〔59〕

呼び出し音が鳴り続けていた電伝虫から、ガチャっと音がしてサンジの声が響く。
「……リイムさァんッ!!…って何で錦えもんなんだ!まァいい…そっちでウソップにつなげチョッパー!」
「うん」
そう話す声が聞こえ、サニー号は一旦大丈夫だったか、とリイムは胸を撫で下ろす。
「サンジかー!?おれだぞ〜〜〜〜!」
「ルフィ!」
「こちらウソーーーップ!!」
ルフィが電伝虫に向かって叫べばナミの声と船でつないでいるであろうウソップの声も聞こえてくる。
「リイムさんはまだいるのか?」
「ええ、いるわよ」
「っ、リイムさん、今すぐにローの所に!」
「……ありがとう、状況を確認したら向かうつもりよ」
今すぐにでもローの元へ向かいたいと思っていたリイムだったが、感情に流されては冷静な判断が出来なくなると、最善の判断をする為にも思いとどまっていた。
そんなリイムの気持ちを汲み取るかのようにサンジはふぅと息を吐き、それなら……と再び話し始める。
「手短に済ませよう、ロー以外は全員いる筈だな!各自状況を教えろ!」
「アゥ!!こちらフランキーだが、ロビンとウソップが一緒だ…俺達は今、この国の反ドフラミンゴ体制“リク王軍”と一緒にいる!」
「軍隊!?」
驚くルフィにフランキーは小人の軍隊だと説明しながら話を続け、リイムはその電伝虫に意識を集中させた。
「ルフィ、俺達コロシアムの前で妙な兵隊に会ったよな」
「うん!小人って!?」
「あいつは実はこの軍の隊長だった!まさに今日ドフラミンゴを倒そうってんだ!!」
ルフィはコロシアムの中からアッと何かを思い出したかのように声を上げる。
「それだ!オモチャの兵隊!!レベッカが止めたがってたのそいつだ!フランキー!その軍隊止めろ!」
「アホ言え!!俺が言いてェのはその逆だ!お前あのレベッカと話したのか!?」
「うん、それがめちゃくちゃいい奴でよー」
ルフィがレベッカが弁当をおごってくれた話と、コロシアムのレベッカに対する客の反応の話をする中
リイムは静かに目を閉じ、余計な事を考えないようにとフランキーの次の言葉を待つ。
「ルフィ、それにリイム」
「……」
「俺はトラ男の作戦は承知してるつもりだ…工場を壊しカイドウを倒す為にドフラミンゴは生かして利用する」
フランキーが自身の名前を呼んだ事でリイムはピクリと肩を揺らし目を見開き、確かにローはそう話していた、とローの姿を思い浮かべる。
「だが…今日ドフラミンゴを討とうとしてる奴らはどうなる、俺達にとっちゃドフラミンゴの勝利の方が好都合か?」
「……」
フランキーの話に聞き入っているルフィをリイムはただジッと見つめる。
おそらくフランキーが話すであろう言葉の続きと、ルフィの下す判断は……私の思っている通りではないのだろうか、と。
「一見楽しげなこの国には深い深い闇があった!!ウス汚く巨大な敵に挑むこの勇敢なるちっぽけな軍隊を……俺は見殺しにはできねェ!!」
「フランキー……」
「ルフィ!お前が何と言おうと俺はやるぞ!!リイム!!お前には悪ィが!!」
恐らく涙してるのであろうそのフランキーの声と、その声を聞くルフィの表情にリイムは電伝虫に向かって小さく呟く。
「……私達が頼まれたのは、工場の破壊、よ。それが遂行できるならば、そこに至る過程はなんだってかまわないわ……私はね」
その言葉を聞いたサンジも、電伝虫の向こうでそれなら引き返すか、と呟きルフィも電伝虫に向かって大きく叫んだ。
「フランキー!!好きに暴れろ!!俺達もすぐ行く!!」
「アゥ!!すまねェ!!」
「……」
やっぱり思った通りだ。彼らはそうなったらもう誰にも止められない事は知ってる……
工場とあの兵隊の率いる小人達に関しては、何がどうなってもフランキー達がどうにかするのだろう。
それならば私は、ローの所へと行き状況を確認しサポートに回る以外に選択肢はない……
そうリイムは判断し、大きく息を吐き出すと小さく震える手を抑え込む様にギュッと握る。
「ゾロ」
「あァ…クソコックも急げって言ってたな、早くトラ男ん所に行ってこい」
「……ゾロ、一つだけお願いがあるの」
「……?」
「私にもしも何かがあった時は、ローだけは……私の船長には帰りを待ってる人達がいるからっ……、」
リイムが切羽詰った様にそうゾロに告げて俯いていた顔を上げれば、呆れたような顔でリイムの額をバチンと弾く。
「っ、痛い!!」
「ったく、バカか……お前らは」
「……」
「あのな、お前の気持ちも痛ェ程分かるが…リイムがリイム自身を信じなくてどうする!」
「……ごめん」
「それに、お前は……俺のライバルだろうが、世界一を決める時は、お前とじゃねェと困る」
「そう、よね」
リイムは両手でバチンと自分の頬を叩くと、大きく頷いて行ってくる!とゾロを見て微笑む。
ゾロも行ってこい、とリイムの握り締めた小さな拳に自身の拳をぶつける。それを押し返したリイムがふとグリーンビットの方の空を見上げた時だった。

