〔15〕

「いたいた、ベポのおかげで分かりやすいわね」
「わ!リイム〜!随分ゆっくり来たんだね」
「あら……そうかしら?」
1番グローブ、オークション会場。リイムはようやくロー達と合流し、静かにローの隣に腰を下ろす。
「てめェ……随分派手に入って来たな」
「?」
「まァいい、それより」
ローは何を思ったか隣に座ったリイムの頭をぐっと掴むと、自分の方へ向けた。
「ん、何よトラファルガー!」
急に掴まれたリイムは思わず声を上げるも、それを無視してローはその少しだけイラついたようなリイムの顔を覗き込む。
「言わんこっちゃない!キャプテン怒ってる!」
「いやいや、こんなところで何する気ですか船長!やっぱこの人、人前で……!!」
徐々に近づく二人の顔と顔にペンギンはこのままキスする気だー!!と手で顔を覆う……が。すぐにこつん、と何かかがぶつかったような鈍い音がする。それはリイムとローの額が思い切り当たった、音だった。
「「!!??」」
「……熱出てるだろう、お前」
「え?嘘、」
「うわぁぁぁ!おれ、キスすんのかと思ったじゃん!!」
「角度によっちゃしてる!してるよぉぉぉ!!」
この胸のドキドキを、一体どうしてくれるんだァ!!と、ペンギンとシャチはと大騒ぎし、ベポは何してるの?と眺めてている。しかし周りではオークションにより、それよりも大きな歓声が上がっていた。
ここで起こっている小さな出来事に気付いたものは……居なかったと言ってもいい、いや、一人だけ居た。
ローはリイムの額に自分の額をぶつけたせいでずれた帽子を被り直しながら、何事もなかったかのように元の姿勢に座り直す。
「そうね、だるいかと言われたら……そうかもしれないわ」
なるほど……熱、だったのね。そういえば何となくふわっとした感じがするような……リイムは改めて自分の額を触る。しかし船を出た時にはそんな事もなかったし、やはり気のせいでは、そう小さく呟く。
「医者のおれが言ってんだ、間違いねェ」
「なら、そうなのね。ケガのせいかしら……」
「うわぁーこの人達、本当に平常運行だ……」
「さすがおれが付いて行くと決めた二人だ」
こんなおれ達を無視してマイペース、いや、ゴーイングマイウェイ過ぎて誰もついて行けないし突っ込めない……ペンギンとシャチはうんうん、と一連のやり取りを見ながら大きく頷いた。

「チッ、トラファルガー・ロー……わざわざ見せ付けてくれるぜ」
「何がです?キッドの頭」
「いや、こっちの話だ」

ローはそんなキッドの視線に気付いた、と言うよりは見える位置だという事をわかっていた。一瞬だけニヤリ、とキッドの方へ振り向いて笑うと、そのままリイムの肩に腕をかけた。
「肩が凝るわ、トラファルガー」
「うるせェ、丁度いい高さなんだよ」
「あらそう、じゃあ私も」
リイムもそれならばと、体を傾けぽすっとローに寄りかかる。
「ちょっと昼寝するのにいいわね」
「……おれの予想通りだ……人前では思いっきりイチャイチャする気だ!!」
「ペンギン、うるさいわよ」
「うるせェ」
「はい、すんません……」
オークションを横目にいつものようにワイワイとしていたリイム達だったが、人魚が商品として紹介されてすぐ、会場の空気は一変する。

「5億で買うえ〜〜〜〜〜!!!5億ベリーィ〜〜〜〜!!!」

会場に下品で大きな声が響き渡ったかと思えば、しーんと静まり返りリイムは周囲を見渡す。人魚は一瞬で天竜人に落札されたようで、ナミ達は彼女を取り戻す為にここに居たのだろう確信する。
「そういう……事、ね」
「あ?」
そう1人で納得しているリイムに、ローが一体何がかと問いかけようとした瞬間。
「あああああああああああああ!!!ぎゃあああああ〜〜〜!!!」
「……あら、この声」
どかーーーーーん!という爆音と共に、リイムにも聞き覚えのある声、ルフィの叫ぶ声が一体に響き渡った。

