〔55〕

兵隊とフランキーを追い、コロシアムから出たリイムの視界には町の時計が映る。
「2時45分……」
ローとドフラミンゴの取引の時間まであと15分。リイムはふと北の空を見上げた。
…大丈夫、ロビンが一緒にいるから、そう自身に言い聞かせると視線をフランキーの背中へと戻す。
コリーダコロシアムに沿って走っていると、コロシアムから何やら兵隊を呼ぶ声が聞こえリイムもその声の先へと視線を移す。
「兵隊さんっ!!」
「……レベッカ…」
「……?」
「ん?」
どうやら知り合いのようで、兵隊を担いでいたフランキーは一旦歩みを止め、リイムは急いで先へと進みたい衝動を抑えながら様子を眺める。
「会場内の…リストは見た。やはり出場したんだな…私は止めたぞ」
「私……やるよ!?勝つよ!?兵隊さん!!」
よくよく見ていれば、レベッカと呼ばれる人物の目にはあっという間に涙がたまり、ぼたぼたと零れ落ちていく。
「勝ったら…そしたらねェ!!一緒に暮らそうよ!!」
「…泣くような戦士に大会は取れん!!おい、先を急ぐぞ!!」
ふいっと視線を逸らした兵隊に涙を流すコロシアム内のレベッカ。リイムはこの二人の関わりが深いものであるとすぐに推測出来た。
しかし、いいのか?と尋ねるフランキーに兵隊は急いでくれと捲くし立てるとすぐに走り出してしまう。
「ちょっと!本当にいいの!?」リイムは思わず声をかけるも、君も早く!としか返事は返ってこなかった。
リイムもすぐに二人の後を追わなければと思った……その瞬間。
「オモチャにだって…守りたいものくらいある!」遠ざかる彼らの会話をそっと耳で追っていれば聞こえてきた兵隊の声。
そんなブリキの兵隊の背中に、決意や思いが入り混じったような何か、を感じる。うまく言葉に出来きないそれの正体はおそらく……人間らしさ。
どうしてただのオモチャだというのに、工場破壊の作戦といい、今といい……
見ていて何故かズキズキと胸が痛んで、苦しい。その理由は分かっていた、けれど今はその事を考えても何も変わらない……
リイムはグッと唇を噛み締めたその時、パチリと柵の中のレベッカと視線がぶつかる。
「……」
「あの!」
「……私かしら」
「あなたも、兵隊さんと行くの……?」
その問いに、一体何と答えていいのかリイムは悩む。彼女は兵隊が今からどこへ行くか知っているのだろうか。
彼女も兵隊や…そして私達の様に、今日という日に賭けているのだろうか。
その為に大会に優勝してメラメラの実を……?と、リイムはレベッカの涙で潤んだ瞳を見つめる。
「兵隊さんに…兵隊さんをっ!!」
「……私がいれば、何かが変わるのかしら」
「……?」
小さく呟いたその言葉はレベッカには届かずに彼女はグッと柵を掴んだままリイムを見つめ、一瞬の間が二人を包む。
そんな中、先に口を開いたのはリイムだった。
「……お互い、大切なものの為に…全力を尽くしましょう」
「……!!」
そのリイムの言葉にレベッカは目を見開き、唇を噛みしめた。
そんなレベッカを見たリイムも、やっぱりそうなのね…とぎゅっと凍雨を握り締める。
「私には私にしか……あなたにはあなたにしか出来ない事があるはず!だから…」
そう柵の向こう側へ伝えるとリイムは真っ直ぐ前を見て走りだした。
「……!ねェ待って…っ」
「……また会えたらいいわね…」
あの表情、あの声。きっとあの兵隊を、死なせたくないのだろう…
私も、そうだから……リイムは2時50分を指す時計の針に、お願いだからと祈りながら、
この国に蠢いている何かを振り払うかのようにひたすらに兵隊とフランキーを追って走った。


