〔16〕

一連の騒ぎは会場内から外へ。先程のキッドの一言で、ローとルフィーは仲間そっちのけで外へと出て行ってしまう。その後を追いリイムとハートの海賊団、そして麦わらの一味も歩いて行く。
「海軍、どのくらい来てるのかしら……」
「いくらこようと、おれらの敵じゃないな!」
「ひとまず雑魚なら手早く済むしいいのだけれど」
天竜人に手をかければ大将と軍艦が……今はとにかく大将とだけは会いたくない。気付けば頭も重く感じ、本当に熱があるような気さえ……リイムはシャチと会話をしながらも、何も起こりませんようにと愛刀、凍雨の柄を力強く握り締めた。

「あーあー、暴れちゃって」
会場の外は、ボソリと呟いたシャチの言う通りの状況だった。リイムが辺りを見渡せば、既に瓦礫と人の山が出来上がっていた。
「准将殿!何やら騒がしいですが全員出てきた模様です!」
「逃げる気だ、ナメられるな小僧共に!!」
ルフィ、ロー、キッドによる傍若無人な振る舞いに海軍は総攻撃を仕掛ける。それに横のほうから素早くキッドの一味、キラーが飛び出し、キッドの目の前の海兵を切り倒した。
ローとルフィとキッドはそんな海軍をよそに何かを話しているようだが、リイムの位置からはまだよく聞こえない。それでも何となく雰囲気を察知したリイムはすぐさまベポに向かって「私達も行きましょう」と声をかければ「アイアイ!」と歯切れのよい返事がした。
そしてリイムとベポがローへと近づけば、ローは何を思ったのかくるりと海軍に背を向け声を上げる。
「ベポ!」
そのローの声はベポに届く。「アイアイキャプテン!」と叫ぶと同時に見た目からは想像できない身軽さで、ローへと向かってきていた海軍にベポは飛び蹴りを食らわせた。
「あら、ベポかっこいいわね」
「ほんと!?アイアイアイアイ〜〜!!」
リイムの言葉に気をよくしたのかベポの勢いは増し、どんどんと海軍を蹴散らしてゆく。そしてリイムもその姿をにっこりと笑みを浮かべながら頼もしく眺める。
「ぐほ……!なんだこのクマ!」
「アイ〜〜ィ!」
続々と攻撃を仕掛けてくる海軍を無視し、背を向けたまま会場の方へと歩いて行くローの姿を捉えたリイムは思わず声をかけた。
「……トラファルガー、忘れ物でも?」
「いや」
「リイム、まだ来るよ!海兵〜!!」
「あぁもう、うっとうしいわね、ベポ、ちょっと伏せて?」
忘れ物でもないのに一体何が……リイムがそう思っていれば、続々と押し寄せる海軍に焦りを見せたベポの声。リイムは再びベポの方へと体を向け、静かに刀を抜き払った。
「えっ!?」
「雷鳴……」
その流れるような静かな動きから海兵達ほんの一瞬動きを止める。しかしすぐに凄まじい音と共に、衝撃波が彼らを襲った。
「うわぁ!リイム、カッコイイ!」
ベポは惚れ惚れとした顔でリイムを見つめる。その視線を感じながらリイムは刀を鞘へとゆっくり戻す。そして淡々としたその一連の動きを見ていた海兵達は一気にどよめき始めた。

「フフ……さすが死神、だな」
「トラファルガーは一体何してるのよ、用があるなら早く」
「あァ」
騒ぐ海兵をよそにリイムはローの背を追いながら呟く。そんな呟きにローは二つ返事で目的と思われる場所で立ち止まった。
そこにいるのは天竜人の奴隷として首輪をつけられている人物。どうするのだろうかとリイムが見守っていると、ローは能力を使いその人物の首輪をはずした。
「おれと来るか?海賊キャプテンジャンバール」
「そう呼ばれるのは久しぶりだ」
「……あら、そういう事なのね」
「天竜人から開放されるなら喜んでお前の部下になろう!」
「フフ……半分は、麦わら屋に感謝しな……!!」
ゆっくりと立ち上がったジャンバールは迫ってきた海兵を殴り飛ばす。そのやり取りをリイムはなんとなく不思議な気持ちで眺めていた。
「ウフフ」
「おいフランジパニ、何笑ってんだ」
「笑いたい時だから笑っただけよ、トラファルガー」

