〜〜〜!!涙が止まらねェ…って!!!!!
待て待て!!ゾロ先輩の隣にいるのは!灰雪の死神、リイム!!(一応先輩)
エニエス・ロビーでは颯爽と現れ海軍を吹き飛ばし、マリンフォードでもその力を発揮しルフィ先輩を助けた…
一味入りも時間の問題と言われていた(俺の声)ゾロ先輩にも負けず劣らずの神出鬼没の女剣士!
なのに!!気付いたらあの死の外科医の船の副船長になっでだ〜〜〜なんでだ!何でなんだ死神ィィィィ!!!
悔し涙さ出てきちまっただ〜〜〜!!俺のあの時の……あのピュアな気持ちを返してくんろおおおお!!!

「……ねぇゾロ」
「あ?」
「あの人…」
「あれは一体…何でござるか」
コロシアムの中から柵を掴んでガシガシと何かを訴えている様に泣いている男が目に入ったリイムは、思わずゾロの服を引っ張るとアレ見て、と刀を向ける。
「うおおおぉ!ゾロ先輩に……憎きしにが……み、じゃなかっただ、リイム先輩ィ!!」
「……誰だか知らないけど、今絶対、憎き死神って言ったわよね?」
ボロボロと涙を流しながら話すその姿に、三人は一体何事なのかとその人物を眺める。
「ルフィ先輩探してるんでずがァ〜〜〜!?」
「!?」
「お前、何でルフィの正体も俺達の名も知ってるんだ!」
ゾロがその人物に声をかければ、感動のあまりなのかますます涙が止まらなくなったその人物。
「お……お…おれずる…おっとパンでったら!!」
「…パン?」
「??…コイツ会話にならねェぞ」
時間の経過と共にますます何と喋っているか分からない状態となり、錦えもんも何故こんなに泣いているのかとその様子を眺める。
「さ…さい、サインくれまづか!?」
「あ!?」
「ルフィ先輩探してくっからほいたらサイン一枚くんろ?」
「ルフィが…何かしら」
「探してくれるんだな!?頼む!急いでくれ!!」
「うそ、何で今ので分かったの?」
ゾロが何となく言った事を汲み取った様で、ルフィを探す様頼む姿を見てリイムは一体彼は何なんだ、と思わず口が開いてしまう。
「……!!ほ…!ほー…!!ほいたら待っとってくんろ!!俺命懸けで探してくっからよォ!!」
「……」
「命懸けんでも…」
泣きっぱなしのその男はバタバタと走って行ってしまい、三人は顔を見合わせる。
「……ルフィを探してくれるのは分かったのだけど、結局彼は何だったの?」
「知らねェ、まァ探してくれるってんだ、待とう」
「……そうね」

