〔36〕

「気を失ったか…まァ運ぶのが楽でいい」
そう呟いた男は床に横たわるリイムを見つめる。
…あのローが気に入った女だ、さぞかしジョーカー好みだろうな、と鼻で笑うと、リイムの体を起こして担いだ。
「…さて、次は…ローだな」そう部屋を一度見回すと、男は通路へと歩いて行った。

−研究所内、ローサイド
「………!?」何の前触れもなくそれは訪れた。痛み出す胸を押さえるも、徐々にその痛みは増し、呼吸が乱れ出す。
「ハァ…」次第に足元も覚束なくなり、モネの呼びかけにも気付かない。
「……誰だ…」少しずつ忍び寄る気配に、声をあげるも、ついにヒザから崩れ落ちる。
「どうしたの?」
「ハァ………!!」
「大変…苦しそうね…
」そうローの様子を伺い話しかけるモネ。
「ハァ…そこにいんのは…誰だァ!!!」
ついに血を吐くも、その通路の暗闇の中の気配が、この痛みの元凶であると確信したローは声をあげる。
「俺だ」
「!!!??」
カツンカツンと足音を立てながら近づいてくるその声の主を、ローは知っていた。
「ウ……!!ハァ…!!!!!」
ようやく姿が見えた頃には、立ち上がる事も出来ず苦しむし事しか出来ない。
この場に現れた人物も予想だにしていなかったのだが、その男の肩に担がれている銀色の髪が誰なのかを直ぐに脳が認識する。
思わず目を見開いたローは自身の血の気が一気に引いたのが分かった。
「…ハァ、リイムに……何を…ハァ…した!!何でお前が…ここにいる゛…!!!」
「…」
「うふふ」
モネが不気味に笑うも、未だ目の前の男と、担がれているリイムにしか意識がいかない。
「何年振りだろうな、大きくなったな、ロー」
「…!!!」
「彼が何も知らないと本気で思っていたのか?我々とてシーザーを信用してはいない…
だから彼は周到に潜り込ませておいた、モネをな」…そこでチラリとモネを見れば、ニヤリと微笑んでいる。
「ハァ…リイムを…降ろせ…」ぐったりとヴェルゴに担がれたまま動かないリイムに、過去に感じてきたものとは明らかに違う何かがローの胸を締めつける。
「…本当にリイムの事ばっかね、自分の心配をしたらどうなの?」
「ハァ…」
「今では“王下七武海様”か…偉くなったもんだ…」
「いつ…ここへ…!!!ヴェルゴ!!!」
「つい今しがたさ…ちょうどドレスローザにいてな、SADのタンカーが出るというので…乗ってきて正解だったよ」
リイムを担いだまま淡々と語るヴェルゴに、その横でニヤニヤと笑うモネにローは苛立ちを覚える。
「ハァ…………ハァ!!何が正解だ…!!俺がお前らに危害を加えたか!?」
「すでに実害が出ていたらお前はもう、今生きていない」
「!!」
「大人に隠し事をしてもバレるものだ…ロー」
「うふふ」モネがいつもより嫌味のある笑みを浮かべる。
「………!!」そういう事か、とローは鬼哭を必死に手にする。
「…じゃあ、消えて貰うしかねェな!!!」
「ああ…一つ言い忘れていた」
「ウウウウァア〜〜〜〜ッ!!」
突如襲った激痛に、鬼哭を思わず落とし声をあげる。
「訂正しろ…」
モネにリイムを渡すと、ヴェルゴは竹を手に取り覇気を纏わせて、そのままローを殴った。
「!!!」
「ヴェルゴさん、だ…」
「っ、リイム…」
ポタポタと流れる血と痛みに、ローはにそのまま意識を手放した。
「…最後までリイム、リイムって、そんなにこの女がいいのかしら」
モネは呆れて自身の腕の中で気を失ったままのリイムを見つめる。
「…まァ、檻の中で最後の時間を楽しめばいい」
「そうね、うふふ…」

