〔26〕

あれから、2週間、それは突然だった。
リイムも久々に外に出て、ローとジンベエと話していた時、突然ドオン!という大きな音を立てて船から何かが飛び出してきたのだ。
「エースー!!!」
「ルフィ!起きたのね!」
地面に倒れこむも、そう叫ぶルフィにリイムは声をかけるが、どうやら彼の耳には入ってないらしい。
「エースはどこだああああ!」
「ルフィ…」声を荒げながら暴れるルフィをクルー達が止めようとするのだが、捕まえては飛ばされ、の繰り返しだ。
「危ねぇよ!鎮まれぇ麦わらー!!」
「待て麦わら!」
「安静にしてろって言っただろう!!」
「エースーーーー!!!!」
「どこ行くんだ暴れるな!火拳ならもう…」
「うわあああぁぁぁああ!!エーーーースーーーー!!!」
「アレを放っておいたらどうなるんじゃ」そんな姿を見たジンベエも、心配そうにローに尋ねる。
「…まぁ、単純な話、傷口がまた開いたら今度は死ぬかもな」
「…ちょっと、言ってくるわ」
リイムは眉間にしわを寄せて立ち上がる。
「おい、アレに巻き込まれたらまたお前も傷口が」
「私に、命令しないで」
静かに怒るようなリイムに、ローも言い返すのが一瞬遅れる。
「…リイムさん、深刻そうな顔しとるのう…ルフィ君を随分と気にかけて…」
「麦わら屋の船に乗っていた事があると言っていたからな」
「成程…それでエニエス・ロビーに続いて、この戦争でもルフィ君に…」ローとジンベエはリイムの挙動を目で追った。
「ルフィ!」
「エースーーー!!」
「ルフィ!!!!聞いて!」
リイムはルフィの腕を掴んで思いっきり自身の方へと引っ張ったのだが。
「うああああぁあぁああ!!!」
「っ!!」
叫びながらルフィは腕を振り下ろした。
リイムはそのまま地面へと打ちつけられてしまう。
「チッ!あの野郎」
「リイムさん!」砂煙が舞うルフィの足元に、それでもまだ腕を掴んだままのリイムの姿が見える。
「…ゾロは、そんなあなたの姿見たら、きっと…」
ルフィの耳に届いたかは分からないが、そう小さくつぶやいて、リイムはそのままルフィを投げ飛ばした。
「痛ええ!!うおおおおおお!!!エースーーー!!!」ルフィは起き上がると島の囲いの内側へと入って行ってしまった。
「はぁ…」リイムはその場で倒れ込み、空を仰ぐ。
「リイム!何やってんのー!?」
「大丈夫?」事の行方を見守っていたクルー達がリイムに近づく。
「フフっ、私は大丈夫よ、…しばらくこうさせていて」昔よくこうやって空を眺めたっけ、
あの頃は、海に浮かびながらだったけど。と、リイムは懐かしく思う。
「リイムがそう言うなら…」
「まぁ程ほどにしとかないと船長が怒るぜ」
「そうね」
クルー達はとりあえず島の中には入れないし、船も直さないとだし戻るか、と船の方へと歩いていく。
「…わしが…」ジンベエはぼそっとつぶやくと、ルフィを追って島の中へと入って行った。

「…」しばらく寝転がったままのリイムだったが、ふと日陰が出来た事に気付き、その影の本体を視界に入れる。
「…何か文句ある?ほら、安静にしてるわよ」
「投げられたり投げ飛ばしたりした奴がよく言う」
ローは眉間にしわを寄せながらリイムの脇にしゃがみ込む。
「船長に命令するなと言う副船長がどこにいる」
「ここに居るわよ」
「…まぁ、お前がそういう奴なのは分かってる、だが、医者としてさっきのお前の行動は」「はいはい、ごめんなさい」
「おい」
まるで聞く気のないリイムに、ローも怒りが込み上げる。
「いいか、お前はもうただの居候じゃねぇ、うちのクルーなんだ、それを肝に銘じておけ」
「…うん」
「…」
「何よ、その顔」
「うんって何だ、うんって」
「肯定・承諾の意を表す言葉。はい、ええ、よりぞんざいな言い方のことよ」
「…てめぇ、そんな事は分かってんだよ」
「じゃあ何?」
「何でもねぇ!!」
ローはさっさと部屋に戻って寝てろ!とリイムに向けて吐き捨てると先程まで座っていた岩場へと戻って行った。

「何なんだ、急に素直に返事しやがって…」
「…私が素直だと駄目なの?」
「!!ってめぇ!気配を消して俺の背後に立つな!!!」
寝転がったままだと思っていたローは、突然背後で聞こえた声に、まるで心臓を掴まれたような感覚を覚え、思わず叫ぶ。
「フフっ、気配消すのが得意なのよ、私」
「…一歩間違えれば斬られるぞ、俺に!」刀を持ってる時にそんな事するな、と念を押す。
「私そんなヘマしないわよ」
「…兎に角、俺の間合いに気配を消して入るな」
「えー、つまんなーい!」
リイムはわざとらしく若い子のような口調で喋れば、ゴツンと鬼哭で叩かれたのだった。

