〔8〕

「おい!船長はまだ寝てるか!」
「どしたのペンギン、朝からそんなに慌てて」
食堂へ行こうと歩いていたシャチはふぁ〜と欠伸をしながらのん気にそう答える。そこへ全速力で血相を変えたペンギンが接近する。
「わぁ、何なに、どしたの」
「……って事はさすがにリイムも寝てるか?」
あたりをきょろきょろと見まわすペンギン。一体何事なんだと思いながらシャチがペンギンをよく見れば一部の新聞をわなわなと握りしめていた。
「私が何か?」
「うわぁ、って!起きてたのか!」
そんな騒がしさにか、はたまたいつも通りなのか……背後から気配無くひょっこりと姿を現したリイムに思わずペンギンは驚き新聞を落とす。
「私、朝起きたら筋トレするのが日課なのよ」
「……え、ほんの数時間前まで船長と飲んでなかったか?」
「基本ショートスリーパーなの、昼寝はするけどね」
二日酔いもそんなにしないしと付け足し、首を傾げながら、目を見開くペンギンに向かってリイムは笑った。

「それより、そんなに焦ってどうしたのかしら?」
「そうだ!今朝の新聞!」
そんなに焦って一体何なのだろうか。リイムが床に落ちた新聞に視線を向けると、ペンギンは落とした新聞を拾い上げ、バンッ!と勢いよくリイムとシャチの方へと向けて広げる。その新聞をリイムとシャチは同時に覗き込んだ。
「わァ!キャプテンってば超イケメンに写ってるじゃん!」
「あらあら……本当ね」
各々が新聞の写真や記事を眺める中、いつものようにニッコリと笑みを浮かべるリイムにとっさにシャチが反応し、素朴な疑問を投げかけた。
「えっ、リイムってキャプテンの事イケメンだと思ってたの?」
「えぇ、勿論」
「お前ら!論点は船長のカッコよさではないのだよ!」
「つーか!リイムも超キュートに写ってるね!」
「ウフフ、ありがとう」
こいつら、写真しか見ていないのでは。そう思いながらペンギンは呑気に話を続けるシャチの肩をがっしりと掴むとわさわさと揺らす。
「お〜前〜ら〜!そうじゃなくて!!」
「なかなかよく撮れてるツーショット写真ね」
「これ食堂に飾ろうぜ!」
「よっぽど気に入ったのね、シャチ」
「記事を、読め〜〜〜!!!」
ハートの海賊団の船内には、朝からペンギンの叫びが響き渡った。

食堂へと移動し、リイム達はコーヒーを入れてもらうと改めて新聞を広げたテーブルに集まった。ペンギンが記事の概要を説明するも、ローとリイムが新聞に載ったという事実、喜びの方が上回っているシャチはただただその紙面を眺めている。
「と、言う事だ!」
「どういう事?」
「シャ〜チ〜お前話聞いてなかっただろう!」
「だって!我らがキャプテンがまた新聞を賑わせてるんだぜ!」
「ウフフ」
「リイムも!他人事じゃないんだぞ!」
「トラファルガー・ローとフランジパニ・リイム、2億の賞金首同士の深夜の密会……って、後ろにベポの頭が写ってるわね、フフッ」
「フフ、じゃない!」
「これ、いつの間に撮ったのかしら。絶対彼しかいないわ」
「あの酒場のだよな」
「えぇ、あのマスターが面白がって新聞社に送ったんでしょうね」
写真が撮られたのは二人が出会った島の酒場だろう。元海賊、のマスターならやりかねない。そう一同は頷く。
「死神リイムがまた何か企んでいるのだろうか。新世界へ入る前に海賊団を潰そうとしているのか。しかし今2億同士がぶつかるのは得策ではないだろう。
では、ハートの海賊団に加入したのだろうか。今までの彼女の行動からするとこの可能性は低く、一番濃厚なのは、まさかの億越えルーキーのビックカップルの誕生!?ですってよ、あらあら、面白い記事ね」
「面白がる所じゃねー!!」
「ごにょごにょふんふん……そしてこの後二人は夜の町へ消えて行った、あらあら、最後は何だか想像力か乏しい記事ね」
「とにかく、こんなに大々的に報じられるなんて!!」
「ラッキーね」
「ラッキーじゃねーよ!」
「……おい」
リイムとシャチが和やかに……ペンギンだけは心穏やかではなかったが、わいわいと会話をしている所へ、ベポを引き連れ寝起きと思われる表情を浮かべたローが姿を現す。朝からうるせェ、といった感情を駄々漏れにしつつローは近づいて来た。

