〔39〕

「お前ら!何て事をおおおー!!!」
騒ぐ海兵達の声に、リイムも冷静さを取り戻す。と、言うよりは別の事を考えていたいのかもしれない。
「…本当ね、あのままじゃガスが」
「毒ガスまで入って来ちまうよー!!」
ほら早く穴を塞ぐんだ、と全力で切れた鉄の扉を元通りにはめて
さらに板などを打ち付けて固定していく、無法集団やら異端児と言われているとはいえさすがは海軍、団結すれば仕事は早い…
そんな事を思いながら、手すりに肘をついて下を眺めていると、腕を組んだままその海兵達を見ているゾロが目に入る。
ブルックが口からまるで霊魂のようなものを出して外を確認しに行ったようで、
その姿を見た海兵達はお前にゾッとするよとつっ込んでいる。
そんなこんなでしっかりとシャッターが塞がった事を確認した彼は「…よし」と頷いた。
「よし、じゃねぇよ!!」
何となく耳を澄ませていれば、そんな会話が聞こえてきて、リイムは思わず笑う。
「…っ、自分で斬ったくせに」
フフっと小さく笑ったリイムの声はゾロには聞こえるはずもないのだが、ゾロがふと上を見上げたので視線が合う。
「…リイム!お前いつの間にルフィと合流してたんだ」
「ちょっと前にね、色々あって」
声を張ってゾロに答えるリイムを、ローは後ろから見つめる。
「本当に斬るんだもの、びっくりしたわ」
「閉まっちまったから開けただけだ」
そうゾロが返せば、聞いていた海兵達も堪忍袋の緒が切れたのだろう、一斉に銃を構えてゾロ達に向けた。
「噂以上にフザけた海賊団だ…!!!」
銃口を向け、今にも発砲しそうな海軍、G−5達。
「あら、物騒ね」そう言いながらも楽しそうに下の様子を眺めているリイム。ローは見えないその表情を何となく想像して小さくため息をつく。
麦わらの一味が復活した記事を読んでいた時の表情、あの時の様に微笑んでいるのではないか、と。
「…彼女、BWにいた頃も自由過ぎて手に負えなかったのよ」
そんなローの姿を見たロビンは、リイムが副船長なんて随分大変でしょう?とクスクスと笑う。
「…」
「でも、人一倍気遣い屋さんなくせして、自分の事は何も言わないのよ」
「…知ってる」
「フフ、そうよね、余計な事だったわ」
ロビンは再びリイムへと視線を戻す。何故わざわざそれを俺に言うんだ、とローはモヤモヤとした何かが胸に引っかかった。

