〔57〕


僅かに感じたビリビリと響く何かに、一瞬リイムは足を止めて東の空へと視線を向ける。
「あ?どうしたリイム」
「…いえ、遠くで大気が震えた気がしたから
「天気でも崩れんのか?」
止めた足を再び動かしはじめ、リイムはフランキーに小さく呟く。
「ちょっとした嵐くらいなら…どうにでもできるわ」
「まー、確かにそうか!」
「それにしても、どこまで進めば?」
一向に辺りにはひまわりしかない。そんな状況にリイムはキョロキョロと辺りを見回す。
「ああ!着いたぞ、地下への入口だ」
「地下!?」
「急ごう、既に皆集まっているハズだ!」
地下に続く階段は想像よりも長く深く、徐々に沢山の声と気配が感じられリイムはその数の多さに息を呑む。
そうして辿り着いたそこには、リイムも予想していなかった者達が多数集まっていた。
「さァ紹介しよう!」
「隊長!!」
「こんなにたくさん……見た事もない小ささだわ」
「ここが反ドフラミンゴ体制、“リク王軍”決起本部!!」
「隊長〜〜〜!」
「強そうなオモチャだ!」
「決戦の日に相応しい!」
小人達は兵隊を隊長と呼び、その帰還を喜んでいる。さらにフランキーをオモチャだと思っており、どんな大人間だったのかと興味津々だ。
「これが、共に戦う者達…トンタッタ王国の小人達だ!」
「小人!?」
「ああ、腕力なら君らにも劣らない」
「目に見えない程動きも速く、町では妖精と呼ばれている」
「…!」
「……!あ!じゃゾロの刀を盗んだのは……!」
フランキーの呟きにこの小人達が妖精だったのかと納得しながら、リイムは辺りを見回すとコロシアムを映す大きなモニターが目に入る。
自然とその前にいる緑の頭が、先程刀を追って店を飛び出したゾロである事がすぐに認識できた。
刀を盗んだ妖精を追って、ここまで来ていたのだろう……偶然にしても、こうして合流できたことにホッと胸を撫で下ろす。
「早くー!船に戻るんじゃなっかったんれすか!?」
「おい!何やられてんだルフィ!!」
「お兄さん!ちょっと見えないれすよ!」
どうやら大会に出ているルフィを見つけたようで小人達を遮ってまでモニターを見ている。
「おい!ゾロ」
「お、フランキー……リイム!」
「おめー何やってんだここで!」
「…どうせ俺も出たかったとか思ってるんでしょう?」
「ったりめェだろ!こんな大会あるんなら何故俺を誘わねェんだあの野郎!」
そんなゾロの周囲の小人達が兵隊の姿に気付き、集まってくるのでリイムもその様子を伺う。

