〔45〕

「…その第三研究所には、4年前に第一第二研究所及びその島を滅ぼした兵器が
もう一つ眠っている…!!起爆スイッチを押せばその島で生き残れるのは…猛毒ガスに耐えられるシーザー唯一人…スイッチの場所は…」
「それ以上言わないでジョーカー…今その起爆スイッチの前にいる…」
命からがら、起爆スイッチのある部屋へと移動したモネは、電伝虫でジョーカー、ドフラミンゴと連絡を取っていた。
自らの命と引き換えに、全てを終わらせる為に。
「…爆発はタンカーまで及ぶわ、一隻無駄になるけどいい?」
「……悪いな…全てを道連れに…死んでくれ…!!!」
「了解…若様」そう呟くとモネはそっとボタンのカバーを開いた。その時起きたD棟での爆発音と衝撃は、モネのいるC棟まで届いていた。
「…どこかで爆発が……だけど、そんな小さな爆発じゃ、この島の全てを消し去れはしない…!!!」
モネは、ドフラミンゴと出会ってからの出来事をふと思い出していた。私がついて行くのは、若様、あなただけなのだ、と。
…脳裏に一瞬、そんな若様を裏切ったローと共にこの島にやってきた女の姿が浮かぶ。
「……」
結局あの女も、根本は私と一緒だったのだろう、と少しだけ口角が上がる。
海賊王にすると決めた男の為に、自らの命を懸けてでもついて行こうとするそれは同じだったはず。
一つだけ、違うとしたらそれは…何処かで羨んでたのは、あの二人は…
でももう、それもおしまい。このスイッチさえ押せば全て消える。こんな思いも何もかも全て。
……さよなら、若様…あなたこそが、海賊王になる男……!!!私は、あなたが海賊王になった時側にいられないけれど、……
「…!!!!!」
まさにスイッチを押そうとした瞬間、モネは大量の血を吐いてその場に倒れこむ。
自身でも何が起きたか分からないモネは遠のく意識の中、心臓が無かった事、その心臓に異変があったであろう事に気付いた。
が、もう気付いた所で既に手遅れで、再びスイッチを押そうと起き上がる事すら出来ず、重力にしたがって床へと沈んだ。
「…モネ…何かあったのか…応答しろ………!」
電伝虫の先に、その問いに答えるものはもう、誰もいない。
「…モネ!!!……………あのクソガキ共………ッ!!!!!」
モネの反応が無くなり、爆発音も聞こえてこない電伝虫を、ドフラミンゴは乱暴に投げ捨てた。

−−−

「…おいロー、シーザーはなぜ俺の心臓を持ってるつもりでいたんだ」
「…今ここで聞くことか?」
出口へと向かうトロッコで、スモーカーはローにふと疑問を投げかける。
リイムも、そんな二人を眺めていたのだが、ふとローの行動を思い出した。
シーザーと会う前に、スモーカーから奪った心臓と、この島に来た時に私の心臓と交換したモネの心臓を入れ替えて
シーザーに手渡し、それをスモーカーの物だと勘違いしたのか、とリイムは納得した。
「奴の勝手な勘違いさ、俺は秘書モネの心臓を親切に返してやっただけだ」
「…?」
スモーカーは、何の事かは分かっていないようだったが、
シーザーの性格からすると、何かあればスモーカーの心臓を始末して、殺そうと考えるだろう。
…だが実際はその時、スモーカーは生きていてそして…シーザーの手によって死ぬのは秘書のモネ…
ここまで全てを計算していたのだろうか、と考えるとリイムは我が船長ながらゾッとするわ、とローをチラリと見た。
「人に親切にしときゃあ…てめェにいい事があるって言うだろ」
「…」
そのお陰で、この島の大爆発を回避したのだという事など、もはや誰も知る由もなかったのだが。
「…しかしそろそろアレだな、リイム、出口にガスが待ち受けてるハズだ…風かなんか起こして飛ばせねェか」
「……」
「出口にガスが!!?」
「でも死神のネーちゃん、さっきもすげェ突風起こしてたからな」
「そうなのか!じゃあ安心だな!!」ヤイヤイと騒ぐG−5にため息が漏れ、ローの言う事もまだ素直に従う気にもならない。
「………ここなら私よりナミが適任よ、お願い出来るかしら」
「あ、そう?ま、私に掛かれば朝飯前よ!」
しれっとナミに頼めば、任せなさい!とクリマタクトを構えたので助かるわ、と微笑む。
「泥棒猫も風を起こせるのか!?何だこいつら!!」
「わ!出口が見えたぞ!」
「風を送れナミーー!!表は毒の世界だぞ!!」出口が近づき、ウソップが鼻水を垂らしながら叫ぶ。
どん!!!と、外へ飛び出したトロッコに、子供達も海軍も「出ェたァ〜〜〜〜!!!」と歓喜の声を上げる。
「…」
冷静にその出口の先を見据えていたリイムは、外にいる数人の人物を捉える。
「え!!?」
「!!??」
「あ!!」
トロッコに気付いたその人物達と、その人物達に気付いたルフィは声を上げる。
「やっと来たかあいつらァ、待ちくたびれたぜ!!」
将軍なフランキーに男、子供達は目を輝かせながら叫ぶ。
「ショーグンだァ〜〜〜〜〜!!!!!」
「ロ・ボ・だーっ!!」
「きゅうきょくだーー!!」
「……」「…」「……」
しーん、という効果音がこれ程までに合う場面は無いだろう。
リイムやナミ、ロビン、たしぎに女の子達は、無言でその風景を見つめる。
「バッファロー!!………!!お前は、ベビー5か!?」
「ロー、あなた本当にジョーカーに盾つく気!?」
「この裏切り者がァ!!ジョーカーはお前の為に、まだハートの席を……」
「…」
今の会話で、この二人がローがドフラミンゴの元にいた頃からいる部下であろう事はほぼほぼ理解した。
しかしハートの席、とは一体なんなのだろうか、と、リイムの胸に引っかかる。
「んー、誰だ?あいつら友達か?」
知り合いなのだろうか、と、誰もが感じたそれを、ルフィは問えば「いや…“敵”だ!!!」と、ローはきっぱりと答えたのだった。

