〔43〕

「…斬った…」
モネが真っ二つになった瞬間を目の当たりにし、ゾロが女を斬ったという事実に
何とも言い難い感情に襲われ、ドキドキと鼓動が速くなる。
ふと、気付けば先程までの吹雪が止んでいる事に気づくたしぎ。
それでも、どういう訳かひらひらと静かに雪が降り始め、それを見ているうちに少しずつ、乱れた呼吸が整い出す。
「…なんて静かな……フランジパニ…」そんな雪でふと連想したのはリイムの所作振る舞いで
そういえば、灰雪の死神だったわ、と彼女の異名を思い出した。
「さて行くか…リイムはこんな所にいていいのか?」
「私の事より、自分の心配をしたら?またとやかく言われるわよ?」
そんな声が聞こえて、たしぎも立ち上がり、後に続こうとしたのだが。
「ハァ…ハァ…バカに…シテる…!!ハァ」
背後でズズズと何かが動く音がして、たしぎは振り返る。
「!!え?まだ生きてる…!!?まさか…!?」
真っ二つになったのに死んでいない…覇気を使っていなかったのかと、たしぎは驚き目を見開く。
先程のリイムの、またとやかく言われるわよ、というのはこの事だろうか、と、一瞬だけ歩いて行く二人を見れば
気付いているのか気付いていないのか、そのままスタスタと歩いている。
モネに視線を戻せば、半分に斬られたままでどうにか立ち上がろうとするものの、すぐに崩れ落ちてしまう。
そしてよく見れば、未だにガタガタと震えている様子から、体の自由が利かないのだと理解する。
「…こんな勝ち方が…」
覇気を使われていたら死んでいたという事実と、圧倒的な強者への恐怖…
一体ゾロは、麦わらの一味はどこまで強くなっているのだ、とたしぎは再びゾロの背中を見る。
「…逃が…さない…」
ズズズズとゾロの背後に忍び寄ったモネに気付いたたしぎは、そのまま刀を抜く。
「…“斬時雨”!!」
覇気を纏ったそれは、モネへと大きなダメージを与える。
「…あなたの、負けです…!!」
そう刀を鞘へしまうたしぎを、リイムとゾロは見つめる。
「ハァ…どういう事ですか!?結局あなたとどめを…!やっぱりあなたは…!!」
「ほら、私の言った通りでしょう?大佐さんが黙ってないって」
「…勝手に手ェ出しといてバカ言ってんじゃねェ…今お前が斬らなきゃ俺が斬ってた」「もしくは、私が」
え、と一瞬ポカンとした顔で二人を見たたしぎだが、すぐに反撃に出る。
「…!!う、うそばっかり!!…フランジパニはともかく、ずるいです!もう私が斬った後に!!」
「余計だったよ」
しかし、とゾロはたしぎのケガと反対側の肩へポンっと手を置く。
「ごくろうメガネ大佐、あいつに誰の後も追わせなかった…手柄はお前のもんだ」
「うふふ」
「んな!!何であなたはそうやって上からものを…!!」
「お前が下だからだ」
「っ、フランジパニも!さっきから笑い過ぎです!」
「…そんな事ないわ…それより、ガスが漏れてきたみたいね…」
ほら、と、先程塞いだ扉の方をリイムが指を指して笑う。
「って!!出口そっちじゃないですよ!」
「そうなのか、リイム、お前分かってたなら早く言えよ」
「…面白くてつい…」
「さっさと行きますよ!…って」そう叫んだたしぎだったが、不意によろけて膝をつく。
「…っ」
「…しょうがねェな」
「…よろけてる場合じゃないわよ、ほら早く」
すぐ背後に迫ったガスに、リイムが急かせばゾロがたしぎをよいしょ、と担いで走り出した。

