〔44〕

「島ごと斬っちゃったのね」
リイムはスモーカーの側でしゃがみ込んだまま、先程一瞬浮き上がった天井を眺める。
「…」
「…ガスでも漏れてこなきゃいいけれど」
丁度その頃、子供達を連れてR棟へ向かっていたナミ達は、切れ目から漏れ出したガスで大騒ぎしていたのだが。
「…ここをぶっ壊してどうする気なんだ、ローは」
ハァ、と息を整えながら起き上がるスモーカーに
「…さァ、私も彼の考える事はさっぱりわからないのよ」と、リイムはぽそりと答えた。
「…俺が海軍に入隊する前…一度お前の母親に、会った」
「…」
突然、何を言い出すのだと、リイムはスモーカーへと視線を落とす。
「…幼い俺を海軍へと駆り立てた要因のうちの一つだ、シャイニーは」
「…へぇ」
「そして海軍を裏切り、海賊になったあいつを俺は捕まえようとしたんだが、」
「死んでしまった、のね…あの人」
「…つまらねェ話をした、忘れてくれ」
「フフっ」
リイムはそう小さく笑えば、スモーカーは、何でこんな話しちまったんだ、とでも言いたそうな顔で大きく息を吐く。
「リイム…、行くぞ」
「…」
ローの声がしてハッとそちらへ顔を向ければ、さらにその奥にバラバラとなったヴェルゴの姿が視界に入る。
「あら…あれじゃあ、もう…」
ゴボゴボと音を立てるタンクが、小さな煙を上げている。
「…直に爆発するだろうよ」
カツカツとこちらへと歩いて来るローに、ヴェルゴがぽつりと言葉を漏らす。
「…とんだ復讐にあった…!!随分じゃねェか、ロー…こりゃあ番狂わせだ」
しかしその言葉にも何も反応しないまま、ローはリイムの真横に立つ。
「……」
「何かしら?…ルフィ達なら大丈夫よ」
「そうか、ならいいが」
そう言いながら少し屈むと、ローはそっと手を伸ばし、リイムの黒く汚れた頬の汚れを拭う。
急に何をするんだと思いながらも、その触れられた手の暖かさに
まるで何年振りかの再会のような感情が沸き上がるが、先程までローに対して怒っていた事が思い出される。
「…早く、行くんじゃないの?」
その頬に添えられた手を、そっとどけるとバツが悪そうな顔でリイムは立ち上がる。
「…お前らは、必ず後悔する…よく覚えておけ……お前らは、ジョーカーの過去を知らない、それが必ず命取りになる!!!」
再び聞こえてきたその声に、リイムとローはヴェルゴの方へと振り向く。
「少し名を上げたくらいの新世代に取って代われる程、世界は浅くはない…教えてやれよスモーカー」
葉巻に火をつけて、スモーカーは一瞬だけヴェルゴを見るも、振り向く事も無く立ち上がる。
「威勢のいいだけの小僧共にこの根深い世………!!!」
まだ話し続けるのか、としかめっ面でヴェルゴを見つめていたリイムだったが、それはローによって止まる。
頭を半分に斬ってしまったのだ。それを見たリイムは、ふぅと息を吐き出すと、カツカツとスモーカーの後ろを歩き出した。
「俺の心配はいい…てめェの身を案じてろ、この部屋はやがて吹き飛ぶ…じゃあな、海賊、ヴェルゴ」
ローはもう話す事も出来ないヴェルゴにそう呟いて、少し先を歩くゆらゆらと揺れる銀色の髪を追って歩き出した。