「あら、ご本人の登場だわ」
「いやいや、お前も当事者だぞリイム!……船長、おはようございます!!」
「……お前ら、朝から何騒いでんだ」
「みんなおはよ〜!って!!それ、キャプテンとリイムが新聞に載ってる〜〜〜!!?」
「……んだと?」
「それで騒いでたんっす、船長」
ベポがいち早く新聞の写真に気付き声を上げテーブルへと駆け寄り、ローは新聞記事になるような事などあっただろうか、と、まだ回転が速くはない脳内で考える。
「あら、トラファルガーったらそんな顔して、ちゃんと男前に写ってるじゃない」
「そういう問題じゃねぇ」
「まぁ、立ち話もなんだし座ったら?」
そうリイムも言われたローは、新聞記事から目が離せないまま仕方なく座る為に椅子を引く。見覚えのある後頭部……ではなく、風景。ローはついこの前滞在した島の酒場であるとすぐに気が付く。
「これは……あいつか、あの酒屋の仕業か」
「そうでしょうね」
リイムの口からそう聞くと、ローは大きくため息をついて引いたままだった椅子へと腰を下ろした。
「でもトラファルガー、こんなに早くてラッキーだと思わない?」
「何がラッキーなんだ」
「これだけ大々的に報じられれば、当初の目論見通り、簡単に手を出してくるおバカさんはいないんじゃないかしら?」
「……確かに、お前をうちの船に乗せる事でそうなる事を狙ってはいたが」
「それにね、思うのよ……私」
「何をだ」
「この書かれ方なら、当分勧誘とか、変な男が寄ってこないと思うの」
「は?何の勧誘だ」
うんうんと一人頷くリイムにローは勿論の事、その場にいた全員が一斉にリイムの顔を見た。
「うちの船に乗れよ!っていう麦わらくんとか、赤髪さんとかね。あとはちょっと勘違いした殿方がよくおれの女にしてやる、とか、今夜如何ですか?とか……誘い方もしょうもないし、失礼しちゃうわよね、ま、あまりにもしつこい野郎は沈めたんだけど」
「え、待って待って、今さらっと恐ろしい事言ってる!」
「麦わらの一味は置いといて、赤髪海賊団!?四皇ぉぉ!?」
「沈めたんだけど、って笑ってる!!」
ロー以外の面々はさらさらとリイムの口から出てきた衝撃の言葉に口をあんぐりと開けている。そしてローはテーブルに肘をついたまま何か考えるような表情をした後、ゆっくりと言葉を発した。
「……お前、四皇の誘いを蹴ってこの船にいんのか?」
そのローの問いかけに、リイムはふと赤髪……シャンクスとの会話を思い出す。誘われた理由、意図……色々思う事はあるがそれを話すのも面倒で、簡単にまとめるとその通りだと、リイムは瞬時ににっこりと笑みを浮かべる。
「確かに、そうなるわね」
「ククッ、馬鹿かお前」
「失礼ね、私は私のしたいように生きるのよ」
笑みを浮かべながらそうだと言い切ったリイムに、ローも思わずつられたようにぼそりと本音をこぼした。
「まぁ、お前の言う事はわからなくもねェな。女共が無駄に寄ってきてめんどくせェ」
「わ!キャプテンったら!モテる男は嫌がっても寄ってくるもんね!うらやましい!」
「うるせェシャチ」
「だって、おれらなんかっ……」
「あら、私はシャチは素敵な男性だと思うわよ」
「えええ!!!マジで!?リイムにそう言われると頑張れる気がする!」
「……単純な奴だな、お前もそういう事こいつらに言うんじゃねぇ」
「本当の事なのに」
そうリイムに言われたシャチはおれ、がんばる!!と無駄にやる気を出し、希望に満ち溢れたような表情を浮かべている。ローはそんなシャチを横目に、ハァ、と二度目のため息をついた。

