〔25〕

アマゾン・リリーの湾岸に、ルフィの療養の為に停泊しているロー達ハートの海賊団。

リイムも時折外に出るものの、安静にしてさっさと治せとうるさいローに従い、基本的には部屋で休んでいた。
「…ルフィは大丈夫かしら」話し相手の居ない部屋に虚しく響く。
「治ったら、体力の底上げと…もっと上手く、使えるようにしないと…」今までは、不本意で得た能力だったため、そこまで主力にするつもりはなかったのだが。
今回の戦争で、このままでは新世界で生き残れない、と思い知らされた。
あの人を、自分の母親を越えなければこの先の海では…。
「…」
「何難しい顔してんだ」
「…!ロー!いつから居たのよ!」
もやもやと考え込んでいれば、気付けは部屋の中に声の主が立っていた。
「ノックならした」
「…そう」
ローはそのままリイムのベッドまで歩くと腰を下ろすと、二人分の重さにギシッとベッドが音を立てる。
「ルフィは、まだ…?」
「ああ、つーかてめぇも十分重傷だからな」
「んー…」
「聞いてんのかコラ」
そう言いながらローはリイムの両頬を手で掴む。
「むむ、おー、おっお、ふぁなしなふぁいよ」
突然の出来事にリイムはそのまま喋り、発音がままならずにおかしな事になる。
「…フッ、フフッ」そんなリイムに思わずローも吹き出して笑う。
「ちょっと!酷いわ!」そう言いながらもリイムは、ケラケラと笑う姿になんだか珍しいものを見た気分になった。

「ところでだ、副船長」
「あ、そうだわ、私本当に…副船長でいいの?」
「…俺以外は満場一致だ」
「え、それは駄目じゃないの?」
真面目に聞き返すリイムに、ローはまたしても笑う。
「ハッ、冗談だ、船長の俺が認めなきゃあ副船長になんかにするかよ」
「もう!」
「…リイム、俺はこの先の航海で、お前の事をだな、…あー…めんどくせぇな、つまり、この俺がお前を、副船長にすると言ってんだ、この意味ぐらい…分かるだろう?」
途中、言葉を選びながら急に真剣に話すローに、思わず起き上がるも、どうしたらいいかわからなくなったリイムは思わず口に出す。
「…え、これってプロポーズ!」
「おいてめぇ…脳ミソが海賊女帝にでもなったか?」
「冗談よ!もう…」私だって、決めていた。いつからか、何でかなんてもう分からないぐらい、私は、ハートのみんなが好きになってたから。
正式なクルーになって、ローの野望を見届ける、その先にきっと、あの日の誓いの答えもある、この判断は…間違えていないはずだ。
「…私から言った事だけど…、でも!途中で何かを投げ出すような事があったら承知しないわよ…
半端な事したら私があなたを殺すわ、この私を仲間として置くならそれぐらいの覚悟してよね!」
「言ったかもしれねぇが、あいつらは、もとよりそのつもり…それに、うちの副船長になるんだかなら、それぐれぇ上等だ」
「…私、地獄の果てまで付いて行くわよ」
「憑いて、の間違いか?」
「その結果が一緒なら…別にどっちでもいいわよ、それにね」
リイムは、死神は死だけをもたらすものでもないのよ、と続ける。
「死と再生の神でもあるのよ」
「ああ…、輪廻転生的な宗教の地域じゃそうらしいな」
「さすがローね、シャチに話してもきっと通じないわ、再生紙?とか言われそう」
「…よく分かってんじゃねぇか」
「私、みんなの事好きなのよ、なんだか本当の家族みたいで…って、話が逸れたわね」
そう言いながらフッと微笑んだリイムの顔に、ローは一瞬、心臓がドクリと揺れた、気がした。
「…まぁ、あいつ等諸共、宜しく頼むって事だ…リイム」
「…アイアイ、“船長”」そう言うとリイムとローは、こつり、と拳をぶつけた。

