〔21〕

「……本で読んだことあったな、幸運の女神と呼ばれていたのは、彼女が姿を現せば海軍は負け知らずの空に愛された女、だったから。ところがある日突然海軍を裏切り堂々と海賊になった前代未聞の女、シャイニー」
ペンギンは、ロジャー海賊団の解散後は世界を転々とし、確か数年前に病死したと公表されてたはず……と付け足した。
「リイム、そんな事一言も言ってなかったな」
「教えるつもりなかったのか、本人すら知らなかった、とか?」
モニターを見ながらそう話すペンギンとシャチに、ローはハッとする。人間オークション会場でのリイムと冥王レイリーのやりとりを思い出す。
『ところで、そこの娘さん、』『たぶん、そうよ』
そう言ったのはもしかすると、シャイニーを知るレイリーが、リイムに対して親子関係を問い、それに対して答えたのではないか。
そう考えると、レイリーと知り合いかという問いにリイムがいいえで答えた事にも納得出来る……なるほど、とローは呟く。
「そういう、事だったか」
「船長?」
「いや、リイムはそうだと気付いていたが、確信が持てなかったんじゃねェか」
リイムは東の海の村で育ったと言っていた。それまでも転々としていた事を考えれば、母親であるシャイニーと会った事がないか、記憶にないのだろう。ローは再びモニターへと視線を戻す。
「麦わらといい、リイムもすごく騒ぎになってるけど……でもキャプテン、リイムはリイムだよね」
「ああ」
ベポの真っ直ぐな言葉にローが答える。その横で、あわあわと落ち着かない様子のシャチ。帽子を取ると頭をわしゃわしゃとかきむしる。
「あ〜〜〜!!!おれ、今すぐリイムん所行きたい!!」
「シャチは毎回せっかちだな!」
「だって、リイムの顔見てらんないよ!きっとあんな所に一人で居たくないはずだ」
「確かにそうかもしれねェけどさ」
ペンギンと会話するシャチに、本当にシャチは人をよく見ているとローは思う。ローはシャチの帽子を掴んでそのままシャチの頭に被せる。
「落ち着けシャチ、言いたい事は分かる。だが……物事にはタイミングってもんがある」
「……そうですよね、キャプテン」
もしかしたらこの戦争で、リイムは……ローの胸に不安がよぎる。それでも、おれの考えが間違ってなきゃこいつはきっと。ローはポケットの中にしまわれているリイムから受け取ったピアスを強く握りしめた。



「あいつ、シャイニーの娘だったのか」
「死神が、あの幸運の女神の……?」
「そう言われれば、雪が降ったり嵐が来たりってのは、まさかあの女の能力を!」
マリンフォードでも、突如明らかになったリイムの血筋に海軍も、海賊達もざわついていた。
海軍を吹き飛ばしながら進むルフィと、かつての幸運の女神のように天候を操り、ルフィを援護するリイムの姿に白ひげは笑いながらマルコに話しかける。
「ドラゴンの息子、おまけにシャイニーの娘がいるとはな……マルコ、アレらを死なすんじゃねぇぞ………」
「了解」
マルコも白ひげの言葉に即答するとニッと笑みを浮かべた。


湾内で、どうにか平常心を保とうと踏ん張り、竜巻を起こし続けていたリイム。しかしガヤガヤと周りの声がリイムの頭の中に充満していく。
エースにしたって、ルフィにしたって、彼らは彼らだ。親が誰であろうと、一人の人間なのだ。どうしてごちゃごちゃと言われなければならないのかとリイムは震え始める。
「私は、私、だったのよ……」

