〔19〕

「随分とフリルの多いブラウスね」
「つべこべ言わずに着てろ」
ミホークの秘書として、七武海の招集に同行する事になったリイム。ミホークが海兵に無茶苦茶を言ったお陰で、リイムは血の付いた服から着替える事が出来ていた。
……しかし何といえばいいのだろうか、この鷹の目仕様な雰囲気の服はどこから持ってきたのだろうかとリイムはため息をつく。
「お時間です、お集まり下さい!」
会食の用意が出来たとの海兵の言葉に、リイムも仕方ないとミホークの後を歩いて行った。
「死神の同行の話は、既に各所に通してあります!」
「そうか」
「……」
リイムは帽子をしっかりと被り直して背筋を伸ばす。もうこれは誤魔化す事もできない。ひとまずポーカーフェイスを装い、気配も極限まで消して、他人との無駄な接触は避けようとリイムは心に誓う。

「……この面子で食事などしても旨いはずがない」
ミホークはそう言うと、部屋に入るなりドカッと椅子に座り、足をテーブルに乗せふんぞり返る。
「(うっわぁ……先生機嫌悪い)」
リイムは秘書である自分は脇にでも立っていればいいだろうと思っていたのだが、しっかりと椅子が用意されている事に気付く。周りの空気を気にしながらゆっくりと椅子を引き、テーブルから少し距離を置き腰掛けた。
「死神リイム……鷹の目の秘書とは驚いたな」
私も、驚いているわ……リイムはうっかり口にしそうになりながらも無言のまま、ニコリと引きつりながら笑う。
「おつるさん!コイツは先日の天竜人の事件で麦わらのルフィ、キャプテンキッド、死の外科医ローと共に会場に居たと言われる人物!エニエス・ロビーでは我々の軍に多大な被害を!そんな人物に何故同行の許可など……!」
「色々と話題が尽きない娘だが、本当に鷹の目の部下となれば、今は我々も何かない限り手出しは出来ぬ。それに……戦力が減るのも困るだろう?」
海軍中将、おつるさんことつるが、他の中将達を宥める。ちらちらといくつもの視線を感じるリイムだったがそれは海軍からだけのものではなかった。
ふと顔を上げれば黒ひげ、マーシャル・D・ティーチと視線がぶつかる。ティーチが何とも言えぬ笑みを浮かべたように見えたが、一瞬だったようできっと見間違いだとリイムは自分に言い聞かせる。
それよりも……部屋に入った時から感じていた向かい側の席からの視線が一番鋭く強く、リイムは私が一体何かしただろうかと頭を悩ませる。天夜叉、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。絶対目線を合わせまいと顔を逸らす。
しかし今度はリイムを無人島へと飛ばした張本人、バーソロミュー・くまがひたすら無言で座っている姿が目に入る。こんな場所で話しかける事も出来ず、くまもリイムを一ミリも気にする気配がない。
……ゾロも同じように無事なのか、どうして私をあの島に飛ばしたのだろうか、などと考えながらリイムは中将達の伝える戦闘陣営などを話半分に聞く。
その中将達の話は七武海にもしっかり伝わったとは言い難く、あまり意味を持たないであろう会食はようやく終わりを告げようとしていた。

ようやく解散、となる前にミホークが自らもういいだろう、と席を立った。それに続きリイムも待ってましたと言わんばかりに席を立つ。
「(……助かった!!)」
心の中で安堵しリイムはミホークの後に続く。部屋を出てすぐに、リイムは大きく伸びをしながら口を開いた。
「あぁぁ〜、やっと終わった……生きた心地がしなかったわ」
「お前もそう思う事があるんだな」
「え!先生それってすごく失礼じゃない?」
「にしても、アレとは顔見知りか?」
「アレ?」
前を向いたまま指で後ろを指したミホーク。一体何の事だろうかとリイムが振り向けば、ニヤニヤと笑みを浮かべるドフラミンゴの姿があった。
悪のカリスマと呼ばれる男の纏う空気は常人の物とは一線を画しており、当然のようにいい噂も聞いた事がなくやはり関わりたくない……リイムは首を横に振りながら、むしろ先生に用事があるのでは?と小さく呟く。
「鷹の目、どういう事だァ?こいつは今、ローの女なんだろう?」
「おれの部下だと言っただろう」

