〔9〕

case1

「さぁ、出来たわよ!誰が参加するのかしら?」
「アイアイ!」「おれも〜」
「シャチには負けない!」
「何してるんすか?リイムさん達」
「あら、良いところに来たわね」
順調な航海を進めているハートの海賊団。そこでリイムを囲みいつもの面子……ペンギン、シャチ、ベポでワイワイとしていた所に、さらに数人のクルー達が集まってきた。
「ルールは単純明快、ハズレの具、唐辛子山葵入りおにぎりを食べたら負けよ!」
「おお〜!」「まっずそ〜」
そこへタイミングが良いのか悪いのか、カツカツと足音を立て、ローが歩いてくる。
「おい、お前ら真っ昼間から何してんだ」
「ロシアンオニギリです船長!」
は?ロシアンオニギリ?といった顔をしたローは、眉間にシワを寄せ視線をリイムへと移す。
「てめェが首謀者か」
「あら、もちろんトラファルガーもやるわよね?」
「下らねェ遊びに付き合ってられるかよ」
「あら、ロシアンオニギリは遊びじゃないわ、真剣な勝負よ。トラファルガーったら、勝てる気がしないからって逃げるのね」
じゃ、私達だけで始めましょうか!と、わざと煽るような言葉を発した後リイムはローから視線を外した。
クルー達は、何煽ってるのリイム!!と事の行方をハラハラと見守るが、すぐにカチーン、という音が聞こえたらしい。
「おい、勝負事でおれが負けるとでも思ってんのか?」
「えぇ、だからやらないんでしょ?」
「言ったなフランジパニ屋、てめェが負けたら罰ゲーム追加だ」
「いいわよ、あなたが負けても追加ね」
クルー達は、これはとんでもないことになった、と顔を真っ青に染めたのだった。

「じゃ、もう一度ルールを説明するわね、一口サイズのオニギリを沢山握ったわ。
この中にハズレの具、唐辛子山葵オニギリが一つだけあるわ。それを食べたら負け!
そうね……この人数なら1回目にハズレが出なくても2ターン目で決着が付きそうね。一斉に好きなオニギリを取る、でいいかしら?順番も決める?」
「そんな面倒臭ェ事しなくていいだろう」
「じゃあそれで決まりね、後は美味しい具が入ってるからハズレ引かないように頑張ってね」
「アイアイ姐さん!!」
「あら、いつから姐さんになったのかしら」
「では、僭越ながら、おれ、ペンギンがスタートの掛け声を」
「これだあああ〜」「おれこれ〜!」「じゃあ私はコレね」
「お、お前らぁ……おれコレにするわ」
そんなペンギンの掛け声を無視してスタートした1ターン目。
「じゃあ一斉に食べましょうか」
「いっただきま〜す!」
一同は一口でオニギリを口に収め、もぐもぐと咀嚼する。
「うめぇな昆布」
「これツナマヨだ〜」
続々と上がるのは美味しいという声だけで、ハズレを引いたと思われる悲鳴は聞こえてこない。
「あら、この様子だと誰もハズレじゃないのかしら」
「この程度余裕だ、フランジパニ屋」
「まぁ、あれば食べたら涙を流すレベルだと思うから、本当に皆引かなかったのね」
「え、そんなにヤバい?」
「えぇ、たぶん。でも耐える修行になるわね」
何だその修行はと小さく聞こえた気がしたが気にする事なく、じゃあ2ターン目ね、とリイムが言うとクルー達は一斉にオニギリに群がった。
「うふふ、私は最後に残ったのを食べるわ」
「え、いいのかリイム」
「残り物には福があるのよ」
そう呟いたリイムの目の前には一つだけ残った小さなオニギリ。あら、ピッタリだわ、とその最後の一つを手に取る。
「2ターン目、いただきます」
「いただきま〜す!」
これで勝負が決まるとあって、1回目とは違い緊張が張り詰めたような、無言の時が過ぎる。
「っ!!くぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjみk、おl。p!!」
「あはっ、フフッ、フフフ!!何よそテンプレみたいな反応っ!」
「第1回ロシアンオニギリはシャチの負けだ!!」
「/■\」
唐辛子山葵入りを食べたのはシャチ、と思えっていれば、もう一人反応がおかしい人物がリイムの視界に入った。

「あらトラファルガー、どうしたのそんな顔して。ハズレは1個のはずだけど」
「おいフランジパニ屋、てめェ梅干し入れただろう!!」
「ええ、勿論」
「おい!!おれは梅干しが嫌いなんだ!」
「ええ知ってるわ、ペンギンに聞いたもの」
「!!?」
「えっ、リイム、梅干しやめたんじゃなかったの!?」
「いいえ、一つ混ぜたわ」
「てっめェ、いい度胸してんな、表に出ろ!!」
「あなたこそ、いつまで俯いてるの?面を上げなさい!私が作ったオニギリに文句を言うなんて許さないわよ」
「この船の船長であるおれに逆らうとどうなるかわかってんだろうな?」
「あら、あなたが乗ってくれって言ったんじゃない」
「とにかく、出ろ」
「いいわよ、受けて立つわ」
やいやいと言い合いながらリイムとローは甲板へと上がって行った。その様子をクルー達も呆然と眺めた。ただ一人苦しみ悶えるシャチを除いて。
「……」
「リイム、わかっててわざと入れたのか」
「くっ、口のっ…中がっpぉきじゅhygtfrですぁq」