フランジパニ・リイムとして、シモツキ村で育って、刀ひとつで大剣豪になると誓った私は、ある日突然溺れたのだ。今まで泳げていた海で。
新聞には、ひっそりと病死したというあの人、裏切り者シャイニーの記事が載っていた。
母親が海賊だという事は幼い頃から周りの反応で何となく気付いていた。ただ、誰なのかは誰も知らなかったし、知っているとしたらきっとナデシコさんかコウシロウさんぐらいだったと思う。
それ以来、私は二度と泳げなくなった。悪魔の実の能力者が死んだ後、その能力がどうなるかなんて考えた事も無かった。
代々能力が受け継がれている家系の存在を知ったりもしたが、それは海に出た後だ。そういえば、一度だけ先生にあの人について尋ねた事があった。
「お前がもし同じように海に出て、そしておれと出会うような事があった時は、ある程度稽古をつけろと言われただけだ。どういう関係かは、聞いていない」
そう言われた。でも、先生も知っていたと思う。そして私はあの人程、能力を使いこなせていない。そもそも能力者になるつもりはなかったから……

こんな場所であの人の娘だと宣言されてしまっては、一生それが付いて回るに決まっている。もうシャイニーの娘、としてしか見られなくなるのでは。それは一番恐れていた事だったのに。リイムは凍雨に手をかけると素早く抜き払う。
「私は私として生きたいだけなのに!!!」
リイム本人も気付かぬうちにその目は血走っており、当たりの海兵を一掃してもなおその怒りに似た感情は収まる事がない。その姿に後続の海兵達は思わず後ずさる。
「フッフッフッ!!さすが鷹の目の部下!能力者でなくても末恐ろしいなァ」
「今虫の居所が悪いのよ、話かけないで。七武海だろうと何だろうと関係ないわ」
そう言うとリイムはドフラミンゴに刀を向ける。そんなリイムにドフラミンゴは両手をパッと上げ、変わらずに笑いながら話を続ける。
「フフッ、今おれはお前とやりあう気はねェよ、その方が後々楽しみだろう?」
「じゃぁ尚更!ほっといてよ!!」
「おいおい、随分と荒れてんなァ、らしくねェんじゃねェか?」
「……っ、だから、話かけないでって言ってるじゃない」
まさか、ドフラミンゴの一言で自分が冷静さを失ってる事に気付くとは。リイムは頭を抱える。
「はぁ、失態だわ」
「フッフッフッ」
リイムは近くで笑い続けているドフラミンゴに視線を向ける事無く、落ち着いてルフィの居所を確認する。
「あれは……スモーカー」
ルフィとスモーカーが激突しており、スモーカーがルフィを捕らえるのが見える。リイムはヒヤリとするが、次の瞬間にはハンコックの髪がなびくのが見えた。
彼女が居るならスモーカーは問題ないだろうと、ホッとしたのも束の間、リイムのすぐそばにはバーソロミュー・くまが迫っていた。

