〔49〕

「美味しかったわね、コレ、置いてくるわ」
「あァ」
リイムは先程までキッシュが乗っていたトレイを手に取り立ち上がる。
「リイム」
「何?」
「……ナミ屋とも話してェ事があんだろう」
「ええ、まぁ」
確かに、ナミから天候云々の話は落ち着いて聞いてみたいとは思ってはいたのだが、
いくら同盟を組んだとはいえ、あまりルフィ達と馴れ合い過ぎても、ローはよく思わないだろう。
つい先程は思わずゾロに乗せられてやり合ってしまったがのだが…
パンクハザードで感じていたローの何とも言い様のない視線の正体の原因に
うっすらと気付き始めていたリイムは、しばらく大人しくしようと思っていた。そんな矢先の一言だった。
「……?」
「行ってくりゃいいと言ってるんだ」
「え、うそ」
「俺が嘘ついてどうすんだ」
「だって、ローってばすぐ拗ねちゃうんだもの」
「ハァ?俺がいつ拗ねたってんだ」
「割と、最近!」
リイムはニヤリとローを見ながらそう言い切ってみれば、そんな訳ねェだろうが、と思いっきり頬をつねらる。
「もう」と、ヒリヒリとする頬を擦りながらため息をついたところで、チラチラとこちらへ向けられている視線に気付く。
「……ロビン」
「ニコ屋がどうかしたか?」
「あの元上司にも色々と言いたい事があるのよ」
「上司?…あァ」
大げさに振り向いてムッとロビンを睨むリイム。ローはそんなリイムを後ろから鬼哭でツンツンと突くと
思わずリイムはロビンへと向けた形相のまま「何かしら!?」と再びローへと視線を向ける。
「……その顔をどうにか…いや、とにかく、しばらく好きにしてろ」
「…」
「二度言わせるな」
「ローがそこまで言うなら…でもあなたこそ、少しはその眉間のシワをどうにかしたら?」
「俺は、少し休む」
「……慌ただしかったものね」
リイムは一度しゃがみ込んでローと視線を合わせる。
今では穏やかに航路を進んでいるが、あれだけの事があって疲れていないはずはない。
何かあれば私がすぐに対応すればいい訳だし、何より今は、二人だけではない。
…多分この人は、人に役割を与えながらも重要な、大事な事は全部一人で抱え込んで一人でどうにかしようと…
「…どうかしたか」
「!」
思わず考え込んでしまったリイムは、ローの声でハッと黙り込んでいた事に気付きトレイを抱え込む。
「あ、いいえ、何かあったら呼んでちょうだいね」
そうローに伝えると、リイムは立ち上がり足早にキッチンへと向かった。

