〔40〕

随分と思いつめた顔を−…ゾロはリイムがあんな顔をしている理由を考える。
昔から…あいつは、何かあるとすぐ顔に出る女で、でも他人に頼ろうとしない。
人一倍負けず嫌いで、人一倍努力家で、くいなが死んだ時はさすがにへこんでいた様だが
その後はひたすら、ただただ大剣豪になるべく毎日修行を続けていた。
もしかすると…俺に負けない様にと俺以上に鍛えていたはずだ。
ナデシコさんの葬式でも、リイムは泣かなかった、と言うよりは我慢していたのだろう。
あれから一度だけ、海に出るまでの間にあいつの泣いた姿を見たのは…
俺に別れを告げたあの日、あの一度きりだった。

−−−

「ゾーロー」
「…なんだリイム」
「ゾロ、私ね、…海に出ようと思うの」
それはいつも通り、何時間も道場で稽古をして、終わった後にいつもの小さな公園で
いつも通りに二人で夜空を眺めていた時だった。
ただ、違ったのは、リイムの帰る家はもうこの村にはないという事だった。
「…コウシロウさんもうちに来たらどうだって言ってただろう?」
「…んー、それは断った」
「ハァ?何が嫌なんだ、俺ももう1、2年したら…海に出ようと思ってる」
「うん、知ってる」
「じゃあ何で」一瞬、顔を曇らせたリイムに、俺はグッと体を引き寄せる。
「…ほらね、ゾロ、優しいから」
「はァ?」
「ゾロといると私、強くなれない」
「…」
「このままだと、私は、くいなとの約束を…きっと…」
確かに俺は、もし一緒に海に出たら、こいつは俺が守るとかそんな事をぼんやりと考えていたが…
…そうだな、それがそもそも間違いだったかもしれねェ。
リイムは、誰よりも負けず嫌いで、誰よりもくいなの意志を継いでいるのだ。
「たぶん、お互いに近くにい過ぎると成長できないわ…別れたほうが、二人が大剣豪を目指すにはいいと思うの」
「…そう、だな」
「…でも、ゾロを嫌いになった訳じゃないからね」
「…あァ」
「ゾロと、一緒に一緒に過せて…」
その後の言葉は聞き取れなかったが、俺の胸が少しずつ濡れるのが分かった。
「…っ、ゾロ、ゾロぉ…私、絶対ゾロに負けないからね…っ」
涙をボロボロと流しながら、俺の体に回された腕は、ぐっと力が入る。
「バカ、俺が先に大剣豪になるんだ」
「私が先、よ」
そう言って無理矢理笑顔を作って顔を上げたリイムに、俺はそっと最後のキスを落とした。
「あーもう、ゾロのバカ!」
「うるせェ」
「でも、ありがとう、これからも、よろしくね…私のライバル」
「あァ」
リイムの事だ、おそらく、理由はもっと他にもあっただろう、…顔がそう言っている。だが結局それを俺に告げる事はなかった。