「ヴァナタ!死神リイム!どうしてこんな戦争のど真ん中に居るっチャブル!!?」
どうするかと考えていればそう声を掛けられる。息を切らして走ってきたのは、革命軍のイワンコフだった。間近で見ると、とてつもない迫力、顔面力、と言えばいいのだろうか……リイムは目を細めて顔を見つめる。
「まぁ、色々ありまして」
「ヴァナタもあんなに大っぴらにされて心中お察しするわ!!兎に角、今は麦わらボーイの味方って事ね!?」
「そういう事になるわ」
イワンコフは、それはありがたいわ!と言うと、ビームを放ってくるくまを見据える。
「それにしてもくま!くま!ヴァターシの顔を忘れたっダブルの!!?」
どうやらイワンコフとくまは知り合いのようだが、くまの様子がおかしいらしい。リイムもビームを避けながら様子を伺っていると、そこにドフラミンゴが割って入った。
「かつて暴君くまと呼ばれたあいつならもう……死んだよ」
「あぁ!!?くまが死んだ?バカ言ってるんじゃナッシブル!目の前に生きてるじゃないか!!」
そうドフラミンゴに向かって叫ぶイワンコフ。そして後ろから息を切らしながら走ってきたルフィが無事に合流する。
「イワちゃん!!……!リイムも!ハァ、ハァ」
「ルフィ!!」
「リイム、助かったよ!さっきまでの竜巻、リイムなんだな!やっぱお前すげェや!」
「私はまだまだ……」
ルフィの笑顔につられたようにリイムもフフっと笑みを浮かべるが、一方でイワンコフがくまについてドフラミンゴと言い争っており、ルフィもその存在に気付いた。
「あっ!くまみたいな奴……!!イワちゃんあいつの事知ってんのか!?」
「ちょっとね……!だけど様子が少し変なのよ」
「つい先日だ、政府の科学者“Dr.ベガパンク”の最後の改造によってこいつは
とうとう完全な人間兵器になっちまった……正確には、元バーソロミュー・くま!!」
そんな事があるのだろうか、いや、目の前に居るのだからそうなのだろうとリイムは驚く。政府は一体何を企んでいるのか。
「ただ政府の言いなりに戦うだけの人間兵器!パシフィスタPX-0だ!!」突如くまも動き出した。
「危ねぇぞお前ら!気をつけろ!!」ルフィが叫ぶと同時にくまが攻撃を仕掛けてきた。
やはり知り合いだったらしいイワンコフは、くまに怒り狂ったようでついに反撃を始める。
「ここは引き受けた!ヴァナタ達!麦わらボーイを援護しな!!死神!!ヴァナタも一緒に行くっダブルよ!!」
「ええ、ありがとう!」今は、あんなに嫌いだった死神、と呼ばれる事が少しだけ、嬉しかった。

「早くルフィ!処刑時刻が早まるんでしょう!?」
「そうなんだよ!」
「なら、ちょっと避けて!!」
リイムは斬撃でルフィの道を作ろうと、バンッ!!と思いっきり凍雨を振り下ろす。
「すげぇ!」そうルフィが叫んだが、次の瞬間。ドォン!!と数十メートル先で勢いが消えてしまった。
「…あれは!!」
「さて運命よ…あの次世代の申し子の命、ここまでかあるいは…この黒刀からどう逃がす…!!」
「…先生!!」
「あれは鷹の目!!え!先生!?」
どういう事だ!?とルフィは叫ぶが、「あんな強ぇのと戦ってる場合じゃねぇ!俺はエースを助けに来たんだ!!」とそのまま進んで行った。
「余所見してんじゃねぇぞ裏切り者!!」
「チッ」ルフィの元に駆け寄ろうかと思えば、周囲に多数の海兵達が集まっていた。
「さっきまでの海兵よりは申し訳程度に強そうね」
「何だと!!」
そうこうしている間にも、ルフィと先生が、というかルフィが一方的にやられている。
「早くルフィの所にっ…」どうにか周りを一掃した所で改めて走り出す。
その時、ミホークの一振りで氷のオブジェと化していた津波が真っ二つに斬れたのが見えた。
「…!!」ごくりと息を呑む。さすが先生、今ルフィとの間に私が入っても果たして意味があるのかどうか。
そんな事が頭を過ぎったのだが、今はルフィをエースの元へ、それが一番だから…
そう思い直していると、おもむろにルフィが道化のバギーを掴んだのが目に入った。
ルフィがそのままバギーを突き出し「“JET身代わり”!!!」と叫べばスパンと斬れたバギー。
そういえば彼はバラバラだかなんだかの実の能力者か、とぷっと笑ってしまう。
「“ゴムゴムの身代わり”!!」さすがにバギーもキレたようで、何か玉を発射したが、跳ね返されてボッカーン!と音を立てて爆発した。
「ありがとうバギー!おめぇの事忘れねぇ!!」「…」
ルフィはミホークを越えたかと思ったが、さすがに逃がすはずもない。刀を構える姿が見えた。
リイムは思いっきりミホークに向かって飛び出し、地面に刀を突き刺し周囲は一瞬爆風で見えなくなる。
「先生!ルフィは行かせるわよ!」
「それがお前の答え、か」
「そうよ!」
「…ならば、久々に相手してやろう」
「!!」
ブンっ!!とミホークが一振りすれば、リイムはジャンプして避け、黒刀の先に降りた。
「乗るなといつも言っているだろう」そう言うとミホークはそのまま刀を振るう。
「私だって、少しは強くなったのよ」刀の先からジャンプして、フワリと凍雨を振り下ろす。
斬撃が雨のように地上に降り注ぐ。ミホークはそれをゆっくりと弾いていく。
「ありゃぁ!鷹の目と死神!あいつ等、上司と部下じゃねぇのか!!」
「なんつー戦いだ!!」



