〔50〕

「……ナミさん、あの二人いつまで寝てるんですかね」
「いいんじゃない?パンクハザードじゃゆっくり寝れてないんでしょうし」
空がゆっくりと茜色へと変わり始めた頃。サニー号は順調に航海を続けていた。
「ヨホホホ、いやいや、何とも微笑ましい光景ですねェ」
「リイムの奴…あんな顔して寝れるのか」
ブルックの言葉に、ふとリイムとローを見たゾロがそう呟けば、ナミとサンジがバッとゾロを凝視した。
「……あ?何だ?」
「ゾロ、あんたそういう事にすごく鈍そうなのに…」
「おいナミ、どういう意味だそれは」
「てめェ!!リイムさんの寝顔に文句つける気かァ?」
「は?違ェよクソコック、あいつ俺と寝てた時はもっとムスッとした様な顔でだな…」
「そりゃァお前とだからだろう…って!!おい待てマリモォ!お前いつ誰の許可を得てリイムさんと一緒に寝たってんだああああァ!」
「そういえば…ゾロさんとリイムさんは幼馴染でしたっけ」
「そうだ」
ふんふん、と頷きながらお茶を飲むブルックだったが「あら、随分楽しそうな話してるわね」と、突如背後から声がし、ヒィィ!と悲鳴を上げる。
「ロ、ロビンさん!少々驚きましたよ〜背後霊でもいるのかと…まァ、私も霊魂出せちゃうんですけどねー!」
「ウフフ」
ロビンもふらりと現れ、ますます話はややこしい方へと進む。
「ゾロだってそのくらい気付くわよね」
「…だから、それが何だってんだお前ら」
「元彼としては、やっぱり同じ船にいれば気になるのも当然だし」
「……も」
「…と?」
「彼だとォォォォォ!!??オイクソ迷子てめェ!!!」
ナミはうええええと声をあげゾロとリイムを交互に見て再び驚き、ブルックもヨホホホホと頬に手を当てて、ない顔を赤らめる。
サンジに関してはもう、この世の物とも思えない声を上げ、ゾロに蹴りかかろうとしている。
「おいロビン」
「あら、みんな知らなかったのね」
「別に隠してたつもりもねェけどな、だが今このタイミングは色々とだな」
めんどくせェよ、と頭をぽりぽりとかきながら、ブルックに抑えられているサンジに視線を移す。
「つったって、海に出る前の話だからな。お互いありゃァ若気の至りだって笑い話にする位だし、何より…あいつは一番のライバルだ」
「へ、ヘェ…そうだったのね…何だか俄かに信じられないけれど」
ナミも、サンジをどうどうと落ち着けながらゾロの話に耳を傾ける。
「…本当にお前らこういう話好きだな」
「くそ…俺のダメージは計り知れねェ」
「あら、リイム起きたみたいだわ」
ロビンのその言葉に、その場にいた全員が一斉にリイムの方へと視線を向ける。
「…すごく、不機嫌そうね」
「リイム、もしかして無意識に話されてるの察知して起きたんじゃない?」
「そんなリイムさんも素敵だ…!」
「ヨホホホ…すごく視線が痛いですねェ」
「ほら見ろ、お前らがやいやい騒ぐからリイムが起きたじゃねェか」
「誰のせいじゃー!!!」