「隊長!偵察部隊の情報はまとめ終わってるれす!」
「敵の動き、そして“シュガー”の動きも確認済み」
シュガーの動きとは?と思いつつもリイムはそのまま報告の続きを聞き続ける。
「そして驚くなかれ今日の決戦を目前に…」
「そう!!トンタッタに伝説のヒーローが降りたったらしいのれす!!その名もウソランドとロビランド!!」
ウソランドとロビランド……?とリイムは一瞬耳を疑う。ウソップとロビンの事ではないのだろうかと思っていればさらに小人達は続ける。
「しかも彼らには仲間がいるそうで…名は、ルフィランド、ゾロランド、ナミランド、サンランド、
チョパランド、フラランド、ホネランド……そして助っ人のデスランド!!」
その報告に、ゾロとフランキーもウソップの仕業だと感づき、ゾロが一瞬考え込むような仕草をみせる。
「あ……たぶん俺がゾロランドだ」
「おれはフラランド、よろしく」
はァ、とため息をつきながら自己紹介をしたゾロが、未だに棒立ちのリイムを肘で小突く。
「で、こっちがデスランドだ」
「……デス…ランド…デス」
「え〜〜!!!嬉しい〜〜〜!!」
リイムは引きつった笑みを浮かべながら、デスって何よデスって、とちらりとゾロを見る。
「さすがヒーローの仲間れす!だじゃれも一流れす!」
「……!!いえ、今のは違う…わ…」
フランキーまでは名前だったのに、どうして私と骸骨くんだけ!とリイムが顔をしかめれば、死神だからだろう?とゾロに鼻で笑われる。
「……って!!」
「あ?どうした?」
「今ここにウソップとロビンが向かってるって……言ったわよね」
リイムは顔色を変えてフランキーに問い掛けると、その意味に気付いた様にフランキーもひげを触りながらマズイな、と呟く。
「はっ!それ所じゃねェ!」
「そっちは何よ!?」
「俺は早くサニー号に戻らねェとナミ達が!!」
「私さっきから言ってるれすよね!!」
「ナミ達に何かあったの!?」
「ドンキホーテのもんがサニー号を襲いに行ったらしい」
やはり事態は思わしくない…少しずつ狂っていく歯車にリイムは思わずゾロの腕を掴めばフランキーが口を開く。
「おいリイム……お前はひとまずゾロと一緒に行け」
「え……?でも工場破壊はもう目の前で」
「小娘が強がってんじゃねェ、お前が今どうしたいのか……俺にでも分かる」
どういう事だ?といった顔でゾロがフランキーとリイムを交互に見つめ、腕を掴んでいるリイムの手が小さく震えている事にも気付く。
「選手交代だ!ウソップとロビンがこっちに来るって事はトラ男は今一人だろう?一度状況も確認したほうがいい、行って来い!!!」
「……で、でも!!」
「俺に任せろと言っただろう…?工場の破壊はこの俺が責任を持って請け負う!!」
そのフランキーの言葉に、リイムは決心すると同時に今まで抑えていた思いが爆発しそうで思わずグッと歯を食いしばる。
「……分かったわ、ありがとうフランキー!」
「デスランドも行くれすね!?そうと決まれば早く出るれす!」
「ええ、行きましょうゾロ」
リイムの表情を見たゾロはぽすんとその背中を叩くと、行くぞ、と出口とは逆の方へと走り出した。
「だから!そっちじゃないれすよ!!」
「……せっかくカッコつけたのに台無しね、ゾロ」
「うるせェ!!」

そうしてアカシアの町へと出たリイムとゾロ。リイムは危機的状況であろうサニー号に一度戻るべきか、現状の分からないグリーンビットへ向かうべきか迷う。
どちらかと言えば、すぐにでもローのいる場所へと行きたい。だが冷静になろうとすればするほど、本当に正しい判断が遠ざかって行くような感覚に、リイムは嫌な汗をかいていることに気付く。
「ゾロランド、もうすぐ“左”へ曲がるれすよ、あ…デスランドに説明したほうが早いれすね」
「そうかもしれないわね、ゾロ、そっちじゃないわ」
「“左”というのはあなたが刀を差してない方で…」
「俺ァ右と左もわかんねェのか!!」
「はい」
相変わらずの方向音痴ぶりを発揮する幼馴染にリイムは少しだけ小さく笑い、今の時点で何か情報はあるのかしら?と小人に尋ねる。
「あなた達の船を襲っているのは、ドンキホーテファミリー女幹部ジョーラの一味!彼女は芸術的に相手を戦闘不能にし手強いれす!!」
「そこまで分かってんのか!」
「幹部以上の名前・顔・力は知れる限り完全に覚えているれすから!」
そう語る小人、ウィッカは10年前の出来事を思い出しながら、最高幹部、トレーボル、ディアマンテ、ピーカの顔は絶対に忘れない、と話す。
「ディアマンテ…英雄と謳われていたあの男、最高幹部だったのね」
「そうれす!コロシアムを取り仕切っている男れす!」
そう話をしていれば、ふと知った気配を感じ取りリイムはチラリと交差する路地を見る。
「ん!?リイムさん!あいつも!」
「おお!!ゾロ殿!ロー殿の奥方!こっちでござる〜〜〜!!」
やはりそこにはサンジと錦えもんがおり、サンジが錦えもんに声がでけェよ!と蹴りを入れている姿が目に入る。
「……奥…方?」
錦えもんの呼び方に違和感を覚えたものの、それどころではないとリイムは進路を変える。
「誰れす、あの仲良し」
「ぐるまゆランドにチョンマゲランドだ」
ウィッカの質問にそう答えるゾロもリイムの後に続いて合流を果たす。