「野生丸出しの森〜〜〜!!」
「おーい!!ジョーカー〜〜〜!!俺だ!引き取ってくれ〜!」
ギャアギャアと野生の何かの鳴き声が響き渡る無人島、グリーンビット。闘魚が群れる橋を越えてロー達はどうにか取引場所の近くまで辿り着いていた。
「…あそこが約束の南東のビーチ…15時にお前を放り出す」
「……!」
シーザーにローがそう呟けば、何かに気付いたウソップが声を上げる。
「あ……!!逆の海岸見てみろ、アレ海軍の軍艦だろ……!?島につっ込んでるぞ!!」
巨大な植物につっ込んで止まったかのような海岸に乗り上げている軍艦。ロビンは望遠鏡で周辺の様子を眺める。
「…植物の傷がまだ新しいわ、あの船はついさっきここへ到着した様ね」
「……」
「船体も思ったより損傷してはいないわ」
「あの闘魚の群れの中を進んで…!!?」
そんなロビンの言葉に驚きの声を上げるウソップと取り乱すシーザー。
「海兵達がここへ辿り着くのも時間の問題ね」
「俺は賞金首だ!ボスであるジョーカーが七武海をやめた今、俺を守る法律は何もない!!」
確かにそうね、とロビンはウソップとシーザーがおどおどとする姿を見つめつつ、海軍がいるというイレギュラーな状況にも冷静なローへと視線を向ける。
「……悪い顔してるわよ?」
「……偶然だ、何故俺が海軍を動かせる…」
「そうね」
直接動かせなくても、間接的にこのような状況を作り出したのではないか…そうロビンは思いながら、さすがリイムの認めた人だわと小さく笑う。
「おいロー!ここでの取引は不当だ!!中止しろ!」
「海軍が敵なのはこっちも同じだ…俺は麦わらの一味と手を組んだからな」
詰め寄るシーザーを適当にあしらうと、ローはロビンとウソップの方へ向き直す。
「あと15分だ…お前ら、狙撃と諜報で俺の援護を頼む…!誰が潜んでるかわからねェ。森に異常があったらすぐに連絡を」
「ええ…でも、それならやっぱりリイムがよかったんじゃない?」
彼女ならきっと一人で私達二人分の働きくらいできるし…何より心強いのでは?と、ロビンはにっこりとローに笑いかける。
一瞬、何かを考えた素振りを見せたローだったが、フイッと視線を足元へそらすと小さく呟く。
「……いや、これでいいんだ」
「…あなたがそう言うのなら」
「いやいやそれより!!海軍がいるなんて予想外じゃねェか!」
「大丈夫よ、ウソップ」
明らかに動揺しているウソップを無理矢理引っ張りながら、行ってくるわねとロビンは歩き出す。
ローはそんな二人に小さく息を吐くと再びシーザーをがしりと掴む。
「てめェ!まさかハメやがったんじゃねェだろうな!?」
「言っただろう?俺もお前らと状況は変わらねェ」
「くっそ!お前ろくな死に方しねェからな!!」
そんなもん、とうに分かってると吐き捨ててシーザーを蹴飛ばすと、ローは長い長い15分に思わず空を仰いだ。

