〔41〕

ヴェルゴは、先程の電伝虫での会話を思い出す。
「フッフッフ…だと思ったよ、ヴェルゴ!俺はあいつを弟の様に思い…
成長を見守ってきてやったってのに、残念、だ」
「わかるよ」
研究所のB棟を、凄まじい速度で移動するヴェルゴが話をしていたのは
王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
「SAD製造室か…俺ならまず、その部屋をブチ壊す!!さらに…シーザーを誘拐、か
俺ならブチ殺すがな…なぜならシーザーは世界でただ一人、SADの製造法を知る男だからだ…そういえば」
「何だ」
「…あの女は、何を知っていた?」
「…殆ど何も知らないと言っていたが何処まで本当だか…」
「…フッフッフ…まァ俺がローなら、大事な大事な女に、全ては教えねェだろうな」
「そういうものか?」
「失うのが怖くて怖くて仕方ねェだろうよ…」
「…心臓もそういう事か」
「…心臓がどうした」
会話するドフラミンゴに、怒りで我を忘れた部下、ベビー5が先程から攻撃を仕掛けているようで、
後ろでは物が崩れたり爆発する音が響いていた。
その攻撃を何事も無く避けているのだろう、ドフラミンゴは会話を続ける。
「モネとリイムの心臓を交換し、互いに首根っこをつかみ合っていたそうだが
…あろう事かローは自らリイムの心臓と自身の心臓を交換していた、という話だ」
そしてその心臓は、今俺の手の内にある、とヴェルゴは続けた。
「ヘェ…あのローがなァ…フッフッフ、まァそれもここで終わりだ
お前も辛いだろうが…このままじゃ不幸は連鎖する!ローとリイムはそこで始末してくれ…」「あァ」
「…この世に生まれた事を後悔する程に…無残に殺してくれ!!」
「承知した…死体の写真でも撮ってお前に見せよう、ドフィ」
「それと、だ…」

−−−

「…ロー」
「ハァ…ハァ…ROOM!!」ローはどうにか心臓を奪い返そうと円を展開する。
「シャンブルズ!戻れ心臓」パッとその手に心臓が戻ったのと同時にローの目の前には
ヴェルゴか現れ、思い切り蹴り飛ばされてしまう。
フェンスが歪むほどの衝撃でぶつかったローは、思わず心臓を手放してしまい、それは再びヴェルゴの元へと渡る。
「うわあああああ!!!!」
「ロー…そう簡単には殺しはしない…」
「ハァ…ハァ…」
血を吐き、息もまともに出来ずに追い詰められたローだったが、どうにか力を振り絞る。
「…カウンターショック」
「!!!」ドン!!という音と共に、電気がヴェルゴの体を駆け巡り、モクモクと煙を上げる…が。
「…ジョーカーから伝言がある…残念だ、と…!!」そう話すヴェルゴに、流石に効かないかと大きく息を吐く。
「…それと、あの女、この件に一枚も二枚も噛んでいる事は明白…
まさか、こんなくだらない事を思いついたのもリイムか?どの道ただでは済まないが、それなら…お前は許してやらない事もない、…だそうだ」
勿論ドフラミンゴはリイムが企んだなどとは思っておらず、
もしそう聞いたのならば、ローが何と返事をするか気になった、ただそれだけだった。
「…っ、リイムは、関係ねェよ…」
「そうか、ならおとなしく死ぬんだな…しかしドフィの言った通りだな」
ローは関係ねェと言い張るだろうよ…!!と笑うドフラミンゴの姿が浮かぶヴェルゴ。
「あいつが何言ったか知らねェが…シーザーから心臓を奪え返す算段はついていたんだ…お前の登場だけが誤算だった、ヴェルゴ」
「…さん、だ」ギュッと心臓を握られ、ローは叫び声を上げる。倒れて意識を失いかけそうになったその時だった。
「………!!今取り込み中だが…今じゃなきゃイカンかね、スモーカー中将!!」
「…ハァ、ハァ…」
そこには十手を握りヴェルゴを睨むスモーカーが立っていた。
「どの道キミの口封じもするつもりだが…」
「早い方がいいね…視界に入るゴミクズを眺めてんのもやなもんだ、海賊ヴェルゴ!!」
十手をヴェルゴへと向けたスモーカーは部屋を見渡す。
「…しかし、何だ、この物騒な部屋は!」
「キミは知らなくてもいい事だ…」
「お前の真実は部下達には知られたくねェな…
あいつらまるでお前を親の様に慕ってやがる…こんな裏切りはねェよ」
じりじりと、スモーカーはヴェルゴとの距離を縮めていく、そしてぼんやりとした意識の中で、ローはそれを見つめている。
「…もう、手遅れだろう、あいつらにはさっき会って来た」それを聞いたスモーカーは、ざっと十手を振りかざす。
「…あいつらに!何をした!!!」
「さァな」
「ヴェルゴォ!!!!」
…スモーカーこの場に現れた事に、ローはまだ運は尽きていなかったと息を整える。
これは、心臓を奪い返す絶好の、そして最後のチャンス。
リイムがモネにやられるような事はないだろうが…麦わら屋達のゴタゴタに巻き込まれてやしないだろうか、
…それに早く、笑ったお前の顔を見たい、そんな事を思いながら
ローはポケットにしまってあった小さなお守りにそっと触れた。