フゥ、と一息をつくと先程の男の一言を思い出したゾロはリイムに問い掛ける。
「それにしてもお前、アイツの恨みでも買ったのか?」
「いえ、全く心当たりがないわ」
「船沈めたとか」
「……あんな目立つ頭だったら覚えてる気がするわ」
緑色だしね、とリイムはゾロの頭を見てクスッと笑うと、錦えもんがそういえば、とリイムの持つ凍雨に視線を落とした。
「話を変えてすまぬ、その刀なのだが」
「……?」
「拙者も資料でしか見た事がござらんが……」
「凍雨……何だか曰くつきな刀らしいわね、これ」
「やはりそうでござるか!」
まじまじと刀を見つめる錦えもんに、そうなのか、とゾロもリイムの手にしているそれを見る。
「とは言っても、私も詳しくは知らないわ…たまたま手に入れただけだから。位列もないって事くらいしか」
「天の怒り見えざるやう降り続け、その呪い地に着きし頃には既に遅く」
「……何かしら?それは」
「その妖刀に関する記述はこの一文だけしか残っておらぬようだ」
「あら、そんなものがあるのね」
凍雨は確か気象現象の名称だったわねと、手にした刀を眺めながら錦えもんの述べた一文について考える。
「……??どういう事だ」
「……その怒りが天から溶けて降り注いで、地上付近ででまた形となって、って事かしら?」
「おそらくそのような事ではなかろうか」
「それなら、この刀が凍雨って名前なのも少し分かるわね」
「……?分かりやすく説明してくれ」
「とにかく、その神の怒りや呪いがこの刀には宿ってるって事なのかしらね?」
時折、凍雨からは冷たく重い何かを感じる事はあった。それでも、私の手にはとても馴染んでいる。
先生が良い刀を探してやると島を巡った…いや、半ば強制連行された時に立ち寄った武器屋で、私は凍雨と出会ったのだ。
店の主人は重くてとてもじゃないが扱えないと言っていて、譲られた時にはその意味が全く分からなかった。
随分怪力な娘さんだな、と店主は笑っていたのだが、先生は小さく笑うと良い買い物だと札束を店主に一方的に渡して店を後にした。
私からしたらこんなに軽くて、こんなに鋭く重く斬れる刀など他に存在しないのでは、と思った程で
それが妖刀だからだという事を知ったのは、先生に一人で勝手にやっていけと言われたついでに聞いた時だった。
「後付けの昔話の類だとは思っておるが…刀自体が本当に実在してるとは拙者も思っていなかったでござる」
「まぁ…妖刀なんてそんなものよね」
「よく分かんねェが、刀マニアが騒ぎそうだな」
「確かにあの大佐さんも気にしてたみたいだけど」
凍雨の名の由来が少し分かり、リイムは改めて私にぴったりな刀だわと小さく笑う。
「死神が持つならそれくらいの妖刀くらいじゃないとね」
「そりゃそうだな」
「それにしても……」
海の方で急激に気圧が変化したような空気を感じていれば、遠くかすかに雷の落ちる音がする。
「ナミかしら」
「あ?何がだ」
「雷鳴ったでしょ?」
「そうか?晴れてるじゃねェか」
その反応に、ゾロと錦えもんには分からないものだったのかとリイムは何でもないわと呟く。
雷を落とせる状況ならば、命はあるはず。問題はそれが対誰なのか、という所だろうか。
しかし今はサンジが船に向かっているので、大きな心配はいらないだろう……仮にドフラミンゴがサニー号へ向かっていたりしなければ。
リイムは先程の緑の男がしっかりと仕事をしてくれることを祈っていると、それは思ったよりも早かった。

「ゾロ〜〜〜!!リイム!!キンえもーん!!」
「ルフィ!!思ったより早くてよかったわ!」
「お前ら!声でけェぞバカ!!」
思わずリイムも声が大きくなってしまい、あっと周囲を見渡す。
「トサカの奴が案内してくれてよ!」
「トサカ…ああ、さっきの緑頭の彼ね」
「で、アイツはどしたんだ」
確かにアレだけの存在感を放っていた彼の姿はそこにはなく、リイムもどうしたのかしらと首を傾げる。
「それがよ!アイツ途中で泡吹いちまってよ〜」
「……本当に、一体何なのかしらね、彼は」
「それより!用って何だ!?ゾロ!」
「お前なァこういう大会があるんなら何で俺を誘わねェんだよ!!」
ゾロが大きく脱線したところで、リイムも本来の目的はそれではないとハッとする。
「そうだな!悪かった」
「人が町中かけ回ってんのにてめェは!」
「おぬし!!それ用件ではなかろう!」
「……そうよゾロ、それに、さっきより海兵が増えてきているわ…もしかしたら正体がバレてる可能性も考えて!」
そうゾロに話しながら電伝虫を手に取るも、どうしても先程の雷の後から時折意識が遠くの空の方へと向いてしまい、その手が止まる。
「……奥方殿、早くかけねば」
「あ、そうだったわ…はい」
「拙者がかけるのか……これでよいのか?」
「お前ら何してんだ」
リイムは電伝虫を錦えもんに渡すと、本来の用件はこっちでしょう?とゾロの頭を小突く。
「そうだったな……あァ、ルフィ…このコロシアム海軍に取り囲まれてるぞ、あとバレてる可能性があるらしい」
「ふーん」
「おぬしら!軽い!!それが本題でござる!!」
「……」
「リイム?」
「あ、そうね……それが本題よ」
リイムはいつもよりも冷たく感じる凍雨をぎゅっと握り締め、
散ってしょうがない自身の意識をひたすらに鳴り続ける電伝虫の呼び出し音へと向けた。




遠雷

「……ロー」
「トラ男がどうかしたか?」
「えっ、え!?何で?」
「無意識かよ、声に出てたぞ」
「うそ、そんなに余裕ないのかしら……」
「……」
「私…みんなと連絡が取れたら、」
「あァ、行ってこいよ」
「……うん、行ってくる」

prev/back/next

しおりを挟む