水をがぶ飲みして少し落ちついたシャチは上の方へと視線を上げると、隣で水を持ったまま背中を擦るペンギンに問い掛ける。
「あのさ、もしかして、やばいやつ?」
「流石に二人して能力使ったらこの船沈みそうだし、それはないよなァ」
「って!二人とも刀置いてってるよ!」
「え、じゃあ何してんの!!?」
一体甲板では何が起こっているというのだろうか。怯えるクルーを代表して、ペンギンとシャチは甲板へと恐る恐る近づいた。
「ねえ!ペンギン大変!あの二人白昼堂々と何してるの!!?おれもう直視出来ない!」
そうシャチに言われたペンギンはなんだか嫌な予感がして急いで甲板に出るも、冷静に、ただ冷静にその様子をじっと観察し、結論を得た。
「あぁ、目を逸らすなシャチ。よく見るんだ、あれは船長の繰り出す片エビ固めだ!」
「えっ」

「痛い!たった一個の梅干しを引き当てるなんて、ハズレを引いたも同然じゃない!」
「てめェわかって入れてたんならハズレが2個あんのと変わらねェだろう?っ痛ェな!」
「このっ、梅干しが嫌いなのはあなただけなのよ!大人しく敗けを認めなさい!」
「うっわぁ〜、本当だ、ガキのケンカか。つーか今度はリイムが腕ひしぎ逆十字固め決めてるぜ……おれ、リイムとこんな事してたら、アレだよ、男としてさ」
「みなまで言うなシャチ、今回はお前の意見に賛成だ。やっぱりこの二人ちょっと変だわ」




case2

今日も平和に航海を続けるハートの海賊団。しかし朝から甲板は少々賑やかだ。
「うっ……おれはもう限界だ!」
「はぁっ、何よ、情けないわね!もっと速く動きなさいよ!!」
「リイム、マジで、もう我慢できないんだってば!」
「もうっ、ペンギンがこんなに情けない男だとはっ、思わなかったわっ」
「くっ、そっ、駄目だ!うぇ、あ、やべぇ出ちゃう」

ローは珍しく早く起きたので日の光でも浴びようと甲板に向かっていたのだが。彼は、今、寝起きの頭をフル回転させていた。
よく雑誌などで見るのは、実はマッサージをしてましたよー、的なもの。だが今、扉の向こうから聞こえてくるのは、どう聞いてもマッサージしてるようには聞こえない。いや、朝から堂々とそんな事してる訳がないのだが。
「おれは馬鹿か」
そう思い直し、ローは静かに扉を開けた。
「てめェら何やってん……だ」

「あら、おはようトラファルガー。今朝は早いのね」
「せっ、船長ぉ、おはようございまっすっ」
「……」
「トラファルガーもやる?あっち向いてホイ3本勝負、負けたら勝者を背中に乗せて腕立て伏せ50回よ!」
「……」
「うっわぁ、ごふっ」
「あら、もう倒れちゃったの、もっと筋力つけないと駄目ね、あら、鼻水垂れてるわよ」
「やっぱ出ちまったか、昨日から鼻の調子が悪くてな、ずびっ」
……一瞬の沈黙の後、再びずびびっ、という鼻を啜る音が朝日の注ぐ静かな甲板周囲に響いた。
「てめェら、覚悟は出来てるな」
「えっ!なんで船長そんな顔してるの!!!??」
「……あ、分かったわペンギン。トラファルガーったら、きっと私たちが如何わしい事してると思ったのよ、フフ」
「ぇーーー!!!無理無理そんな恐ろしい事、船長じゃないし出来ないってぇぇぇ、ずびっ」
「は?おれがいつそんな事したんだペンギン。おとなしく斬られるんだな」
「んもう、勝手に想像しておいて斬るなんて船長としてどうなの?」
「元はと言えばてめぇが訳わかんねェ事してるからだろ?」
「ただの筋トレじゃない!毎朝ペンギンには相手してもらってるのよ」
「……毎朝やってんのか」
「ええ、彼早起きだったから」
「ちょ、待てリイム、これ以上は火に油だ」
「ほら、ストレッチとかも一人より二人のほうが効果的でしょ?だから手伝ってもらったり、後は、組み手をしてもらったり」
「ほう、ペンギン、てめェ最近随分機嫌がいいかと思えばそういう事だったか」
「違いますううぅぅ!ずびっ、助けてリイム!!」
「じゃ、朝ご飯食べましょ。トラファルガーもどう?もうちょっとだけ用意してあるのよ」




非日常は日常へ

「なんつーか、随分馴染んでるよな、リイム」
「よく考えるんだシャチ」
「?」
「リイムがこの船のペースに馴染んだんじゃない。おれたちがあいつのペースに巻き込まれてるんだ!」
「……そうなのか?」
「特に船長」
「あっ、それはよくわかる」

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