「ケイミィ〜〜〜〜!探したぞおおおお〜!」
「ちょっと待て!麦わら!何するつもりだ!!!」
ケイミーを助けに行こうとすルフィと、それを止めようとする魚人、ハチが出てきた事で会場は騒然となる。
「あらあら……これは、大変ね」
そう言いながらニコニコとローの腕の中に納まったままのリイム、そしてローも身動きする事もなく、面白くなりそうだなと呟くと、その渦中にいるルフィ達を眺めていた。

ハチが暴走寸前の今にも天竜人に手を出そうとしているルフィを止めに入った。しかしその行動で周囲に魚人であると認識されてしまう。リイムはこのままではと、そう思った瞬間、ドン!ドォン!と銃声が響く。
「ハチ!!」
天竜人が放った銃弾がハチに当たり、血を流し倒れ込んだ。ナミの悲痛な声が聞こえる。そこからは、まるでコマ送りの映画でも見ているようにリイムは感じていた。……ルフィは、天竜人を殴り飛ばしたのだった。



会場の人々は口を大きく開け、驚きで一瞬時が止まったようだったが、隣でローが笑みを浮かべた事に、リイムもクスっと笑った。
「殴っちゃったわね、ルフィ」
「噂通りのとんでも屋だな」
「……私も、随分振り回されたもの」
「お前が振り回されるんじゃ相当だな」
「どういうことよ」
「そういう事だ、じゃじゃ馬娘」
「だから、その言い方やめてよね」
「おとなしくおれに従うなら、やめてやってもいいが」
「誰が!」
リイムは眉間にしわを寄せながらブーツの踵でローの足をぐりぐりと踏む。それをペンギン達ははらはらと見守る。何故この二人はこの一大事……海軍大将が軍艦を引き連れて来るというのに、こんなにも平常運行なのだろうか。と。
「そういう所が!じゃじゃ馬だと言ってるんだ、それに」
ローは足を踏まれながらも対抗するようにリイムの頬をしっかりと掴む。
「そんなにイライラしてると折角の顔が台無しだぞ」
「ハッ、年中眉間にしわ寄せてクマ作ってる顔だけの残念な外科医に言われたくないわね」
お互いに蹴ったりつねったりを繰り返し、無駄美人だのクソ男前野郎だの言い合うリイムとロー。ペンギンとシャチは思わず顔を見合わせる。
「……おいシャチ」
「なんだよペンギン、まぁ何を言いたいかはわかるつもりだけど」
「この二人、こんな時にも」
「あァ……ただ褒め合ってるようにしか聞こえないね」
「そうなんだよ、お互いにそういう認識の……筈なのにさ」
「仕方ないな、キャプテンとリイムだもん」
会場の混乱をも無視して言い合いを続ける二人に、ペンギンとシャチは大きなため息をついた。

結局、サンジやゾロもルフィに続き蹴りかかったり斬りかかったりで、収拾がつかなくなった会場。騒がしさは増す一方だった。
さらに、ボボボォン!!!と爆音を立てて、トビウオに乗ったロビンとブルック、ウソップも会場入りを果たす。