突然、爆音が遠くから聞こえたような、空気が変わったような耳鳴りにリイムはすかさず見聞色を発動させる。
「どうした?」
「……遠くで、大きな音…戦闘か何かが起こってる」
「なんだと?」
「……!!」
するとその轟音はだんだんと近づいてきており、ゾロも錦えもんもその音の方へと視線を向ければ建物が煙を上げながら崩れていく様子が目に入った。
「何だ!?何かそっちからすげェ音聞こえるぞ!?」
「おい!そっちで何か起きてんのか?」
「何だ?町が……!」
電伝虫の向こうへもその音は聞こえているようでサンジもウソップも何が起きているのだろうかと問うも、
誰しもその状況が理解出来ずにすぐに返事はできなかった。
唯一何かを察知したかのような動きを見せたのはリイムだった。もしかしたら、もしかしたらとその気配を捉えようと神経を研ぎ澄ませた。
「……リイム?」
「……っ」
瞬間、顔色を変え刀を握った幼馴染にゾロもその近づいてくる何かを確認しようと目で追う。
すると、目の前で爆風を伴った衝撃音が響く。何かが落下したであろうその衝撃で砂煙で辺りの視界が遮られた。

「…っ……うそ……よ、ね…どうして……」
「何だ!?」
「あ!!」

ゾロは、小さく何かを呟いたかのようなリイムの声を聞いた。
ルフィもその騒ぎにコロシアム内から叫び、その正体をうっすらとだが確認できた錦えもんが声を上げるする。
「おい!リイム!!待て!」
「……………っ!!!!!」
ゾロが隣にいるはずのリイムの豹変した気配におもわず声をかけ呼び止めるも、徐々に薄くなっていく砂埃に人影を確認出来た時には既に遅く
ガキィン!!と音を上げたかと思えば、先程の鋭く重いリイムの気配はそこにはなかった。
「ドフラミンゴ!!」
「っ…リイム!!お前っ!」
「あれは…ロー殿!!奥方も!!」
血だらけで地面に倒れこんでいるロー、ドフラミンゴの目の前で血を吹き出して膝から落ちていくリイム。

「っ…ドフラ…ミンゴッ………なんで…」
「フッフッフッフッ!!リイム、久しぶりじゃねェか……油断してたらこの俺でも斬られてたかもなァ!?」
ローの弱々しい気配と、その先に覚えのある狂気に満ちた気配を感じたリイムは、それがドフラミンゴであると確信しすぐさま刀を抜いて切りかかったはずだった。
すぐにドフラミンゴから放たれた糸に、リイムは避けられないととっさに判断し刀を向けたまま自身の体に意識を張り巡らせた。
そのままドフラミンゴの放った糸は体を素通りし、振りかざした刀はドフラミンゴを捉えたはず……だった。
しかしリイムは突然、激しい痛みに襲われ、自身の身体を見れば糸が何本か貫通している事が理解出来た。
雲粒になっていた体は元の生身の状態へと戻ってしまい、体中を熱い何かが駆け巡り抑えきれないままそのどす黒い液体はリイムの口元から流れ出た。