……この人のこういう所、嫌いじゃない。出会う前に持っていたイメージは、いい意味で覆されていく。それが少しだけ心地良く感じる気がする。リイムはそう思いながら小さく笑った。

「さあ、さっさと船に戻りましょうか」
「お前が言うな、船長はおれだ」
「アイアイ、トラファルガー」
「だから、てめェが言うと腹が立つんだよ!」
「ほーんと、可愛気がないわね」
「可愛気なんてあってたまるかよ」
「ギャップって必要よ?」
「そんなもんいらねェ!!」
「……あの二人、いつもああなのか?」
いつも通りの言い合いをしながら前を進んで行くローとリイムの姿に、ジャンバールは共に最後尾を走るベポに問い掛ける。ベポもそんな相変わらずな二人の背を眺めながらニッコリと笑みを浮かべ答えを返した。
「ケンカするほど仲がいい、ってよくみんなで言ってるよ〜……!ハッ!そうだ、お前新入りだからオレの下ね!」
「奴隷でなきゃ何でもいい……」
そんな会話をしながらも、追ってくる海軍を断つためにジャンバールは渡り終えた橋を壊し進んで行く。そうして船を目指し走っていた所で、急に先頭を走っていたシャチが足を止めた。
「キャプテン!アレ!!」
「……!」
「ユースタス屋と……あれは」
「バーソロミュー・くまじゃないの!?」
「何で、七武海がこんな所に!」
立ち止まったロー達の目の前にはキッドの後ろ姿と、煙から徐々にその実態を表した七武海の姿があった。

「ドラファルガー・ロー……!!」
「おれの名を知ってんのか……!」
バーソロミュー・くまが口を開きローの名を呼んだかと思えば、すぐさま突然口から光線を発射した。それを素早く避けたローとリイムは体勢を整え刀を構え、ローを心配するベポとジャンバールが声を上げる。
「キャプテン!!」
「ここは海軍本部とマリージョアのすぐそば。誰が現れてもおかしくはない……!!」
リイムが、確かに誰が現れてもおかしくはない場所だが七武海まで来るなんて……と、少しだけ顔を歪めていると、ペンギンとシャチの「後ろから海兵が来るぞ!」と叫ぶ声が辺りに響いた。

「手当たり次第かコイツ!トラファルガー、てめェ邪魔だぞ」
「消されたいのか、命令するなと言った筈だ……今日は思わぬ大物に出くわす日だ」
バーソロミュー・くまに対峙するローとキッドの間にリイムは割って入る。言い合いなどしている場合ではないかもしれない、そう思いながら小さくため息混じりに呟いた。
「こんな状況で大将になんて会いたくないものね」
「フランジパニ・リイム……!」
「あら、私も有名になったものね、とにかく」
認識されたのか名前を呼ばれたリイムも抜刀の構えを取り、ローとキッドとほぼ同時に声を上げた。
「そこを通してもらうわ!バーソロミュー・くま!!」
七武海を目の前に思わず勢いで割って入ったリイムだったが、よくよく考えれば横には二度と会いたくなかったキッドが居る状況だという事に、視線はくまに向けたまま大きく息を吐き出すと頭を抱えた。
「本当に頭痛がひどくなるわ」
「……よォリイム、おれのところに来る気になったか?」
「死んでもないって言ったでしょ」
「おい……ユースタス屋、てめェを先に消すぞ」

一触即発といった雰囲気が漂う三人を後ろから眺めるシャチは、こそっとペンギンに耳打ちする。
「……なァペンギン、なんかあそこもしかしなくても三角関係ってやつ?」
「あァ……そんな気配しかしないな。目の前に七武海いるのによくやるよ船長ったら」
ペンギンとシャチは後ろに海兵が迫ってくるのにも関わらず、こうしていつものようにその光景を眺めていた。