「お、あいつら始めたな!!」
ルフィもガヤガヤとし出したゾロ達と海軍を見て手すりに飛び乗り眺める。
「…私は、どうすればいいのかしら?船長」
「…」
いつもなら勝手に動くというのに、わざわざどうするか尋ねてきた上に、わざとらしく船長、と呼ぶリイム。
「…」「余計な事しかしないから、ちゃんと指示をもらえないかしら」
いつ誰が余計な事をしたと言ったんだ、とローは顔をしかめる。
「…いいな、お前ら二人は麦わらの一味と俺達の邪魔はするな」
ふいっとリイムから視線を逸らしたローはスモーカーとたしぎにそう告げる。
「ああ…」
スモーカーはそう返事をすると、ゆっくりと通路へと向きを変える。
「リイム、お前は…」
「…」
もはや怒っているのかふてくされているのか、泣きそうなのか…
あんな表情で笑えるはずなのに、今は全く感情が読めない。そんな顔でローをから不意に視線を外したリイムに、ローの中で何かが切れた。
「そんなに気に入らねェならあいつらとよろしくやってきたら、どうだ…」
どうしてそんな言葉が出てしまったのか、と、みるみる曇っていくリイムの表情を見て、ローは激しく後悔する。
「…そ……に、」
「…」
「そんなに私って…信頼されてないのかしら。何の為に一緒に来たの?
私一人で空回って、心臓渡した気になってて、気付いたらあいつらの手にあったのはローの心臓で、私、すごく、バカみたいでしょう?」
ローと視線を合わせることも無く、淡々と話し出すリイム。
「…あなたは、ハートの海賊団の船長なの。何かあったら私はみんなに合わせる顔がないわ…
一体、何をそんなに……ローは、何を見てるのよ………私…本当にただのバカじゃない………」
ずるずると力なく座り込んでしまったリイムは俯いてぼそりと「…最悪、だわ」と吐き出した。
「…リイム、俺は」
「ロ、ビンっ…」
「…私ならここにいるわよ、リイム」
リイムはうな垂れて地面を見つめたまま、腕だけでその人物を探す。
「ロビン、ごめん、気持ち悪くて…立てなくなっちゃったわ…助けて…」
「…無理に立たなくていいわよ、大丈夫?」
すぐにリイムの脇にしゃがみ込むと、そっと背中をさするロビン。リイムが助けて、と誰かを呼ぶ姿など見た事もなく、ローは困惑する。
「リイム、」
「あ!!トラ男〜〜!!ちょっとあんた!!」
ローはリイムに話しかけようとしたのだが、ここでの状況が分かっていないナミが、叫んでローを呼んだ為に言葉が途切れてしまう。
ローが下を見れば、ナミがジェスチャーで元に戻せと、サンジがそのままでいい、といいたいのか腕をクロスさせてバツを作っている。
「…」間が悪い奴らだと思いながらも二人をスッと元に戻し、再びリイムへと視線を戻す。
「ごめん、ロビン」
「落ち着いたかしら?」
「フフっ、私らしくないわね、もう大丈夫よ」
そう言いながら、涙を拭うような仕草をして立ち上がるリイムは、今の自分を冷静に第三者として振り返り、ロビンに笑って見せた。
それを見ていたローは「…バカ女」と小さく呟くと、下へ向けてスッと息を吸った。
「ここにいる全員に話しておくが、ガスに囲まれたこの研究所から外気に触れずに直接海へ脱出できる通路が一本だけある!!」
そう叫べば、一気に全員がローを見上げる。
「R棟66、と書かれた巨大な扉がそうだ!!猶予は2時間、それ以上この研究所内にいる奴に命の保障はできねェ!!」
「「ええ!!?」」
急にざわつく海軍に、ルフィも後ろに振り返る。
「研究所、どうにかなんのか…って、リイムどうしたんだ、目が真っ赤だぞ」
先程のやり取りは全く耳に入っていなかったようで、リイムもニコリと笑って「ゴミ、入っちゃったのよ」と返す。
「そっかー、じゃあまぁ、とにかく行くぞ!シーザー!!!」
そうルフィは通路を走り出した。
「おい、リイム」
ローはそっとリイムの側へと近づくと、腕を掴んで引き寄せて、そのまま自身の腕の中へと納める。
「え…!ちょっと、離して」
「無理して笑うなと何度言えば分かる…」
「別に無理なんか…!それに、スモーカ達もいるのに…」
「俺は…お前のそんな顔はもう見たくねェ」
「…そんな顔させてるのは誰」
「あァ、俺だ」
「…」
何を急に素直に、とリイムは黙り込んでしまう。
「リイム、よく聞け、俺の船の副船長はお前しかいない、お前以外の誰も、お前の変わりになんてなれやしねェんだ」
「…」
「さっきは、悪かった、心臓の事も…リイム、全部終わったら…お前に聞いて欲しい事が出来た、
だから…あいつらと行ってくれ、この作戦は失敗する訳にはいかねェんだ、その為にも………」

「何か…この二人って思っていたよりも…」
先程からのローとリイムのやり取りを見ていたたしぎが小さく呟いた声は誰にも届かない。
つい聞いてしまった会話の一部は、恋人らしいというか、人間らしいというか、なんというか…、とたしぎは思う。
しかし、海賊は海賊、というスモーカーの言葉を思い出す。
「……相手は合わせて8億の賞金首、海賊…!!」
私は私のすべき事をしなければ、と、たしぎはスモーカーの背中を見つめた。

「…」カツカツと歩いて行ってしまったローを、ただただ眺める事しかできないでいるリイム。
「…リイム、大丈夫?」
「…大丈夫…行きましょう」
「いいの?彼と行かなくて」
私に話したい事、とは一体何なのだろうか。
「…頼まれたから」「そう」
ロビンはそれ以上は何も聞かなかった。
全部、終わったら、とはどういう意味なのだろうか。
何が全部で、何が終わりなのかリイムは考えるが、この研究所は四皇を引きずり下ろす為の足がかりのはずで…
その先は−…わからない。ただ、今回の件で多大な被害を被るのはドフラミンゴで…
あっ、とリイムは一瞬何か不安のようなものが胸を通り過ぎて行った気配を感じる。
ドフラミンゴ、ローの昔の上司だった人間。ローは今、彼を一体どう思っているのか…
こんなにも自身の思考を占拠するローに、リイムはフルフルと頭を動かし、随分と静かになったそこから一歩、踏み出す。
ロビンはあれこれ考えている間に先に行った様で、ゾロ達もR棟66番ゲートへと向かってやいやいと走って行った。
「…」
ビー!ビー!と突如鳴り出した警告音は、リイムにとってまるで自身へのそれに聞こえてくる。
「このままじゃ…私は…」
私は、いつか副船長である事を忘れて重大なミスを犯すのでは、と、
何故ならば、それは…「違う、ただの…ただの“ごっこ”なのよ」考えてはいけない、認めてはいけないその気持ちが、
少しずつ膨らんでいくのをリイムはいつからか感じていたから。
「私の決意、は随分とグラグラになってしまったものね…」
あれだけ、何回も、私はどんな存在でもいいと、思おうとしているのに…
本心がそうさせてくれないのだ。自分でも分からないどこかから、違う気持ちを主張し続けているのだ。
こんな事を先生に言ったら、また拳骨で思いっきり殴られるだろう。
ゾロに相談でもしたら、彼は何て言うのだろうか…彼も実質、副船長的な立場だろうけど、こんな私では呆れられてしまうだろうか…
「私は、副船長として、右腕としてローの側にいる、死ぬまでずっと。それが一番正しいんでしょう?くいな…」
さっきもローにあれだけ船長がどうのなどと言っておいて、邪な気持ちがあったなんて分かったら、…軽蔑されても仕方が無い。
「そうだわ…どんな存在でもなんて思ってるから、気持ちが揺らぐのね…私は、副船長以外の何者でもない。ただ、それだけ−」
スッと目を閉じて、大きく吸った息をゆっくりと吐き出す。
「もう、迷わない…」真っ直ぐに前を見て、リイムは静かに歩き出した。