「…」
「これを運ぶと言ってるんだ」
「私…結構疲れてるのよ?」
リイムはチラリとスモーカーに視線を送る。
あなたが運んでねとでも言いたそうなソレに、スモーカーも葉巻を咥えながらローに問う。
「…何に使うんだ、一体」
「本来はSADを運び出す為のトロッコなんだが…」
突然ローが巨大なトロッコの前で止まったかと思えば、何を思ったのかこれを運ぶと言い出した。
リイムは、それを見て、あぁ成程ねと、トロッコの縁に手を掛ける。
「…お前、運ばれる気か」
「用途は間違っていないと思うんだけれど」
男二人いれば充分じゃない?と、リイムはトロッコに乗り込む。
「……本当にこれが必要なのか?ロー」
「…これに全員乗せて脱出する…一刻を争うからな」
もう何を言っても無駄だと悟ったローは、スモーカーにトロッコを括りつけたロープを手渡す。
二人に引かれてガラガラと動き出したトロッコの上からリイムはローの後ろ姿を眺める。
…これで、残るこの島での目的はシーザーを人質に取る事だけだろう。
この先には恐らく、既にルフィ達がいる筈。そして、ここから全員で脱出して向かう先は…
やはり、ドレスローザだろうか?あの国は天夜叉、ドフラミンゴが支配するという愛と情熱とおもちゃの国。
以前からどうしてあの男が国王なのか些か疑問に思っていたリイムだったが、
それよりもおもちゃの国という所にまた、何か違和感を感じていた。
ドレスローザでは人形達も人間と同じ様に過ごしていると聞く。
どのような経緯で人形が人間のようになったのか、あの国で暮らしているのか…普通に考えたら不思議でしかない。
それについての文献等も特になく、リイムは世界はまだまだ分からない事だらけだわ、
と、以前ドレスローザについて調べた時にはそこで止めてしまっていた。
だが、ローがその国王であるドフラミンゴの部下であった事や
シーザーを利用しドフラミンゴ、そしてそことのつながりを持つ四皇、カイドウを崩していく事を考えれば
リイムの中で再びその疑問が沸き上がるのは当然の事だった。
あの男とおもちゃ程不釣合いな物はない…前の一族の支配下の時の名残だろうかと思ったが、
それをわざわざドフラミンゴが残すとも思えない。
つまり、あれには何か意図があるか、もしくは本当にただの彼の趣味…なのだろうか。
「…」
ふとぼんやりとしていた視線をローの後ろ姿に戻す。
どうして、彼の背中はあんなにも…寂しそうなのか、今にも消えてしまいそうなのか。
どうして、こんなに胸が騒ぐのだろうか…今すぐにでもあの背中に飛び込みたくなった衝動を抑え
トロッコの中にそっとしゃがみ込んで寄りかかると、リイムは静かに瞼を閉じた。

「トラ男〜〜〜!!ケムリン〜〜〜!!」
「麦わら屋!!」
無事に合流したローとルフィ達、そして海軍G−5。
無事だったスモーカーに、海軍達は、わーギャーと歓声を上げる。
「ん、リイムはどこ行ったんだ?」
ルフィは見当たらないその姿にローに問い掛ける。
「それよりも麦わら屋!!シーザーはどこだ!?」
ローは見当たらないシーザーに、不安を抱きつつ聞き返す。
「ああ…あの扉ごとあっちの方へぶっ飛ばした!!どこまで飛んだかな〜」リイムはトロッコの中で、そのセリフを耳にする。
「…っ」
ルフィはローを苛立たせる天才かもしれない、と、クスクスと微笑む。
「おい!お前…約束は誘拐だろう!!」
「でもあんなやつもう捕まえんのもイヤだ俺!!」
「イヤでもそういう計画だ!!もし逃げられたらどうしてくれる!!」
「いーじゃんあんなの別に」
ルフィの自分勝手具合が、一番重要な所で発動しているようで、ローの苛立ちは募る一方だ。
「気分で作戦を変えんじゃねェよ!!お前を信用するんじゃなかった!!」
ああ、これはかなりご立腹だわ、とリイムは重い腰を上げる。
「ルフィ、時には物事を計画的に進めるっていう事も、海賊王になるには必要なのよ」「リイム!中にいたのか!…って、そういうもんか?」
「そうよ」
にっこりとリイムが笑えば、ルフィも少しだけ考える素振りを見せる。
「そっかー、でもま、ぶっ飛ばしちゃったしな!」
「じゃ、早く追いましょうか」
「いや、まだ全員揃ってねェんだ」
その言葉にリイムも少しだけため息をついた瞬間をローは見ていた。
「…じゃあ、来たらすぐ出発できるように、子供達を乗せるのを手伝ってもらえるかしら?」
「ああ、いっぞー」
そう言うとルフィは、お前らも手伝え、と一味に声をかけ、トロッコに子供を乗せていく。
「…」
自分なら頭ごなしに早く出るぞと怒鳴りそうな所なのだが…とローはその様子を眺めるのだが
ビー!ビー!と響き出した警報音にその落ち着きは何処かへと消えて行った。
「おい!!麦わら屋の一味!!何してる!全員急いで乗れ!!」
「たぶん無駄じゃないかしら?」
「お前の吹き飛ばしたシーザーに逃げられたらここで作戦は失敗なんだぞ!!」
「何言ってんだ!!まだ仲間が来てねェ!!」
「ほら」
「…こいつら…」
トロッコの外で流暢に仲間を待つルフィ達に、ローの苛立ちが最高潮な事をリイムも感じていた。
しかし、こんなルフィの性格を読みきれずに同盟を組んだローもローだ…
なんて言ったら、どうして分かっていて言わなかった!?とブチ切れられるに決まっている。
「あ、でも私説明したわよね」四皇クラスのじゃじゃ馬さだ、と、あの時の会話を思い出す。
「…」
「したわよね?」ローも、ふとリイムにルフィのじゃじゃ馬さの話をされた事を思い出す。
「…確かにされたが、あれは大雑把すぎる」
「私の事を散々じゃじゃ馬呼ばわりしてきたクセに、これくらい想像出来たんじゃない?」
「…まだ根に持ってんのか」
「当たり前じゃない」プイっとそっぽを向けば、ルフィの叫ぶ声が響いた。
「来た!!!」
「ルフィーーーー!!!」
閉まりかけるゲートの先からチョッパー達が走って来るのが見え、ローの顔色が少しだけ良くなった様に見える。
とは言っても、その眉間にはしわがしっかりと寄ったままだが。
「よし!!揃ったな!とにかく乗れー!!ここぶっ壊れるぞ〜〜〜!!!」
どうにか全員乗り込んだトロッコは、外へと向かって動き出した。

