〔27〕

偉大なる航路、シャボンディ諸島付近。
「えー!?まだ入らないんすか!?」
「早く行きましょうよ、新世界!」自然と甲板に集まっていたクルー達が、ローに問う。
「時期を待つと…そう言ったんだ。慌てるな、ワンピースは逃げやしねぇ…」昼寝をするベポに寄りかかりながらローは言う。
「リイムからも何か言ってよー!」シャチは、少し離れたところで一人横たわっているリイムに声をかけるのだが反応がない。
「リイム〜!!」
「今、数えてるの、後にして」ピクリとも動かないリイムからそう声がする。
「え、何を!?」と、シャチはリイムの視線の先を見る。
「…うぇ!?あの鳥の群れ数えてんの!?」空には数え切れない程の数の鳥が群れを成して飛んでいた。
「…あれは何が鍛えられるの?」
「リイムのやる事はたまによくわかんねぇな」そうペンギンとシャチは首を傾げて話を戻す。
「船長、ホラあれです、さっそく黒ひげの奴らが暴れ出して…」
ローもリイムをチラリと見てフッっと鼻で笑う。
「潰し合う奴らは潰し合ってくれりゃいい、つまらねぇ戦いには参加しねぇ」
「んん…」
「そういうもんなんすか?」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで黙って俺に従え…取るべきイスは…必ず奪う!!」
その言葉を聞いたクルー達はわっと声を上げる。
「おおお〜!船長〜〜!!」
「かっこいーぜ船長!」
「俺達どこまでもついていきまーす!」
まるで語尾にハートが付いているかのような盛り上がりだ。
「アイアイキャプテン!オレに任せてよぉ〜」
「寝言かよ!!」
「すいません…」
「謝るな!寝言で!!」鼻ちょうちんを割りながら喋ったベポに全員がつっ込んだ。
「リイム!副船長!」
「…」
「駄目だ、完全にいっちまってる」
空を眺めたまま動かないリイムを見てペンギンもため息を付く。
「なんつー集中力してんだ…」
「お前ら、リイムに普通の副船長を期待しても無駄だ」
「船長、それでいいんですか…」
「それに、ああ見えて多分全部聞いてるぞ、あのアホ女」
「…」リイムはすっと起き上がると、アホ女って誰の事よ、と言わんばかりの顔でロー達をギロッと睨む。
「フッ…ほらな」
「…さすが船長、リイムの事大好きですもんね、よく分かってらっしゃる!!」
心の声がだだ漏れな事にも気付かずに、ペンギンはニヤリと笑う。
「…おい、いつ誰がそんな事を言ったんだ、言って見ろペンギン」
「ハッ!!どうして俺の心の声をぉぉ!?」
「たった今、てめぇが自分で言ったんだろう?」
「ぎゃー!!すんません船長ぉぉ!」次の瞬間ペンギンは真っ二つにされていた。
「フフっ…本当に…飽きないわ」再び体を倒したリイムは、空を見上げたままフッと笑った。

その日の夜。リイムは夜風に当たりながらお酒でも飲もうと、部屋着にパーカーを羽織ってふらりと甲板へとやってきたのだが、
先客の姿が確認できたので声をかける。
「今日の海は穏やかね」
「リイム!」
そう言って振り向いたのは、珍しくキャスケットをかぶっていないシャチで。前髪が邪魔なのかゴムで縛っていた。
「ん、リイムも涼みに来たの?」
「ええ、これ」そう言ってリイムは袋から酒の瓶を出してシャチにちらつかせる。
「シャチも飲む?」
「お!いいね〜!」はいどうぞ、とシャチに瓶を渡す。
「かんぱーい!」
「フフっ」
「俺も持ってくればよかったー」
取りに行こうかな、というシャチに、たくさん持って来たから大丈夫よ、と袋の中身を見せる。
「こんなに飲む気だったの?」
「もしかしたら、ね」と、笑いながら手にした瓶を飲み干す。
何気ない話をしながら、二人は月と海を眺めながら飲み進める。
「それにしてもあれだな、なんかリイムとこうして酒飲んでるのちょっと不思議」
「あら、そう?」
「だってさ、あの島で会うまでは、船長と同じ2億のルーキーって事しか知らなかったし」
「そうね」
「まさか、うちのクルーになるなんてあの時は夢にも思わなかったし」
「それは、私もよ」
クスッと笑うと、はいどうぞと新しい瓶をシャチに渡す。
「…でも、さ、今回の事件の時思ったんだ。気付いた時には俺の中ではもう仲間だったんだよね」
「…」
「最初は、船長と変な賭けで気まぐれで乗ってるのかも、って思った事もあったけど
リイムいい奴だし!いい女だし!」
「あら、…ありがとう」
「だから、仲間になるって船長から聞いたときほ、本当に、嬉しかったんだ!」
副船長を推したのは俺だぜ!とシャチはサングラスをずらして目をこする。
「…泣き上戸なの?シャチは
」「うるせぇ、違う!」
「フフっ、私も嬉しいのよ…こんな私を仲間にしてくれて
フラフラしてて信用もないし、世間の印象も神出鬼没の性悪女みたいな感じだし…
それに本当にあの人の子で、あんな形でみんなは知る事になってしまって…」と、
普段なら言わないようにしている不安がどういう訳か、ぽつぽつと言葉になって出てきてしまう。
「…リイム」
「…どうしたのかしら、私ったら」ただの居候だったら気にもしなかった事だと思うのに、とパーカのフードをぽすりとかぶる。
「リイムさ、いつも私は私よって言ってるじゃんか、リイムはリイムだろう?」
シャチはリイムの肩を掴み、
「俺はそんなリイムだからついて行こうと思ったんだ!」と真っ直ぐに告げた。
「…シャチのくせに、何よ、もう…」リイムの目からはぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「わ!ごめん!泣かないでよー!」
「フフっ、許さないわよ」

