〔51〕

「……」
元々今夜はあまり眠れそうにないと思っていたローは、甲板へと下りると端の方へと腰を下ろす。
鬼哭を抱えたままそっと寄りかかり、どうしてあんな話をしてしまったのだろうか、とため息をつく。
俯いたままそれについて考えていれば、ウソップやチョッパーが奇妙な格好で騒いでいる姿が目に入る。
「ったく、ロビンもリイムも…のん気に酒なんか飲みやがって!!!ドフラミンゴを脅しておいて、何もない訳がねェ!!」
「そそそ、そ、そうだよな!わたあめが美味くてうっかりしてたぞ!」
目をギラギラと見開きながら甲板をうろつく二人に、まァ仕方ねェかと再び視線を足元へと向ける。
あの頃を何となく思い出しながら、長かった様にもあっという間だった様にも感じ、心拍数も心なしか早い気がして大きく息を吸って吐き出す。
つまりは……緊張、しているのだろうか、と鬼哭を握る手に力が入る。だからさっきもゾロ屋にあんな話をしてしまったのだろうかと、ローはフッと笑う。
「……あいつは、怒る…だろうな」
今はまだ言えない、というよりは話した所で俺のこれは、リイムのあの日の誓いと似たようなモノだ。
誰に何を言われようとも揺るがないからこそ、それをここまで来た今…リイムに告げる事に意味はあるのだろうか、と思ってしまう。
だから、もし全て終った時にそれでもまだ、あいつが……そう考えた所で帽子を深くかぶり直す。
もしもの事を考え出すなんて俺もよっぽどだな、とローはため息をつきながら、雲ひとつない星空を見上げた。