「なにィ〜〜〜!?ナミさんを助けに行く〜〜!?やっぱりヤバかったのか!道理で電伝虫に出ねェ訳だ!!よし、俺も行く!」
「待てサンジ殿、ルフィ殿に状況を知らせるためにここにいるのであろう?」
そう話しているゾロとサンジと錦えもんを眺めていれば、路地裏から一つの視線を感じリイムは目を向ける。
「……」
「黒足っ!!」
「うお〜〜〜!!愛しのヴァイオレットちゃ〜ん!!」
ぐりんとハートを散らしながらそちらへと方向転換するサンジを見ながらも、リイムはそのヴァイオレットと呼ばれた人物を視界へと入れる。
「情熱的に刺されろ、お前……」呆れたようにそう呟いたゾロの言葉もあまり頭には入ってこず、すぐ後に発した彼女の言葉がただ頭にこだまする。
「あなた達の船がウチのジョーラに奪われてグリーンビットへ向かっているわ!」
「え!?」
駄目だ、どうするべきか分からない。選択を少し間違えただけできっと事態は大きく変わってしまう。
船を奪ったジョーラがグリーンビットへ向かう理由…ドフラミンゴはまだそこにいるのだろうか。
だとすれば、恐らくローもいる可能性も高い……と、リイムは必死に答えを探す。
「とにかく!俺の方が先にナミさんを心配してたし!!ナミさんだってお前より俺に来て欲しいに決まってる!!だから俺が行く!!」
「分かった!行けよ!!」
「リイムさん!!」
「……」
「リイムさん?」
「……あ、サンジ…何かしら」
サンジは考え込んでいるリイムの手をそっと取ると、電伝虫を取り出してその手に乗せる。
「リイムさん、取引の直前にローに連絡してすぐに島から逃げるように言ってあります」
「そう…」
「……ひとまずこのオモチャの家の地図は同志が待ってる錦えもんに……で、一度全員の状況を確認しましょう」
「……そうね」
「俺はサニー号に戻ってます、ルフィに会えたらこれでサニー号に繋いで下さい」
「ええ、分かったわ」
リイムはサンジをしっかりと見ると、小さく微笑む。きっと大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせるように。彼なら島を脱出する事くらい容易いはず。ただ、逃げ出すだけなら、と。
するとサンジはすぐにヴァイオレットちゃァん!と踵を返す。
先程の会話の内容から察するに恐らくドフラミンゴファミリーの者であろうとリイムは思っていたのだが
ハートを散らしてその人物と行ってしまい、一体どうなっているのかとその姿を眺める。
「確かサンジ、恋してるって言ってたわよね…大丈夫なのかしら」
「リイム、俺達も行くぞ、マユゲはほっとけ」
「……そうね、こっちはルフィね、コロシアムならここからそう遠くないわ」
「……それにアイツなら、大丈夫だろ」
その言葉と同時に感じた頭を叩かれた衝撃に、リイムはきょとんとゾロを見る。
「お前が、海賊王にすると決めた男なんだろう?」
「……?ええ、そうよ?」
「それなら、さっさと行くぞ」
今度は頬をつねられたリイムは、顔に出てしまっていたのだろうかとクスッと笑みを浮かべる。
「……私の選んだ道は間違ってないわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「私達、気が合うわね」
同じ様に誰が為に世界一を目指すと決めた幼馴染は、私の思う事はやっぱりお見通しなんだわ、と
リイムは小さく小さくありがとうと呟いて、アカシアの町を吹く風に乗せた。




ミモザ

「あァ?何か言ったか?」
「……そっちじゃないわ、右よ」
「分かってる、こっちだろう?」
「侍さんも困ってるじゃない…もう」
「って!俺は親に手を引かれる子供か!」
「こうしたほうが早いもの」
「……説教されて道場から逃げた時みてェだな」
「えっ?何?」「なんでもねェ」

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