「おいペンギン」
「はい船長」
「先客だな」
「…そうですね」
酒を手にふらりと甲板に出てきた二人は、少し先に見えるリイムとシャチを目にし、ため息を漏らす。
「何やってんだあいつら」
「出来上がってますね、あのままだと色んな意味でシャチが死にます」
「…コブラツイストか」
「ここからだと良く見えませんが、あのひねり具合だとおそらく」
技をかけるリイムと、半分あの世へ行きかけているシャチの方へと、ローとペンギンは呆れながら歩いて行った。

「あら、二人も飲みに来たの?」
ウフフと笑うリイムは、フードで少し顔が陰っているものの、少し目が赤くなっている。
「せんちょー、ぺんぎんー…俺、もう駄目だ」横で伸びてるシャチを横目に、ローとペンギンは腰を下ろす。
「シャチ、よく無事だったな、俺だったら耐えられたかどうか…」ペンギンはシャチをポスッと叩く。
「リイム、酔ってんのはいいんだがシャチも男だ、遠慮してやってくれ」
「え、何をどう遠慮するのよ」
ペンギンに向かってリイムは何言ってるの?と言うと次の瓶を開ける。
「…お前、俺はなんとも思わねぇが…こいつらの前であんまり露出を増やしてやるな」ローは視線を合わせずにぺらっと話す。
「あ、あぁ、そうなのね」そういえばキャミとショートパンツにパーカーを羽織っただけだったと、自身の服装を振り返るが。
「あら、これで駄目だと、ナミとロビンは露出狂なのかしら」あの二人の船内をうろつく姿を思い出し、意識を改めなければと真面目に考えた。
「え!麦わらの一味はもっと軽装なのか!」
「ええ、ナミなんか普通にブラの時もあるわ」
「…まじか!」そりゃ感覚も鈍るわな、と納得する。
あれは多分、ほぼブラジャーよね、とリイムはナミの姿を思い浮かべた。
「まぁ、あの人達は尋常じゃないプロポーションしてるし…」
「いや、リイムもだな…」
「んー、私は至って平凡、平均値って感じだものね」
そう言ってキャミの中をチラッと見て自身の胸のサイズを確認する。
「ぅおい!リイム!見える!やめろ!」
「…人様に見せられるような立派な胸じゃないから、見るだけ損よ」
「そんな訳あるか!!」
ペンギンは盛大につっ込む、こいつ自分の魅力に気付いてないのか!と。
「おいリイム、今日はまたえらく酔ってんな」
「…悪かったわね」
目を赤くしていたり、普段より感情の起伏が激しく見えたのでそう聞けば、フードを深くかぶり直してそっぽを向いてしまう。
「たまには、色々思う事だってあるのよ…」
「まぁ、…そうだな」ローも手にしていた瓶の酒を一気に飲み干す。