「あら、何か死神が近づいて来るけれど、私達死期が近いのかしら」
「…リイム、なんであんな顔…って、また物騒な事を!」
一度キッチンへと向かったリイムは、すぐに外へとズカズカと足音を立て出てきた。
「……ミス!オールサンデー!」
「何かしら?」
「そうだった、この二人って」
ニッコリとロビンが引いたイスに、乱暴に腰を下ろしたリイム。
ナミは紅茶を飲みながら、元上司と部下だったんだわ、とアラバスタでの事を思い出す。
「ナミ、サンジがおかわりはすぐ言ってって」
「そう」
「で、話を戻すわ、そこのロビン!いい年した顔の整った大人!」
「あら?誉めてるの?」
「誉めてないわよ!チラチラと人の事見て笑うの止めてもらいたいのだけど」
成程、そういう事ね、とナミはリイムの耳元でキラリと光ったピアスを見つめる。
最初に新聞記事で二人の事が報じられた時には、記者の早とちりだと思っていた。
マリンフォードではまたルフィを助けてくれたし、もしかしたら、彼女はいつかふらりとこの船にやって来るのでは、なんて毎日を過ごした。
けれど、気付けば度々に新聞に載る様になり、そしてハートの海賊団の副船長、という事になっていた。
その海賊団の船長…死の外科医、トラファルガー・ローは王下七武海に加入、リイムもその右腕として懸賞金は3億を超えた。
何だか信じられなかったし、何よりあのリイムが誰かの下につくなんて姿が想像出来なかった。
もしかしたら、バロックワークスにいた時の様に、彼女は今も何かを…パンクハザードで再会するまでは、そう思っていた。
でも、こうして同盟を組む事になって、二人を近くで見ていると、七武海とその右腕としてのオーラの様なものもあるけれど
垣間見えるふとした瞬間の二人の表情は、本当に恋人同士の様で。
ベンチに座ってキッシュを食べている二人を見ていたら、なんだかこっちがニヤニヤしてしまった。
ロビンも、そんな二人を見て楽しんでいるんだろう、と、ナミは言い合いを続ける二人を見つめる。
「ロビン、あなたのその…人の心理を読み取る術に長けてる所には私も恐れ入るのだけれど」
「あら、リイムだって少なからず得意でしょう?」
「私はどちらかと言えば人の真相心理というより背景をね」
こうしてお茶をしているけれど、世間からしたら賞金首がニヤニヤと会話する光景なんておぞましい事この上無い…そう思いナミは口を挟む。
「ロビンは暗殺が得意とか言ってたし、リイムは死神だし、本当に仲間じゃなければ物騒な女だわ」
「…ナミ、あなたも泥棒猫でしょ、人の事は言えないのでは…ってそうだわ、私色々と聞きたい事があったのよ」
「あらリイム、まだ話の途中よ」
「それは、また夜にでもどう?」
それよりも、すぐに実践に生かせるかもしれないナミの話だわ、と、リイムはポットの紅茶をカップに注ぐ。
「なら、おつまみでも作ってもらって、お酒でも飲みながらゆっくり」
「ええ、それがいいわね、そうしましょう」
何だかんだで仲がいいのよね、この二人…丁度ハートを散らしながらキッチンから出て来たサンジに紅茶のおかわりを頼みながら、
早く天候の話をしましょう!とでも顔に書いてあるかのような表情のリイムに、ナミはクスリと笑うと、何から話そうかと体制を向き直した。

「あァ、このむさ苦しい船に咲く美しい花…素敵なレディが3人もおおおおォ!」
「………」
ナミにおかわりの紅茶を渡したサンジは、そのままふらりとローの近くまでやって来る。
「……」
「ロー、お前ずっとあの島でリイムさんと二人っきりだったんだろ!」
「…それがどうかしたか」
ストン、とローの隣に腰を下ろしたサンジは、さらに鼻の穴を広げながら話を続ける。
「しかも!リイムさんと付き合ってるんだってなこの野郎!!」
「…なんだ、うらやましいのか」
「クソてめェはっきりと直球投げやがって!!羨ましくなんかねェぞ!」
トレイをガスガスと膝に叩きつけながら涙を流すサンジに、ローはどうしたものか、と思いを巡らせる。
「……あいつは、そんなんじゃねェよ」
「あ?」
「なんでもねェ」
そう言うとまた俯いて何かを考え込んでいるようなローに、サンジはふぅ、とタバコに火を点ける。
「……リイムさんって、どうしてあんなに自分以外に一生懸命なんだろうな」
「…」
「初めて会った時は、ロビンちゃんもそうだが…なんてミステリアスな女性なんだ!と思ったが」
ふぅっと煙を吐き出して空を見上げたサンジは、そのまま話を続ける。
「こう、ビシっと一本芯が通ってて、自分に足りねェ所は素直に認められる強さも持ってる。
俺ァそんなリイムさんを尊敬してる…その彼女がお前を選んだんだ、文句は…文句は、ねェが!!」
「…随分と不満がありそうな顔だが」
「だからな!お前リイムさんを泣かせるんじゃねェ!
研究所で俺を助けに来た時だって、リイムさんは目を真っ赤に腫らしてだな!」
「……!」
全くあいつは!と、ローは思わずため息をついて眉間を手で押さえる。
あの後俺のいない所で一人で泣いた上に、それが黒足屋にバレてるとはどういう事だ…それに
どうして思う事があるなら直接俺に言わねェんだ、いや…それに関しては俺も人の事を言えたもんじゃねェが…
「……おい、ロー」
そのサンジの言葉に、考え込んでいたローは急に顔を上げる。
「……」
「悪ィ、お前がリイムさんをとにかく大好きだって事は分かった」
「…誰がいつそんな事を言ったんだ…黒足屋」
「見てりゃ分かる」
「……」
俺のどこをどう見たらそう思うんだ、とローは口を半開きにし疑問の念を浮かべながらサンジの顔を眺める。
「…お前とリイムさんを見てると、不安っつーか、心配になるんだよ」
「は?」
「どーせ、何だかんだ言って、きちんと気持ちを伝えた事なんてないだろ?」
「……」
「図星だな、こうなるまでの大体の経緯も想像つくが聞くか?」
「いや、いい」
「…まぁ、少なくともリイムさんをあんな笑顔に出来るのも、お前だけなんだよな…」
ボソリと呟いたサンジの声を拾ったローは、無意識に口角を上げて、空を見上げる。
「…さっきのアレは、美味かった」
「……!そ、そうか!いや、別に照れてなんかねェぞ!おだてたって何も出ねェぞ!!」
「…いらねェよ」
「うるせェこの野郎!晩飯気合入れたりなんかしねェからな!敵襲でも来た時の為にしっかり見張っとけよ!」
ヤイヤイと言いたい事を並べて満足したサンジは、再びキッチンへと戻って行った。

