〔52〕

「うほーっ!何だあのゴツイ島!!」
「あれが…ドレスローザ?」
「ついに着いたでござるか…!!」
船首の方へ集まったローとリイム、そして麦わらの一味に錦えもんにモモの助が目にしたのは巨大な島の影。
「着いたぞーーー!!ドレスローザ〜〜〜!!」
「バカ!大声出すなよ!ドフラミンゴに聞こえちまう!」
新たな冒険の香りに浮き足立つルフィにウソップが焦れば、「聞こえるか」とゾロがつっ込む。
「今助けるぞ!!カン十郎〜〜〜!」そう叫ぶ錦えもんに、リイムは今朝の朝食での話を思い出す。

「なぜ追われていたかは話せん!しかし元々は“ゾウ”という場所を目指して海へ出た!!」
「ゾウ…?」
その錦えもんの言葉に、サンジが新たに作ったおにぎりを頬張るローが反応する。
「存じおるか!?」
「何から何まで奇遇だが…!シーザーを引き渡しSMILEの工場を破壊したら次はゾウを目指すつもりだ…俺の仲間がそこにいる」
カウンターを背に座って紅茶を飲んでいたリイムにフランキーが口にサンドイッチを詰めたまま話しかける。
「へェ、そうなのか」
「ええ、そのつもり」
「まことかそれは!!では、そ…そこまで拙者たち同行するわけには…!!」
急に大きく声を上げた錦えもんに、リイムとフランキーも再び視線をテーブルへと戻す。
「いいぞ!ワノ国まで行こう!!」
「おい!!!……いや…」
また勝手に!とでも言いたそうな顔のローを眺めながらリイムはゾロからサンドイッチを受け取り口へと運ぶ。
「侍三人とモモの助、しめて四人でゾウを目指したがあえなく遭難…ドレスローザへ漂着したのは侍二人とモモの助」
「しかしそこでドフラミンゴという者達に追い回されてせっしゃよくわからぬ船に逃げ込んだのでござる!!」
「…それがパンクハザードへ向かう船だったのね」
「その通りでござる…病を治したいという童たちと共にあの島へ!」
それで、もう一人はどうしたのかしらと思いながらリイムは錦えもんをチラリと見る。
「慌てて追う拙者をかばい、カン十郎が人質となるも…拙者を海へ逃がしてくれたのでござる!!必ずや助けねば…!!」
涙と鼻水を垂らしながら、必ずや戻らねば!!と叫ぶ錦えもんに、隣からすすり泣く声が聞こえてリイムはふと横を見たその瞬間、一気にその涙腺は崩壊したようだ。
「ぶお〜〜〜!!!男じゃねェか!カンジューロー!」
フランキーと一緒になってチョッパーまで号泣しており、ルフィも「俺も助けるぞそいつ!!」と前のめりになっている。
「お前ら!目的を見失うんじゃねェぞ!!」
「……たぶん、こうなったら何言っても通じないわよ」
そんなルフィ達にため息をつきながらローが手に取ったおにぎり。それを口にした瞬間の表情でリイムはもしかして、と動きが一瞬止まる。
「……っ!!!おい!黒足屋!」
「あァ!?」
「俺は梅干しが嫌いだ!!」
「何だと…?てめェ七武海のクセに随分と好き嫌いが多すぎやしないか?」
やっぱり…とリイムは大きく息を吐く。先にサンジに言っておくべきだったわ、とくるりと向きを変えてサンジ、と声をかける。
「リイムさん!飯足りてますか?」
「ええ、あのおにぎり私が食べるわ」
「…おにぎりが食べたいなら今から作りますよ?」
ローの好き嫌いに目を鋭く光らせながらも、キッチンからそっと話すサンジにリイムは小さく答える。
「……それなら、あの船長にもう一つおにぎりを作ってもらえないかしら」
「…!リイムさんの頼みとあっちゃ、断れねェな…」
相変わらずローを睨んでいる顔と、リイムにかけた言葉が一致してない様が何とも面白く感じたリイムはありがとう、と小さくサンジに笑いかける。
「いいんですよ!おいロー!リイムさんに感謝しろよ!!」
「あァ?」
「ほら、特別に鮭にぎりだ、その梅干しはこっちによこせ」
そうこうして手元へと来た梅干しおにぎりを、リイムはもぐもぐと食べ始める。
反対側で鮭おにぎりを食べ始めたローと視線が合い、コレで貸し一つね、と小さく呟く。
聞こえたのか雰囲気だけ察したのか、どちらにしろカチンときた様な表情で視線を飛ばしてきたローに、リイムはニヤリと笑った。