「ルフィ、ケイミーは?」
ルフィに近寄ってきたウソップがそう問い掛けている。リイムは騒ぎの中心が随分とこちらに近づいてきたなと、しばしその光景を眺めていた。
「あそこだ!首に付いた爆弾外したらすぐ逃げるぞ、軍艦と大将が来るんだ」
「えぇ!!??」
ウソップはいつにも増して目玉をひん剥いて驚きの声を上げる。そして、その会話を聞いていたローがルフィ達に声をかけた。
「海軍なら、もう来てるぞ、麦わら屋」
「ん、何だお前……!?しかも何だそのクマ……って〜〜〜!リイム!リイムじゃねェか!!!」
ルフィはその声の方へと振り返る。白い大きなクマ、ベポに目が留まったが、すぐにそこにリイムがいる事に気付いた。
「海軍ならオークションが始まる前からずっと、この会場を取り囲んでいる」
「ええ!?本当か?」
「誰を捕まえたかったかは知らねぇが、まさか天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思わなかったろうな」
「トラファルガー・ローね……あなた!!それにリイムじゃない!記事は本当だったのね。ルフィ、海賊よ、彼」
合流したロビンがルフィに説明する。そしてリイムが当たり前のようにローの隣にいるという事実に、ロビンの口角は徐々にあがっていった。
「クマもか?リイム」
「ええ」
「フッ、面白ェもん見せて貰ったよ、麦わら屋一味」
「って、ちょっとロビン、なんでそんな顔してるのよ」
相変わらずリイムの肩に腕を回したままのローをみて、ロビンはついにニヤリと笑ってしまったのだが、それをリイムが見逃す訳もなかった。
「フフ、だって、本当に付き合ってるとは思わなかったんだもの」
「……意味ありげなその笑いも相変わらずだわ、ミス・オールサンデー」
「あなたも相変わらず人の懐に入るのが得意ね、ミス・ハッピーデスデー」
「それはロビンもでしょう?」
「まぁ、そうかもね」
久々の再会に不気味に笑い合うリイムとロビン。だが周囲、特にペンギンとシャチにとって、そのやり取りはとても心穏やかに見ていらるものではなかった。
「そうだシャチ!二人ともあのバロックワークスの……!!」
「え、これって仲いいの?悪いの?」
「つーか、リイムのコードネームが命日って!コワイコワイ!」
「え、今更じゃねぇ?リイムは死神だぜ」
「ハッ!そうだった!!」

「しまった!!ケイミーちゃんが!!」
そんなリイム達のやり取りもつかの間、緊迫したサンジの叫ぶ声が会場に響く。
「さぁ!魚ぁ!死ぬアマス!!」
人魚、ケイミーが天竜人に打たれそうになったその瞬間だった。
「ホラ見ろ、巨人君。会場はえらい騒ぎだ」
バタンと天竜人が倒れたかと思えば、突然壁から巨人と……立派なヒゲを蓄えた老人、のような人物が出てきたのがリイムにも見えた。

「考えても見ろ……こんな年寄り、私なら絶対奴隷になどいらん!!わははははは……ん、何だ、ちょっと注目を浴びたか」
会場の誰しもが、その突然出て来た人物に釘付けになっている。
「おお?ハチじゃないか!?そうだな?久しぶりだ。何しとるこんな所で!その傷はどうした!!」
「ねェトラファルガー、あの人……もしかしなくても」
「あァ」
「あ〜〜、いやいや言わんでいいぞ。ふむ……ふむふむ、成程」
周囲の状況を確認すると、ひどい目にあったな、と全てを理解したようにその人物は話す。
「さて……!!」
男がそう呟いてすぐ、ドンッ!!と、威圧感のようなものが会場を包む。そして兵士達がバタバタと倒れていった。
「あ、危ねぇ、一瞬意識が遠のいた……」
リイム達の横で頭を押さえながらそうシャチが呟く。その光景を見たウソップは動揺し、何だ何だと騒いでいる。
「その麦わら帽子は……精悍な男に良く似合う……!!会いたかったぞ、モンキー・D・ルフィ」


リイムは、この島での当初の目的……レイリーに会うという事が、話せる状況ではないもののこんな形で実現しているという事に驚いていたが、それをロー達に知られても面倒だと思いながら、変わらずに静観していた。
「……どうするつもりなのかしら」
「首輪でもはずすんじゃねぇか?」
「連れて逃げるにしても邪魔だものね」
「おれなら一瞬だな」
「なるほど……能力を使うのね」
そうこうしているうちに、その男はあっという間にケイミーの首輪を外した。ルフィ達は、あの人物が誰なのか、先程の“ハキ”が一体何なのかとざわざわしている。
「悪かったな、キミら……見物の海賊だったか、今のを難なく持ち堪えるとは半端者ではなさそうだな……おや?」

