〔37〕

…声に出してしまっていただろうか。
ロビンに何か言ったか?と問い掛けられた瞬間はドキリとして思わず生唾を飲み込んだ。
いや、出していないはず…。ロビンは変にそういう所に気付く。勘が鋭いというか、見透かされている、と言えばいいのだろうか。
私は大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。多分、鎖が窮屈なせいで少し疲れてるんだろう、と少しだけ目をつむる。
ローが、ジョーカーはドフラミンゴである事を明かしたとなれば、おそらくヴェルゴもモネも黙ってはいないはずだが…
だが、そうでなくても消すつもりなのだから、彼らにとっての先程までのロー達の会話は、何の意味もないか、
などとと考えていれば、気付けば一瞬意識が飛んでいたようだ。
ぼんやりとしていた意識を、モネが誰かと話し出す声で取り戻す。
「こちらモネ、言いつけられた準備は全て整っています…マスター」
「---」
「はい」
いよいよ何か始める気なのか…そう思い、ローをちらりと見る。
先程、完全に想定外だと言っていた割には、妙に落ち着き払っている。
この研究所内にいる間、私と別行動をしている事も多かったが、何かこの状況を打開出来る策でも仕込んであるのか。
「…何だ」
「…別に」
つい必要以上に眺めていたようで、視線に気付いた彼は私を見上げるのだが…
「…顔色が悪ィな」
「お生憎様、私は私の顔を見る事ができないのよ、それに何も問題ないわ」
プイっと顔を背けてしまったのだが、…今度はロビンと目が合ってしまって、あのいつもの顔でニヤリとされる。
分かっている、なんて可愛げのない女なんだろうと自分でも思う。
心臓を勝手に交換されていたのが気に入らない、許せない、悔しい。だからってこんな態度取らなくてもいいのに、と。
そういえばあの時、確か私たちが恋人ごっこを演じる事になった時に言われた事があった。
俺もこんな可愛げのねェ女なんかゴメンだ、と。言葉の文だと言っていたけれど、普通はそうだろう。
こんな偏屈な女が一緒にいたってローも面白くもなんとも…って、また私は何を考えているんだろう。
私は副船長として、ただやれる事をするだけなのに。ここに来た時もそう思ったじゃないか…ローに何かをもたらせるなら、私はどんな存在でもいい、と。

ふぅ、と呼吸を整えると、カチャっと部屋の扉の開く音がした。どうやらシーザーが戻って来た様だ。
「シュロロロロ…待たせたな、ヴェルゴ」
「問題ない、クッキーとコーヒーをいただいていた……変だな、クッキーがないぞ」
「クッキーは出してないわよ」
…ハンバーグをほっぺにつけていたり、出されてないクッキーを空想で食べていたり、一体こいつは何なんだと思いながら会話に耳を傾ける。
「そうだ、クッキーはいただいてなかった…実験はいつ始まるんだ?シーザー」
「直だ…モネ、映像を出せ」
「はい」
モネがソファからふわりと浮く。
「しかしてめェんとこの部下くらいしっかり止めといて欲しいもんだ、ヴェルゴ」
一瞬シーザーとヴェルゴの視線がこちらへと向く。
「スモーカーがここへ来た時ゃ冷や汗をかいた」
「ああ…野犬なんだ、手に負えない…だが、それも今日までの話…!!」
「お前らもいいザマだ…ロー、リイム!」
そう言いながら、シーザーが檻に近づいてくる。
「シュロロロロ…!ヴェルゴには手も足も出なかったんじゃねェか!?」
耳に障る嫌な笑い声を上げながら、シーザーは私達を見下す。
「お前らとの契約が、役に立った様だ…」
何が契約だ、とリイムはシーザーから目を逸らす。
「ロー、まさかお前が自分の心臓とリイムの心臓と交換しろと言い出すとは思わなかったなァ…」
ニヤリ、と気味の悪い口で笑う。…やっぱり、ロー本人がそう持ち掛けていたんだ、そう思うと自然と下唇を噛み締めていた。
「随分と美しい精神じゃあないか!いい上司…いや、恋人を持ったなァ!?リイム!」
「…っ」
どうしてか、すごく泣きたくなったけれど、顔に力を入れて、歯を食いしばって必死にこらえる。
顔色は分からないけれど…今の自分はひどい顔をしているだろうと思う。
「そういう、事だったのね」
隣でロビンが納得したように私達を見た。
「やはり人は信用するものじゃない、自業自得というやつだ…身をもってわかったハズだが、お前の心臓はヴェルゴが持ってる」
いつの間にかシーザーの横に立っていた彼は、手にしているローのものだという心臓を、あろう事かぎゅっと握ったのだ。
「うわァっ!!!」
「…!!」
「え!!?」
横で飛び上がるように悲鳴を上げるローを、
私はただ見ている事しか出来ない。ルフィも驚いたようにローを見ている。
「さすがのお前らでも気づき様なかっただろうが、モネが気を利かし、姿を変えてお前らを尾行していた…」
「…っ」
姿を変えて、というまで思考が回らなかった事は悔やまれる…姿は見えないけれど感じていたあの気配は、間違えではなかったのだ。
「話は筒抜けだ…!おれは残念だぞ、ロー、リイム…折角いい友人になれたと思っていたのに」
隣でゼェゼェと苦しそうに息をするローを見ながら、何が友人だ、とシーザーに鋭い視線を送り続ける。
「シュロロロロ…リイム、そんなに怒るな、頭も回って察しのいいお前なら気づけたんじゃないのか?」
「…」
悔しいが、その通りかもしれない…ただ、どうしても確信が持てなかったのだ。
でもそれも言い訳でしかない、今怒りを向けるべきなのは私自身…、そう思った瞬間ローが口を開く。
「ハッ、優秀な秘書に救われたな…もっとモネを警戒しておくべきだった…マスターがあんまりマヌケなんでナメきってたよ」
そこまではっきりマヌケと言ってしまっては、とシーザーの反応を見ていれば、案の定カチンと来たようで
ヴェルゴの手にする心臓を、ふんァ!!!とグーで殴った。
「うァア!!」
そう叫び、口から血を流して倒れこむロー。
…心臓のないはずの胸が、悔しさと、もうよく分からない感情たちでズキンと痛んだ。