ドフラミンゴの言葉にリイムはぴたりと足を止める。ロー事を知っている、知り合いなのだろうかと、リイムは近づいてきたドフラミンゴと向き合う。
「灰雪の死神、リイム。麦わらの一味の手助けをしたかと思えばローとの関係が新聞に載り、天竜人をぶっ飛ばして今度は七武海の召集、噂通り神出鬼没だな」
「どーもはじめまして天夜叉さん、ちなみに天竜人をぶっ飛ばしたのはルフィよ。以後お見知りおきをー」
あんなにも人を不快にさせるような視線を送ってきた上に、前情報も合わせるとリイムの中での印象はとにかく悪い。
出来れば話もしたくなかったがこれはそうもいかないようだ……最低限、棒読みで返したリイムはふいっと視線を外す。そんなリイムを見たドフラミンゴは大きく声を出して笑う。
「フッフッフッフ!!ローの奴、随分と気の強そうな女を選んだな」
まるでローをよく知っているかのような口ぶりに、リイムはこの男とローのできる限りの関係性を考えながらチラリと視線を向ける。
「……」
「顔に出てるぜ?あいつから聞いてないのか?……ローはおれの元部下だ」
そんな話は聞いた事がなかったし、ローの過去を詮索する気もない……どういう経緯で部下になり、部下でなくなったのか……ただリイムに浮かんだのは、私はドフラミンゴとは気が合わないだろうという思いだけだった。リイムはくるりと向きを変える。
「へぇ、そうですか」
「おいおい、随分冷たいんじゃねェか?」
「だって、別に私には関係ないもの」
ローとドフラミンゴとの繋がりがどんなものであろうと今の私には……リイムは、早く行きましょう、とミホークの背中を押す。
そういう話は、本人が話したくなった時に聞けばいい。ローの内に秘めた何か、も……きっといつか話してくれる日が来ると、そう思いながらリイムは歩き出す。
「どういう経緯でここに居るかは知らねェが、楽しませてもらうぞ、リイム」
「……ハァ、勝手にして」
「これ以上おれの秘書に構うな、天夜叉」
「おお、怖いなァ、鷹の目!」
「私、やっぱりああいうタイプ嫌いだわ」
「リイム、本人に聞こえるぞ」
「フッフッフッフッ、心配ない、聞こえている!」
「聞こえるように、言ったんだもの」

ドフラミンゴは歩いて行くリイムの後ろ姿を眺める。これでこの戦争、尚更退屈する事はなさそうだ……そう呟き、にたりと笑みを浮かべた。



「本当に厄介ごとばかりで疲れるわ……そういえば先生、七武海が全員居なかったみたいだけれど」
「ああ」
部屋に戻ったミホークとリイムは、マリンフォードへ移動すべく支度を始めていた。
「海賊女帝、ボア・ハンコックはインペルダウンを経由している」
「インペルダウン?」
何故わざわざ監獄へ行くのだろうかと、彼女は誰かと繋がりがあっただろうかとリイムは考えるが、その間も与えずにミホークは続ける。
「そして海峡のジンベエは、この戦争を止めようと暴れた様だな、インペルダウンに収容された」
「!?」
もはや想像もつかない事態へと向かって全てが突き進んでいるとしか……歯車がぐるぐると回り出して、この世界を震わせる様な、とんでもない出来事が起こるのではとリイムは窓の外へ目を向ける。
「一体、どうなってしまうのかしら」
「それを、その目で見届けるのが、お前が今此処に居合わせているという運命、だ」
「見届ける、だけで済むのかしらね」
「何だ」
「いいえ、なんでも」
それは随分と重い運命だ……リイムは2つだけになってしまった耳元のピアスに触れる。それでも進む以外の道は今のところ見当たらない。リイムとミホークはマリージョアを後にした。



二人がマリンフォードに着き、エースの死刑執行が翌日に迫った頃、エースを助ける為にルフィがインペルダウンに侵入したという話が広まっていた。
警備体制の厳重さは鉄壁と称されており、侵入も脱獄も不可能とされるあのインペルダウン。そこで一騒動起きているのだという。
あのルフィの事だ、きっと何か、とんでもない事をやらかすに違いない。リイムは不思議とそう思っていた。

それからの時間が過ぎるのは早く、ついに死刑当日を迎える。
七武海は黒ひげとジンベエを除き、全員が控え室に集まっており、ミホークの秘書という肩書きのリイムも、勿論その場に居た。
リイムはドフラミンゴのちょっかいをどうにか掻い潜り、これ以上無駄に話さないようにと七武海が集まるソファから少し離れたところに立っていた。