「…!!ロ、ロロノア!!」
「うるせェ、このほうが早ェだろう」
「あらあら…」そんな二人を眺めながら、リイムも後を追う。
「や…やだ!!恥ずかしい〜〜〜っ!!!」
「てめェが急に倒れるからだろう!!ガスが漏れ出してんだよ!!」
「…」
「ちょっと目眩がしただけです!」
「世話かけやがる!!」
たしぎを担いで走るゾロの背中を見つめていると本当に、くいなが生きていたら…と、リイムはたしぎに亡き親友の姿を重ねる。
…彼女が生きていれば、私とゾロはきっと付き合う事もなくて、こうして私は二人を見守っていたに違いない、と。
「…やっぱり、そっちのほうがお似合いだわ」
「あァ?何か言ったか?」
「何も」
「ちょっと!部下達に追いついたら降ろして下さいよ!!」
「何のプライドだ!!何なら今すぐブン投げてやろうか!!」
やいやいと言い合っている二人が、少しずつ小さくなっていく。
立ち止まったまま、二人が通路を曲がって行ったのを確認すると、リイムは大きな吐息を漏らす。
このまま走ればサンジと海軍達にじきに追いつくだろうし、そのサンジ達もナミと子供達と合流している頃だろう…
残すはルフィとシーザーだが、ルフィならどうにかするだろうし。
となれば、私のローからの指示はほぼ達成したと言ってもいいだろう。
ローは今きっとヴェルゴ、そしておそらくスモーカーと一緒ににいるはず…
そう考えながらリイムはそっと左耳のピアスに触れる。
「…何だかんだ言って、心細くしてる頃よね、きっと」うちのツンデレ船長は、と呟くと、D棟へと進路を変えた。
「…それは、私もなんだけどね」本当に今日という日が長い長い時間に感じていたリイムは、
迫るガスに急かされるように、再び通路を走り出した。

