〔30〕

「雨だ!すげぇ!」
「こりゃァ涼しくて走りやすい!」
「トラファルガー・ローに続いて、あんたも俺らを助けてくれるなんて…!!」
そう話しながら、雨の降る炎の島を走るのは、つい最近ケンタウロスと呼び名が付いた巡回部隊の隊員達とそのボス、茶ひげだ。
「ごめんなさいね、島ごとどうにか出来れば一番いいのだけれど」
「いやぁ、これで十分!パトロールが捗る!」
そう、とリイムは茶ひげの背中に座りながら返事をする。
「ローは俺たちに足をくれた…本当に感謝している」
「…」
「俺はお前らの世代が大嫌いだったんだが」
「最悪の世代?」
「ああ」
まぁ好きな人なんてなかなかいないんじゃない?とリイムが言えば
「王下七武海にその右腕…随分ととんでもねェ奴らが来たと思いはしたが、俺はお前らが嫌いじゃない」と茶ひげは言う。
「…そう」
「しかし、ローといいリイムといい、口数の少ねェ奴らだな」
「あら、そんなつもりはなかったのだけど…ごめんなさいね、つい景色を見てて」
リイムは茶ひげの背中から、島をぼんやりと眺めていた。
「そんなに珍しいもんもねェだろうよ」
「…まぁ、確かにそうね」
ただ、昔は緑が青々と茂り、美しい景色だったのだろうと、それを消し去った4年前のベガパンクの化学兵器の実験の失敗、
さらに変えてしまった青キジと赤犬の決闘…人間の自分勝手さを思い、それを元に戻す事も出来ない自分の無力さを感じていた。
「あの人なら、どうにか出来たのかしら」
「?」
「いいえ、なんでもないわ…」
島をただ闇雲に潰す事なら出来たのに、この島を生かそうとする術が浮かばないのだ。
「…何かを生み出すのは、消す事より何倍も難しいわ」
「そうだ!だがマスターはそれが出来る!!
人類の未来の為に今日も研究を続けられている…俺らはそのお役に立てるんだ…!」
感極まりながらそう言う茶ひげに、リイムは何も答えぬまま、彼の背中で空を見つめていた。

−−−

カツカツと通路を歩き、部屋へと向かう途中。
反対側からはモネが歩いて来る、もとい、飛んで来る。
彼女、人間だったわよね、とリイムは思ったが、先程ケンタウロス部隊に会ったばかりだ、と、特に驚きもしなかった。
「ご苦労様、明日もお願い出来るかしら」
「毎日じゃなければいいわよ」
「助かるわ」
モネは相変わらず何を考えているのか分からない表情でうふふと笑う。
「ねぇリイム」
「何?私早くシャワー浴びたいのだけど」
女同士とはいえ、必要以上に馴れ合うつもりはないリイムはそっけなく言う。
「私、ローの事気に入ったわ、落としにかかっても?」
「…そう、それだけ?」
「随分余裕ね」
「着替え、ありがとう、使わせてもらうわね」
どこまで本気なのか知らないけれど、こういう女は本当に面倒だわ、とリイムは足早に彼女の元を去った。
「…食えない女ね、死神」モネはリイムの居なくなった通路で小さくそう呟いた。