ローはふうっと息を吐き出すと、ちらりとリイムの声のする方へと視線を移す。
……あいつが船に乗った頃はクルーは男ばかりで、ベポといる事も多かった。最近でもイッカクとはよく筋トレだのなんだのと一緒にいる姿を見てはいたが……
あんな風にナミ屋とニコ屋と談笑するリイムの表情は、船で見るものとは少し違う気もする。そんな事を思いながら、ローは無意識に眉間にシワを寄せた。
「……」
しばらくそんな光景をぼんやりと眺めていれば、突如ロビンと視線が合い、ローは思わず目を逸らす。
「…」
その後、二言三言ロビンと話して立ち上がったリイムはスタスタとマストのベンチへと向かって歩いて来た。
「…何だ」
「別に」
「…話は済んだのか?」
「まァ大方…ロビンとはまた夜に」
「ヘェ」
「…ゆっくり寝れば?」
「…もとより、そのつもりだが…別にここに居なくても」
「私がどこで何しようと、私の勝手、でしょう?」
リイムはすとん、とローの隣に腰を下ろすと全くもう、と小さく呟き足を組んで体制を整える。
「私も、ちょっと昼寝」
「…」
「大丈夫、ルフィ達もいるから、少しだけよ」
何かあってもすぐ起きるしね、とリイムはマストに寄り掛かって体重を預ける。
「リイム」
「何?」
「……肩、貸せ」
「……あら、普段からそのくらい素直だといいのだけれど」
「やっぱりいい」
「え、どうして、何がいけなかったのかしら」
「もういい」
手にしている鬼哭に体重を預けて、そのまま俯いてしまったローに、
珍しく素直だったのに余計な事を言ってしまったわね、とリイムは少し残念に思いながらも、
自身も少しずつやってきた睡魔にうとうとと頭を揺らす。
「…」
そんな微睡みに揺れるリイムに、仕方ねェなと小さくこぼしたローは、少しだけリイムの方へと体をずらす。
「……本当に、素直じゃ、ない…」
「お前は黙ってりゃいい女なんだが」
「…しつれい、ね…」
「……腕は立つが船長に従わねェし、自分勝手で、じゃじゃ馬で手に負えねェし…
いつも一人で考え込んでおまけに何考えてるか分かんねェ、でも放っておけねェ、そんな女…そうはいねェよ」
「…そ… う」
もはや何の話かも分からなくなったリイムは、そのままローの肩に寄り掛かり、深い眠りへと落ちる。
それを確認したローも、静かに瞼を閉じれば、穏やかに揺れる波の音と、すぐ側に感じる温もりに、そっと意識を手放した。




夢うつつ

「あれが、合わせて8億ベリーねェ…」
「あら、二人共随分気持ちよさそうに寝てるわ…」
「顔にイタズラ書きでもしてくる?」
「…ウフフ、沈められちゃうわよ」

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