「お前すげェな!心臓取られて生きてんのか!?」ルフィが興味心身にローに問い掛ける。
「…てめェの能力を利用されてちゃ世話ねェな…じゃあ俺のはどこにある」
「シュロロロロ…こ〜こ〜だ〜よォ〜」
嬉々として心臓を取り出し、スモーカーに向けて笑みを浮かべるシーザーに殺意を覚える。
「ス〜ゥモ〜〜〜〜〜〜「マスター、映像の準備が出来ました」
スモーカー、とシーザーが言い切る前にモネが割り込む。
私は一瞬視線が合って、ギロリと彼女を見つめる。
「そう恐い顔しないで、折角の顔が台無しよ?」
「…思ってもいない事をよく平気でペラペラと言えるものもだわ」
「そうか、モネ、いつもの言い合いは後にしろ…映せ!」
「はい、マスター」モネはそう返事をすると私から視線を逸らす。
「…」「仲がいいのね」
「どこがよ…」
ロビンの肩にことんと頭を置くと、私は映されたモニターを視界に入れた。
「ここは氷の土地、中央部だ…現在炎の土地より、散々に飛んできた“スマイリー”の分身、“スマイリーズ”が土地の中央に向けて集結しつつある」
画面にでかでかと映し出されているのは、巨大なキャンディーで、切り替わった画面は、何やらゲルかスライムのような物体がうごめいているのを映している。
「やがて彼らがこの氷の土地で合体し、再びスマイリーとなった時、実験は始まる…スマイリーは4年前にこの島を殺してみせた毒ガス爆弾のH2Sガスそのものだ!!」
4年前の爆発をまた起こそうというのか…なんて悪趣味なのだろう、と思っている間にも、徐々にスマイリーズとやらが集まり、少しずつ大きくなっていく。
「前回の問題点は、毒をくらったものたちが弱りながらも安全な場所へ避難できた、という点だ…
そこで4年前の兵器、スマイリーに巨大なエサを与える事でその毒ガスに、ある効力を追加し完璧な“殺戮兵器”を完成させる!!
今日誕生する新しい兵器…その名も、“シノクニ”!!」
そして、シーザーが中継先に映る部下達とわざとらしいやり取りをしている間に、あのキャンディの所まで、スマイリーが到達する。
「アレを口にしたら…」
「シノクニとやらの完成って事ね」
ロビンの肩に頭を預けたまま、その行方を見守る。
そういえば…ゾロは侍の胴体を探しに行ってるハズ。まさか、まだ外にいるのだろうか…ふとそんな不安が過ぎった。
「シュロロロロ…生まれ変わるんだ!さァ!スマイリー!!」
「…でっけーカエル!!」
アレのどこがカエルに見えるのだろうか、というつっ込みは置いておこう。
「ご苦労スマイリー、また会おう…さァ生まれて来い!殺戮兵器シノクニ!島の景色を一変させちまえ!」
バァアアア〜〜〜オォォォォォ〜〜〜〜と、飴を飲み込んだスマイリーの様子が急変したように見える。
ボコボコと音を立てるそれは、少しすると突然、ボワン!!と煙を上げた。