…それがもう、何年前だろうか。リイムが海賊になったという噂はちらほら聞くものの、しばらくは何をしているか分からなかった。
俺が鷹の目を探しに海へ出た頃、リイムには灰雪の死神という異名と、…懸賞金がついていた。
何故灰雪なのかは本人と再会するまでよく分からず、ルフィと出会ったあの年、アイツは突然、俺達がいたアラバスタに姿を現した。
聞けば俺も勧誘された、ついさっきまで戦っていたBWのオフィサーエージェントだというから驚いた。
目の前でボスがやられてもケロっと「あら、そう」と言うだけで、あいつ自身、クロコダイルのする事に興味は全くなかったらしい。
色々と聞きたい事があったのだが、またすぐに姿を消す。
そしてアラバスタを出航した俺らの船に、リイムはロビンと一緒に、再びひょっこりと現れた。
それにはあのロビンも驚いていた様だったが。
「麦わらのルフィ、ね…ロビンのついでに私も少しこの船に乗せてもらえないかしら」
「元上司を呼び捨てとはいい度胸じゃない」
「だって、呼びづらいじゃない、ミス・オールサンデーって」
「まぁ、そうね、ミス・ハッピーデスデー…灰雪の死神、リイム」
そう会話するリイムとロビンに「聞いた事あるわ…灰雪の死神、懸賞金…6000万ベリー!?」
と、ナミが血相を変えて手配書を取り出す。
そういやそんな額だったか、と俺も改めて驚いたもんだ。
「もー!!本当に何のつもりなのよバロックワークスが二人も揃って!!」
「あぁ〜〜〜キレイなお姉さんにキュートなお嬢さん〜〜〜」
「ねぇゾロ、あなたからも頼んでよ」
「はァ!?なんで俺が!!」
「おいクソマリモ!!お前何馴れ馴れしくしゃべってんだこの野郎!!」
「あ、私、ゾロの幼馴染なの」
そう言うとあいつは俺の隣に並んでニコリと笑う。
なんだか随分と大人びたというか、何考えてるのか分かんねェ表情に磨きがかかったというか。
「ね」
「あ、あー、そういうこった」
「「えええええええ!!!??」」
「ゾロの幼馴染?そっかーならいーぞー」
「フフっ」
「ルフィ!あんたねェ!!」
「あぁ〜〜〜素敵なお嬢さぁぁぁん!是非いつまでもこの船にィ〜〜〜〜」
「少しの間、よ」
ゾロが乗る事にした船に興味があるから、と、宣言通りにこの船に留まる事はなかった。
だが、エニエスロビーにも突然やってきたり、シャボンディ諸島で偶然出会ったり、と、海に出てからはやはり縁があるのか会うことが多かったが、
シャボンディで違ったのは、あの七武海だという男…トラ男と一緒にいた、という事だ。
そして、人前で泣く事なんかなかったあいつが、あんな風にボロボロに泣きながら仲間にしてくれとトラ男に叫んだあの時を、俺はよく覚えている。
「約束は!必ず守るわ!!」
リイムにそう言わせたあの男が何なのか気にならなくもなかったが
俺がルフィを海賊王にすると誓ったように、リイムにもそんな奴が現れたんだろうと、そう思えば自然な流れか、と納得がいった。

そして今、どういう縁かまた俺達は出会った。
ロビンが時々、リイムの記事の載った新聞を見ながら笑っていたが
大体あの男も一緒に写っていた気はする。活字はダルくて読む気がしなかったが
元気にやってんならそれでいい、と思っていた俺は何処へいったのか。
「…」
あの男、トラ男はどんな男なのか、二人はただの船長と副船長なのだろうか、それとも−…
サンジを追って飛び出したリイムに、ただ単純にサンジを追うだけではなくて
きっと何か別の理由があるのだろう、と、ゾロはドラゴンの出現に右往左往する一味を横目に、
茶ひげの背中に横たわりながら一人、誰も見えない通路を眺めた。