プルプルプル、プルプルプルプルと、沈黙が電伝虫によって破られたのは引渡し時間まであと2分で、ローはすぐに電伝虫を取る。
「おい!!ロー!こちらサンジ!」
「黒足屋か…工場は見つかったか?それにリイムはどうした」
電伝虫を持っていないリイムに、何かあればお前に借りて連絡しろと言ってあったはずなんだが、とローはサンジに問い掛ける。
「それ所じゃねェ!!よく聞け!…すぐにそこを離れるんだ!!」
「……??何言ってやがる…これからシーザー引き渡しだ」
「……!!」
焦りが伝わってくるもの何故そんなに…と思っていれば、思わぬサンジの言葉にローは瞬間言葉を失う。
「ドフラミンゴは“七武海”をやめてなんかいねェ!!」
「!!??………?」
「シーザーを返しても何の取り引きも成立しやしねェんだ!!」
「理屈がわからねェ……一体」
「俺達は完全にハメられた!!説明は後だ!その島から早く逃げろ!!!」
一体何がどうなって、とローは空を見れば、先程までは青く澄み渡っていたそこには雲がかかっており、意識を島へと戻せば海兵と思われる多数の気配が感じられる。
「ロー!急げ!!」
「……バカ…手遅れだよ…」
「俺は…すぐにリイムさんと合流する!とにかく急げよ!」
リイムと合流するという事は、あいつらも今バラけて動いていて…工場を見つけていたとして、何もなけりゃいいんだが…
この事態は完全にドフラミンゴの罠。だが、今はまだ工場の破壊については…気付かれてはいないはず。
切れた電伝虫に一瞬リイムの事が脳裏に浮かんだローだったが、ふと感じた気配に足元へと視線を落とせば、ふわりとロビンの分身が現れた。
「今の連絡…聞いたわ、サンジからね!?」
「ニコ屋!!」
「ウォー!?女が半分出て来た!!」
「おい!!お前の本体と鼻屋はどこにいる!?今のが事実なら交渉は不成立だ!!」
「不成立とはどういう事だ!じゃあ俺の引き渡しはどうなる!?」
いちいちリアクションが鬱陶しいと思いながら、ローはシーザーを無視して話を進める。
「ニコ屋!鼻屋を呼べ!この島からすぐに脱出するぞ!」
「それが……私達今地下にいるの!」
「地下!?」
「ちょっとトラブルに巻き込まれて…でも二人共無事よ」
「!?」
「補助は出来ないけど脱出するなら先に行ってて!約束の港には後で必ず向かうわ」
そのロビンの言葉に、分かった、と答えようとしたその瞬間上空に取り引き相手であるドフラミンゴの姿が見えた。
「武運を!」
「おめェらもな!」
そうとだけ言葉を交わすと、ロビンはふわっと消えた。
ローは目の前の男と、だんだんと近づいて来る海軍達と対峙する……時刻は午後3時となっていた。
「フッフッフッフッ!お前にしちゃあ上出来じゃねェか!まさか海軍大将がお出ましとはァ……」
少しずつ距離を縮めてくるドフラミンゴに、ローはギリギリと歯を食いしばる。
……現状は完全に想定外だが、おとりであるこの取引よりも、目的の工場の破壊にリイムを回したのはやはり正解だった。
よくよく考えてもみれば、仮にリイムがドフラミンゴにあたった場合、恐らく相性は最悪…
その事について、空を飛んでここまでやってきた奴の姿を見るまで失念していたのは正直、情けねェ……
ローはそんな事を頭の片隅で思いながらも、目の前の現実を受け入れなければならなかった。
「おいロー!七武海をやめた俺は恐くて仕方ねェよ!」
「……!ウソをつけェ!!!
世界政府の力を使って…わずか10人余りの俺達をダマす為だけに……世界中を欺いたってのか!!?」
状況は圧倒的不利。一体何がどうなってそんな事が出来るんだ…とローはドフラミンゴを睨む。
「大きなマジックショー程、意外と簡単な所にタネはあるもんだ、ロー…そんなバカな事するハズがないと思う固定観念が人間の盲点を生む!」
「お前は海賊だ!たとえ七武海であろうとそんな権限がある筈ねェ!!こんなバカなマネをもしできる奴がいるとするなら…この世じゃ天竜人くらいのもんだ!!」
そう自身で言った所で、ふとあの時の…パンクハザードでのヴェルゴの言葉がローの頭を過ぎる。−ジョーカーの過去を知らない事が命取りになる−そう言っていた事を。
「…お前、まさか!!」
「フッフッフッフッフッ!……もっと根深い話さ…ロー!とにかくお前を殺したかった!!!」




鳥たちはただ空を見上げる

「……それにしても、リイムの姿が見えねェようだが」
「……」
「見捨てられたか?それとも、他に何か企んでんのか?ロー」
「答えると思うか?」
「まァいい、お前らが一緒にいなかったのは予想外だったが…何もせずとも
今頃号外を見て真実を知ったリイムは…血相を変えてここへ飛んで来るだろうよ!!」

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