「ハァ、ハァ……」
「リイム、大丈夫〜?」
「ちょっと息切れしただけよ、大丈夫」
目の前には、煙を上げて倒れているバーソロミュー・くまの姿をした機械。一度はキッドが倒したように思われたが、再び動き出しすぐにローがとどめを刺した。
熱のせいか少し息を切らすリイムに、ベポも心配そうに寄り添う。
ローはただただビームを放つだけの戦法に途中から違和感を感じており、キッドに、これが本当に七武海だと思うかどうか問いかけた。
「……どういう事だ?」
そんなやり取りに、リイムはふと以前耳にした話を思い出した。
「私も少しおかしいと思ったのよね。確か、バーソロミュー・くまの手には肉球があると聞いた事があるから。これは海軍の開発してるサイボーグ……人間兵器じゃないかしら」
「そんなもんがあんのか」
「噂だと思ってたけど、本当だったみたい」
「おいリイム、随分物知りじゃねぇか」
「話しかけないでもらえるかしら」
自然に声をかけてくるキッドに、リイムはあくまでも関わりたくないとあからさまに態度に出すのだが、当の本人は全く気にしていないようでキッドはボソッと呟く。
「そういう所がたまんねェな」
「……!?何言ってんのよ」
「そのまんまだよ」
そのままとは、この適当な対応が良いのだろうかとリイムは一瞬困惑する。しかしすぐに放たれたローの一言に、リイムの怒りスイッチが入る事になる。
「ユースタス屋、こんなのがいいとか、頭イカレてんな」
「は……?お前に言われたくねェよ、リイムの男だろうが」
「……そうだが、一つ言うとしたらこいつがおれの女なんだ」
その会話にカチンときたリイム。一気に頭に血が上り、声を張り上げローのパーカーのフードを掴んだ。
「ちょっと、黙って聞いてれば!まるで私が変な女でしかも所有物みたいな言い方!」
「事実そうだろうが」
「いつ、誰があなたの所有物になったのよ、むしろあなたが私の男なのよ、船の運命は私次第なのをお忘れなく」
「やれるもんならやってみろよ、賭けはてめェの負けだぞ」
「……チッ、今は二人とも2億だけど、私が先に賞金アップして、あんたを下僕にしてやるわ!!」
「おれもそう思ってた所だ、てめェが下ならとっくに下婢にでもしてるが」
「なら勝負よ!先に賞金がアップした方が勝ちよ!」
もはやお約束の言い合いに少し後ろから見守るハートの一味は、リイムが舌打ちするなんてよっぽどだと慌てふためいている。

「おい、キラー」
「なんだ、キッド」
「……こういうもんなのか?」
キラーの頭には一瞬ハテナが浮かぶ。こういうもん、というのは何を指しているのだろうかと。
しかし目の前の光景にキッドが何を聞きたいのかがなんとなく分かったキラーは、たぶん、と言葉を返す。
「……恋人である前に、こいつら賞金首の海賊だ。案外こんなもんかもしれないな」
「そうか……ちょっと想像してたのと違ったな、おい、リイム」
「何!!?」
キッドが呼んだのはリイムだったにも関わらず、同じように鋭い視線を向けたロー。二人で一斉に振り向いたその姿、形相にキッドも思わず言葉を濁した。
「っ……わかった、お前らが仲いいのは分かった、今日は諦めるが」
「良くない!」
「いい訳があるか!」
「……次に、新世界で会った時には、容赦なく掻っ攫うからな」
「やれるもんならやってみなさいよ」
「言ったな」
「挑発してどうするんだお前」
「………それにしても、今日は何なのかしらね、アレ」
落ち着いたかと思いきや、好からぬ気配を感じたリイムが指差した先。そこには先程倒したバーソロミュー型ロボ・パシフィスタがまた1体、現れたのである。

「こりゃァどういう事だ、一体」
「パシフィスタは、1体だけじゃない、って事ね」
深いため息をすると、ズキンと脈を打つような痛みがリイムを襲う。先程までより頭の痛みが増してきていた。
「本当に何なのかしら、いい加減にして欲し……!?」
これでは力を発揮できない……リイムが頭に手を当てたその時、カシャンと小さな音がした。
そしてすぐに耳の違和感に気付いたリイムは小さくえっ、と声を上げた。
「また来るぞ……おい、フランジパニ!何してんだ!!」
左耳を押さえてしゃがみ込んだリイムを見たローは熱でも上がったかと一瞬心配するも、地面に手をつき草をかき分け始めたその姿に思わず眉をひそめる。
「……ないわ、落ちたのよ、今」
「は?」
「ないの!ピアスが、1個……」
「わあああ!リイム!ビームくるよ!避けて!」
「あったわ!!」
焦るベポが叫んだ瞬間、リイムは間一髪の所でピアスを拾い、ビームを避けて転がり受身を取る。
会場を出てから胸騒ぎがしていたような気はしたのだが、ついにピアスまで落ちるとは……リイムは拾い上げたピアスを握り締めるも、どうしようもない不安が胸を襲った。
―――ゾロ。リイムの脳裏を過ぎったのは幼馴染の、ライバルの姿だった。
「ねぇトラファルガー!」
「拾ったんなら早くこっちに来い!」
「……私が居なくても、もう1体のパシフィスタどうにかできるでしょ?」
「ああ、だが」
「先にみんなと船に戻ってて!私ちょっと行ってくるから、でもすぐに戻るわ!」
「は?てめェ何言ってんだ!」
ローがそう叫ぶも、パシフィスタから放たれるビームに会話を遮られてしまう。攻撃を避けもう一度その場を見るもそこにリイムの姿はなかった。
「あいつ……!」