そんな今朝の出来事ですら、なんだが懐かしく感じてしまうのはどうしてだろうか、とリイムは海岸へと降りていくローの背中に思う。
何やらモモの助とやいやいと騒ぎ始めたルフィを眺めながら、リイムも船から降りようとしていれば、ふとローがゾロに話掛けている姿が目に入る。
「…」
「……」
何の話をしているのだろうかと気にはなったが、それをこっそり盗み聞きする趣味もない。リイムはそのまま船を降り、近くへと歩いて行く。
「おい、お前にもこいつを渡しておく」
「ビブルカード…?」
ナミにビブルカードを渡すローを見て、先程のゾロとの会話も作戦の話だろうと輪の中へと入る。
「さっき話したゾウという島を指す…俺達に何かあったらここへ行け」
「おい!何もねェよな!」
ローの言葉に反応するウソップ、あっ!と声を上げてぐるっと向きを変えてリイムを見るナミ。
「…どうしたの?」
「ビブルカードで思い出した!あの時の紙、リイムのビブルカードだったのね!」
あの時、とはメリー号の時の事だろうか?それはまた随分昔の…と、リイムは口を開く。
「……今頃、気付いたの?」
「すっかり忘れてたわ!日誌に挿んだままだし!」
「しおりなのね、私のビブルカード」
「しおりなら別にあるわよ」
「……」
しおりにすらならずに挿まれたままとは、とリイムは渡さなくてもよかったかしらと首を傾げていれば、背後からいつもの低い声が聞こえてくる。
「……お前、ビブルカード持ってたのか?」
「ええ、もうないけれど」
「何であん時俺に…いや、何でもねェ」
「?」
あの時とはいつの事だろうかとリイムは考え込むものの、昔の話はいい、とローはおもむろに地図を広げる。
自分からしたんじゃない、と思いながらもリイムはその地図を覗き込み、久々に見るベポの文字に癒しを覚える。
「これは仲間の書いた地図だ」
「わ!下手!」
「愛らしいと言ってくれないかしら」
「今…この辺りだ…」
地図を指差し説明を始めるローに、リイムもしっかりと耳を傾ける。
「シーザーを引き渡すチームはドレスローザを通って、北へのびる長い長い端を渡りグリーンビットへ進む」
「引き渡しチームはローと?」
「あァ、ニコ屋と…鼻屋、あとシーザーだ」
「成程ね」
ロビンがいるなら安心だわ、とリイムはチラリと彼女を見ると、ロビンも思う事があったのかローに尋ねる。
「あら、リイムは?」
「リイムは工場破壊チームだ」
「そうなのね」
「いやいや!船で行きゃいいだろ!全員で!」
「船じゃ不可能らしい」
ガタガタと震えるウソップにローは淡々と答える。
「あら、それは楽しみ」
「あ…安全に頼むぞ!オイ!」
「人質に安全なんかないわよ、シーザー」
そんな会話をするリイム達の後ろでは、サニー号安全確保チームがウソップ以上にうろたえながら船番は安全ではないのかと、要のサンジをキョロキョロと探すのだが。
「あれ!!?サンジ!!?」
チョッパーがサンジがいない事に気付いた時にはすでに、工場破壊チームのリイム以外のメンバーの姿はなかった。
「おい、麦わら屋達はどうした!?あいつら作戦のメインだぞ!」
「ルフィ達ならさっき、何食べようかって話をしながら歩いて行ったわよ?」
「お前…見てたのならどうにかしろ」
「私が何か言った所でどうにかなる面子じゃないわ」
「……」
「大丈夫、ノーヒントって時点で私の任務の難易度はMAXなのだから、今更何が起こっても動じないわ」
「それにしたって、工場を破壊出来なけりゃ」
「私が、なんとしてでも破壊すればいいでしょう?」
「……」
ハァ、と大きくため息をついたローは仕方ねェな、と立ち上がり地図をしまう。
「おい!おれ達は誰が守ってくれるんだ!?」
「チョッパー、ナミがいるわ」
「いやいや!背を向けた敵なら余裕だけど、向かって来られた日には…!!」
ドフラミンゴなんか来たら一巻の終わりよ!と叫ぶナミに、リイムはニッコリと笑いかける。
「ナミ、私達には天候が味方してくれるじゃない……だから大丈夫」
「リイムのとは規模が違うのよ!規模が!」
そんな話をしながらも、そろそろ行かなければさすがに彼らを探すのが億劫になるわ、とリイムはぐっと凍雨を握り締める。
「じゃあ、私もルフィ達を追うわ」
「待って下さい!リイムさん〜!」
「…男ならどっしり構えていればいいわ…
それに、過度な心配は知らぬ間にそれに見合った現象を引き寄せてしまうものよ」
「ヨホホホ…それもそうですね、お茶でもしながら待ってますか…」
「せっしゃは怖くなど…ない!」
思わずすらすらと出たその言葉に、これは自分自身に言い聞かせる為のものだとリイムは気付き、自嘲するように薄ら笑いを浮かべる。
「俺達もグリーンビットへ向かおう……頼んだぞ、リイム」
「ええ、任せて」
ローのその声に、凍雨を握り締める手に力が入る、というよりは震えているその手を押さえようとしているのかもしれない。
リイムは手の震えを自覚すると、さらに踏み出そうとする足がすくんでいる事に気付く。
「……」
「ニコ屋、そいつを持って先に歩いててくれねェか」
「ええ、行きましょ、ウソップ」
「じゃあ、私達も…船に戻ろう、行こうモモちゃん」
それぞれが歩き出し、リイムもいい加減に行かなければと小さく一歩を踏み出したその時、思いっきり後ろへと引っ張られてバランスを崩す。
「…!」
「リイム」
「ちょっと、ロー、びっくりするじゃ……」
どうにか笑おうと、リイムはローの顔を見ようとした瞬間
そのまま掴まれた左手は引き寄せられ、そっとリイムの頭にローの左手が回る。
リイムは少しずつ閉じる目の前の瞳から目が逸らせずに、気付けば唇は重なり合っていた。
「……後で、港で」
「了解、船長」
そう言葉を交わした二人はどちらからともなく離れると、振り返る事なく海岸を後にする。

長かったのか、一瞬だったのかも分からないその口づけは、恋人を装う必要のない場面の二人には不必要なものだった。




Slide away

「何だったのよ今の……涙が、止まらないじゃない…っ」

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