〔56〕

「おいリイム、俺はちょっと腹ごしらえをしてェんだが」
「え、さっきも食べてたじゃない」
「そんな時間はないぞ!」
“お花畑”を目指し町を行くリイム達だったが、コーラの補充がしてェと言い出したフランキーにリイムはテイクアウトして食べながら行けば?と提案する。
「そうだな、ナイスアイディアだ……丁度バンバーガー屋が見えるな、買ってくる」
「ええ、私は外で待ってるわ」
キュラキュラと足元のローラーの音を立て店へと入って行ったフランキーと肩に乗った兵隊にリイムはふぅっと息をつく。
ふと近くの店の時計を見れば2時59分を示しており、何事もなければ取り引きが成立する…そう腰に差している凍雨を握った瞬間。
上空に多数の気配を感じて空を見上げれば、ニュース・クーを配達するカモメ達が徐々に高度を下げて来る姿が視界に入る。
もう一度時計へと視線を戻せばその表示は午後3時ちょうどへと変わる。ヒラヒラと舞い始めた灰色のそれをリイムはただただ見つめる事しか出来ない。
「号外〜!!号外だ〜〜!!」
「ニュースの訂正があるぞー!!」
「……まさか」
そんな人々の声に、手に取ることもなくヒラリと地面へと落ちた一枚の新聞に目を向ける。
イヤでも視界に入って来るそのサングラスをかけた顔写真にリイムは全身から血の気が引いていくのを感じた。
「……どうして…?訂正って、何よ……」
そのまましゃがみ込むと、リイムはその新聞を手に取る。
同時に、周囲に急に海兵が増えた事にも気付きリイムは一気に思考をフル回転させる。
「これじゃ、取引にならないじゃない…踊らされていたのは私達」
「おいリイム、何の騒ぎだ?何があった……?」
店から出て来たフランキーがそうリイムに話しかけるも、手にしている新聞と周囲の人々の反応ですぐに何が起こったのか察する。
「おい、リイム」
「フランキー、これじゃローが……っ、ローが!!」
そう言ってフランキーを見上げたリイムの顔に、彼は一瞬バーガーを頬張ることを止める。
「おめェが何を考えてるかは、少なからず分かるつもりだ…だが、ひとまず行くぞ」
「……そう、ね」
泣く事をこらえているかの様な表情で立ち上がったその姿に、兵隊はとある少女を思い出し思わず声をかける。
「……君達は知らなかったのだな、このニュースが誤報だという事を」
「……ええ、でもだからと言ってここで立ち止まる訳には……いかない」
行きましょう、とフランキーに声をかけて走り始めた瞬間、電伝虫が鳴り響いた。

「え、あなた電伝虫持ってたのね」
「あァ、とりあえずサンジからか?出るぞ」
「ええ」
「こちらサンジ!フランキー、どこにいる?お前今一人か?」
「今俺はお花畑に向かってる…リイムと一緒だ」
「本当か!??リイムさん!聞こえますか?」
つーかお花畑ってピクニックかよ!とつっ込むサンジにリイムも少しずつ冷静さを取り戻す。
「聞こえてるわ」
「よかった!!」
「そういうおめーはどこで油売ってんだサンジ……」
「俺は恋をしてた!」
「ほーそりゃいいな!」
「……」
速度を上げるフランキーに、リイムも話を聞きながら走るペースを上げていく。
「…ところで、だ。“工場”は見つかりそうだぞ」
「ホントか!?」
「だが…即破壊でトンズラって訳にもいかなそうだ、想像以上の大仕事になるだろう」
「!?」
フランキーの言葉に一瞬驚いたよう様なサンジだったが、すぐに話を今一番の問題へと切り替える。
「それよりも時間がねェ!ドフラミンゴが」
「あァ、号外は今読んだ…まんまとやられた感じだな」
「……」
「…これでシーザーを取られちゃウチの作戦は全部水の泡だからな…」
もぐもぐとバーガーを頬張りながら進むフランキーに、背後から先程の店の店員が追いかけてくる気配を察知してリイムは少しだけフランキーと距離を取る。
「おい!ウチはツケじゃ食わせねェ!そこのオモチャ捕まえてくれー!!」
「……何してるのよ、フランキー」
どうやら相手をする気はない様で、そのまま無視して進んで行くフランキーにリイムは小さくため息をつく。
「…兎にも角にも、工場をブッ壊して鼻を明かしてやろう!お前もこっちへこい!“お花畑”へ!」
「だから何なんだそのメルヘンな目的地!!」
電話の声が聞こえる位置をキープしながら内容を聞いていれば、ナミに連絡がつかないのだと嘆くサンジの声が聞こえてくる。
「お前、あいつをまだか弱いと思ってんのか?大丈夫だ、ブルックもモンスターチョッパーも一緒だぞ!」
そのフランキーの言葉に、リイムもローにはロビンとウソップがいる事を思い出す…その事を忘れるほど、新聞を見た瞬間は絶望に似た何かがリイムを襲ったのだが
こうして誰かといると、落ち着いて物事を見る事が出来る…やはり、一人じゃないという事は大きい、と前を行くフランキーを見つめる。
「おい!フランキー、リイムさん!驚くなよルフィが今……」
「あァ、アイツなら今武術大会に出場している」
「…!何をやらせてんだ!しっかり見張ってろよ!リイムさんも止めて下さいよ!」
「お前が人の事を言うな」
「今回ばかりは…仕方ないもの」
距離を置いているリイムの声はサンジには届く事もなく、少しすると電伝虫も切った様で先程から追っていた店員の姿も見えなくなっていた。