「ゾロ、無事でいて……っ!!」
どこに向かえばいいかも分からないまま、リイムはひたすらに走る。この胸騒ぎが杞憂であるようにと、お願い、お願い、お願い!!と願いながら。
そうしてザッと開けた場所に出たかと思えば、リイムの目の前には目を塞ぎたくなるような光景が広がっていた。
「……あれは!!海軍大将、黄猿…っ」
夢を見てると思いたかった、だが周りから聞こえるルフィたちの悲痛な叫びが、リイムの思いを否定する。
ゾロが地面に倒れていて今まさに、そこへと黄猿の足を振り下ろされようとしていた。
「させないっ!!黄猿ゥゥゥ!!!」
ガキィィィン!!!!!という音と光が辺りに広がる。リイムが刀で攻撃を受けた事によって角度の変わったビームは遠くの木々に当たり、辺りには大きな爆発音が響いた。
「リイム!!」
「……どうしてリイムが、ここに?」
「リイム〜〜〜!助かった、ゾロが助かったぞ!!!!」
ルフィ達の声も耳に届かないまま、リイムは刀で黄猿の足を抑えるも少しずつ、じりじりと黄猿に力で押されていく。
「さすがに、私の今の力じゃ……抑えるのも厳しいわね」
「おぉ〜、少しは使える、のかい……怖いねェ〜フランジパニ・リイム」
「ウソォ〜プ!今のうちにゾロを連れて逃げろおおおおお!!」
リイムがわずかに黄猿の動きを止めていると、ルフィの決死の叫びと同時に一味はそれぞれバラバラに走り始めた。
その気配を感じ取ったリイムはどうにか歯を食いしばりもう少し、もう少しだけだからと自身に言い聞かせる。
「死神リイム、あっちふらふら、こっちふらふら、今度はここかい?」
「私がっ、どこに居ようと勝手……でしょっ」
「そーだなァ、だが」
天叢雲剣、そうつぶやくと黄猿の手には光る剣が現れる。それを視界に捉えたリイムはいよいよピンチかもしれないと、凍雨を握る手にありったけの力を込めた。
「っく、そったれええええ!!!界雷っ!!!」
思い切り刀を振り払ったが、手に力がうまく入らず黄猿の攻撃も受け止めきれずに、刀がリイムの手からはじき飛ばされる。
「ハァ、ハァ……クソッ!」
「おやぁ〜?随分とキツそうじゃぁないか、ケガでもしてんのかい?」
「……」
傷口が痛み出した事で、忘れたまま思いっきり動いてしまったのだという事をリイムは自覚する。傷口に触れてみれば、薄っすらと手に血が付いた。
「ちょっと忘れてたのよ……最悪」
「じゃぁ、ついでに死んだら楽になるよぉお〜」
黄猿の足が光りだす。今度こそ、本当にまずい、避けられない。そう息を飲んだ瞬間だった。ルフィの大きな声がリイムの耳に届いた。
「おっさァああああああん!!!!」
そして受けるはずだった痛みを感じずに不思議に思うリイムの目の前には、いつの間にかあの冥王レイリーがいたのだ。
「若い芽をつむんじゃない、これから始まるのだよ!彼らの時代は!!」
「レイリー、さん……」
「また会ったな娘さん、だが、無理は禁物だ」
「……はい゛っ!!」
今の私では、勝てない。リイムは出かけた涙と鼻水を拭うと凍雨を拾い、ゾロの方へと走り出した。
「全員、逃げることだけを考えろ!!!今のおれたちじゃあ、こいつらに勝てねぇ!!」
ルフィがそう、叫ぶ声がリイムの脳内に鐘のように響いた。

……トラファルガー、私、ゾロを無事に逃がしたら、戻るから。戻りたいから。だからそれまで少しだけ、私の事を待っていてくれますか?



ゆずれない、願い

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