−−−

「…っ」
リイムは痛む頭をどうにか覚醒させると、自身に纏わりついているひんやりとした重さを感じると同時に、血のついた顔のローの視線が自身に向いている事にも気付く。
「…気がついたか」
「ロー…」
何があったか未だに把握しきれていないが、今ここがシーザーの部屋で、さらに檻の中でおそらく海楼石の鎖で拘束されているという事はすぐに分かった。
「…」
「悪ィ、…完全に予想外だった」
ローはそうヴェルゴに視線を向ける。
「…あの男」
「…ジョーカーの部下だ」
リイムはやっぱり、と納得するも、ふと一番重要な事を思い出す。
「って、ロ!…ロー」
「…何だ」
ヴェルゴやモネに聞こえないように話していたものの、
一瞬張り上げてしまった声を必死に抑えるリイム。
「私の心臓は、どこよ」
「…」
それは随分と的確な質問で。恐らくヴェルゴが持っていたのが俺の心臓と知らされたか、分かっていての質問だろう。
だとしたら、あの日シーザーに渡した自分の心臓が何処にあるのか疑問に思うのは当然の事で…と、ローは隠す意味ももはや無いと口を開いた。
「…ロー」
「お前の心臓は、俺のここ、だ」
「…は?」
顎でローは自身の胸を指せば、リイムは口を開いたまま、呆然とローを見つめる。
「…あっちにあるのが…ローの心臓で、ローの中にあるのが、私の心臓…なの?」
「そうだ」
「…!!!」
リイムは思わずぐっと下唇を噛むと、どれだけの力が入っているのか、ぽたり、と血が流れ落ちた。
「…何してんだお前」
「…それじゃあ…私が、した事に!何の意味もないじゃない!!」
ギッっと睨むリイムに、ローは思わず二の句が継げない。
「あなたは!海賊団の…!!!」
そうリイムがローに詰め寄ったその時、部屋の扉が開く。何やら人を担いだシーザーの部下達がわいわいと入って来る。
「…あれは…」
「麦わら屋…」
そのままドスン、と檻へと入れられたのは、先程まで外でやり合っていたルフィとスモーカー達だった。

ドスン、と檻に投げ込まれたルフィ、ロビン、フランキーと、スモーカーにたしぎ。
「…」随分と乱暴に投げ込まれた衝撃で、彼らはすぐに目を覚ました。
「…あら、…リイムじゃない」
「はーいロビン」
もはや自棄なリイムは隣で起き上がったロビンに軽く返事をする。
「…!!ここどこだ…?うっわ、捕まっちまったよー、なんだー、トラ男とリイムもかー!!」
ゲラゲラと笑いだしたルフィに、リイムも思わずほっとしたようなため息をつく。
「俺ァちっと寝るわ」何かあったら起こせよ!とフランキーはぼやくと、ロビンのヒザを枕にして寝始める始末。
「この状況でよく寝れるわね」
「フフ、そうね」
ハァ、とリイムもロビンの肩に寄りかかる。
「…リイム、私よりそっちのほうがいいんじゃないの?」
そっち、と言うのはリイムの隣にいるローの事なのだが。
「…」「あら、ケンカでもしたの?」
「別に、してないわよ」
明らかに不機嫌そうな顔を浮かべるリイムにロビンはクスクスと笑う。

