〔17〕

「クソッ、あいつは何やってんだ」
「リイムどうしたんだろう、あんなに焦って」
どうにかパシフィスタを倒し海軍から逃れたロー達は、すぐに戻るからと言い残しどこかへ行ってしまったリイムが戻るのを待っていた。
それぞれがどこか落ち着かない様子だったが、ついにローが痺れを切らし、乱暴に地面を蹴ったかと思うとおもむろにベポが抱えていた鬼哭を手に取った。
「おい、お前らすぐに潜水出来るよう準備しとけ」
「え!!キャプテンまで!?」
「あいつをとっ捕まえたらすぐに戻る」
「……ア、アイアイ!」
ローは小さく、手間かけさせやがって、あの女!と吐き捨てながら全力で走って行った。
「行こう、シャチ」
「……」
心配そうにローの消えた先を見つめたままのシャチの肩を、ペンギンは力強く叩く。
「大丈夫だ、船長はリイムを連れて戻ってくるさ」
「うん……こんな時になんだけどさ」
シャチはまだ動く事はなく、ぎゅっと拳に力を入れて口を開いた。
「……一緒に航海した時間なんておれには関係なくてさ。なんて言うか、そういう空気感つーか、なんかずっとこの船にいたみたいに思うんだ。もう……仲間だと、おれは勝手に思ってんだ、リイムの事」
シャチの言葉に、ペンギンもリイムと出会った時から今日までの出来事を思い起こす。
船長にとってはどうなのか聞ける事があるかわからないが……まるで彼女は、この船に乗る事が決まっていたかのような、あれはそんな出会いだったのでは。そう思いながらフッと笑みを浮かべる。
「まァ、そうだな。だからこそ船長も、リイムを追ったんだろう」
……船長は、女としてかどうかは置いといて、リイムの事をなんだかんだ大切に思っているはず。ペンギンはローの言う通りにすぐに潜水できるようにとシャチ達と共に船を出す準備に取りかかった。



「おい……リイム、おろせ」
「うるさい、黙って……担がれてなさい!」
「悪いな、リイム、ゾロ担がせちまって」
「いいのよ」
ウソップ、ブルックと共に、リイムはゾロを担いで走っていた。
後ろからはパシフィスタが追いかけてくる。黄猿はきっとレイリーさんが止めてくれているのだろう……リイムは必死に、ゾロを落とさないように意識を集中させていた。
しかし傷口が開いたせいで徐々に走る速度が遅くなり、そのリイムの異変にブルックが気付いた。
「リイムさん、あなた怪我をなさって〜!??」
ブルックは、リイムの服に染みる血の色に気付いてあたふたする。そんなブルックにリイムは真っ直ぐに前を見て返事をする。
「さっきのじゃないから、大丈夫よ」
「ケガ、してんのか……」
「喋らなくて、いいから!」
ブルックの言葉を聞いて反応したゾロに、リイムは平静を装いながら話す。
「今はパシフィスタから逃げ切りましょう、話はそれから……っ」
しかし、背後にはもう迫り来る気配がする。その存在に「ぎゃー!来たー!!」と声をあげうろたえるウソップだったが、「……どうぞお先に!」というブルックの声でリイムはハッと振り返った。

「ブルック!よせ!そいつの強さは知ってんだろ!?」
「男にはやらねばならない時がある!!」
向かっていったブルックだったが、発射されたビームが直撃し、すぐに倒れてしまう。
「……担ぎなからいけるかしら」
このままではまずい……リイムがゾロを担いだままどうにか刀を抜こうとしたその時だった。
「止まれぇ!クソ野郎がぁ!!」
勢いよくパシフィスタを蹴り倒したのはサンジだった。しかし、その足への衝撃は大きく、勢いよく倒れてしまい、ウソップも転んでしまっている姿がリイムの目に映る。
すぐに再びビームを発射しようとパシフィスタ手のひらが光っているのをリイムは見逃さなかった。
「避けて!サンジ!!」
「リイムさん、止まっちゃ駄目だ!先に行くんだ!!」
「……!!わかった!!」
リイムは唇を噛み締めるとゾロを抱える腕に力を込めて走り出した。するとすぐにビームの放たれた音が響く。
リイムが走りながら振り向き確認するとサンジもウソップも直撃は避けたように見え、少しだけホッとしながら前へと向き直す。
……今の状況で全員を助けられると思うほど自惚れてはいない。今はまず、重症のゾロを連れて逃げ切るしかない……そう思ったリイムはひたすら走った。

