〔10〕

「キャプテ〜ン!次の島見えたよ!」
そう叫ぶのはこの船の航海士。ハートの海賊団が進むはグランドライン、見えるはシャボンディ諸島の一つ手前の島。
「上陸の準備しとけ、お前ら」
「アイア〜イ!!」
近づく上陸。クルー達はローの一声に大きく返事をすると、バタバタと慌ただしく準備を始めた。
「にしても、あいつは何してんだ」
ローは近くにいたシャチに話しかける。シャチもローが言うあいつ、が誰なのかすぐに浮かんだのでその問い掛けに直ぐに返事をした。
「リイムならさっき昼寝してくるって部屋に」
「なら……ほっとくか」
「いーの?キャプテン!リイム次の上陸楽しみにしてたよ?」
「寝てるあいつが悪ィし、そのうち勝手に起きるだろ」
「まぁ、そっか」

そうこうしてる間に、船はトラブルに見舞われる事も無く島の港に着港した。ソワソワとする偵察班がいてもたってもいられないといった様子でローに声をかけた。
「キャプテン!ちょっくら偵察してきます!」
「あァ、頼んだ」
ローが返事をすると偵察班は凄まじい速さで島へと降りて行った。そしてその直後、この船では一人しかいない少し高い声が甲板に響いた。
「……不思議ね、寝て起きたら島に着いていたわ」
「お前はもう少し空気を読んで寝たらどうだ?」
「むしろ、読んで起きたのよ」
「言ってろ」
ふらりと現れたリイムに、ローはハァとひとつ大きなため息をつく。そのいつも通りのリアクションにリイムはムッと口を尖らせた。
「もう、人の顔見るなりため息つくなんて」
「つきたくもなるんだよ、察しろ」
「私、買い物したいのよね」
「お前は、人の話聞いてんのか?」
もはや恒例となったリイムとローの小競り合い。すっかりリイムがこの船に馴染んだと思う者、ローがリイムに振り回されていると思う者、クルー達それぞれがニヤニヤとその光景を眺めていた。
「キャプテン!!」
「戻ったか」
「この島、当たりです!!」
そうこうしている間に鼻息荒く帰って来た偵察班に、クルー達も「おおお〜〜!!」と歓声を上げる。
リイムは一体何が当たりなのかと首を傾げるが、その興奮具合から何の事かを察知し、なるほどねと頷いた。
「めっちゃ栄えてるよ歓楽街!!」
「よっしゃー!」
「てめェら……浮かれるのは結構だが、海軍は大丈夫だったのか?」
ローが眉間のシワを寄せて言えば、クルーは腕を腰に当てて何度か頷き返事をした。
「今のところは居ないようです。常駐所とかもなさそうです……が、場所も場所なんで気を付けるに越した事はないですね」
「わかってるじゃねェか、ならいい」
「それなら私、今夜船番しててもいいわよ?」
「おい、あまりこいつらを甘やかすな」
リイムの言葉で一瞬、誰もが船番を逃れられるとニヤリとしたクルー達だったが、ローの一言で一変し、見張り番を誰に押し付けるかもめ始める。リイムはその賑やかなやり取りを眺めながら、それなら自分はどうするかと辺りを見回す。
「私は美味しい物でも食べに行こうかしら。ねぇ、ベポ、一緒にディナーでもどう?」
さすがにメスのクマは居ないだろうと思ったリイムはベポに声をかければ、パッと表情は明るくなり、すぐに反応が返ってきた。
「え!いいの?行く行く〜!」
「じゃぁ、決まりね」
ウフフ、と笑うリイムに、ベポもやったーと素直に喜ぶ。リイムがそのままベポに寄りかかってその毛並みを堪能していると険しい表情でシャチがベポに絡み始める。
「え、ベポずるいぞ」
「シャチ達は女の所いくんだろ?どーせメスのクマいないし、リイムと居た方が楽しいもん」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね」
より一層リイムがベポの頭を撫で回していると、シャチはクマのくせに!と一言言い放ち、その場を離れていった。

「すいません……」
「まあまあ。とりあえず待ち合わせ場所を決めましょう?私、買い物もしたいからいい時間になったら、私が居そうなお店に集合ね」
「えぇ!それすごい難しいよリイム!」
「ウフフ、そうよね、じゃあ先に下見しに行きましょうか」
「アイアイ!!」
話もまとまり、リイムはベポと共に下船しようと、まだそばにいたローに一声かける。
「トラファルガーも、記事の効果であまり寄ってこなければいいわね、あ、でもそれはそれで……あ、あなたがご指名すれば関係なしに来るわね」
「ごちゃごちゃうるせェぞフランジパニ屋、てめェも精々面倒なのにつかまらねェようにするんだな」
「そうね、ウフフ」
こうしてハートの海賊団は船番を残し、各々が目的の為に島へと向かった。



