〔20〕

「2年前か……お前が母親の名を名乗り、“スペード海賊団”の船長として卓抜した力と速度でこの海を駆け上がっていった時……我々はようやく気付いたのだ、ロジャーの血が絶えていなかった事に!!」
海賊王の実の息子が生きていたという事実。どよめきがマリンフォードに広がっていく。
「だが、我々と時を同じくしてそれに気づいた“白ひげ”は、お前次の“海賊王”に育て上げるべく、かつてのライバルの息子を自分の船にのせた……!」
「違う!!!おれがオヤジを海賊王にする為にあの船に……」
「……そう思ってるのはお前だけだ。現に我々がウカツに手を出せなくなった。お前は、白ひげに守られていたんだ!!」
「……!!」

そうエースに告げるセンゴク。そして絶句するエースを、リイムはただ見つめていた。こんな場に、自身がいる意味を考えながら。
「放置すれば、必ず海賊次世代の頂点に立つ資質を発揮し始める!だからこそ今日ここでお前の首を取る事には大きな意味がある!!たとえ、白ひげとの全面戦争になろうともだ!!!」
……血縁とはまるで呪いのようだとリイムは凍雨をきつく握りしめる。海賊王の血を継いでいたから?確かにそれは驚くべき事実。だけど……リイムはゆっくりと視線を目の前に戻す。
……“火拳のエース”として、白ひげ海賊団の2番隊隊長として、白ひげを海賊王にする為に生きてきた彼の思いは、意思は関係ないと言うのだろうか。それでこんな大戦争を起こそうというのか。
「……そんなの、勝手過ぎるわ」
「……」
唇を噛み締めながらリイムが吐いた言葉を、ミホークはそのまま聞き流した。



「来たぞー!!!全員戦闘態勢!!!」
「突如現れたぞ、一体どこから……!」
海軍がざわつくのも無理もなく、海賊船の大艦隊……新世界に名の轟く船長達、総勢43隻の白ひげの傘下の海賊団が現れたのだ。
「……!」
彼を助けるために、こんなに大勢の海賊が……目の前の光景にリイムはごくりと息を呑む。
すると突如、ゴボゴボとと水の音が聞こえ、徐々に大きくなるその音とともに湾内の海底に大きな影が見る。
「そうかあいつら全船……!!コーティング船で海底を進んでたのか!!」
ザパァァァン!!と大きな音を立てて、モビーディック号と3隻の白ひげ海賊団の船が浮上する。モビーディック号に続き、3隻の白ひげ海賊団と共に、14人の隊長が姿を見せる。
カツンカツンと足音を立てて姿を現した白ひげ。しっかりと目視出来る距離……その姿にリイムも思わず身震いした。
「おれの愛する息子は無事なんだろうな……!!ちょっと待ってな……エース!!!」
「オヤジィ!!!」
エースの悲痛な声がリイムの胸を抉る。すると突然、空気がピンと張り詰めた様な、大気が変わった様な違和感をリイムは感じた。何かが……来る。そう思った次の瞬間。
「!!?」
「何だ!?大気にヒビ!?」
ドォン!!という音を立てて白ひげが振った拳の周りの大気がひび割れ、爆発音と共に、海震と呼ばれたそれはうねりを上げ、水面がとんでもない高さに上昇していく。
ついに目の前で動き出した出来事を、現実として受け入れるには大き過ぎて、リイムはただ目を見開き見つめている事しか出来ずに立ちすくむ。
「……!!オヤジ、みんな……おれはみんなの忠告を無視して飛び出したのに……何で見捨ててくれなかったんだよォ!おれの身勝手でこうなっちまったのに!」

虚勢でもなんでも張っていなければ、立っている事すらままならない。それでも今日、どんな結果になろうともここを超えなければ世界一の大剣豪になる事など出来ない……
私は試されているのだろう。リイムは息を吸い、思い切り吐き出す。

「この海じゃ誰でも知ってるハズだ」
「おれ達の仲間に手を出せば一体どうなるかって事くらいなぁ!」
「お前を傷つけた奴ぁ誰一人生かしちゃおかねぇぞエース!!」
「待ってろ!今助けるぞ!!!」
「覚悟しろ海軍本部ーーーー!!!」

エースの為に叫ぶ白ひげ海賊団達の声がリイムにも響いてくる。するとズズズズズと巨大な地鳴りが聞こえ、リイムの周りの七武海達も辺りを見渡す。
リイムも一体何がと海に目を向ければ、遠くから高い波が押し寄せているのが見えた。
「……つ、津波!?」
「グラグラの実、地震人間だ、あの男は」
ミホークがリイムに向けて静かにそう答える。さっき起こした振動が津波になったのか……リイムは心を落ち着けようと目をつむる。