しかし気力だけではどうにもならなかった。まだサンジ達が無事な事が確認できる……パシフィスタからそこまで距離が取れていない所で、リイムはふらりとよろけてしまう。がくりと膝が地面に着き、弾みでゾロを支えきれずに投げ出す形になってしまった。
「っ……ごめん、ゾロ」
「うるせェ、お前こそ、限界なんだろ」
「まだ、平気よ!」
逃げなければ、逃げ切らなければ……リイムが自身を奮い立たせ、もう一度どうにかゾロを担いだその時、だった。

「おい!フランジパニ屋!!」
リイムは耳を疑ったが、数十メートル先に目をやれば、そこには見間違える事のないローの姿があった。
どうして、何故ここに居るのか、さっぱり状況が理解出来ないリイムだったが、ベポ達は居ない事でただ一つ浮かぶとすれば、私を探してここまで来たのだろう、という事だった。
どうして、この人は本当にと、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がリイムを襲う。
……しかし今は、それについて考えている場合ではない。リイムはこの感情についての思考を一旦停止させる。
「何してるのよこんな所にまで来て!さっさと船に戻ってなさいよ!こっちにはサイボーグと変な鉞男とおまけに黄猿までいるよの!」
「うるせェ!てめェが戻ってこねェからだろうが!」
そんな会話の最中、ドォン!!と後方で音がする。ローには見えているかはわからなかったが、サンジにビームが直撃したであろう様子がリイムの視界には映った。
「……!!とにかく、今は敵も分散してるのよ、だから船に戻って!」
「バカか!傷口開いてんじゃねぇか!」
「大丈夫だから!お願いだから聞いて!トラファルガー!!」
このままだと、あのパシフィスタにトラファルガーも認識されてしまう、それに黄猿もいつ来るか分からない……でも絶対にゾロだけは助ける。リイムはローに向かって大声を張り上げた。
「これは私のわがままで、私がどうにかしなきゃいけないの!でも絶対に、戻るから!ハートの船に戻るから!!だからっ……!!!だから゛っ……その時はっ」
そこまで言った所でリイムの目から、耐えきれなかった涙がボタボタと流れ落ちた。
「その時はっ……私をっ」
「リイムさ〜〜〜ん!そっち行ったぞおおおおお!!!逃げろおおおぉ!」
後ろからサンジの声が響く。パシフィスタが再びこちらに向けて走りだしたようだ。リイムはぐすっと鼻水を啜ると、真っ直ぐに、ローを見つめた。

もうリイムの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていたが、構うことなくただ、思いを叫んだ。
「船に、戻ったら、私を゛っ……正式なっ゛、仲間にしてくださいっ!!!ろっ」
「リイム、お前……」
ゾロも、ここまで言うリイムの決意は本物なのだ、と唇を噛んだ。おれが、もっと動けていれば、巻き込まずにすんだかもしれない、と。
すぐに返事がないロー、迫り来るパシフィスタに、リイムは思い切り叫ぶ。
「ローぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「くそっ、わかった!!だがおれは気が長くねェからな!それにあいつらは……もうとっくにそのつもりだ!!“リイム”!!!」
「……!!!」
勢いを増す涙を拭い、リイムはポケットから先程落ちてしまったピアスを取り出すと、ローに向かって思い切り投げる。
「ごれ!持ってて!絶対にっ、戻るから……          !!」
ローはピアスをしっかりとキャッチすると素早く仲間の待つ船へと走り出し、それを見たリイムは向かってくるパシフィスタを迎え撃とうと、刀を構えた。

「……さぁ、来なさい!パシフィスタ!!」
「リイム、おれをおろせ!」
「おろさないっ」
間一髪で一発目のビームを避ける。しかし、リイムの体力も低下しており、服に滲む血は先ほどよりもより一層赤みを増していた。
「……!おろせ!」
「嫌だ!今、ここでゾロを手放して、何かあったら、私は、私を許さない!」
「リイム……」
「ゾロが、ゾロとくいなが居たから……私はここまで来れた、のよ」
また、ビームが来る、次はどうなるか、どうにかなるか、どうするか……リイムがそう思った瞬間だった。
「待て、PXー1」
「!!」
「こいつは……」
背後に突然現れたのは、本物、のバーソロミュー・くまだった。遠くからは「また出たぁぁぁ〜〜!!」と、ウソップが叫ぶ声がする。
「こいつ……本物だ」
「やっぱり!」
これは想定外、何か策はあるかと悩む前に、血を流しすぎたせいかリイムはまたよろけてしまう。
「リイム!」
「さっきアレだけ言ったのに、駄目ね、私」
「うるせェ、無理すんじゃねぇ」
そうこうしている間にゾロとリイムへと近づいてくるくま。
「生きてたのか、ロロノア」
「お前の慈悲の……おかげでな」
「ゾロ、あまり喋っちゃだめよっ……それに、逃げないと」
何の話をしているのかリイムには分からなかったが、背後には機械の七武海、進む先には本物の七武海とは、今日は本当に厄日なのだろうか……そう思っていると、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
「旅行するならどこへ行きたい…?」