「何て速さなのかしら…」
一瞬にして視界から消えてしまったサンジを追うリイム。
あのサンジが血相を変えて単独行動を取る理由を考えれば、おのずと理由は見えてくる。
「そういえば、まだ後ろの方に居たわね…」
海軍G−5達が、と、リイムはとある人物を頭に思い浮かべた。
「…大佐さん、ね」
全くサンジも女性なら誰にでも平等なのね、と呆れ半分に通路を進む。
すると動揺してるのか混乱しているのか、海兵が数人走って来ているのが見える。
「死神!!お前まで一体何しに!?」
その瞬間、ビー!ビー!とブザーが鳴り響く。
「…」
ゲートが閉まり始め、中からはぞろぞろと海軍が負傷した仲間を抱えて走って来る。
おそらく…ヴェルゴにやられたのだろう、シーザーの策を信用しきっていないヴェルゴが
直々に部下の…元部下の口を封じにでも来たのか、とリイムは現状を把握する。
そして、シャッターところまで到達すれば、「黒足!!あいつなんで助けてくれたんだ…」「お、俺達も援護を…」
と、逃げるのを止めて銃を構える海兵が数名、そして頭から血を流しながらサンジとヴェルゴを見つめていたたしぎも、リイムの存在にも気付く。
「なんだ!こんな時に死神が!」
「あなた…!!」
「早く、怪我人担いで逃げたほうがいいわよ…」
「腹肉ストライク!!」そうサンジの声が聞こえたので視線をヴェルゴに移せば、勢いよく蹴られたのだろう、壁にめり込んで煙を上げている。
「お前ら何してる!!さっさと…って!!リイムさん!どうして!」
「ちょっとそっちの彼に用事があってね」
すぐにリイムに気付いたサンジは彼?と考えるが、すぐに目の前の男である事に気付く。
「だが!とにかく、さっさと逃げねェと!また閉じ込めてガスをたれ流す気だぞ!!…ほら!見ろ!!」
反対側の先程まで閉まっていたシャッターが、ギギギと音を立てて開き出すと同時に隙間からもくもくとガスが入ってくるのが見える。
すると、壁にめり込んでいたヴェルゴがガラガラと音を立てながら起き上がる。
「!!…成程、……つまり鉄の塊か何かか」
「…油断しちゃ駄目よ」
「邪魔をするな…おや、一人増えたな」
ギロリと睨まれた事に、サングラス越しであっても気付いたリイムは、そっと凍雨に手をかける。
「身内の問題なんだ…リイム、お前は何処まで知っている」
「あなたが思っているよりは何も知らないと思うわ」
「…そうか」
嘘はついていない…思っている程何も聞いておらず、殆どはリイムの頭の中の想像でしかないのだ。
「うちの船長が一番嫌いなタイプだな…リイムさん、下がって!!」
ゴキィン!!!と嫌な音を上げてサンジとヴェルゴの足がぶつかり合う。
「あれじゃサンジの足が…」
見るからにメキメキときしんでいる様に見えるサンジの足に、リイムはいけないわ、と刀を抜くと二人の間に入る。
「…サンジ、早く…あれをっ」
ギリギリとヴェルゴの足を刀で抑えるリイムが顎で指したのは倒れこんでいる海兵。
「…リイムさん…」
シャッターの向こう側からは、早くしろと叫ぶ海軍の声。そして…
「−こちらD棟より第三研究所全棟へ緊急連絡!!!−」棟内に放送が響く。
「−只今、トラファルガー・ローが…」
その放送を聴いたヴェルゴは、ほんの一瞬、動きが止まる。
「っ!!」
今だ、と、リイムはガキン!!と刀でヴェルゴを吹き飛ばし、彼は再び壁へとめり込む。
「…−トラファルガー・ローが“SAD”製造室へ侵入しました!!−」
「ロー…SAD製造室…」
再び起き上がるヴェルゴは、リイムに向けて叫ぶ。
「おい…あまり派手に飛ばすな、ローの心臓は俺の手の中だという事を忘れたか?」
「…」
「しかし、そういう事か…麦わらと手を組んだのは迎撃の意志!七武海に入ったのも、その部屋に辿りつく為か、ロー!!」
リイムも、ヴェルゴと同じ事を考えていた。SADが製造出来なくなれば…、新世界は滅茶苦茶になるだろう。
「お前ら…最悪のシナリオを描いてやっがったな…リイム!!どうなるか分かっているんだろうな!!?」
「…フフっ、残念ながら私は結末を知らないのよ」
「…もう少し遊んでやってもいいんだが…SADが狙いとなれば、如何せん急を要する」
背後にはもう、ガスが迫っていて、シャッターの扉も人一人通れるかどうかといった隙間しかなかった。
「…」「待て待て!!閉まるな〜!」
「中にはまだ黒足の兄ちゃんと死神がぁ!!」
向こう側から聞こえていた声は、ズウウン!と閉じたシャッターによって遮られた。
気付けば、ヴェルゴはがつんがつんと壁を蹴りながら視界から一瞬で消えていった。
「…ローの…所に…?心臓…すぐそこにあったのに…」
そう考えている間にも、ガスはもうすぐそこだった。
「リイムさん!!」
そう呼ばれて負傷している海兵を抱えたサンジが視界に入り、ハッと我に返る。
「…サンジ、足大丈夫?」ブワっと周囲に小さな竜巻のような壁を作ると、リイムも海兵を抱え上げる。
「!!壁か助かるぜ!足なら平気だ!この程ど…ってェ!!リイムさぁん!!」
「…ほら、駄目じゃないの」
リイムはわざとサンジの足を蹴れば、痛ェと涙目になる。
「…上からあっち側に行けそうね」
リイムは遥か天井を見上げればフワリと宙に浮く。
「ほら、手、貸して」
そのままサンジごと引張り上げようとサンジに手を伸ばすのだが。
「リイムさァん!!!そのお気持ちだけで俺は!!何処までも飛んで行けます!!!」
「…あ、そう」
棟内には、ローがSAD製造室に侵入したという緊急放送が流れ続けており
リイムは、ヴェルゴがローの元へと向かったであろう事を思うと…
ヴェルゴに関しては予想外だったというローの言葉を思い出し、ただただ無事でいて欲しいと願った。