リイムはただひたすら、ローの無事を祈りながらD棟、SAD製造室へと走った。
ヴェルゴの真の実力は分からないが、
心臓を取られてしまっている現状を考えれば状況は不利である事は明白だった。
モネと会話を交わした時、一瞬ローの元へと駆け出したい衝動にかられたのだが
彼が私をルフィ達の元へと送り出した以上、その責務は果たさなければ、と思いとどまった。
そして、モネに対しても、ゾロにもこの焦りを悟られないように、ただただ余裕をかまして見せた。
それでもこうして一度走り出せば、頭の中はローの事ばかりで埋め尽くされていく。
どうにかすぐ近くまで来れば、中ではスモーカーとヴェルゴが戦っているであろう事が感じ取れる。
「ハァ…」リイムは気配を出来る限り消すと、そっと中を覗く。
「ロー…」その部屋では、激しくぶつかり合うスモーカーとヴェルゴと、
血を流して横たわっているローの姿が見えた。
息もあり、意識もはっきりしている様に見えるローの姿に、安堵のため息を漏らす。
どうするべきか様子を見ていれば、スモーカーが確実にヴェルゴに押されている。
無駄と言ってもいい程、彼は煙となり部屋中を動き回っていた。しかしその動きで、リイムは一つの仮説を思いつく。
「もしかして…」
今ここで、私が出てはいけない、そう思いながらすぐにでもローの側へ行きたい思いを押さえつけ、ゴクリと生唾を飲み、じっと事の行方を見守る。
「なぜ執拗に能力を使う…?君らしくない戦術だったなスモーカー君
」ヴェルゴも気付いたようで、さらにスモーカーへの攻撃の手を強める。
「格上の覇気使い相手に煙となり体積を増やせば…的を広げるだけだ!」
それでも煙となり応戦するスモーカーに、リイムも思わずその場から飛び出しそうになる。
「鬼・竹!!」
ヴェルゴの一撃が、スモーカーを確実に捉え、血を吐きながら倒れこんでしまう。
「海軍をナメきっている俺を消そうにも…実力がなくてはなァ、スモーカー…勇敢なだけでは部下もうかばれねェ」
「ハァ……ガフッツ……………」
静かに目を閉じたまま何も言わないスモーカーと、カツンと鳴ったヒールの音でヴェルゴは思わず振り返る。
「…!!!」
「俺の心臓、確かに返してもらった、スモーカー」
「…」
急激に顔色を変えるヴェルゴ、心臓を自身の胸へと戻すロー、その姿を、リイムはただただ流れ落ちそうになる涙を堪えながら見つめていた。
やっと、彼の心臓が、在るべき所へと戻った、と。これで何の制限も無く戦える、と。
「…!!そういう事か!!!貴様!いつの間に!!」
「…ハァ、これで借りはナシだ…さっさとケリをつけろ!!」
横たわりながら叫ぶスモーカーに、ローはROOMを展開しながら呟く。
「そんなに海賊に借りを作るのがイヤか…」
「…海兵の恥だ…!!!部下に合わせる顔もねェ…」
「…しかし、助かったのも事実だ…………っ、何でお前がいるんだ」
スモーカーは、何を言っているんだ、と疑問に思うが、すぐにそれは解決する。
「…!!」
能力によってローの手の中にはヴェルゴに攻撃を受けた時に落とした帽子が現れ、すぐ横には、ドサっと何かが落ちる。
「リイム」
「…っ」
涙を堪えながら隠れて見ていたのに、突然すぐ横へと投げ出される形となったリイムは、不服そうな目でローを見つめる。
「…リイム、お前ローを見捨てたのかと思ったが…本当に噂通り神出鬼没だな」
タイミング悪く、血管が今にも切れそうな程の顔でヴェルゴにギロリと睨まれたリイムだったが、
「お生憎様、私の船長はローしかいないのよ…」と、立ち上がって不敵な笑みを向ければ、場の空気はひんやりと変わる。
そんな顔をチラリと横目で見たローは、ポスッと帽子をかぶると、ヴェルゴに向けて言い放つ。
「…幸運は俺に味方したようだ…これで終わりだ、…ヴェルゴさん」
「…やっと思い出したか、あるべき上下関係を…クソガキが」
「…」
「……そう思ってろって事だ」
「!」
「いつまでもそのイスに座ってられると思うな!!お前ら!!」
「!?」
「聞こえてんだろ?ジョーカー!!!」
ローがそうヴェルゴに叫べば、一瞬の沈黙が製造室に広がる。
「…フッフッフッフッ!!」
ヴェルゴから聞こえてきた音声は、ジョーカー、ドフラミンゴのものだった。
「…ヴェルゴはもう終わりだ、お前は最も重要な部下を失う…シーザーは麦わら屋が仕留める、つまり…SADも全て失う!!!」
ポツリと話し出したローの言葉に、リイムの頭の中でも、点と点が少しずつ線となって繋がっていく。
「この最悪の未来を予測できなかったのは、お前の過信だ…いつもの様に高笑いしながら次の手でも考えてろ!!」
リイムは静かに、ローの言動を見守っていた。
「だが!俺達はお前の笑みが長く続くほど予想通りには動かない」
「フッフッフッフッフッフッフッ!!!イキがってくれるじゃねェか小僧!!!」
あの高笑いが聞こえる電伝虫は、既に脱ぎ捨てられたヴェルゴのコートの上に鎮座している。
「下がってろ」
「…」
そう小さく呟いたローの声をしっかりと拾ったリイムはすっと数歩、後ろへと下がる。
「フッフッフッフッ!!リイム!お前もそこにいるんだろう!?…どうやらついて行く男を間違えた様だな…!!!」
「…」
「…だんまりか!?まァいい!それよりも大丈夫かァ?目の前のヴェルゴをキレさせてやしねェか!?」
全身を武装硬化させたヴェルゴが、少しずつ、ローへと近づいていく。
「昔…覚えてるか!?どうなった!?お前ヴェルゴをブチギレさせて一体どうなった!?フッフッフッフッ!」
「…」
ローは、スッと鬼哭を構えると、静かにヴェルゴを見据える。
「トラウマだろう!?消えるハズもねェヴェルゴに対する恐怖!お前のブッたぎり能力でもこいつの覇気は全てを防ぐ!!!」
竹竿をゴンゴンと硬化させたヴェルゴに、ローはROOMを発動させる。
「立場、実力共にお前はヴェルゴに…」
「…!!!」
リイムは、ローの動きから瞬時に床へ伏せる。
「敵わなねェ!!!」
ドフラミンゴの声が響いたその部屋は、一瞬の静寂が訪れる。
「…頂上戦争から2年…!!誰が何を動かした…?お前は平静を守っただけ…
白ひげは時代にケジメをつけただけ…海軍本部は新勢力を整えた!!大物達も仕掛けなかった…まるで、準備をするかの様に…!!」
静寂と共に訪れた、時代を、新世界を奔流に飲み込まんとする一瞬の出来事に、リイムは目眩すら覚えた。
「あの戦争は“序章”にすぎない…お前がいつもいっていたな、手に負えねェうねりと共に
豪傑共の“新時代”がやって来る…!!歯車を、壊したぞ」
「…」
「もう誰も、引き返せねェ!!!!!」
ローがヴェルゴを、SAD製造施設諸共真っ二つに斬った姿を、リイムは静かに見つめていた…
ほんの少しの昂揚と同時に湧き上がった、ほんの少しの胸騒ぎを、杞憂で在って欲しいと願いながら。




運命の輪

「…スモーカー」
「…あァ?」
「………やっぱり、何でもないわ」
「何、笑ってやがる…」
「…色々と、ね」

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