「そこの娘!……おぬしじゃ!こっちへ来るのじゃ!」
突然、離れて窓際に立っていた海賊女帝、ボア・ハンコックがリイムに声をかける。
声をかけられたのが自分だと気付いたリイムは、あちらの集まりよりは精神衛生的に良い可能性があるかもしれないと、僅かな希望を抱いてゆっくりとハンコックに近づいた。
「……ええと、初めまして?海賊女帝、ボア・ハンコック」
「おぬしが、死神リイムじゃな?」
「ええ」
「ル、ルフィの知り合いと言うのは誠か!!?」
「……え、まぁ、一時期ルフィの船に乗せてもらっていたわ、幼馴染が彼の船のクルーなの」
「なんと……!やはりそうじゃったか!!」
リイムは目の前のハンコックに、ドフラミンゴの時とは正反対の感情を抱く。
九蛇海賊団の船長、アマゾン・リリーの皇帝である彼女は傍若無人な態度もその美しさで全て許されると聞く。しかし目の前のハンコックは何故か頬を染めモジモジとしているのだ。
リイムは想像していたハンコックとのギャップに困惑しながらも、ルフィとの繋がりに何かあるのかと聞いてみる事にした。
「それが、何か……?」
「……わらわは、ルフィを匿ってインペルダウンまで送ったのじゃが、もう心配で心配で!」
「えっ!?」
衝撃の事実。ハンコックがインペルダウン経由だったのはそういう事か、とリイムは納得する。
あの海賊女帝がルフィの手助けをしたという事に驚いたが、それよりもルフィの話をする時のこの顔、表情は、まさに恋した乙女の顔だ。
「先程、海兵が噂をしておってな!ルフィの手助けをした事があると言うではないか、色々話を聞きたいと思うてな」
「は、はぁ……」
「それに、誰かと話しておらぬと、気が紛れぬ!一人でおるとルフィが心配で仕方ないのじゃ!」
「フフ、なんだか海賊女帝が身近に感じられるわ、ルフィに恋してるのね」
「こっ、恋だなんてそうはっきり言われるとわらわ、どうしていいのやら……」
顔を両手で隠しながら身をよじるハンコックは、随分と可愛らしい……リイムはその姿に思わず見とれる。
「ハッ、危ない、私までメロメロになるところだったわ!」
「お、おぬしにも、おるのだろう!け、け、結婚した男が!!」
「えっ?」
「海兵が話しておったぞ、死の外科医とやらとおぬしが付き合っておると……!」
ハンコックは女性しかいない島、女ヶ島アマゾン・リリーの皇帝。もしかして恋愛感覚が少しズレているのだろうか……リイムは笑みを浮かべながらハンコックの問いに答える。
「結婚はしてないわよ」
「なんと」
「お付き合いと結婚はまた別、なのよ」
まさかこんな所で、七武海の海賊女帝と恋話をするとは思っていなかったリイム。
食べ物は何が好きなのか、ルフィの船に女は居るのか、普段は何をしてるのか、など……顔を真っ赤にしながらルフィの情報を聞き出そうとする姿は、もう七武海や皇帝というものではなく、ただ大好きな人の話をする一人の女性、なのであった。

そうこうしているうちに、処刑の3時間前だと告げに海兵が姿を現した。リイムはついにその時が来てしまったのかと、現実に引き戻された感覚にため息をつく。
「……リイム、わらわ達もそろそろのようじゃ」
「そうみたいね」
指示された場所へ向かうようにとの通達に、リイムは気を引き締めるように頬を両手でパチンと叩いた。



「船長、火拳のエースが映りましたよ!」
「あぁ……」
シャボンディ諸島のモニターが設置された広場には、マリンフォードからの避難住人に加え報道陣や記者達も集まっており、沢山の人でごった返していた。
「ありゃ〜、なんつう海軍の数だ……白ひげとやり合う気満々か」
「こりゃえげつないな」
ハートの海賊団も勿論、一部の見張りを船に残し、この歴史的事件を見る為にモニターの見える場所に集まっていた。
「!わぁ!キャプテン、あれって七武海?」
ベポがモニターに映る横一線に並んだ七武海を指差してすごいねー、言った、次の瞬間。