「勢力で上回ろうが勝ちとタカをくくるなよ!最後を迎えるのは我々かも知れんのだ……あの男は、世界を滅ぼす力を持っているんだ!!」
センゴクの叫ぶ声に全てが動き出した。白ひげ率いる新世界47隻の海賊艦隊、政府の二大勢力、海軍本部と王下七武海。誰が勝ち、誰が敗けても時代が変わる戦が、始まった。



センゴクの声と、迎え撃つ海軍の雄叫びを合図にリイムがパッと目を開く。
「何て力だ……!!!まさに伝説の怪物!!フッフッフッ」
近くでドフラミンゴの声がして、その津波の規模にリイムも同じような思いを抱く。しかしすぐに青キジが迫り来る津波を氷に変える姿が目に入った。白ひげと青キジの衝突の直後、湾内の海水も全て氷へと変わっていった。
凍った事で足場が出来、白ひげ海賊団の隊長達も一斉に船から飛び出した。それに応戦するように海軍サイドからは中将達が先陣を切って出て行く。その姿にリイムはエニエス・ロビーを思い出す。
バスターコールも真っ青……どこからか聞こえてきた声に、リイムも全くその通りだと思いながら自分の立ち居振る舞いを考えていた。

すると、ミホークが一歩踏み出し刀に手をかけた。それに気付いたドフラミンゴが笑みを浮かべながら「何だ、やんのかお前……」とミホークに問いかける。
「……先生?」
この場で先生が行動を起こしたらどうなってしまうのだろうか……リイムもそんなミホークから目を逸らせずにいた。
「推し量るだけだ……近く見えるあの男と我々の本当の距離を……」
そう答えたミホークは刀を振り下ろす。ドンッ!!と放たれた斬撃は、一瞬で白ひげの前まで到達する。
ざわつく湾内。さすが先生だとリイムも息を呑むが、ガキィン!!と音を立てて白ひげの寸前でそれは止まった。
あれは……3番隊隊長のダイヤモンド・ジョズ。あの斬撃を止めるなんて、リイムがそう思っていると間髪入れずに、黄猿の放った光線が白ひげに向かって降り注ぐ。それを止めたのは1番隊隊長、不死鳥マルコ。
「……!!」
リイムはめまぐるしく変わる戦況を把握するのに精一杯だった。
このマリンフォードで起こっている出来る限りをを把握したい、そう思いあちらこちらに意識を集中させていたのだが、あまりにも範囲が広い上に海賊も海軍も多く、脳内で処理が追いつかなかった。
「……情報処理は少し自信があったのに」
「ついに始まってしもうたな」
「そうね」
ハンコックと一瞬会話を交わしたが、リイムは赤犬が動く気配が気になって仕方なかった。その直後、マグマの巨大な塊が降り注ぎ、海軍サイドへと飛んで来ていた氷塊が跡形もなく蒸発した。さらに火山弾が降り注ぎ、マリンフォードはこの世の終わりのような状況へと変わりつつあった。
海軍の巨人部隊も戦場で目立っていたが、その巨人族の常識をも超える巨人が現れる。リトルオーズJr.と呼ばれた事から、かつて国引きオーズの異名を持った巨人の子孫かとリイムはそのサイズに納得する。
しかし、彼のこの大きさでは何かと不利な事も出てくるのでは、そう思うも、リイムはまだ七武海の部下としてその場に立っている事しか出来なかった。



オーズが戦況をかき回し、湾内への突破口を開いた頃。いよいよリイムの近くにまで海賊達が到達していた。
「オーズに気を取られてると攻め落としちまうぞ!!」
海賊の放った銃弾が迫って来ていた。リイムも刀を構えようとするもハンコックの右手がそれを制した。
「リイムはそこにおれ」
そう言うとハンコックは右手を口元に運び、メロメロの実の能力を発動させる。
「虜の矢!!」
ハンコックがハートの矢を放てば、周囲の海賊達が一気に石化する。間髪入れずに矢から逃れていた海賊を蹴り飛ばすと、触れた部分が石化し、砕けていった。
「これが海賊女帝……!」
目の前で見るその姿は確かに美しく強い誇り高き皇帝。しかし、だ。周囲の海兵まで巻き込み石化させていいのだろうか…そうリイムが考えていればハンコックは堂々と言ってのけた。
「白ひげと戦う事は承諾したが……わらわはそなた達の味方になるとは言うておらぬ。男など敵も味方もみな同じじゃ、あの方、以外は」
……あの方、はどう考えてもルフィしか居ないだろう。何があったかは知らないが本当にルフィが好きなんだ。そんな恋を、私もいつかする事があるのだろうか……この戦場においてある種最も不要な感情が一瞬リイムの心に浮かんで消えた。