結局リイムは、部屋に戻る事もなくローと一緒に海と船を修理するクルー達を眺めていた。
「あれ、直るの?」
「まぁ、あのぐらいならどうにかなるだろう」へぇ、今度船の修繕でも覚えようかしらとつぶやく。
「そうそう、私、まだ新世界へ進む気ないのだけれど」話ついでにローに切り出す。
「…ああ、俺もそのつもりだ」
「フフっ、そんな気がしたのよ…」
じゃなきゃルフィを助けたり看病する為とはいえ、焦る事もなく2週間も女ヶ島に居たりするのは少し不思議だ、とリイムは思っていた。
他のルーキー達は続々と新世界へ入っているのに、だ。
「何事にもタイミングってもんがある、時期を見て、だ」そんな話をしていると、ペンギンやシャチ達が再び外へ出てきた。どうやら修理が一段落ついたのだろう。
「はー、麦わらの奴、派手に壊しやがって」
「修理費がかさむな…」
「リイム、寝てなくていいのか?」そう言いながらこちらへとやって来る。
「ウフフ、みんな心配性ね、大丈夫よ」
「ならいいんだけど…」
「それにしてもどこに行ったんだ、麦わらとジンベエ」
「陣の向こうを出るなって言われてるしなぁ」
そう言いながら陣の向こうを眺める。
「しかし!ここがあの夢の女人国、女ヶ島!のぞいてみてぇなぁ」シャチが鼻の下を伸ばしてそう言う。
「死ぬぞ、お前バカだなぁ」と、つっ込んでいるはずのペンギンも同じく伸びている。
「メスのクマいねぇかなー」
「「女人国だよ!!」」
「すいません…」
「フフッ」リイムもいつもの彼らのやりとりに、思わずほっこりと微笑んでいた、そんな時だった。

ドォン!!と急に海面が音を立てて水しぶきをあげる。
「見ろ、大型の海王類だ!!」ペンギンが双眼鏡を取り出してその姿を確認する。
「何やってんだ?ケンカか!?」シャチも何事だと行方を見守る。
しばらくすると、海王類と思われる生物が、血を流しながら海面に浮いた。
「…あんなに大きいのに、一体何にやられたのかしら」恐ろしい海ね、と話していると。
ザバっと人が岩場に上がってきた。
「!?」
「いやあ参った」そうぼやきながら岩場を登ってきた人物に、リイム達は驚きの声を上げた。
「おおキミ達か…シャボンディ諸島で会ったな」
「えー!!」
「冥王レイリー!!」
「どうして…!」
「いやいや…船が嵐で沈められてしまってねぇ、泳ぐハメになってしまった」
思うほど体が動かんものだな、年をとった、とさらっと述べるレイリー。
「…凪の帯に嵐はないわね」
「って事は!そんな遠い海で遭難してずーっと泳いで来たのか!!」
リイムとペンギンは顔を見合わせて、驚く。
「じゃあさっき海王類とケンカしてたのも」
「あんたか…!!!」
レイリーは服の水分を絞りながら、こちらに振り向いた。
「あぁ…そうそう、ルフィ君がこの島に居ると推測したのだが」
「…!?何をどう推測したらそうなるのかしら」
ローも驚いたのか、しばらく無言のままだった。

「そういえば、…私に用事があったとシャッキーに聞いたのだが」レイリーはリイムの姿を見つけ、そう言う。
シャッキーって誰?とペンギンとシャチは頭に?を浮かべて、レイリーの視線の先のリイムを見る。
「そうだったのだけれど、もう事実だって分かったから…」いいのよ、とリイムは続ける。
「私は、彼女がどうして君を残して再び海へ出たか知っているが」
「…」
リイムは母親と話した事は一度もなかったし、知っているのは新聞の記事の中の姿だけ。
「まぁ、聞くも聞かないも自由だ」
「今なら、少しだけ分かる気がするからいいわ」
「…そうか、聞きたくなったらいつでも来るといい。いつも店に居るかは分からんがな!」
そう笑うレイリーに、リイムもフッと微笑んだ。
「ん?何の話してんだ?」
「きっとあれだ、幸運の女神の事だろう?」
ああ、リイムの母ちゃんか、とペンギンとシャチもなんとなく理解した。
「…お前ら、船が直ったんなら出航するぞ」
「!え!船長また急に!!」ローは突然立ち上がった。
「冥王、麦わら屋はあと2週間は安静が必要だ」
「そうかそうか」
「そうね、…レイリーさんが来たなら安心ね」時間が掛かったとしても、ルフィならきっと、乗り越えられるはず…
この出来事を。そう思ったリイムは、
「…彼、私の幼馴染の船長なのよ」と、ローの持っていた麦わら帽子を取り、レイリーに渡した。
「もし弱音なんか吐いたらぶっ飛ばしてやって、レイリーさん」
船に向かいながらそうつぶやいたリイムの肩を、レイリーはポンっと叩いて「任せなさい」と微笑んだ。




死んで花実が咲くものか

「生きてこそ、ね」
「…何だ、急に」
「あなたの為にも、自分の為にも、私は死なないって事よ、ロー」
「…そうだな、お前を殺していいのは俺だけだ」
「フフっ、覚えておくわね」
「…何笑ってんだ」
「別に、何でもないわ」
「そうかよ」

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