爆発の煙かと思われたソレはどうやらガスのようで、徐々に周りに広がっていく。私は思わず頭を起こし、画面をジッと見つめる。
次に映ったのは、そのガスに追われるシーザーの部下達で、逃げ切れずガスに覆われた人物は、白く固まってしまった。
「うわああああ!!」
「逃げろーー!」
「このガスに捕まるなー!」
しかし、どんどんとガスに捕まっていき、悲鳴と、そしてマスター!とシーザーを呼ぶ声が響く。
「シュロロロロ…やったぞ成功だァ!逃がさねェぞ、もう誰一人!これでいいんだ!!!毒が効いても多少動けるから避難できた…固めちまえばよかったんだ」
なんとも、そういった方面への知恵や知識はさすが元世界政府の研究者でNo.2だ、とは思うが、本当に下品なその笑いは何度聞いても反吐が出そうだ。
「灰の様に纏わりつくガスは皮膚から侵入し、全身を一気にマヒさせる!!シュロロロロ…さァ、もっと見せろ!地獄絵図を!!」
「なんだこりゃあ…!!」
「人間が…固まってく…」スモーカーやルフィも思わず口を開けたまま画面を見つめている。
「本当に、趣味が悪いわ…」
画面からは逃げ惑う悲鳴と未だシーザーに助けを求める叫び声が途切れる事なく聞こえてくる。
「…あら」
「あー!!おい見ろ!!」私とルフィの声はほぼ同時だった。ガスに追われている不思議な走り方の人物達が映り、それがどう見てもゾロ達だった…のだ。
「ほらゾロ達!!煙に追われてるぞ!!」
「やっぱり外に…」
「何やってんだ!?あいつらあんな所で…なんちゅう走り方してんだ!!」
少し前から起きていたフランキーも、思わず走り方につっ込みを入れる。
果たしてあのガスから逃げ切れるのだろうか。ゾロ達なら…何とかなるような気もするが、この目で幼馴染が固まる姿は見たくない。
「…一人多いわ」
「あら、お侍さん完成してるわね」
「…」
正直、やいやいと喚いて煩い侍なんか放っておけばよかったのに
と、思ってしまったのだが…それはこのルフィ達の人柄なんだろう。しかたないか、とルフィを見つめる。
「ほんとだ!じゃあ足くれねェかな!!…あ、おいロビン、リイム!それどころじゃねェだろ!!」
そういえば、最初に会った時に、侍の足がルフィの胴体についていたが…
どうせケンタウロスだー!カッコイイだろー!!とか騒いでいたのだろう、と思うと、こんな危機的状況でも少し笑えてくる。
「おーーーい!!お前らその煙危ねェぞ!!逃げホ…ハァ…ダメら大声出そうとすると…くっそ〜〜海楼石ィ…ハァ…」
「仲間か?麦わらのルフィ、シュロロロロ…さすがにお前の仲間はしぶといなァ!だがやがて息も切れ、ガスにやられる!!
やがて広がる何も生きられない死の国!!この研究所の外にいる連中はもう誰一人生き残れやしない!!」
「わ!!!」
そうシーザーが叫んだ次の瞬間、ルフィの声が響き、檻が大きく揺れたのを感じる。
ガコン!!という音と「お前らもなァ…」というシーザーの不気味な笑いと共に、檻が浮き上がった。そうか、このまま私達も外に放り出すのか…
「この殺戮兵器、シノクニの前には…4億円の賞金首も…海軍の中将も!!王下七武海とその右腕でさえ何も出来ないと!世界に証明してくれ!!」
ギゴゴゴゴ…と音を立てるクレーンが、檻を研究所の外へと運ぶ。

外には、G−5の海兵達がわらわらとしており、目ざとく檻の中の二人を見つける。
「あ、スモやん!!」
「たしぎちゃーーん!!」
「全員捕まったままだ!ダメだ!」
「畜生、みんな殺されるんだ!!」
ガスが広がっているのを知っているのだろう、軽くパニック状態だ。
「みんな…」たしぎは、そんな海兵を見ながら顔を歪める。
「大佐ちゃーん!中将〜〜〜!俺達一体どうなるんだよ!」
「死にたくねーよォ!」
「ヴェルゴ基地長の話でもしてやれ、たしぎ…」
「………!!」
先程のヴェルゴの一件、そしてこの捕まったままの状況だ。何と声をかけたらいいのかわからないのだろう。
「しかしよく出来た研究所だ」
「大きな機材も運べそうね」
「大きな機材って何よ」
「こ…こんな時に!あなた達!」
もう、こういう時には流れに身を任せるのが一番だ、それに、ここまでくればローだって何か動くか…それとも本当にここまでか、だ。
「よーし、とにかく困ったな!!」
「…ヴェルゴの登場は想定外だったが…麦わら屋、俺達はこんな所でつまずくわけにゃいかねェんだ…!!
作戦は変わらず…今度はしくじるな…!!反撃に出るぞ」
「!?」
どうすっかなー、と呟いたルフィに、ようやくローが口を開いたのだった。




キャンディパニック

「…だからお前もいい加減に機嫌を直せ」
「私のどこが機嫌悪いっていうのよ」
「どんだけ一緒にいると思ってんだ…」

「そうよリイム、痴話喧嘩を見てるこっちの身にもなって欲しいわ」
「痴、話…げん?何だそれ?」
「…ロビン、あなた黙ってて」

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