「大丈夫かぁ〜〜〜!?海軍のォ〜〜〜」
そう叫びながらシャッターの上部のパイプや柱をすり抜けて飛び越えるサンジ。
スタン!!と反対側へと降り立ち、リイムもフワリと地面へと向かって下降する。
「黒足のあんちゃーん!!」
「し、死神もー!!」
「…よかったァ!お前ら生きててー!!」
リイムとサンジに抱えられている仲間を目にするや、ありがとーなー!!と口々に告げる。
「かわい子さぁ〜〜〜ん!!!」サンジは着地するや否や、たしぎの目の前で目をハートにしている。
「…手当てすれば?まだ息はあるわよ」
「…」
リイムはたしぎに向けて担いでいた海兵をよいしょと肩から降ろす。
状況を受け入れがたいのだろうか、たしぎは呆然とリイムの顔を見ている。
後ろではサンジが俺は黄色い声援と黄色い心配しか受け付けねェんだと騒いでいる。
それだけ、彼の事をG−5達が気にかけているのだ。何ともおかしな光景だわ、とリイムは笑う。
「…フランジパニ、あなた一体」
「…ここで和気藹々としてる場合ではないわよね?」
アレをどうにかまとめなさいよ、と、サンジとやいやいと騒いでいる海兵達を刀で指す。
「…」
「…だ、偽者だろ!大佐ちゃん!!?」
ヴェルゴについて話していた様で、さっきの男は偽者なんだろう?とたしぎに迫る海兵達。
「…ええ、勿論です!本当の彼はあなた達にとっては親同然の人物…あんな事をするはずがない!……
それよりも、急ぎましょう!!子ども達を助けて脱出を!」
「お…」
「おお!!」
G−5達は、行くぞォ!!と声を上げて、再び目的へと向けて走りだした。
「…」足へと視線を向けるリイムに気付いたサンジは、すっとタバコを取り出して火を点けて呟く。
「この程度、何て事ありませんよ、リイムさん……それよりも、リイムさんこそ無理しないで下さい」
「…無理なんてしてないわよ、ほら、私達も行きましょう?」そう背中を押すリイムにサンジはリイムの顔を覗き込む。
「…リイムさん、ここから出たら、美味しいシナモンチョコレートとコーヒーをお出ししますから…ゆっくりお茶でもしましょう」
「本当?それは嬉しいわ…」
そうと決まればさっさと進みますか、と笑って歩き出すサンジ。
どこまでバレているのだろう、と、リイムはにっこりと笑いながら、サンジとG−5の後ろを進んだ。




それぞれに、それぞれの

「…」
「さっき黒足を追って来たリイムに会ったぞ、見捨てられたか?」
「…そうだな、今にそうなってもおかしくはねェな」
「そうやってお前は人を裏切って生きるのか?ロー」
「お前に言われたくねェよ、ヴェルゴ」

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