リイムは再びフランキーと兵隊の横へと並ぶと、兵隊が一つ話しておこう、と口を開いた。
「……?」
「このドレスローザには10年前にドフラミンゴが王座に就いてから固く守られ続ける二つの法がある…」
「二つの法?」
「ああ…一つ、国の消灯は“午前0時”それ以降外を出歩かない」
「え〜〜〜!?大人もかァ?」
「人間は自分の家に、オモチャはオモチャの家に帰る…深夜は誰一人外に出てはならない!」「飲みにも行けねェじゃねェか」
「どうせ店など開いちゃいないさ」
国民をそこまで時間で縛る理由はなんだろうか、とリイムは思う。そしてそれを守らざるを得ない理由がある。
……やはりこの国の存続の一つのキーとなっているのは“オモチャ”である事は確実だろう、と兵隊の話の続きを待つ。
「二つ目……オモチャは人間の家に決して入ってはならない」
「な〜に〜?仲良くやれてる様に見えるが…そんな事も禁じられてんのか?」
「言い方は悪いけれど…ただのオモチャでしょう?オモチャは人が遊ぶためにあるものじゃないの?」
普通おもちゃといえば人々の身近に存在するもので…確かに今この国を客観的に見てフランキーの言う通り、上手くやっている様に見えるのに、
何故そこまで明確に区別し、隔てる必要があるのかとリイムは兵隊に問うも返事はない。
「……」
「まァ…作られた人工物と生物の悲しき境界線というなら仕方ねェが…」
「そうなると元々のオモチャの存在自体が少し疑問になってくるわ」
「そうだよなァ、何だかすっかり見慣れちまったが……そもそもお前らオモチャは何なんだ!?」
「………」
何か考えるような素振りで黙りこんでしまった兵隊にフランキーは続ける。
「意志もある、口も利く!お前らを作り出したベガパンク級の技術者は誰なんだ!?」
「……」
それでも、未だに前だけを見据えている兵隊にリイムは何か話せない理由でもあるのだろうかと思っていると
少し先で女性の悲鳴が聞こえてフランキーと兵隊も思わず一瞬止まり、リイムも足を止める。