「フフっ」
「何笑ってんだ気持ち悪ぃな」
「何はともあれ、私もやっと海賊になったって感じ!」
「まぁ、…そうか」一人で海賊ってもの何か変だものと、と笑う。
そんなリイムを見ていたローは、用事があって来た事を思い出した。
「ところでだ、リイム、これが本題なんだが」
「え!今結構真面目な話してたと思ったんだけど!本題って、何よその箱」
まるでアクセサリーでも入ってるかのような…「!!」その箱を見て、そうだ、シャボンディで頼んだピアス!とリイムは気付いた。
「…そうだわ、取りに行って…くれちゃったのね」
「まぁ、元は俺が無理やり買わせたもんだからな」
なんだか突っ掛かる物言いだったが、それよりも、だ。
「…もしかしてもう見た?」
「ああ」ニヤリと口角を上げてローは笑う。
「結果として副船長になったのだし、いいのだけれど、ちょっと恥ずかしいというか何というか」
「…自分でやっといて、そんなに俺とお揃いが嫌か」
「…だって!やっと分かったんだもの、世間のほとんどの人間がそういう風にお揃いのアクセサリーを見てたなんて!!」
「…お前、今更か」
「い、今更で悪かったわね」
「そもそも俺達は世間じゃそういう事になってんだ、何より」
「何よ」
「俺が気に入った」
「!?え、一体どこにそんな要素が…」と、リイムは悩むのだが。
そんないつも通りのリイムに、ローはなんとも言えない気分になる。
「…この能天気女、この俺がどんだけ心配したと、思ってんだ…」ローはリイムごと倒してベッドに突っ伏した。
「え、ちょっと…!」
「うるせぇ、少し黙ってろ」
「…突然、何なのよ…」顔に当たるローの髪が、とてもくすぐったくて、リイムの心臓が跳ね上がる。
「…ロー?」
「…」すぅ、と息をする音が聞こえる。
「え、うそ、何?寝たの?あなた寝たの!?」
「…」「ベポと間違えてるんじゃないの!?」
「…」
「どうすれば…いいのよ、これ…」リイムはバクバクする心臓と、真っ赤に染まる顔を、どうする事も出来ないまま、
ペンギンがこの部屋を訪れるまで動く事が出来なかった。

「ペンギン、どしたのそのたんこぶ」
「…いや、さっきだな、その…」帽子にボンボンが二つ付いた様な見た目になったペンギン。
その理由を説明しようとするペンギンに悪寒が走る。少し離れて座るローから、あからさまに話すんじゃねぇ、と言いたそうなオーラが出ている。
「…ちょっと、こけてぶつけてだな」
「おっちょこちょいだなー!お前!」ケラケラと笑うシャチにペンギンは薄っすらと殺意を覚える。
…それは、数十分前の事だったな、と己の行動を振り返るペンギン。食事の配給があったので、スープをリイムの元に届けようとしてリイムの部屋へと向かう。
「おい、リイム、起きてるか?」ノックをして扉を開けた。それはいつもの流れだ。
夜中以外は特に返事がなければそのまま開けるので、今回もそのようにしたのだが。
「…!!!!」どう見ても、普段人前で寝る事が殆どない船長が、リイムの横で…寝ていたのだ。
「え、船長!?寝て…るんだよな?」
「…そうなのよ、ペンギン、この場合どうしたらいいのかしら」
この場合もなにも、驚くべきはいつもの船長なら恐らくノックの音か、俺が入った気配で起きるハズだという事。
「熟睡してんのか…」
「たぶん」全然起きないのよ、とリイムが顔を真っ赤にして言う。
「まぁ、あんな大手術もしたし、その後も殆ど寝てないからなぁ」
「…そうだったのね」
それなら仕方ないわ、とリイムも落ち着きを取り戻す。
しかしだ。船長も、あのリイムをこんなに真っ赤にさせるとは、なかなかやるぜ色男!そんな事を思いながらちょっとだけニヤリとしたその時だった。
「…っ」もそっと動いたので、起きたのだろうかと見守る。
「ロー、よっぽど疲れてたのね…起こしても起きなくて。よく寝れたかしら?」
「あぁ…」
俺は息を殺した。もしかしたら、俺の存在がないものならば、素の船長の姿が見れるのでは、と。
船長は肘を布団について上半身を少しだけ起こして、リイムの方を向いた。
「こんなに寝たのは久び…さだな?ペンギン」
ところがだ、僅かなこの気配に気付いたのだろうか、喋りながらこちらへと視線を向けた。
「ヒィ!はい!たぶんそうです船長!!!」
「てめぇいつからここに居た」
「つ、ついさっき、スープをリイムにいいいいい!!!」
途中まで、船長は気付いてなかったはずで、口角が上がりっぱなしだった、そんな瞬間を振り向いた船長に思いっきり見られてしまったのだ。
「ペンギン…お前の考えてる事はだいたい分かるつもりだ」
「は、はい船長」
そう言いながら帽子を被る船長の機嫌は最高潮に悪そうだ。
「スープを置いて外に出ろ」
「ア、アイアイ!」
…そうこうして、ペンギンのこのたんこぶは出来上がったのである。
「…添い寝じゃん、もうなんつーか早くくっつけこの野郎」
「何?何の話してんの?」
「くっ、何でもねぇよ!」そんなペンギンの頭に空きビンが飛んできた。
「痛ってぇ!!!」その犯人がローなのを見ていたシャチ。
「…お前、船長になんかしたんだな」
「俺は悪く…ねぇよ!!」そう言うとペンギンはがっくりと肩を落とした。