「…」「何?」
ようやく部屋へと戻れば、ローが何か言いたそうな顔でリイムを見ている。
「見てるこっちが寒ィ」
「ああ…」
あの後しばらくしてから巡回部隊とは別れ、彼らは熱気で服を乾かすと言っていたのだが
リイムはそのまま研究所へと戻った為、雨に濡れた部分が凍り、研究所内で徐々に溶け、まるで半解凍状態だった。
「バカか、風邪引いてもしらねェぞ」
「医者がいるじゃない」
「俺は外科医だ」
「あっそ」
リイムはローとの話も適当に、シャワーを浴びようとモネから借りている服を取りに行く。
こんな事になるなら着替えも持ってくればよかったとため息をつき、コートをストーブの近くに吊るすと、カツカツと歩く。
「気温もパッと上昇させられたらいいのに」
巡回部隊が氷半分で活動する時に、どうしようかと、今日一日考えていたのだが。
「…お前の能力は何が基準なんだ」
「ん?」
独り言をしっかり聞いていたローがそう呟く。
「んー、大気の状態とか水分とかを操作してるのだと」
「…冷やせるのに逆は出来ねェのか?」
「出来るけど、苦手なの、疲れるの、時間かかるの」
「…子供か」
事実、どういう訳か、気温を上げる事のほうが苦手で、この2年もどちらかというとそこまで重要視してこなかった。
「やる事が多すぎて、追いつかないのよ、多分」
「成程な」
単純に温めたり冷やしたりする能力ならもっと上手く出来るだろう。
ところがそれに水分だ気圧だなんだと複雑なので、どうも全てにおいて上手く出来ないのが目下の悩みなのだ。
「お前、それ全部を極めたら相当なチート能力じゃねェか」
温度、水分、気圧だろう?とローは言う。
「それが自分でもよく分からないのよ、それぞれを意識して操作できるかと言われたら出来ない、あくまでも天候を操作するレベルで、って事なんだと思うわ」
「へェ…お前みたいに面倒な能力って事か。さっさとシャワーでも浴びてくるんだな」
「言われなくても今まさに行こうとしてたのよ…面倒とか言わないで、そんな面倒な女を副船長にしたのはロー、あなたよ!」
リイムはびしっとローを指差しそう言うと、ベーっと舌を出し足早にシャワーへと向かった。

ローの滞在条件、元囚人達…現シーザーの部下達の足を動物の足に変える事は数週間で終わったのだが。
「んー、結論、私雪は好きだからこっちの巡回はそのままね」
「そんなー」
「それじゃリイムが来る意味ねェだろう」
結局リイムは週に3、4日程巡回に付き合っており、少々の疲れと、面倒さを感じていた。
「仕方ないわね、少しだけよ、これ、すごい疲れるからやりたくないの」
リイムはボソッと文句を言えば、周囲がほんのりと暖かくなり、部隊からおおー!と歓声が上がる。
「そういえば、灰雪の死神、なんて言われてるよな」
「…そう勝手に言ってるだけよ、それにしても、ここの雪は玉雪とかわた雪が多いわね」
いかにも雪国って感じよね、と一面に広がる銀世界を眺める。
「雪は、全部、埋め尽くしてくれるから…」
誰に聞こえる事もなく、リイムの声は空気に溶けてゆく。
このパンクハザードに来てから、こうして真っ白な世界をただ眺めている時間が、リイムにとってはほんの僅かな、心が落ち着く時間だった。