B棟、リイム、サンジ、G−5サイド。
「何事だ…コリャ…」
「危ないわね」目の前の悲惨な状況に騒然となる海軍達。
既にゾロ達の通ったソコは、一面火の海となっていた。いつ、近くにあるタンクに引火して爆発してもおかしくない。
足の踏み場も無い程荒れてしまっており、炎で前に進むのも一苦労。一人ならばどうにでもなるけれど、と、リイムはため息をつく。
「この人数なら消したほうがよさそうね…雲粒!」モクモクと雲を作り出し、すぐに辺りは雨が降り注ぎ始める。
「うおおおォ!!流石は死神!」
「死神のネーちゃん!頼りになるぜ!!」
「…そういうのはいいから、早く負傷者を運んだらどう?」
「ハーイ!死神様ー!」
「ちょっと…あなた達!!」
リイムの言葉にうおおおお!と次々に負傷者を担ぎ走り出す海兵達。
「そして!!たしぎちゃんを守れ!!!」サンジが、うおおおお!!と声を上げれば、G−5達もサンジに続きたしぎの後ろを走る。
「やめてください!!!」たしぎがサンジに叫ぶものの、その声はサンジの耳には入っていない。
「リイムさぁん!さァ、あなたも俺達の前を!!」
「…大丈夫だから、ちゃんと前、見て」
ぐりんと後ろを向きながら前を見ずに走るサンジにリイムは呆れながら最後尾を走る。
「もう!馴れ合わないで!!敵ですよ!?」
「…正論」
「リイムさんまで〜!で、も!!それは世間が決めたことさ、海賊は自由なんだぜ〜〜〜」
ハートを飛ばしながら走るサンジに、海兵達も「しかし、ニセヴェルゴに一撃かましたアニキ、ホレちまいそうだったぜ!」やら
「そうそう!!イカしてたぜ!アニキー!!」といった野太い声が上がる。
「うっせー!!男の支持はいらねェっつってんだろ!!!」
「海賊をアニキと呼ぶのはやめなさい!!!」
「…ハァ、全く、緊張感がないわね」
リイムがそう呟いたその瞬間だった。
背後で突然爆発音が響き、すぐ後ろのタンクが爆発したのだとリイムは背中に感じた衝撃で気付く。
「…火種が残ってたのかしら…」
「タンクが爆発を…!!!」
「オイまずいぞ、リイムさん!」
「そうみたいね」
衝撃で外壁に穴が開き、モクモクと入り込んでくるガスが視界に入る。
「いけない…伏せて!!」すぐに反対側でも爆発が起こる。一同はリイムの声で伏せた為に
飛んできた瓦礫を上手く避ける事は出来たのだが、事態は想像以上に悪化しているようだ。
両サイドから一気に流れ込んで来るガスに、逃げるのが少し遅れた負傷者を抱えた海兵達が巻き込まれてしまう。
「…!」
「走れ!!お前ら死にたくなきゃ走れ!!」
「ああ、もう!!」
リイムはザッと立ち止まり、殺人ガスに向き合う。
私の使命は、ルフィ達がしっかりと作戦を遂行できる様に立ち回る事…
サンジはおそらく、このまま放っておけばギリギリまで海軍をどうにかしようと粘るだろう。
時間もないし、何よりサンジに何かあった場合、一味の行動が大きく変わる事も考えられる。
ならば、…ここをスムーズに行かせる事が、最善だろう、とリイムは判断する。
「ちょ…リイムさん!!」
「…さっさとそいつらのケツ叩いて!しっかり逃がしなさいよ!…インスタント…ダストデビル!!!」
ごおおォと突風のようなものが吹く。竜巻に似たそれが瞬く間に壁となり、ガスを一時的にその場に止める。
「…っ、たしぎちゃん!!前を走れ!迷えば命取りになる…絶対に道を間違えるなよ!!」
「サンジ!!予想以上に外から圧が掛がかって長くは持たないわ!早く…!」
「…黒足…フランジパニ…」
「急げお前ら!送れりゃ死ぬぞ!リイムさんが抑えてるうちに!!!」
「…」目の前のガスが徐々に重くなっていくのが分かり、ぽたり、と汗が流れる。
外の世界に充満したガスの行き先が出来たとなれば、後はどんどんと研究所内に流れ込んでくるだけ、だ。
出来るだけ長く止めておかなければ、とサンジと海軍がどれだけ進んだか様子を見ようと振り返ろうとした時だった。
リイムの腕が何かで引っ張られ、ブワっと旋風が空気中に弾けて消える。
「リイムさん、一旦行きましょう!おかげであいつら大分先に…」
「…」
「リイムさん!」
「あ、ええ…」
そのまま手を引かれて走り出すリイム。
「…一瞬…」
「何です?リイムさん」
「いえ、何でも…」
一瞬、ローが呼ぶ声が聞こえた気がしたのに、と、ガスの迫る棟内を真っ直ぐに走った。