「まさかこんな大物にここで出会うとは思わなかったな」
「……」
「“冥王”シルバーズ・レイリー!間違いねェ……なぜこんな所に伝説の男が……」
キッドもまさかの冥王の登場に、まだ会場を出ずに様子を見ていた。
「下手にその名を呼んでくれるな。もはや老兵……平穏に暮らしたいのだよ。ところで、そこの娘さん、」
レイリーが娘さんと口にし、誰もが一体誰に話しかけているんだ?と疑問に思う。相手に話しかけられてしまっては仕方がないと、視線が合ったリイム本人が静かに口を開く。
「……たぶん、そうよ」
「おお、そうかいそうかい。随分と聡い娘さんよ……」
「……」
「死にはせんな、ハチ」
リイムの短い言葉だけで全て把握したレイリーは途中でリイムから視線を外すと、すぐにハチの元へと歩いていった。

もちろん、そのやり取りを黙って見ていられなかったのはローだった。
「は?お前……冥王と知り合いか?」
「いいえ」
「じゃあ今のなんだよ」
「さぁ?」
「てめェ」
冥王レイリーと会話を交わしたリイムにローは関係性を問い掛けるも適当な返事をされ、再び言い合いになりそうな所でベポがその流れを断ち切った。
「キャプテン!それどころじゃないよ!海軍に囲まれてるみたいだ!」
「……おれ達は巻き込まれるどころか完全に共犯者扱いだな」
「麦わらのルフィの噂通りのイカレ具合を見れたんだ、文句はねぇが……大将と今ぶつかるのはゴメンだ!」
「私も出来れば、会いたくないわね」
キッドに続き、リイムも小さく呟いて、青キジ、クザンにやられた傷口をそっと押さえる。
「あー、私はもうさっきの様な力は使わんのでキミらで頼むぞ。海軍に正体がバレては住みづらい」
「長引くだけ兵が増える、先に行かせてもらうぞ」
レイリーの言葉を受けてか否か、キッド一味が外へ出て行く、その時。
「もののついでだ、お前ら助けてやるよ!表の掃除はしといてやるから安心しな」
そう吐き捨てたキッドに、リイムの近くの二人、ルフィとローからカチーン!という音が聞こえ、すぐに二人は外へと向かって行った。
リイムはあらあら、と急に居なくなった左側の温もりを無意識に寂しく思った。だがこの感情がなんなのかはわからぬまま、というよりは深く考える事もなかった。

「それで、リイム、もう少し詳しく話を聞かせてもらえる?」
「ロビンの想像に任せるわよ」
「まぁ真実なんて、彼が行ってしまった後のリイムの顔、見ればわかるわ」
先に行ってしまった船長達の背を眺めながら、ロビンはいつもよりも不敵な笑みを浮かべてリイムの肩を叩く。その何とも言えぬ表情にカチンときたリイムは勢いよく立ち上がった。
「……さぁ!私達もさっさと行くわよ!」
リイムはロビンから視線をそらすとベポに向かってほら、行きましょう、と声をかけ、その背中をぐいぐいと押して会場を後にする。
「キャプテンもリイムも血の気が多いっていうか……すぐカッとなるよね」
「トラファルガーと一緒にしないで!」
「すいません……」

「ペンギン、聞いてた?そうらしいよ、リイムどんな顔してた?」
「……おれには眠そうな顔にも見えたけど、あのニコ・ロビンが言うとなんか色々想像が捗るっていうか何と言うか」
リイムとベポのすぐ後ろを、ペンギンとシャチがひそひそと話しながら追いかける。しかし二人の会話は徐々に盛り上がる。こうなると声量を抑えられる訳もなく、その内容はリイムに筒抜けなのであった。
「ペンギン、シャチ、聞こえてる。斬るわよ……」
「「やめて!ミス・ハッピーデスデー様ァ!!」」



思い内にあれば色外に現る

「リイムと何の話してたんだよ、ロビン」
「ゾロには分からない話じゃないかしら?」
「おれがわかんねェ話って何だよ」
「フフ」
「つーか、アイツ、あの海賊んとこにいんのか……」
「色々気になるなら最近の記事を読めば分かるわよ」
「めんどくせェからいい」

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