一味勢揃いに海軍G−5では分が悪すぎる、と、バッファローとベビー5は、負傷したシーザーを抱えて逃げ出す。
「シーザーを奪って逃げたな!よォし任せろ!!飛ぶ敵は狙撃手の仕事!!」
ウソップがシーザーに向けて構えるも落ち着いていられるかと言わんばかりにローはROOMを展開しようとする。
「おいおい、ウソップが任せろって言ったろ」がしっとローの肩を掴むルフィに
「ウチの狙撃手ナメンじゃねェぞ、鼻が長ェからって!!」と補足するゾロ。
「ゾロ、誰も鼻にはつっ込んでないわよ」
「そうだったか?」
周りの緊張感のなさに、ローの眉間のしわは一層深くなる。
「バカいえ!万が一にもあいつを逃がせば作戦は……」
「同盟組んだんでしょ!?少しは信用して欲しいわ!!」
「ん?同盟って何だ」
焦るローに、ナミがクリマタクトを手に前へと出る。
「…あ、ゾロまだ聞いてないのね」
「だからどういう事だ?」
「そういう事よ」
「私も逃げてばっかで攻め足りないのよね!戦意を失い遠くにいる敵なら恐くないのよ!!」
「しかも手負いで背を向けた敵なら任せろ!!」
「いいからはやくやれ!!」
ドーン!!とポーズを決める二人に、ゾロが冷静につっ込む。
リイムは、動き出した二人を静かに見つめていた。特に、ナミの作り出す雷雲には目を奪われる。
まるで魔法でも見ているかの様なそれには、感心させられた。
「天候の科学…サンダーブリードテンポ!!」
見事にシーザー達を直撃した雷に、リイムもうっとりとため息を漏らす。
「…あの精度、天候の科学ってすごいわね…私もアレぐらい出来たら…」
「お前の規模であの精度だと死人が出るな」
「…あら、もう出てるわよ」
「そういやお前死神だっけか」
「はいはいそうよ」
シーザーの行方を目で追いつつもリイムの独り言を拾ったローだったが、
既にゾロによって会話となっていたそれを、ただただ黙って聞いていた。
「そういうゾロはいつまで海賊狩りなの?」
「あァ、そういやそうだな」
まぁいいんじゃねェか?と、落下する3人を眺めるゾロと、その横に並んでいるリイム。
「…」
チラリと視界に入ったその後ろ姿に、もしかしたらリイムという女は、
麦わら屋の船にいて、ゾロ屋の隣にいるのが本当の居場所なのかもしれない
と、柄にもない事を思ってしまう程、どうしてかローの頭からは二人の姿が焼きついて離れそうもなかった。