リイムの意識は再びオーズへ。海軍の格好の的にされてしまっており、くまによる攻撃も響き、大量の血を流していた。
これではエースに到達する前に、死んでしまう……そう思っていると、オーズは標的を七武海に変えたのか、近くのドフラミンゴ目掛けて巨大な折れた刀を振り下ろす。
その一撃をフワリと避けた男は不気味な笑いを響かせながらオーズの脚を切断。さらにはモリアが追い討ちをかけた。
「キシシシ!見ろ、こうやってスマートに殺すんだ!」
そう叫ぶモリアを、リイムは歯を食いしばり見つめる。動かない自分には……何も言う権利がない。
「外海には巨大な男がいるものじゃな」
「……」
「オーズ!!!」
リイムの横でハンコックが呟く。叫ぶエースの声が頭に響く。未だに答えが出ない。いや、出ているのかもしれないけど、動けない。私は、どうしたって海賊で、それに……リイムはギリギリと唇を噛む。

隙を見せたと、白ひげに向かって中将ロンズが攻撃を仕掛ける。しかし巨人族であるロンズを白ひげはひとひねりで叩きのめす。
オーズを踏み越えて進めと叫ぶ白ひげに、より士気を上げた海賊達がリイム達の近くまで迫る中、不気味に笑い続けるドフラミンゴ。
「フッフッフッ、何がおかしいかって!?この!時代の真ん中にいる感じさ……今この場所こそ中立だ!!」
13番隊隊長である水牛アトモスを能力で操り、周りの海賊達と戦わせながらドフラミンゴは続ける。
「海賊が悪?海軍が正義?そんなものはいくらでも塗り替えられて来た!!平和を知らねぇガキ共と、戦争を知らねぇガキ共の価値観は違う!!頂点に立つ者が善悪を塗り替える!今この場所こそ中立だ!!」
この人は唐突に何を言い出すんだとリイムは思うが、言っている事は……理解出来なくもなかった。それが今の世界……ここ、マリンフォードなのだと。
「正義は勝つって!?そりゃあそうだろ!勝者だけが、正義だ!!!」

一気に加速していく戦場。海賊達がどんどん流れ込んで来る。止まらないこの戦で、私は一体どうすれば、リイムがそう思った瞬間。
「おいリイム、お前はいつまでそうやって突っ立ってる気だ?」
突然ドフラミンゴの声と共に、リイムの体は本人の意思と関係なくフワリと宙を舞う。
「……え!?」
「リイム!」
自身が浮いているのだと気付いた時には既に、ハンコックの声も姿も遠かった。
「お前も、“こちら側”の人間だろう!?」
ああ、彼は今の今まで一度も動かない私を、無理矢理戦場に引っ張り出したのか。着地するとすぐ横にドフラミンゴの姿。リイムは深いため息を漏らす。
「今は、そうね」
「灰雪の死神、だろう?こいつらを絶望させてやったらどうだ?」
「私は死神じゃないわ、ただの人間、よ」
「フッフッフッ」
本当にこの男は嫌いだわ、リイムがそう思ったその時。あああああああぁ!!と絶叫する声が複数聞こえてリイムは空を見上げれば、どういう訳か……空から軍艦が降ってきていた。
「え?空から……どういう事!?信じられない!!それにあの声!!」
そしてその軍艦は、丁度氷の解けた地点へ落下した。あまりにも想定外の出来事にマリンフォードの時は一瞬止まる。
「どういう事かしら……あの面子」
「フッフッフッ」
最初から無事に着地した者、どうにか船へとよじ登った者、能力者故ジンベエに助けられた者。その海賊達の姿にリイムは目を疑った。
「エ〜〜〜ス〜〜〜〜!!やっと会えたぁ!!!!」
リイムはもう一度しっかりとその人物達を眺める。一人はどう見てもやはりルフィだが、元ボスであるクロコダイル、七武海ジンベイ、道化のバギー、革命軍のイワンコフと思われる人物、おまけに囚人服を着た過去に名を馳せた海賊達の姿に、リイムの口元はニヤリと歪んでいた。
「あのインペルダウンから……!!」
やっぱりルフィはやってくれた……そう思ってリイムがハンコックの方へと振り返れば、両手で顔を押さえ、モジモジとしていた。ルフィの無事がわかり、顔を赤く染めているのだろう。
「七武海も新旧お揃いで……!!フッフッフッ、アレが噂の大問題ルーキー麦わらか」
横でドフラミンゴがそう言いながら笑う。リイムも、確かにこれで七武海が新旧揃ったなんてとゾッとしたが、今そんな七武海サイドに居るのは自分だと一人ごちる。
「……私も腹を括る時が来たのかもしれないわ」
「フッフッフッ、やる気出たかぁ?」
「あなたの期待には答えられないわよ」
リイムがドフラミンゴから視線を外せば、白ひげとルフィが何か言い合っている姿が目に入る。あの白ひげに張り合うとはいい度胸というか……やっぱりルフィだと思ったが、先程耳にした処刑時刻が早まるという話が気になって仕方がなかった。
「エース!今いくぞ!だあああああああ」
そう叫ぶ声が響き渡り、ついに、ルフィが処刑台目掛けて走り出した。
周りの海賊達もウオオオオオ!と雄叫びを上げながら、処刑台への道を切り開こうとし始める。