ルフィ達は相変わらずやいやいと騒いでおり、そこにG−5も加わり随分と賑やかだ。
いつ崩れるかもしれないというのに、緊張感のかけらも感じられない。
「…ベポ」
「…何だ急に」
「…別に」
彼らを眺めていたら、ふと船での生活を思い出したリイムは
思わずあの白いもふもふを思い出して無意識に呟いていた。
それをしっかりとローに拾われていたのだが、今はベポについて話す時でもない、と、そのままトロッコのレールの先を眺める。
「……!」
何か気配を感じて振り向いたリイムと目が合ったロビンもすぐに、何か重い空気と音がする事に気がついた。
次の瞬間、ズズズゥン!!!という爆発音が通路に響き渡る。
「うわー!!」
「きゃー!!」
「何!?」
トロッコも一瞬フワリと傾き、子供達が悲鳴を上げる。
「もしかして…」
「…あァ、D棟…SAD製造室だろう」
あの時のタンクがついに爆発した様で、衝撃で通路の壁も崩れ始める。
「危ねェ!!」
崩れた壁をルフィが蹴り飛ばすものの、周囲は徐々に崩れていく。
「…この通路は山腹のトンネル…崩れりゃ生き埋めだ…」
「何でのんびり語ってんだ!?」
冷静に状況を分析したローにつっ込んだウソップに、リイムは一瞬フッと笑ったがレールの先が瓦礫で塞がれてしまった瞬間を見ていた。
「瓦礫に塞がれたー!!」
「ぶつかる〜〜〜!!!」
「…」
これではすぐにぶつかってしまうので仕方が無い、と、リイムはスッと刀構える。
静かに刀を抜けば、ズバァン!!と瓦礫を斬り飛ばした…のだが。
「うおーー!!すげェ助かった!!」
「さすが東の海最悪の幼馴染、息ぴったりだな!!!」
「敵に回したくねー!!敵だけど!」
最悪の幼馴染、と呼ばれた二人はカチャっと鞘に刀を納めると、どちらとも無く言い合いを始める。
「…今斬ったのは私よね」
「いや、俺が先だ」
「…嘘、私よ」
「嘘ついてどうすんだ、俺が斬った」
同時だったのは分かるのだが、ついつい昔のクセでどっちが斬ったか決着をつけたくなるリイムとゾロ。
「まーた始まったな!だが!斬ったのは勿論!我らがリイムさぁぁぁん!」
「サンジ、ありゃ同時だったぞー」
目をハートにしてリイムに近づくものの、全力で無視され、ルフィには冷静につっ込まれるサンジを横目に
ローは静かに、子供の様に言い合うリイムとゾロを見つめていた。




想うからこそ

「フフッ」
「…何だ、ニコ屋」
「あなた達って似てるわね」
「は?」
「…何でもないわ」
「……」

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