「シーザーは何を始める気だ…!!」
「さァ…彼のペットのスマイリーを起こしたという事は…大きな実験でも始めるんじゃない?」
そんな檻の外から聞こえた会話に、一瞬意識をヴェルゴ達に向ける檻の中の数人。
「ヴェルゴ、あなた今朝ハンバーガーでも食べた?」
「?なぜわかった、好物だ」
そういいながらソファへと座るヴェルゴの頬には、ハンバーグの食べカス、と言うよりは食べかけがくっついている。
「お口の横にハンバーグの食べカスが…」
「その実験はぜひ見て行きたいものだな、外の奴らは全員死ぬのか?」
「たぶんね、この研究所内にいれば安全よ」
会話になっていないようでなっているらしい彼らの話を聞くからにどうやら外で大規模な実験を行うようで
それを聞いていたたしぎなスモーカーが思わずヴェルゴに叫ぶ。
「おいヴェルゴ!外にいるのは全員G−5の海兵!お前の部下だぞ!!」
どうもスモーカー達の様子が変だと思っていたが、そういう事だったのか、とリイムも納得する。
彼は海兵でありながら、ジョーカーの駒だったのだ、と。
「ああ、そうだな…しかし一つの檻に入るには…あまりに豪華な顔ぶれだな…いい眺めだ」そう呟くヴェルゴに、檻の中では話が広がる。
「…そういえば、何だか懐かしいわね…あなた達が同じ檻にいると…」
「そうそう!おれとケムリン、アラバスタでお前らに捕まった事あったよなー」
「黙れ貴様ら!」
スモーカーのつっ込みも入るものの、お構いなしに会話は続く。
「あら、そんな事があったの?」
「そうよ、リイムったら情報収集員という肩書きを利用して好き勝手にフラフラしてたものね」
「そういえばリイム、雨降ってきた頃に急に現れたってゾロが言ってたな!」
「あら…もしかして、あの時の雨って」
「…あれは、私は何もしてないわよ」
ローは、自分を挟んで繰り広げられる知らないリイムの話に、少しだけ居心地の悪さを覚えるも、スモーカーとたしぎの話に耳を傾ける。
「…よりによって基地のトップが不正の張本人とは…G−5らしいと言やあそうだが…軍の面子は丸潰れだ」
「…お前らが気付かねェのも無理はない…!ヴェルゴは海軍を裏切った訳じゃねェ」
「!?」
「元々奴は海賊なんだ、名を上げる前にジョーカーの指示で海軍に入隊し
約15年の時間をかけて一から階級を上げていった…ジョーカーにとってこれ以上便利で信頼できる海兵はいない」
「…」
「ヴェルゴは初めからずっと…ジョーカーの一味なのさ…!」
リイムはロビンの肩に寄りかかったまま、スモーカーの話を聞き続ける。
「ジョーカー…確か裏社会のブローカーの名だな、自分が情けねェ…こんな近くのドブネズミの悪臭に気付かねェとは!!」
「そう悲観せず…優秀な白猟の目をも掻い潜ったドブネズミを誉めてほしいもんだ、スモーカー君
お前が本部から転属してきた日から、最大限に警戒網を張ったよ…そのストレスから今日解放されると思うと嬉しいね」

完全に私達を消すつもりか、とリイムはどうやっての事態を打開しようかと考えるが…
先程から少し気分が悪い、気がしていた。ヴェルゴに殴られたときの衝撃でなのか、
この窮屈な鎖に縛られているからなのか…それとも…そうこう考えている間にも、ヴェルゴは話を続けている。
「知られちゃマズい俺の正体を明かしたという事は、どういう事かわかるな?
スモーカー中将、たしぎ大佐…キミらはここで死に、その口は封じられるという事だ…」
スモーカーなたしぎも、やりきれないといった表情を浮かべている。
「表にいる部下達もシーザーにくれてやる…なァに、いつもの様に、ちゃんと事故と処理しておくさ…」
リイムも、そりゃそうよね…とたしぎを見つめながらため息をつく。
自分の信頼していた上司が、初めから敵だったとなれば…自分だったら怒り狂って何をするか分からないだろう。
信頼している上司、か…、とリイムはチラリとローを見る。どうしてわざわざ自分の心臓をシーザーに渡したのか。
彼には…ゾウで帰りを待つ仲間達がいるのに。ベポもペンギンもシャチもみんなも…ローが帰る日を心待ちにしているに違いないのに。
何かあってからでは遅いのだ。だから、私は私の心臓を、渡したのに…私にはローを、ハートの海賊団を生かす事以外の選択肢は、ない、のに…。
どうしてローの心臓が奴らの手の中にあって、私の心臓は、ローの中にあるの?いつからか感じなくなった不安は、そのせいだったのだろうか…
リイムは沸き上がってしまったこの思いをどうしていいか分からずに、ただ、ひたすらに自分の存在する意味を探し続けた。
「おいトラ男、さっき言ってたジョーカーって誰だ?」ルフィがそうローに問いかける。
「………」少しだけ考えた様な顔をしたローだったがすぐに口を開いた。
「…俺も昔、そいつの部下だった」
「!?」
「だからヴェルゴを知っている…
ジョーカーとは闇のブローカーとしての通り名だ、だがその正体は世界に名の通った海賊、王下七武海の一人…」
「!?」
「…!!」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴだ!!」




明かされた真実

「…気持ち、悪い…」
「リイム、何か言ったかしら?」
「フフっ、何も。気のせいじゃない?」
「ならいいけど」

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