それ所ではないと、ハッとシーザーに視線を戻したローだったが、今まさにウソップによって放たれた弾がしっかりと捕らえ、
海楼石の錠によってシーザーはどうする事も出来ないまま落下を続けた。
「よーし!!捕らえた!!」
「ザマーミロ!シーザー!」
「背を向けた敵なら任せろ」
うおおお!と雄たけびを上げるウソップに、歓声を上げるG−5達。
「…よし、第一段階は成功だ」
「どうだ、やるだろあいつら」
自慢げにニシシと笑うルフィに思わずリイムも釣られる。
「フフっ、上手くいったわね」
「…ッ」
ローの方へ振り向いて微笑んだリイムだったが
さっきまでローに対して怒っていたのにうっかり微笑んでしまい、あっ、と声を上げてしまう。
一方その笑顔を向けられたローも、久々に自身に向けられたそれに、一瞬時間が止まる。
「………っ、その傷」
「…あ、あァ」
左目の下が切れているのが目に付いたリイムはそっとハンカチで傷口を押さえる。
「これくれェかすり傷だ」
「うるさい」
「…」
また真顔に戻ってしまったリイムに、ローは思わずため息をつく。
「…人の顔見てため息つくのやめてって言ってるでしょ」
「…」
「あら、また喧嘩してるの?」
「…ロビン、それしか言う事ないの?」
「もう、さっきのリイム可愛かったのに」
「なっ…!!!」
背後から突然声をかけてきたロビンに文句を言うも可愛いなどとおちょくられてカッとなったリイムは
ポケットのなかでぐしゃぐしゃになっていた絆創膏を乱暴にローに押し付けると、トロッコから降りたロビンを追っていった。

「…」
「トラ男〜降りっぞー…どしたんだ?」
「…いや
」「そっかー、サンジー!腹減ったー!!飯ー!!」
「おう、任せとけ」
次々と降りていく麦わら一味の中で、子供達を前にどうしたものかときょろきょろと右往左往している船医がローの視界に入る。
見ず知らずの子供達を最後まで助けようとする本当にお人好しな海賊団だ、とローは呆れるが、自分も医者だ。
「……仕方ねェ…おいたぬき屋、ガキ共をひとまずトロッコから降ろすんだな」
「…!!?ロー、お前何するんだ…って!俺はトナカイだ!」
「…とにかく、さっさと降ろせ」
子供達をトロッコから降ろすように促すと、自身もそこから降りる。
ウソップが海に落ちたシーザー達を回収してきてくれた様で、そこにはカチコチになって気絶している3人の姿があった。
「…鼻屋、そいつらしっかり縛っとけよ」
「おうよ!!気絶した敵なら任せとけ!!」
そう声をかければ嬉々として3人を縛り上げるウソップを横目に、ローは気付けばリイムの姿を探していた。
絆創膏を握ったまま、辺りを見渡していると、急に背後に誰かの気配を感じる。
「…」
「…気配を消して近づくなと何度言えば…」
振り返れば、探していたその人物が立っていたので、いつも通りの会話をする。
「本当に、やめろ」
「……私は、ローが海賊王になるその日まで、ラフテルに辿り着くまで、絶対に絶対について行くから」「…」
話を遮ってまで何を今更、と思ったが、まるでそれまで死ぬ事は許さないと釘を刺されたような
心臓を掴まれたようなリイムの視線にローは思わず視線を逸らすと、小さく「あァ」と呟いた。
「…ガキ共の治療をしてくる…」
「あら、どういう風の吹き回し?」
「…そのほうがさっさと出航出来そうだろう」
素直じゃないのね、とリイムは呟くと、お前も手伝うんだ、と急に手を引っ張られる。
「…」
スタスタと歩くローに手を引かれたままのリイムはその温もりを忘れないようにと、神経を集中させる。
いつかの私は、自分の為にもローの為にも死なないと思っていた…そんな頃もあったわ、と、ギュッと繋がれた手に力を入れる。
「…ロー」
「何だ」
「無茶ばっかりしないでね」
「…そのままそっくり、返す」
リイムは握り返されたその手に、しんしんと雪の降り続く灰色の空を見上げた。
こらえきれなかった涙が一筋、雪に紛れてそっと頬を零れ落ちた。






「(あなたが海賊王になった時、私は隣にいなかったとしても…必ず)」
「(俺は……仮にお前との未来を手放す事になったとしても、必ず)」

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