くまが口を開いた後、リイムはただ、目の前で起こった出来事を眺める事しか出来なかった。
手袋をはずし、振り下ろした手がゾロに触れた瞬間、ゾロはリイムの目の前から……姿を消した。
「うそでしょ、ゾロ?どこに行ったの!!!?」
ウソップ、サンジ、ブルックにもその光景が見えていたのか「ゾロ!??ゾロはどこだ!!??」と動揺している。
「フランジパニ・リイム、だな」
「だったら何なのよ!!ゾロをどうしたの!?」
「お前も、行くならどこへ行きたい……」
「!!」

……今度はくまの手が、リイム向かって振り下ろされた。
リイムの目にはスローモーションに映ったその手。先程ローに向かって叫んだ言葉と、ゾロに言った言葉を思い返すには、充分だった。
……何が絶対に戻る、絶対に助ける、だ。結局ゾロは目の前で消えて、そして私も、消えるんだ。所詮私は、全部が中途半端で、口だけの……

「ロー……」
「リイムさぁぁぁぁぁぁん!!!」

ぽんっと、ゾロと同じように麦わらの一味の前から消えたリイム。そこには大きなサンジの声が響き渡っていた。



「船長!!」
「よかったキャプテン!」
甲板でそわそわしながらまっていたベポとペンギンは、ローの姿をみてホッとしたのも束の間、連れて帰ると言っていたリイムが居ない事に、一体何があったのかと顔色を変えた。
「あれ、リイムは……?」
「……あいつは一旦船を離れるが、そのうち帰ってくる」
「そっかー帰ってくるのか……って!!」
「「えええええ〜〜!?」」
「え、船長、一旦離れるって何が?」
「うるせェペンギン、黙って待ってりゃいいんだよ」
そうとだけ言うとローは不機嫌そうに歩き出す。それでも納得出来ないペンギンはローへと詰め寄った。
「船長!……リイムは、おれ達にとってはもう、“仲間”なんです!だから、せめて何があったかぐらい……」
「……」
そんな真剣な眼差しのペンギンと、訴えかけるような表情のベポに、ローは無言でポケットからリイムから受け取ったピアスを取り出した。
「これ、リイムの……?」
「大将、黄猿に人間兵器、それと他にも海軍らしき奴らが、麦わら屋の一味を襲撃した」
「えええ!!?」
「あいつは……麦わら屋一味を、ロロノア屋を逃がすため、そこに残った……!!」
海軍大将、麦わら、ロロノア……ペンギンはどうにか内容を理解しようとするが、それよりも先に……ローの複雑そうな表情ばかりが目に入ってしまう。
「だが、あいつは……」
そこまで言うと、出航しろとベポに指示し、ローは口を閉ざしたまま部屋へ向かおうとする。
そのまま言葉の続きを言わずに行ってしまいそうだったローを、ペンギンが船長!と呼び止める。
無言のままペンギンがローの言葉の続きを待っていれば、ローは帽子を深くかぶり直しながら口を開いた。
「……リイムは、必ずここへ戻ると言った、だからつべこべ言わずに待ってろ」
「……!!!」
「仲間、なんだろう?」
「船長……!!」
「アイアイ!キャプテン!オレ待ってる!」

ペンギンは再び歩き出したローの姿を静かに眺める。今……船長、リイムの事を名前で……ペンギンはこんな状況で不謹慎かもしれないと思ったが、少しだけ嬉しくなってベポの背中に顔を埋めた。


ローは部屋の扉を乱暴に閉めると、勢いよくソファーへと腰をおろしもたれかかる。
そして握り締めたままだったピアスの存在を思い出すと、そっと開いた掌で輝くそれを、ぼんやりと眺める。
……気紛れのような賭けで始まった関係……気付けば、この船ではもう仲間だという認識になっていたのは知っていた。
それでも本人にその意思があるのかどうかは……わからなかった。それがまさかこんな形で、リイムの口から告げられる事になるとは……
ローはその時の、ゾロを背負ったリイムの姿を思い浮かべる。
「必ず守るわ!!」と、そう叫んだリイムの最後の声が、ローの頭からは離れそうもなかった。

「……この感情を、何と呼べばいいんだ、コラさん」



約束

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