「じゃぁ、ベポ、今晩はこのお店でいいかしら?」
「アイアイ!」
リイムとベポは小一時間ほど街をふらつき、夕食をとる店を決めたところでリイムそれぞれの買い物の為に一旦解散する事にした。
「私、色々買いたいものがあるのよ、きっと退屈しちゃうから……ベポも久々にゆっくりするといいわ」
「リイムがそう言うならそうする〜!おれも色々補充しないとだし!」
「えぇ」
また後でとベポと別れたリイムは街をふらりと歩き出す。自分が思っていた以上に楽しい航海だとリイムは歩きながら笑みを浮かべる。
「そうそう、しゃがんでも見えない下着買わなきゃね、それとも股上が深めのパンツを買った方がいいかしら……」
ふとあの日、ハートの船に乗船した日の事を思い浮かべる。まだ一緒に海へ出てから数週間しか経っていないのに、随分と昔から一緒に居るような気さえする。リイムはそんな錯覚を覚えていた。
「私、これから先の航海も……期待しちゃうのよね、ナデシコさん」

……ナデシコさんの居なくなった二人の帰るべき家は、ただの空虚でしかなく、ゾロよりも先に海へと出た。あれから色々とあったが、こんなにも未来が楽しみだと感じた事はあっただろうか、とリイムは空を見上げる。
ただ、己は何なのか、何の為の存在なのだろうかと感じていた日々。同じ女として、亡き幼馴染の意志と決意を証明する為の存在だろうか?それでもよかった。
でも、それだけでは……自分がいつまで保てるか分からなかった。でも今は不思議と、そんな事を考えなくなっていた自分にリイムは気付いた。
両手いっぱいに抱えた荷物を一度船戻り降ろしたリイムは、先に店へと入って少し飲んで待とう、とベポとの約束の店へ向かった。



カラン、と音を立てて扉を開け、後から連れが一人来ると告げるとテーブル席へ着いたリイム。ウェイターにオススメのワインを確認して注文する。
しかし言い終わるとと同時に、はっと、何となく嫌な予感のようなものを察知したリイムは咄嗟に辺りを見渡す。ドクドクと胸の鼓動が早まる。
かしこまりましたと去ってゆくウェイターに視線を戻し、リイムは意識を研ぎ澄ませた。
「これはまずい、わね……」
カランと音を立て開いた扉の先の存在、そしてすぐに交差した視線にリイムの額には汗がたらりと流れた。
「あらら、こりゃあ驚いた、フランジパニ・リイムか」
「……あなた、海軍大将、青キジね」
どうして今このタイミングでこの島に海軍大将がいるのだろうか……リイムはとっさに立ち上がり刀に手を添え、直ぐに対応出来るよう構えようとした。
しかしそんな様子のリイムをよそにゆっくりと歩いてくる青キジ。リイムは必死にその動きを目で追う。
「今日おれは休日なんだよ、やる気はねェよ」
「あら……そう言えば私服ね」
信用出来るかはなんとも言えなかったが、青キジはダラけきった正義を掲げるおかしな大将であるとリイムは耳にし、その通りだと認識していた。
その事を思いだしたリイムは自身を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸をしながら席に着く。勝手に反対側の席に座った青キジに、ウェイターも連れかと勘違いし、注文を取った。
「そういやァ随分紙面を賑わせてるな、あの記事、どこまで本当なんだ?」
「ご想像にお任せするわよ」
「ちょっとばかし、確認したかった事もあったからな。ここであんたに会ったのはラッキーだ」
「私はアンラッキーよ」
「だが、しかしまァ……もし、記事の通り死の外科医と灰雪の死神が手を組んだとなりゃァ、あ、恋人でもどっちでも一緒だな。とにかく休日とはいえ、ちょっと放ってはおけないな」
「……」
リイムのテーブルの下で握りしめられた手が震える。……まずいわ、手を組んだ事でもしかしなくてもこの人、動くつもりだわ。ベポ、お願いだからもう少し来ないでいて、どうにかはぐらかして帰ってもらうか、私が逃げきれば。と、リイムはぐるぐると思考を巡らせた。
「ウフフ、たまたま居合わせたのよ、彼」
「へぇ、しかしさっき港に海賊船があったが」
「同じ航路を辿れば同じ島に居てもおかしくないわよね?」
「そりゃ違いねェ。しかしまぁ……」
そう言うと青キジは、リイムの顔をじっと見る。リイムはどうにかしてこの場から立ち去らなければと思考を巡らせる。
「……何、かしら」
「髪の色こそ違うが、」
「リイム〜!」
その時、バンッ!っと扉が開き、勢いよくベポが店へと入って来た。そして青キジも、おや?と顔色を変える。リイムはここまでか、とぎゅっと唇を噛みしめた。
「このクマは、トラファルガー・ローのとこの……」
「……」
「え!あれ、なんかおれ来ちゃいけなかったやつか!?」
状況が飲み込めずにあわあわとリイムへと視線を送るベポに、リイムはにっこりと笑いながら声をかけた。
「……いいえ、そんな事ないわよベポ、夕飯の約束、してたものね」
「へェ、やっぱり仲良くやってんだな」
「フフッ」
「そうかい、じゃあ決まりだ」
そう言うと青キジはガタンと立ち上がる。そんな青キジにリイムはとっさに切り出す。今日の、休日だという彼ならもしかしたら通じるかもしれない、と。
「ねぇ、3分程彼と話す時間をもらっても?」
「……休日だからな、構わねェ」
助かった……リイムは持ってせいぜい1分だろうと思いながら急いでベポの元へ駆け寄った。
「いいかしらベポ、彼は海軍大将・青キジよ、ロギア系の能力者だからやっかいだわ」
「えぇ!?」
リイムの説明に何で海軍大将がこんな所に!とベポは口をあんぐりと開ける。
「直ぐに散っているクルー達を集めて、船を出して」
「え!だってリイムは!?」
「この島のログはあとどのくらい?」
「まだ1日はかかるよ!」
「じゃあ潜水でも何でもいいわ!ログが貯まった頃にもう一度浮上して」
「だから!リイムはどうするの!?」
「……もし何かあったら少し島から離れてもいいわ、私ならすぐ追い付けるから。やれるかしら、ベポ」
「……」
ベポは今まで見たことのないリイムの真剣で青ざめた顔を見て、これ以上何を言っても聞かないと判断し、決断する。
「分かった!」
「流石ベポね、頼んだわよ」
「悪ィが時間だ、な」
「ええ、外に出ましょうか」
ベポはダダダダッと勢いよく店から飛び出すとクルー達を探しに走り出した。ただならぬ気配だったが、リイムの言う事を無視して助けを呼びたかったがそれでも……きっとリイムには何か策があるのだろうとひたすら街中を走った。