「おいリイム!!しっかりしろ!トラ男!お前なんでドフラミンゴと!?どうなってんだ!!?」
周囲には騒ぎを聞きつけた海軍達や市民達が続々と集まって来てきていた。
「おい!リイム!!!」
「ミンゴお前っ!!リイムはロギアじゃねェのか!?」
ゾロもルフィも目を見開いたまま、崩れながらも貫通した糸によって倒れ込まずにいるリイムに叫ぶ。
錦えもんの手にする電伝虫から騒ぎに何が起きたのか確認する声が聞こえるも、錦えもんもただ呆然とその様子を見ている事しか出来ずにいた。
「フッフッフッ!さすが3億6000万ベリーの賞金首…素早い判断力と身のこなし、そして剣術!王下七武海様の右腕だけあるなァ……だが」
ニヤリ、とリイムを見たまま笑みを浮かべて銃を取り出したドフラミンゴはその銃口をローへと向ける。
「そうだな…お前には少しばかり…」
「……っ…どう……し…て」
「リイム、お前が別のロギアの能力者だったら…ここからローを救う事くらい容易かったかもしれねェな…
しかもお前はウェザウェザの実の能力を使いこなせてねェ、それがお前の敗因、だ」
リイムは歯を食いしばりながらどうにか凍雨を地面に突きつけて立ち上がろうとするもバランスが取れずに横に倒れこんでしまい、さらに血が流れ出る。
「ッぁあああァッ!!」
「一つ……教えておいてやろう…俺は雲に糸をかけて空を移動する事が出来る…
つまりだ、雲と同じ性質になったお前は……頭のいいお前ならもう分かっただろう?」
悲鳴を上げるリイムに、ドフラミンゴは糸を消しローの方へと視線を向ける。
……最悪だ、最悪、最悪……ローは目の前にいるというのに、あんなに血だらけで倒れているというのに、私はどうする事も出来ない。
本当に、もっとこの悪魔の実の能力を使いこなせていたら私はあなたを助けられたのだろうか。私は、このままあなたを助けられずに死ぬのだろうか。
リイムはどうにかドフラミンゴを止めなければと再び凍雨を握る。
「ハァ…リイム……」
ローは微かな意識の中で、一瞬だけ血だらけのリイムの姿を捉える。どうして今ここにリイムがいるのだろうか、どうしてドフラミンゴと……
そう思った次の瞬間には、ドフラミンゴの重く低い声と、いつからか当たり前の様に聞いていた、何だか懐かしくすら感じる自身の名を呼ぶ声がローの脳内に広がっていった。
「ロー!!!」
「ガキ共が……図に乗り過ぎだ!!リイム、今から目の前で起こる事を…己の愚かさを思い知りながらよく見てるんだな!!」

ドフラミンゴが銃のレバーをガチャリと下げ、今一度、ローに向けて構えた。
ローの所へ行こうとゾロと拳を合わせたあの瞬間からここまでは一瞬の出来事であったのに、リイムには全てがまるでコマ送りの映画のワンシーンの様に映る。
ドフラミンゴを止める事も、ローを助ける事も……そして目の前で起ころうとしている出来事から目を逸らす事も出来ずに、リイムはそこから一歩も動く事が出来なかった。

引き金を引いたドフラミンゴ、ドン!ドンッ!と辺りに響き渡る鈍い音、その銃弾を浴びるロー。

「……ッ!トラ、」
「いやだ!!やだ!ロー!!!ロォーーーーー!!ローーーッ!!」
何発も何発もローに向かって発砲したドフラミンゴに、リイムは血を吐き出しながら何度も、何度も何かを確かめるかの様にローの名を叫んだ。

……やっぱり私は、ローの事が誰よりも、何よりも……
あの時、あの灰色の雪景色の中であなたの手の温もりを感じながら思った事は、
誓った事は本当だから、嘘なんかじゃないから、だから……

目の前でぐったりと動かなくなったローを映すリイムの意識は、
血を流してるとは思えない程……残酷なまでに鮮明だった。




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