「死神!貴様何故ここに居る!」

……誰のものかわからないけれど聞こえた声。確かにさっきまで、私はどうしてここに居るのかと思っていた、けれど。
「来るな!!ルフィ〜〜〜〜!!!」
海兵やモリア、ゾンビ兵達に立ち向かいながら進もうとするルフィに、エースが叫ぶ。
「おれもお前も海賊なんだ、思うままの海へ進んだハズだ!!おれにはおれの冒険がある、おれにはおれの仲間がいる!!お前に立ち入られる筋合いはねェ!!」
エースの言いたい事が分かってしまうけれど、ルフィのしたい事だって分かってしまう……リイムは、今やらなければいつやるのだと、能力を使うために少しずつ集中した。
今までは剣士として世界を制する、そう思っていた。だから出来ても大雑把に台風のような嵐を起こしたり、雪をや雹を降らせたりするぐらいだった。けれど今日、今。それを、越えるために……
「お前みてェな弱虫が!おれを助けに来るなんてそれをおれが許すとでも思ってんのか!?こんな屈辱はねェ!!帰れよルフィ!なぜ来たんだ!!!」
「おれは!弟だ!!!」

エースの言葉にも止まる事のないルフィ。ジンベエがモリアのゾンビ兵を止め、周囲の海賊達がルフィに味方し始める。
「何をしている!たかだかルーキー一人に戦況を左右されるな!その男もまた未来の有害因子!!幼い頃エースと共に育った義兄弟であり、その血筋は、革命家、ドラゴンの実の息子だ!!!」
センゴクが放った一言は、再び世界中に衝撃を与える事になる。
「そう……だったの」
リイムの耳にもセンゴクの声が届く。だが、今はそれよりも出来るだけ集中を切らさずにと、リイムは分厚い積乱雲をルフィの進む先の上空に形成する。大嵐を起こせるのなら、きっと出来るはずだと。
リイムの思惑通りに渦を巻き始めたそれは、みるみる内に形になる。突如湾内に竜巻が起こり、海軍達が次々とはじき飛ばされていく。
「……ありゃァ、竜巻だな」
「随分とピンポイントじゃァないかい?」
「そうだなぁ、誰かさんそっくりだなァ」
その竜巻の正体に気付いた青キジと黄猿。そして突然の竜巻にざわつく湾内の海軍達。
「フッフッフッ!やっと動き出したか!死神!」
随分上手い事やるもんだなと、にんまりと笑みを浮かべるドフラミンゴの表情に、リイムは思わず眉をしかめる。
「別に、私は何もしてないわよ」
「フフッ、その割には随分と顔色が悪いなァ?」
普段やらない事をすると体力がいくらあっても足らない……リイムは出来るだけ集中力を切らさないよう、さらに力を込めていた。そこに、リイムを呼ぶ声が響き渡る。
「あ!!!リイム〜〜〜!!!リイムじゃねぇか!!お前、やっぱり無事だったんだなぁ!!って!なんでここにいるんだぁぁぁぁ!!」
向かってくるルフィがリイムに気付き声をあげる。相変わらずのルフィにリイムは少しだけホッとするも、今は話している場合ではないと刀で処刑台を指す。
「ルフィ!細かい話は後よ!早く進んで!」
勢いを増す竜巻とルフィとの会話に、リイムに対する周囲の認識は一変する。
「やはり!裏切ったな死神!」
「鷹の目!お前の部下ではなかったのか!!」
「そうだ、つい先刻までは、な」
本人が決めたのならば、もう部下である必要はない……ミホークはリイムの姿を見ながら薄っすらと笑みを浮かべた。
「お前らぁ!好きなだけ何とでも言え!!リイム!おれもすぐそっちに行くぞおぉぉ!!おれは死んでも、助けるぞぉぉ!!!!」
「ルフィ……!急いで!!」



センゴクは電伝虫を口元に運ぶ。その話し始めた音声をリイムはぼんやりと認識しながら、ついにこの時が来てしまったのだと、まるで他人事のように聞き続けていた。

「裏切ったとなれば、その女も止めろ!そいつはかつて……海軍の“幸運の女神”、いずれは海軍大将と呼ばれながら我々を裏切り、ロジャー海賊団の船に乗った、あの“最悪の裏切り者”シャイニー、その娘だ!!」



血筋

「やっぱり……そうだったのね。でもそれが、一体何だっていうの」

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