「匂い的にこの店かな!キャプテ〜ン!!!」
扉を蹴り破って侵入したベポに、止まれ!クマ〜〜〜!と一気に大騒ぎになった店内。スタッフを次々に張り倒し、ベポはローがいると思われる扉を突き破った。
「!!わぁっ、急にすいません!じゃなくて!キャプテン!大変!」
「……騒がしいと思ったがやっぱりベポか。ここまでして下らねぇ事だったらバラすぞ」
ローはため息をつくとピッタリと寄り添うようにして酒を注いでいた女から離れ、近くに置いてあったパーカーを手にする。
「か、海軍大将がっ、リイムがっ、みんな集めて、船出せって!」
「はァ!?海軍大将だと?」
「何だっけ青キジ?だっけ、ロギア系の〜って!キャプテン早く!」
そう言うとベポは置いてあった帽子をローにぽすっと被せるとその背中を押し半ば無理矢理店の外へと押し出した。
「ペンギンとシャチはこっちかなぁ」
「で、あいつはどうした」
店から出て、他のクルー達を探しながら船へ向かうが、当の本人は何をしてるのだろうか。そう思いローはベポに問い掛ける。
「リイムと待ち合わせの店に入ったら、大将がいて!おれがキャプテンの仲間だって知ってて、それで仲良くやってんなら決まりだなとかなんとか……
リイムはたぶん足止めするつもりなんだよ!でも大将なのに私服だったよ!あ、なんか休日がどうの、って言ってたかもだけど、もうおれ、よくわからない!」
「……そういう事か」
ローの中でおおよその想像はついた。おれらとアイツが組んでる事が分かって、さすがにそれは休みだが放っておけないとでも思ったのだろう。あれだけ面倒な奴に引っ掛かるなと言ったのだが、まさか海軍大将とは……ローはどんよりと重くなり始めた空を見上げた。
どうにか全員を集め船へと戻った頃には、天候は急変し、雨がポツポツと降りだした。そして全員が船へ乗り込んだ所でシャチが叫ぶ。
「何で!?助けに行かないの!!?」
相手は大将なんでしょ?リイム一人じゃ、と言うとベポが珍しく血相を変えてシャチの胸ぐらを掴んだ。
「おれだって!あのまま残って戦いたかったけど!!……あんな顔したリイム見たことないんだ!きっと、リイムにも策はあるんだ!今おれらが行ったら、リイムがしてる事が無駄になるっ!と、思うんだ!だからキャプテン……出航の許可を!」
涙ながらにそう言い切ったベポに、ローは「確かに今、海軍大将と当たるのは避けておくべきだ。よく言ったな」と、ベポの頭を静かに叩いた。
こうして、リイムのいない船は少しずつ、島から離れるように動き出した。



それぞれの決意

「あいつらを逃がそうってか、いくらでも誤魔化せたんじゃないのか?」
「何をかしら?」
「他人のふりでも何でもすりゃァ、じゃなきゃおれもわざわざ」
「……私の気持ちに、嘘がつけなかっただけよ」
「そりゃぁまた、随分と不器用だな」

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