「そこ…2時の方向」
「みんな!早く!ビスケットルームはこっちだそうです!!」
天井も高く開けてしまったビスケットルーム付近では、抑えきれない量のガスが流れ込んで来ていた。
…正確に言えば、抑える事は出来なくもないのだが、随分と質量を持ったそれらをどうにかするには骨が折れる。
「…海軍のくせに、もっと早く走れないの?」
「任せて下さい!リイムさん!!」
リイムはそう意気込むサンジに何が?と思い様子を見ていれば、何を思ったか突然最後尾の海兵達を蹴り飛ばし始めたのだ。
「…成程、その手があったわね」
ニヤリと笑みを浮かべたリイムに、海兵達は背筋に寒さを覚える。
「待てネーちゃん!」
「死神!俺はまだ死にたくねェ!」
「男なら黙ってなさい!本来こんな狭いところじゃアレだけど、
この高さがあれば…いけるわ………下降気流も準備完了、インスタント、ダウンバースト!!」
「ぎゃああああァー!!!」
「吹っ飛ぶー!!!」
「…!!リイムさん!流石です!!」
リイムを中心に四方八方に広がった風が、前方の海兵達を前へと吹き飛ばし、背後のガスも一瞬止める。
「グズグズすんな!!ビスケットルームへ急げ!!!」
「…」
ローは、作戦遂行の為にも私を彼らの元へと送ったけれど、
私は、本当にこれで、ここにいていいのだろうか、副船長として…正しい判断なのだろうか、と思うと無意識に立ち止まっていた。
「…リイムさん!」
「あ…」
「どうかしましたか?」
サンジに呼ばれたリイムはハッとして、再び海軍の後ろを走り出す。
「ねぇ、サンジ」
「何ですか?リイムさん」
聞いても仕方ないのに、と思ったがそのまま続けた。
「もし、ルフィに言われた事以外に何か出来るとしたら、…したくてどうしようもなかったらどうする?」
「…リイムさんの思う事、決めた事を貫けばいいと思いますよ」
「フフっ…バレてるのね」
「…リイムさん、海賊は、自由、なんです」
「…そう、だったわね」
私、海賊だったわ、とリイムは小さく笑った。




一日千秋

「ビスケットルームまで着いたら…
この厄介者達を任せていいかしら?」
「…俺達の見張りはもういいんですか?」
「作戦が成功すればいいだけの話、だわ」
「…任せてください、リイムさん!!」

prev/back/next

しおりを挟む