「誰か!通報して!オモチャが壊れた…“人間病”よ!!」
「聞いてくれ!違うんだ!思い出してくれエスタ!おれだよ!!」
人間病?とフランキーとリイムは目を合わせて首を傾げる。そのままその騒ぎの様子を見ていると、ますます疑問ばかりが増えていく。
「離れて!気味が悪い!」
「どうしたの!?急に!今まで仲良くしてきたのに!!」
オモチャが女性の服を必死に引っ張り、見かねた男がオモチャを殴り飛ばす。
「エスタ!!おれがお前の恋人だよ…!!!そんな男とくっつくんじゃねェよ〜〜〜!!!」
「思い出してくれェ〜〜〜!!!イヤだ!離せお前ら!!おれは!人間だァ〜〜〜!!!」
騒ぎを駆けつけた警備兵にそのまま引っ張られて行ってしまい、スクラップと書かれた扉に放り込まれるオモチャをただ見ている事しかできないリイムとフランキー。
だが今の出来事に、リイムは一つの可能性を浮かべる。そうすれば、これまで感じてきたこの兵隊への疑問も解決するのだが…と兵隊へ視線を向ける。
「……あなた達ってもしかして」
「……丁度いい所に、だが…君は見た目も人間だな」
近くを通りすがった犬型のオモチャを見た兵隊が、そう呟きながらリイムを見上げる。
その兵隊の視線にリイムは、私がいて何か都合が悪い事でもあるのだろうかとフランキーをチラリと見て、ああ…成程と納得する。
「……人間がいたら話しづらいって事かしら」
「そんな所だ」
フランキーは思いっきりオモチャに見えるし、先程からも人々からはそういう認識をされている。
遠くても会話は聞こえるから問題ないわ、とリイムは少し離れると意識をフランキー達へと向ける。
「君!ちょっといいかな」
「何かな!?」
「安心してくれ、彼もオモチャだ」
「ん〜〜!!納得のワンポコ!!」
フランキーもオモチャだと兵隊がその犬型のオモチャに説明すると、安心したように兵隊の近くまで寄って来る。
「…君は誰だ」
「……おれはあの子の父親で…あの女の夫だ、名前は“ミロ”、“ワンポコ”じゃない」「!!?」
その会話にフランキーは苦虫を噛み潰したような顔をしており、リイムも先程浮かんだ可能性がより事実へと近づいたとその様子を見守る。
「ボウヤ…父さんはいるか?」
「え?いないよ、そんなの」
「あんた夫は?」
「いないわ、結婚もしてないしよくある事でしょ?」
ワンポコを連れていた親子に兵隊が話しかければそう返ってくる。先程ワンポコが言った事と親子の返答がちぐはぐな事にフランキーの眉間にはますますシワが寄る。
「おい兵隊!お前は一体俺達に何を見せたいんだ!?何がどうなってる?」
「…つまりこの国には…」
親子と共に歩いて行ってしまったワンポコに、リイムも再び進み始めた二人の側に近づき答え合わせを待つ。
「この国には、“忘れられた者達”と“忘れた者達”がいる……!!我々オモチャは元々みな、人間だったのだ!!」
「えェ〜〜〜!!?」
だからこんなにも、彼は人間らしかったのか…とリイムは兵隊を見つめながら歩みを進める。
「10年前、ドフラミンゴが連れて来た一人の能力者の手によって、我々はオモチャの姿に変えられてしまった!!」
「能力者……」
「おい!?じゃあお前も!?」
「……」
「つーかなんでリイムはそんなに冷静なんだ!」
「可能性として浮かんでたから……」
さすが七武海の右腕として動く女、とフランキーは思いながらもある事を思い出してリイムに問いかける。
「そういやァ電伝虫、俺様が持ってねェと思ってたんだろう?使うか?」
「……いえ、今は大丈夫よ、ありがとう」
「そうか」
何かあったら連絡しろ、と彼は言った。今は工場への手がかりも見つけてそこへ向かっている途中…
ややこしくはなりそうだが工場破壊は目の前。それに今、ロー達は最悪の場合…工場から目を逸らさせる為にドフラミンゴを引き付けている可能性もある。
私が無駄に連絡を取って、この計画がドフラミンゴにバレることの方が問題。
そう思いながら走り続けていれば、“FLOWER HILL”と書かれた小高い山の様なものがリイムの瞳に映る。
「さァ…“花畑”が見えた!!そこで……全てを話そう!」
「……!!」
そのふもとへと辿り着けば一面、眩しいほどのひまわり畑が辺りを覆いつくしていた。
その目の前に広がる向日葵色にリイムは懐かしい仲間の待つ船と、初めて出会った時に彼の着ていたパーカーを、思い浮かべた。




太陽と月

「……アイアイ、船長」
「あ?何だリイム」
「気にしないで、独り言よ」

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