ブザーが鳴り出してから少しサボりすぎたわね、とリイムはフワリと宙へと浮く。
案の定、遠くに確認できるゲートは徐々に閉まっていくのが見える。
海軍が血相を変えて走っている頭上を通り過ぎれば、茶ひげの後ろ姿が見え、ゾロ達もそこにいる事が確認できた。
するとすぐに背後で爆発音が響き、ガスが塔内へと入ってくる。
爆風で上手くスピードを上げたリイムは、すぐに丁度ゲートをすり抜ける彼らに追いつく。
しかしそれよりも…ゲートの向こう側に残された海兵達が数人、白く固まっていく姿が目に入った。
本当にシーザーは趣味の悪い科学者だ、と吐き気すら覚える。その能力をもっと別の事に有効利用すればいいのに。
…勝者こそ正義だと、誰かが言っていた気がするが
こんなもので世を制したとしても正義でもなんでもない。全く持って…くだらない。
ゾロ達もなんとも言えない表情で彼らを見ていたが、すぐに全員が茶ひげの背中へと腰を下ろしたのだった。
「…茶ひげも大変ね」
「リイム!!いつの間に!」
頭上から聞こえた声に茶ひげは助けてくれよ、とリイムに向かって嘆く。
「その声はァ〜〜!!リイムさぁぁぁぁん!」
「あらリイム、トラ男くんと一緒じゃないの?」
サンジがいつも通り過剰に反応し、ナミも素直な疑問をぶつける。
「ナミ達がヘマしないように…ね」
「!!拙者があの男に斬られた時に傍観していた得体の知れぬ女…
何ゆえここに…知り合いでござるか!?」
「あァ、そうだ」
侍もゾロ達と一緒にいたので、一度顔を合わせているリイムは一瞬敵視されるのだが…
「今は、それどころではござらぬな…」ゾロが返事をすれば、錦えもんはおとなしくそれ以上は何も言わなかった。
「私も、乗せてくれるかしら?」
「もはや何人乗っても同じだ!!好きにしろ!」
随分やけくそね、とクスクスと笑いながら背中へと降りる。
「リイムさぁ〜ん!さぁどうぞ広く使って下さいっ!!」サンジはガツガツとゾロを足蹴にする。
「クソコック!!充分スペースあるだろうが!」
「そうよ、私なら大丈夫だから」そう言いながらゾロの隣に腰を下ろす。
「成程、私達の監視を頼まれたのね」
「監視なんて人聞きが悪いわ」
「だってそうでしょう?」
「フォローよ、フォロー……」
リイムはふと、背後に僅かな気配を感じる。
「リイム?」
ロビンにそう言われるも、感じる気配は、あの時感じた物と同じ…ヴェルゴのものであると確信する。
そう思うと同時にリイムは、どうするべきか考えた。今ヴェルゴの元へ行く事に、果たして意味はあるのか。
ローの心臓は恐らく彼が持っている、もし取り戻せるのならば…
「っ!!」
突然、急にサンジは真剣な顔をしたかと思えば、目の前から一瞬にして消えたのだった。
何故かはわからないが恐らくヴェルゴの元へと向かったのだろう。
「…あぁ、もう!」
サンジ一人でどうしようというのよ、とリイムも思わず茶ひげから飛び降りた。
「おい…サンジとリイムが血相変えて飛んでったぞ」
その様子を見ていたウソップがゾロに向かって放っておいていいのか?とぼやく。
「背後に得体の知れねェ気配が現れたからな…アイツはともかく、リイムは何かあるんだろう、好きにさせとけばいい」
フワリと消えて行ったリイムを、ゾロは静かに見つめていた。




なみだのおと

「…リイムさん、笑って隠している様だけど…
あんなに目を腫らして、それでもあの船長の為に…!
…なら俺は、全ての、レディ達の為にっ!!」

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