「……何かしらあのオーラ、あの視線」
何か嫌なものを感じふと目を覚ませば、少し遠くでわいわいと騒いでいるゾロ達が目に入る。
正確に言えば、わいわい騒いでる人達に呆れているゾロがいる、と言った方が正しいだろう。
「……どうした」
「ロー、起こしちゃった?」
「いや、何となく起きた」
「そう」
空を見れば、もう夕日が水平線に沈もうとしていて、ぱちりと目を開いたローにリイムは良く寝れたのだろう、と少しホッとする。
「で、アレは何なんだ」
「…たぶん、私の話をしてるんだわ、ゾッとして目が覚めたもの」
相変わらずこちらを見ながら話すロビン達に、二人は少々居心地の悪さすら覚える。
「お前そういう所は鋭いからな」
「見聞色使えば一発で分かるけど」
「いつ使ってんのか使ってねェのかわからねェレベルだよ」
「…それだけに、あの時モネに気付けなかったのは不覚だったわ」
「ありゃァ無理もねェ」
「……って、もしかして私誉められたのかしら?」
「は?気のせいじゃねェか」
「そういえば、寝る前にも何か話した気がするんだけれど」
うとうととした意識の中で、少しだけ、ローと何か会話したような気がしたリイムだったが、全く思い出せない。
んーと考え込むリイムに、ローは何と言っただろうか、と思い出してぽそっと呟く。
「……夕飯は何だろうな」
「ご飯の話だったかしら?とにかくそんなにサンジのご飯が気に入ったのね」
「…そういう訳じゃねェよ」
「私、ローのそういう所好きよ」
「……」
「え、何で黙り込むのよ」
今までに何度、素直じゃないと言われたか分からないし、今の流れからしてまた言われるんだろうと思っていたローは、
リイムから出た思わぬ言葉に何と返せばいいのか分からないまま、視線が宙を漂う。
しかし冷静に思い返せば、ペンギンやシャチにもこう言ったセリフを度々こぼしていた事を思い出す。
「言い損だわ」
「よく言うよ」
「それにしても何だか…」
みんな元気かしらね、とわいわいと話しているゾロ達の姿を見ながらリイムは呟く。
「よくああやってベポ達も騒いでたわよね」
「…帰ってペンギンが禿げてねェといいんだが」
「ふふっ、そうね、お母さんみたいだしね」
二人は賑やかな麦わらの一味に、ふと思い出した自身の仲間を重ね、ゾウに居るであろう彼らに思いを馳せた。

「うっひょおぉ〜!今日の飯もうまそうだなサンジ!!もう食っていいか!?」
「あァ、そっちはリイムさん達の分だから全部食うんじゃねェぞ!」
「んめェなー!」
いつも通りに、ルフィがサンジの話を聞かないままに食べ始める賑やかなダイニングルーム。
「そういやリイムさんはお箸だったよな」キッチンから箸を持って来てそっとリイムに渡すサンジ。
「ありがとうサンジ、いただくわね」
「おかわりもあるし、何でも言ってくれ!」
「ええ」
どれもこれも美味しそうだわ、とリイムは皿を手にローに問いかける。
「ロー、サラダ取る?」
「ん」
「ロー、あのお魚の南蛮漬け取る?」
「あァ」
「あ、ご飯おかわりする?」
「あァ」
「サンジ、ご飯のおかわりが欲しいわ」
「任せてくれリイムさぁぁん!って!ローの飯かよ!」
ギャァっと叫んだ後に、しっかりと山盛りにご飯をよそって持って来てくれるあたりサンジらしいわ、とリイムはクスクスと笑う。
「何だかリイムったらお母さんみたいね」
ロビンが二人のやり取りを見ながらそう呟き、リイムはフフっと笑いながら切り返す。
「ホント、手の焼ける息子よ」
「おい、いつ俺がてめェの息子になったんだ」
「冗談よ、ジョウダン」
「え!!リイムってトラ男の母ちゃんなのか!!」
「麦わら屋…リイムの冗談を間に受けるな」
「あはは、悪ィ悪ィ!!でもあれだな、リイムとトラ男は本当に仲がいいよな!」
肉をほっぺ一杯に詰め込んだまま、ルフィがそう何の気なしにそう話す。
「だって、船長と副船長だけど、二人は恋人同士でもあるんだものね」
「へー、ハンコックが聞いたら大騒ぎしそうだな!」
さらり、とロビンが爆弾を投下し、ルフィはそういうことか!と納得するとすぐに興味はご飯へと戻る。
「な、何だか急にカップルを直視できない病が…!ほ、本当なのか!?末恐ろしいカップルだなおい!」
「うふふ」
ガタガタと震え出すウソップにリイムはニコっと笑いかける。
「ヒィィィ!リイムのその笑いは心臓に悪ィんだよ!やめてくれ!」
「あなた達は新聞を読まないけれど、よく二人の記事が載っていたものよ」
「……そうなのか」一連の流れを聞いていたゾロがぼそっと呟く。錦えもんとモモの助は何の話だろう、といった様子で食事を続けているが
それ以外の、ゾロがリイムの元彼だと知っている人物は一斉に渦中の人物に視線を移す。
「ま、お互いの利害が一致したからそう装っているだけなのよね、ロー」
「あァ」
「……」「……」
すぐに口を開いたリイムに、何か言いたそうな表情で二人を見つめるロビンとナミ。やっぱりな、と洗い物をするサンジに何だ?と聞くチョッパー。
もぐもぐと食事を続けるリイムとロー。何となく内容を把握したフランキーとブルック。
ゾロはへェ、とだけ言うとサンジにおかわりだ、と催促し、ルフィも俺もー!と皿を差し出す。
「ってリイムお前ー!!ゾロの前じゃさらっと喋りやがってー!!!」
何事もなかったかの様な流れに、思わずウソップは叫び、ロビンとナミも顔を見合わせる。
「そう……だったのね、それにしては随分と、ね」
「そ、そうよ、私本当にそう思ってたっていうか!そうにしか見えないわよ……」
「…始まりがそうだったから、今更どうこうできなくなっちゃったんじゃない?二人共不器用そうだし」ロビンは小さくナミに耳打ちする。
「そう、よね……もし本当に全部演技だったとしたら、…ま、後で本人に聞くのが一番ね」
もし、その全てが演技なのなら世の恋人達の事を信じられなくなりそうだわ、と、ナミはため息混じりにロビンにこぼした。