「そういえばリイム、ピアス変えたんだな!」ペンギンがフードからちらりと見えたリイムの耳を見てあれ?とつぶやく。
「何か彫ってあんのか、…ん、船長」
「あ?」ペンギンは不思議そうな顔でローに問う。
「これ船長デザイン?」
「いや、リイムだ」そうなんだ、と少しニヤニヤしながらピアスを見つめている。
「ちょっといつまで見てるのよ!」いつもの帽子ではなく、タオルをかぶっていたペンギンの頭をぐしゃぐしゃにする。
「ちょ、リイム、ストップ!!」
「何よ、何か文句あるの!?」
やっぱりやめればよかったかしら!と恥ずかしそうに耳にかけていた髪を下ろしてピアスを隠す。
「あれだな、船長のタトゥーっぽくていいんじゃねぇか?」
「へ」
ローのタトゥー?と頭にハテナを浮かべる。
「え、違うの?」
「え、どれのこと?」
腕と手を思い浮かべてリイムは言うのだが。
「上半身のやつ」
「え!そんな気はしてたけどこれっぽいってどういう事?」
「え!知らなかったの?」
リイムとペンギンはお互いにびっくりしながら話している。
首周りが広く開いているTシャツの時などは少し見えていた事があったので、恐らく体にも入れてるんだろうと思ってはいたのだが。
「え、ハート?まさかハートなトライバルなの!?」
「そのまさか、だ」
「ちょっと船長、脱いで脱いで!」酒も入っている為、普段ならしない行動を普通にしでかすペンギン。
「おいペンギン」
「ほら!」結局脱がせなかったものの、首の辺りまでまくる事には成功したペンギン…
というよりは、ローも呆れて好きなようにさせていたと言う方が正しい。
「…」「…」
「え、二人とも見つめ合っちゃってどうしたんすか!!」
「アハハっ」
「何笑ってんだ」
「何も!」
「おい」
そういえば、このピアスの事を気に入ったと言っていたが、だからか、と一人納得したリイムは、何かが外れたようにケラケラと笑う。
今まで見た事もないような笑顔で笑うリイムに、ローはパーカーを引っ張って近くに寄せる。
「お前が何を思ってそのデザインにしたかは知らねぇが、」
「気に入ってるんでしょ?」
もはや泣きながら笑って、言葉の先を言ってのけたリイムにフッと笑う。
「外すんじゃねぇぞ」
「アハッ、アハハっ」

「んー、ペンギン、俺が寝てる間に何があったの」
「…いつもの事だ、俺らの船長と副船長って事」
「そっか、よかった、リイムが笑ってる」
「…そうだな」
二人は顔を見合わせて頷くと、飲みかけの酒を手に取った。

「…ったく、泣いたり笑ったり、忙しいなお前は」ローはリイムの髪を引っ張ると、そのままピアスのついた左耳にそっとキスを落とした。
「〜〜〜っ!!」
「…悪ぃ、そういえば弱かったんだっけな」そう言うとニヤリと口角を上げて笑う。
「わざとね!この野郎!!」
「そういえば…これだが」
「また!そうやって急に話を変えやがる!」
そうローが取り出した小さな袋に入っていたのはあの日、持っていてと渡したゾロとお揃いのピアス。
「え、袋にまで入れて持ち歩いてたの?」
「…タイミングを逃したんだ」リイムはきょとんとした顔でピアスを見つめる。
「それ、邪魔じゃなければローが持ってて」
「てめぇの大事な誓いとやらじゃねぇのか」
「いいのよ、持ってて欲しいのよ…私の大事な誓いだから」
それに何だかんだで運がいい私の、幸運のおすそ分けよ!と言うリイム。
「てめぇのどこが運がいいんだよ…死神のくせに」…大将に会ったり戦争の渦中にいたり、とローは思ったが
それでも本人はこの船に笑って帰って来た。シャボンディ手前の島やシャボンディ諸島、そして麦わら屋を助けた時のマリンフォード、
どれも海軍大将が絡んでいたにも関わらず自分達クルーには大きな被害は出なかった…
そう思うとこいつは運がいいのかもしれないと、フッと笑ってピアスをポケットにしまった。

「キャプテーン!リイムー!何してるの?あ、ペンギンとシャチもいる」
暑くて涼みに来たんだーと走ってくるベポ。
「あら、ペポ!私の心のオアシスベポ!早くこのクソ外科医をどうにかして!」
「どうしたの!?キャプテン、リイムに何したのー!?」
「…船長の俺が何しようと勝手だろう?ベポ」
「す、すいません…」
「打たれ弱っ!!」

−−−こうして、それぞれの思いと決意を胸に、ハートの海賊団は次の目的へ向けて進んでゆく。





明日への記憶

「まさにこの船の命運を握る運命の女神…って訳だ」
「ん?」
「チャンスの女神の後ろ髪は掴めないって言うだろう?」
「あー、聞いたことあるわ、ローマ神話とか、タロットにもモデルにしたカードがあったわね…なんて名前だったかしら」

「…俺は、掴んだからな、リイム」

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