「「っブーーーーーーーーーッッ!!」」

ペンギンとシャチは衝撃映像に目玉が飛び出し、思わず口にしていた飲み物を勢い良くベポに向けて吐き出した。
「うわ、びしょびしょだよ!!」
「いやいやいや!今!!七武海の並び!おかしかったでしょ!」
「キャプテン!見た今の!!?あの後ろ姿!モコモコのしっぽ付いた帽子!」
「……」
ローは驚きを通り越して、口が開いてしまう。確かに帽子と後ろ髪を束ねた姿はリイムだ……やはり生きていた。ローは食い入るようにモニターを見つめる。
「ほら!さすがに中継の電伝虫もおかしいって気付いたよな、ちょーっとだけズームしてる!」
ハンコックとミホークの間に見えた後ろ姿をペンギン達は見逃さなかった。そしてそれが確実にリイムであると、誰もが確信する。
すぐに、ミホークが後ろ姿の人物の首根っこをつかんで引っ張ると正面を向かせた。そこには中継で映していいのか怪しい、酷く不機嫌なリイムの顔が映し出された。
「うわ、ひどい顔!やっぱりどう見てもすごい面倒な時の顔してるリイム!!なんであんな所に!?」
「うおおお!我らがハートの海賊団の副船長!折角のお顔を台無しにするあの面倒そうな顔!!」
「フッ、ありゃ間違えようがない。リイムだな。だがシャチ、いつの間に……あいつが副船長に、なったんだ」
「だって、帰ってきたら正式なクルーになるんでしょ!他にある?副船長以外に!!」
シャチは、他にないでしょ?と言わんばかりのテンションでローに問い掛けた。
「ハハッ、まぁ……そうだな」
「でしょでしょ!」
そう簡単に死なないとは思っていたが、まさかこれから動こうとしている歴史のど真ん中に居るとは……
シャチの反応もあってローは歪んだ口元を隠すように手で押さえながら様子を眺める。
ズームアウトされてからもちょこちょこと小さく映っていたやり取りの様子から、鷹の目とはおそらく師弟関係だろうか、とローは考えた。
賞金首の海賊のはずなのに、七武海と並んで海軍側に立っている姿など一体誰が予想出来ただろうか。
想像の遥か上を行ったリイムに、ローの笑いは止まらなくなる。
「クッ……」
「どしたのキャプテン!そんなに笑って」
「いや、うちの副船長は随分、フッ……ぶっ飛んだ女だと……思ってな」
シャチに突っ込まれるも、ペンギンが少しだけ冷静だった事にローも落ち着きを取り戻す。
「それにしても、リイムが七武海サイドに居るって事は、まさか白ひげ達と!?」
「そうだな……あいつの事だ、状況によるだろうな。それにあの顔だ、どういう訳か巻き込まれて仕方なくあそこに居るんだろうよ」
「何がどうなったら七武海に巻き込まれるんだろうね」
でもそんな所もさすがリイムって感じ?と、シャチがひとり頷いている横で、ローは七武海のある男に視線を向ける。
「……鷹の目だけならいいんだが」
「何か言いました?船長」
「いや」
何も接触がなければいいのだが、と、それだけはローの心に引っかかった。

「……それにしてもお前ら、リイムが本当に七武海側ついて、おれらん所に戻らねェ線は考えねぇのか?」
あれだけの別れ方をした上に、出来上がったピアス。それに誰かに従う気など更々なさそうな性格。それらを知っているから、ローはリイムが戻ってくると思っていた。
だが、この状況ではもしかしたら……普通なら戻らないかもしれないと、そう思うのではと問い掛けた疑問。だがすぐにいくつもの同じ返事が聞こえた。
「「ないない!」」
「フッ、随分信用してんな」
こいつらは何を持ってそう信じているのか、ローは少しだけ気になってペンギン達に理由を聞けば、それもすぐに返ってくる。
「だって、リイムだもんな」
「そういう事!キャプテンもでしょ!?」
「あぁ……」
「おれ、リイムの事信頼してるよ!」
ローはもしかすると、リイムの本質をこいつらの方がよく分かっているのかも、しれない。そう思い笑みを浮かべた。



直後、急にマリンフォードがざわめき出す。電伝虫を手に処刑台へと向かい、ぽつりぽつりと話し始めた海軍元帥、センゴク。シャボンディのモニターにもその姿が映る。
一体何事なのかと、全ての者が固唾を呑んで見守る。それは、エースが死ぬ事の持つ意味、エースの出生についてだった。

「エース!お前の父親は、“海賊王”ゴールド・ロジャーだ!!!」

響き渡ったセンゴクのその言葉は、全世界に衝撃を与えた。

「え……海賊王の……」
「ルフィの……実の兄ではなかったのか」
リイムとハンコックは一度顔を見合わせた後、エースのいる死刑台を見上げた。



継ぐ者たち

「せ、船長っ……!!」
「……火拳のエースがあの、海賊王の息子ぉ!?」
「伝説の血は、生きていたのか」

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