クー、クーと聞こえた鳴き声でリイムはぱちりと目を覚ます。ゾロと話した後、しばらく眠れる気がしなかったリイムは一人ぼんやりと海を眺めていたのだが
ローはちゃんと眠れているだろうかとその姿を探せば、こくり、こくりと揺れているながらもしっかりと鬼哭を支えに座っているその人が目に映った。
「……ロー?」
そっと近づいて起こさないように、もしかしたら起きているかもと確認したくてかけたその声に返事はなかった。
そっと隣に腰を下ろして遠くを眺めていれば、徐々に空が白んできてもうすぐ日が昇ろうとしていた。
これはさすがに寝ておかなければと、静かに瞼を閉じた。それがたった数分前の様にも感じたリイムは、ふと感じる重さに静かに顔を横へ向ける。
「……また随分と遅くまで起きてたな」
「あら、知ってたの?」故意に体重をかけている様にも感じるその重さに、リイムはむっとローの顔を覗き込む。
「俺も起きてたからな」
「じゃあ声をかけたときも寝たフリだったのね」
「さァな」
そう言いながら視線を逸らすも、その体重は未だかかったままで、リイムは諦めて凍雨を手に取ると床に立ててバランスを取る。
「そうだわ、あなた昨日ゾロと何か話した?」
そのリイムの言葉にローは一瞬息が詰まるも、小さく声を吐き出す。
「……あァ」
「そういう事ね」
「何がだ」
「私、ずっと勘違いしたまま生きていくところだった」
その言葉の続きを早く聞きたい、でも永遠に聞きたくない。一瞬の間が、ローの心を大きく揺さぶる。
「私、彼女が生きていたら、彼女がもし今ここにいたら、ってずっとそう思ってた。時々、彼女を演じてるんじゃないかとすら思ってた」
「……」
「でも……なんか上手く言えないけれど、私は私、だった」
「お前はいつもお前だろ」
「そう?」
「バカで間抜けで空気の読めないじゃじゃ馬」
「もう!」
そんないつものローの言葉に、リイムは凍雨に力を入れてローを押し返し、ローも仕方なさそうに鬼哭を抱えて座り直す。
「…それで、結局お前は」「?」
「何でもねェよ」
「え、それ何でもなくないでしょ?何よ!」
中途半端に出てしまった言葉に、ローは何をしているんだと自身に言い聞かせると、どうにか代わりの言葉を絞り出す。
「お前は……俺の船の副船長か?」
「何を今更、当たり前の事を」
「ならいい」
「本当に意味が分からないわね」
煮え切らないローに、ふうっとため息をついたリイムは先程鳥の鳴き声で起きた事を思い出す。
「そういえばさっき新聞が……」ぼそりとそう呟けば、突如船内にギターをかき鳴らす音が響く。
「ア〜〜〜〜サ〜〜〜でーす!ヨホホホ〜〜〜あーイェ〜〜〜!!」
「……」
「……きたか」
「しーんぶんが〜〜〜きてますよ〜〜〜ヘイッ!カマンッ!!」
「さすがソウルキングというか何というか
」二人は刀を支えに立ち上がり、その声のする方へと歩き出す。
「載ってればよし、載ってなければ…」
「…載ってると思うけど」
「根拠は?」
「勘。強いて言うならばこの一晩はあまりにも平和だったから」
新聞を広げるブルックの所へは、続々と起きた一味が集まって来ており、二人もそんな会話をしながら新聞の周りに出来つつある輪へと入った。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ“七武海脱退”!!!ドレスローザの王位を放棄!!?」
ローは正面から見える位置でしゃがみ込み、リイムはロビンの後ろから新聞を覗く。
「本当に辞めやがったァ〜〜!!」
「お、王位!?王様だったんですか!?」
「王様!?鳥の国かァ〜〜〜?」
ウソップは脅し通りに脱退した事に驚いており、ルフィとブルックはドフラミンゴが王だった事を知らなかった様で、そんなざわつく一味をリイムは眺める。
「こんなにアッサリ事が進むと逆に不気味だな」
「これでいいんだ…奴にはこうするしか方法はない……!!」
フランキーがぼそっと呟いた言葉がリイムにはやけに頭に響いて聞こえた。先程のローとの会話でも載っていると思っていたからそう言った訳なのだが、実際に事実を目の当たりにするとどうにも…
落ち着かない、そう思っていればルフィが「何で俺達の顔まで載ってんだ!?」と言った声で現実に引き戻される。
「は?」
恐らくほぼ全員がそう言ったであろう原因は、新聞に映っているローとルフィの手配書。
七武海トラファルガー・ロー“麦わらの一味”と異例の同盟、ローに対する政府の審判は不明、という見出しが躍り、大々的に報じられている。
「……」
リイムは見出しも然る事ながら、ローとルフィの写真の下に自身の手配書の写真がある事に気づく。
「ローの右腕は以前から麦わらの一味と関わりのあったフランジパニ・リイム!死神の行く先々では常に何かが起こっており、同盟の結成に到る過程に何かしらのリイムの思惑があったのでは!?ですってよ」
リイムが目で追っていた記事を、ロビンが声に出して読み上げると「そうなのかー?」と、何か面白いのか?といった顔でルフィがリイムに問う。
「そうね…仮に思惑があったとすれば、ルフィに振り回されてあたふたとするローが……いっ!痛いわよ!」
「何だ、そういうことかー!」
そうゲラゲラと笑うルフィの後ろから伸ばされた鬼哭の先がゴツンと当たり、じんじんとする頭を抑えながらリイムは呟く。
「……それにしても私って、そんなに何か企んでそうかしら」
「ま、実は私も少し前まではそう思ってたわ」
「え、それはどういう事よ」
思わずナミに詰め寄るリイムにロビンもクスクスと笑う。
「分かるわ、リイムの気持ち」
「ロビンとは少し違うと思うのだけれど」
「今となっては大して変わらないわよ」
リイムはロビンに軽く返事をしながら、ナミの髪をぐしゃぐしゃにすると話へと戻る。
「あら」ルフィが新聞をめくれば、今度はあの最悪の世代の三人の船長の手配書が載っており、どうやら同じく海賊同盟を組んだようだった。