「よくわからないけど、大丈夫かしら、ペンギン」リイムは一人残された部屋で野菜のたっぷり入ったスープを食べながら思う。
あの後、一度部屋を出たローは、すぐに部屋に戻ってきて何をするのかと思えば
「早くつけろ」と箱を鬼哭で突っついて催促し、ピアスをつけると、満足そうにニヤリと笑って部屋を出て行ったのだ。
その行動に、まるで子供みたいだわと一人笑った。そういう所はかわいらしいのに、とリイムは思う。
「…って、私は一体何を考えているのかしら」死の外科医をかわいらしいとか何言ってんだ、と自分に突っ込みを入れ、食事を再開する。
「んー、それにしてもやっぱりご飯は一人で食べるものじゃないわね」美味しいんだけれども、とスプーンを口に運んでいると、ふと何かの気配にリイムは気づく。
「リイム!大丈夫〜?」
「丁度よかったわ、ベポ」
「そうだと思った!」
ベポがパタパタとやって来て、そう言って自分の分のパンを袋から取り出した。
「…フフフ、さすがベポね、よく分かってるじゃない」
「オレ、リイムの事好きだからね!」
あら、…これはさっきと逆のやりとりだわ、とリイムは微笑む。
「何かいい事でもあったの?」
「ウフフ、ひみつ、よ」
「え、教えてよリイム…って、あ、そうだ、副キャプテンだった!」
「フフっ、言いづらそうだし、何だか恥ずかしいから今まで通りでいいわよ」
「ならそうするよ!」
そうニコニコしながらベポはパンを頬張る。
「あれ、そのピアス、キャプテンのとそっくりだね!!」
変えたばかりのピアスに早速気付くとは流石と言うか何というか。
「シャボンディで作ったのよ」
「そうだったんだ!あれ、前の何か大切なピアスだったんじゃないの?」
よく覚えてたわね、とリイムは思う。
「そうね、あれは、…宝物よ」
え、宝物なのにいいの?とベポは不思議そうな顔をする。
「フフ、きっともう…あの時に決まってたのね、私の気持ちは。
私はこの船と、皆と一生を共にするっていう決意、みたいなものかしらね」
「…リイムかっこいい!」
「あら、そう?なんか、ベポになら素直に話せるわね」
「え、キャプテンは?」
ああ、そんなに純粋な眼差しで見つめないで欲しいとリイムは思う。
「ローは、また別なのよ」
「そういうもんなんだ」もぐもぐとパンを頬張りながらベポはへぇ〜と言う。
「…特別、なのかしらね」
「ん?何か言った?」いいえ、何も、とリイムはスープを口へ運んだ。
「そうだわ、傷が治ったら猛特訓よ」
「アイアイ!って、特訓?」
「ええ、このままじゃまたこんな怪我しちゃうでしょう?新世界へ進むなら強くならないとね」
「オレも!みんなを守れるように、強くなるよ!」
「フフっ、じゃあ約束ね、ベポ」
「アイ〜ィ!」




Home Sweet Home

「…ルフィも早く目を覚まして…みんな待ってるわ、あなたを」
「…」
「帰る場所が、あるじゃない…私もやっと、見つけたから」
「…」

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