それにしても、そろそろローも本当の目的を教えてくれてもいいのに、とリイムは思っていた。
ローと研究所内を度々回るのだが、得られたヒントは数少なく、未だ推測とも呼べない程度の想像でしかない。
それに、モネがどうも私を尾行しているような気がしてならない。
見た訳ではないのだが、気配というかなんというか、視線を感じるのだ。
「ほんと、面倒だわ」
「何がだ」
思わず口に出た言葉を、向かいのソファに座っているローが拾う。
本当に、どうでもいい独り言をよく聞いているものだ、と関心する。
「モネよモネ、モネさんよ」
「ああ…」
そう言うとローも面倒そうな顔をする。
「あら、ローは上手くやってるのかと思ってたけど…」
−先日も、まぁ無理矢理入ったのだとは思うが、部屋に戻るとローにコーヒーを入れているモネが居た。
「あら、ご苦労様」と言うモネに「秘書の仕事はいいのかしら?」と返せば
「息抜きも必要なのよ」と出て行く気配もなかった。
「そうね、ごゆっくり」と、微塵も興味がないような愛想笑で言い放ち
シャワーでも浴びようと着替えを取りに行こうと部屋をカツカツと歩く。
すると、ブウンと音がして、何故に今ROOM?と、うっすらと広がるローの円を疑問に思った次の瞬間。
突然目の前にあったクローゼットが消え、目の前にローが現れた、かと思えば。
ぐいっと引き寄せられてローの鼻が私の鼻に当たって、なんて思ってる間にもう私たちの唇は重なっていた。
「…」
モネも、突然目の前でイチャつき出した二人に言葉を失う。
「悪ィが、二人きりにしてくれねェか?それとも…見ていくか?」
ローはニヤリと笑うと私のコートのボタンをはずしていく。
「…」
ああ、モネを追い返そうとしてるのか、とリイムも文句を言わずに流れに身をまかせる。
あれよあれよという間にソファの上に組み敷かれてしまい、リイムもこのままだと色々と…まずいわ、と少し焦る。
「うふふ、そうね、ここに居るのも野暮ってものね」
そう言うと彼女は部屋から出て行った。
私の上に跨っていたローはモネが出て行った事を確認するとそのまま倒れこんできて、しばらく私をぎゅっと抱きしめる。
「…ロー」
「…黙ってろ」
最近よく、このやり取りをしている気がする。
まるで抱き枕のような扱いで、私が何か言おうとすれば黙ってろ、と言う彼の意図は全く掴めない。
「ねぇ、ロー」「…」
「ロー、温かいわ…」
「うるせェ」
ふてくされた子供のように起き上がる彼を、私はずっと隣で見ていたい、リイムはそう思ったのだ。

「…で、どう見たら俺があいつと上手くやってるように見えるんだ?」
「…」
「おいリイム、何ボーっとしてんだ」
ついこの間の事を思い出して、ローが何て言ったかを聞いていなかったリイムは少し焦る。
「あ、ううん、えっと…何の話だったかしら」
「まぁいい」とローは言ったので、それなら、と、気になっていた疑問をぶつける事にする。
「ひとつ、聞きたいんだけど」
「何だ」
「…JOKERって、ドフラミンゴ?」
そう聞いた瞬間のローの顔を見て、ああ、聞かなければよかったとリイムは後悔する。
「あー、何でもないわ、シャワー浴びてくるわ」
「…知ってたのか?」
「…いいえ」
じゃあ何だ、とローは言うのでリイムはソファに座りなおす。
「闇のブローカーで、こんな訳あり研究所のバックに付くような人物でローが知ってる人、って考えたら思い浮かんだだけよ、ただの勘」
「…」
何故ドフラミンゴとのつながりを知っているのか?とでも言いたそうな表情を浮かべるロー。
「ごめんなさい、ドフラミンゴから…部下だった話、聞いてたのよ…」
黙ってるつもりもなかったし、彼が話すまで特に触れるつもりもなかったのだが…
状況も状況で、思わず口にしてしまった事にリイムは自己嫌悪で窒息しそうになる。
ローのそんな顔を見たくなかった、でもそうさせたのは自分だ、と。
「…でも、“それだけ”よ、私が聞いた事は…聞く気もなかったから」
「そうか、悪ィ…いずれ話そうとは思ってたんだが…」
そう言って一瞬だけローの表情が和らいだ事に、リイムはホッとしたのか、ぽろぽろと涙がこぼれだす。
「…っ」
「…お前が泣く必要ないだろう」
本当に…、と呟くと、向かいのソファからリイムの隣に座り直したローはリイムの顔を自身の胸に収める。
「…そのまま聞け、ここにあるのは新世界を引っかき回す重要な鍵だ…四皇を一人、引きずり下ろす策がある」
「…!」
「その為に…俺達はここに来た」
「そう…」
リイムはローの胸に収まったまま、その言葉の意味を、静かに飲み込んだ。




雪に溶けて

「…ロー、」
「何だ」
「温かい、眠い」
「…聞いてたか?人の話」
「うん、聞いてた…おやすみ」「…」

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