「コイツらもか〜〜〜!同じ事考えてんのかな」
「他所は他所だ…作戦を進める、ドフラミンゴに集中しろ」
ローは少し離れて座っていたシーザーを掴んで引きずって来ると再び話を始める。
「これがいかに重い取引か分かっただろう?俺達はただシーザーを誘拐しただけ、それに対し奴は…
10年間保持していた国王という地位と、略奪者のライセンス、七武海という特権をも一夜にして投げうってみせたんだ……」
ローはおもむろに電伝虫を取り出し、ドフラミンゴにかけるのだろうと全員がその様子を見守る。
「……俺だ…七武海を、やめたぞ」電伝虫の先から聞こえてきたその声に、出たぞ、出たぞとウソップやチョッパーが声をあげる。
ローが話し始めようとすれば、ルフィが横から急に「もしもし、おれはモンキー・D・ルフィ!!海賊王になる男だ!!!」と割り込む。
「おい!ミンゴ!!」
ルフィはドフラミンゴをミンゴって呼ぶのね、などとリイムは心の中でクスっと笑いながらもその様子を眺め続ける。
「茶ひげや子供らをひでェ目にあわせてたアホシーザーのボスはお前かァ!!」そうやいやいと言いたい事を言い続けるルフィに、ドフラミンゴが口を開く。
「フッフッフ…俺はお前に会いたかったんだ…お前が喉から手が出る程欲しがる物を、俺は今持っている」
ルフィの欲しがる物とは一体何だろうか?とリイムは思ったが、それよりも、よだれをたらしてお肉がどうのと呟き出くルフィにつっ込んで受話器を奪ったローの話を聞かなければ、と耳を傾けた。
「ジョーカー!余計な話をするな!約束通りシーザーは引き渡す」
「そりゃァそのほうが身の為だ…ここへ来てトンズラでもすりゃあ、今度こそどういう目にあうかお前はよく分かってる」
こんな重要な話をしているというのに、後ろで目が肉になったルフィの頬をはたいているウソップがちらちらと視界に入ってしまう。それが彼らのいい所ではあるのだけれどと、思わずリイムは小さく笑う。
「フッフッフッフッ!さァまずはうちの大事なビジネスパートナーの無事を確認させてくれ」シーザーに受話器を向けたローだったが、あまりの声量に思わず体が後ずさる。
「ジョーカー!すまねェ俺の為にアンタ七武…」
「今から、8時間後!ドレスローザの北の孤島…グリーンビット南東のビーチだ!」
声は聞こえただろうと、ローはシーザーが何かを言い終える前に条件を話し始める。
「午後三時にシーザーをそこへ投げ出す。勝手に拾え、それ以上の接触はしない」
「フッフッフッ!淋しいねェ、成長したお前と一杯くらい……」
「切れーーー!!こんなもん!!」
ドフラミンゴが話している途中に切られてしまったが、言いたい事は既に言い終えた後なのだろう。特にローは起こる様子もない。
「オイ待て、相手の人数指定をしてねェぞ!相手が一味全員連れて来たらどうする!」
そう叫ぶサンジに、確かにそうなっては困るけれど、恐らく本来の目的は…リイムがそう思っていれば、ローがすぐに答えを口にする。
「いや、それでも構わねェ」
「?」
「すでにこの作戦においてシーザーの引き渡しは囮のようなもんだ」
「じゃあその隙にスマイルの工場を潰す方が目的って事か」
ウソップも答えに行き着いた様で、リイムはそのまま会話を聞き続ける。
「ああ…だが、それがどこにあるかがわからねェ」
「え」
「工場なんてデケェもんがわからねェって事あんのかよ、行きゃすぐスーパーわかるだろ?俺様のビームで一発だ」
「アニキー!」
さすがフランキーだ!とウソップとチョッパーはフランキーとお決まりのポーズを決めているのだが、リイムは内心穏やかではない。
まさかゼロから探して潰せなんて無茶振りしないわよね…と、素朴な疑問をローへとぶつける。
「……もしかしなくても場所の特定から?」
「そこだけどうしても情報を得られなかった…お前の得意分野だろう?」
「……まぁ…」
全くノーヒントなの?と問えば、あァ、と返ってきた為、リイムはがっくりと肩を落とす。
「敵の大切な工場って事は、何か秘密があるのかもね」
落ち込むリイムの肩をポスンと叩きながらナミはリイムならやれるでしょ、と呟いた。
「ロー殿…グリーンビットと申しておったが」
「ドレスローザに船はつける、安心しろ」
一瞬焦ったような錦えもんだったが、ローの一言でホッと息をついた。
「トラ男〜〜〜お前そこ行った事あんのかよ、ドレスろうば!!」
「ローザだ」
「ローザ!!」
「ない、奴の収める王国だぞ」
落ち込みながらも会話を聞いていれば、老婆老婆と言い合っており、ロビンも何かを想像しているような顔をしている。
「ほんじゃ、全部着いてから考えよう!!しししし、冒険冒険っ!楽しみだな〜〜ドレスローザ!俺、早くワノ国にも行きてェなー!」
ケラケラと笑うルフィに、リイムは考えても仕方ないか…とローを見れば案の定、眉間のシワが深くなっていた。
「バカいえ!!何の計画もなく乗り込める様な……」
「サンジーハラへった!朝メシ何だ!?」
「サンドイッチだ」
腹が減ってはなんとやら、この言葉はきっとルフィの為にあるのではないだろうかと思いつつ、朝食のメニューがパンである事にリイムはハッとする。
「わー!おれ、わたあめサンド〜!!」
「私は紅茶だけで」
「俺はコーラだ」
続々とキッチンへと向かい出す面々に、どうしたものかとリイムはチラリとローを見たその瞬間だった。
「俺はパンは嫌いだっ!!」
「……っ」
「…!!」
いい年した大人、それも王下七武海の嫌いな食べ物が、朝方の清々しい青空の下に高らかに響き渡ったのだった。




交錯する思惑

「……ふっ、フフっ、あははっ!!」
「リイム、お前笑いすぎだ!!」
「だって!ローったら!」
「もういいだろう!」
「見て、シーザーまであんな顔してるわ!」
「……いいから、行くぞ!」

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