夕飯時にはそれなりに会話は交わしたものの、特に馴れ合う気もなかったローは、ふらりと甲板へと出る。
昼間はリイムも隣にいたせいか、短いながらも睡眠は取れたのだが、煌々と輝く月と広がる月暈に、今夜は眠れる気がしなかった。
「…何だ、トラ男か」そう聞こえた声にローは振り向けば、酒を片手に歩いて来るゾロの姿が目に入った。
「あいつらと飲まねェのか?」
「あァ」
「まァ、少し騒がしいからな。……こっから見る月は酒の肴に丁度いいんだ」
そう言うと少しだけ離れて腰を下ろしたゾロに、ローは帽子を深くかぶり直す。
「ゾロ屋に聞いておきてェ事があるんだが」
「何だ?」
お前も飲むか?と渡された酒の瓶を、ローは少し考えてから手に取る。
「単刀直入に聞くんだが、お前にとってリイムは何だ」
「…ったく、今日はそんな話ばっかだな、あいつはいいライバルだよ」
「そうか…なら、もう一人の幼馴染に重ねた事、ってのはあるのか?」
何を急に、とも思ったゾロだったが、ふとあの日のリイムの顔を思い出す。
「……あァ、そういう事か。つーかお前、くいなの事知ってたのか」
「少し話を」
「そうか……質問の答えだが、そんな事は一度もねェよ」
「なら、いい」
「そんな事言ったのか、あいつ」
「…そうだったかもしれねェな」
曖昧な返答のローに、どうしたものかとゾロは手元の酒をぐいぐいと流し込む。
「昔から顔に出るくせに何考えてるか分からねェからな」
海に出ると告げられたあの日の本心は分からないままだったのだが、今のローの言葉で、何となくリイムはそんな事を言いたかったのではないか、と、ゾロはあの日の答えに近付いた気がした。
「……少し見えた、恩に着る」
「……何がだ」
「まァ、さっき昼寝してる時のリイムの顔見てたらな…」
柄にもなく俺の役目は終わったのではないか、とゾロは月を見上げる。
「俺も、ルフィに俺の野望を見つけたように、リイムにも、そんな奴が現れたんだってな」「……」
「あいつは少し、くいなの事を背負い過ぎたんだ。…あの日の約束は揺るがない事に変わりはないんだが」
「そうかも、しれないな」
確かに決意とか意志とか、そういった念の様なものは、時に人を……ローは思わず考え込む。
「とにかく、何だかんだリイムをよく分かってるみてェだし…」
何よりリイムが選んだ男だ。
現に七武海にまでなった訳だし、後に敵になるにしても申し分ないだろう、とゾロは思う。
「…」
「あいつは、世界一の大剣豪になる女だからな」
「…お前もじゃねェのか?」
「いつかその時が来たら、本気でいくだけだ。その相手があいつなら、それでいい」
「そうか」




プリズム

「あら、外で一人で飲んでたの?」
「リイム」「何?」
「俺は、お前をくいなと重ねた事何て一度もねェよ」
「……え」
「だから、お前はお前だ、あん時も、だ」
「うそ……でも、どうしてそれを」
「ま、色々あんだよ」
「そっか……うん、ありがとう、聞けてよかった……」「おう」

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