「!船長!リイムが映った!鷹の目だ!」
切り替わったモニターに映る二人をシャチが目ざとく見つける。
「…傷口広げてたら只じゃおかねぇな」ローはふぅとため息をつく。
「あの二人、戦い方似てるな」
「随分と静かな戦いだな、なんか舞踊でも踊ってるみてぇだ」
「まぁ、師弟なら似た動きになるだろうよ」
「え!そうなの!?」
「おそらくな」
そんな事を話しながらリイムを眺めるハートの海賊団だったが、突如シャチが大きく叫ぶ。
「危ない!リイムが斬られるっ!!」傷をかばったような動きをしたその一瞬を見逃さなかったのか、ミホークは容赦なく斬りかかった。
「「うわあああああ!!!!ギャアア!・・・あ??」」ザンッ!!とリイムの左腕が吹き飛んだ瞬間を見たペンギンとシャチは鼻水を垂らして叫ぶ。
しかし、リイムの腕は水滴のようなものが集まり、腕の形の雲となりフワリと体に戻った。
「「え!!斬れてない!斬れたけど斬れてないぃぃぃ!!!??」」
「リイムすごい!」
動揺して二人は素直に感動しているベポをゆさゆさと揺らす。
「わああああ、二人ともストップゥゥ〜〜」
「思った通りだな…」
「え、どういう事!?船長!!」
「リイムはおそらく“ウェザウェザの実”の能力者。あいつ自身使いたがらないせいもあるが、とんでもない能力だろうよ。」
「ほ、ほう…」シャチはそれで、どうして腕が元に戻ったの?と言いたそうな顔でローを見る。
「…まぁ、悪魔の実の能力は鍛え方、使い方次第でどうにでもなる。
あいつ自身がそうなる事だって出来たはずだ。今まで見せなかっただけで」
「うおぉ!!そりゃすげぇ!!」
やっぱりリイムはすごいぞ!と騒ぐクルー達。
「随分とおめでたい奴らだな…」
絶対に傷口開いてるだろう、そう思うローは、あのバカ女、と一人ごちた。

突如、ギィィィン!と刀がぶつかる音が響き、リイムは音の正体を確認すると、ルフィのを追って走って行った。
「!!白ひげ海賊団5番隊隊長、花剣のビスタ」
「お初に、鷹の目のミホーク。俺を知ってんのかい」
「知らんほうがおかしかろう」
「助かったわ、白ひげ海賊団の5番隊隊長…」リイムは、痛み出した傷口を押さえ、立ち塞がる海兵達を斬りながら走る。
歴史を塗りかえる程の頂上決戦が、さらに大きく動く出来事が起きたのはこの後すぐだった。
「あれは…!!パシフィスタ!!何体…いるのよ…」もうめちゃくちゃね、とつぶやきながらも戦場を舞い続けた。
いよいよ大将も動き出したが、ようやくルフィの元に辿り着けばそこには元七武海、ジンベエや白ひげ海賊団の隊長達も居た。
「おお、隊長達に…死神、リイムか、こりゃぁ百人力!」
「海兵達が退いてく今はチャンスだ!一気に突破するぞぉ!!!」
リイムも後に続いたのだが、突然場の空気が変わり、思わず振り向く。それは一瞬の、出来事だった。




未来のゆくえ

「オヤジィーーーーー!!!!」
「…白ひげ!!」
「白ひげが、刺されたぁぁぁぁ!!!」

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