「兎に角、この記事の通り勝手に言わせておけばいい訳だ」
「そうそう、私は特に気にしないし!」
「むしろ互いに都合がいい。じゃぁ決まりだな、おれらは世間的にはそういう事だ」
「偽装カップルってやつね」
リイムもローも、話がまとまったなと、お互いに何事もなかったかのようにコーヒーを飲み始める。その様子を目の当たりにしたペンギンは、口をあんぐりと開けたまま呆然とする。しかしすぐに我に返ると大きく声を上げた。
「え、えー!?船長達ってば真面目に話してるの?え?待って待って!おれ、この会話が一番怖い!!」
「大真面目よ、ペンギン」
「何騒いでんだペンギン。フェイクだよ、フェイク。別に船内でおれらがいちゃこらする訳じゃねェんだし問題ねェだろう?」
「そうよ、高らかに交際宣言する訳じゃないのよ。言わせておけば勝手に話は膨らんで、勘違いするって事よ」
「ん?キャプテンとリイム付き合うの?」
話の流れがイマイチつかめていないベポがリイムに問いかける。そんな純粋な瞳で見つめられてはと、リイムはベポに微笑みかける。
「あら、ベポは嫌かしら?」
「むしろ良いと思う!」
「……話をややこしくするなフランジパニ屋」
「いやいや!なんかもう、そういう問題じゃないの〜〜〜!」
「おれ、そんなキャプテンとリイムにいつまでもついて行く!!」
どんどん進む話にシャチは瞳を輝かせ二人を見つめ、リイムもこの状況を面白がりながらボソリと呟く。
「あら……こんな大きい子の母親になるのね、私」
「おい死神屋、シャチはおれのガキじゃねぇ!」
「またすぐ怒鳴る……冗談な事くらいわかるでしょ?」
「てめェが言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
「もう、私こんな短気な彼は嫌だわ」
「オレもこんな可愛気のねェ女なんかゴメンだ」
「あら意外、トラファルガーは女性に可愛気を求めてるのね」
「言葉の!!文だ!!わかるか?」

ペンギンはこの状況に危機感を覚える。これ以上ややこしくなるとまずい……一体何が起きているんだと、冷静なのはきっとこの場で自分だけなのだろうと。そう思いペンギンは意を決して止めに、いや、神に助けを求めた。
「誰か!!この人達を止めて!!!」
「うるさい」「黙れ、ペンギン」
「はい、ごめんなさい」
圧倒的な迫力にペンギンは謝り黙り込む。何故この二人はこんなに息がぴったりなのだろうかと思いながら……
かくして、ここに奇妙な偽装カップルが成立したのである。

「(トラファルガーなら問題ないわね……死の外科医ぐらいじゃないとわざわざ恋人を装う意味がないわ)」
「(フランジパニ屋ならまぁ問題ねェ、死神ぐらいじゃねぇとフェイクの意味がねェ)」



「なあ、ペンギン」
「なんだシャチ」
「キャプテンとリイム、フェイクなんかじゃなくて付き合っちゃえばいーのに、とも思うんだけど」
嵐……ローとリイムが去った食堂で、ペンギンとシャチは新聞を広げたまま、ぽそぽそと話し出す。
「おれは今、非常に頭が痛い」
「え、キャプテンに診てもらう!?」
「そういう意味じゃねぇよ!」
はぁ、と大きな息を吹き出しペンギンに、シャチはまぁまぁ落ち着いてとなだめるように、空いたカップにおかわりのコーヒーを注ぎ足す。
「いやなんつーか、本気で偽装カップルとかフェイクだとか言い出すあの思考」
「や、ペンギンがそう思う気持ちはちょっとだけ分かるけど、本人達がいいならそれでいいと思うよ?」
「そこなんだよ!シャチ!」
「どこ?」
「普通、偽装するにしたって相手を選ぶなり、少しは考える時間をとったりするだろう?」
「うん、……まぁ」
「しかも、二人とも賞金首で、あんだけ大々的に新聞に載って……なのに、躊躇うこともなく、お互いを偽装彼氏彼女にする事を即答しやがった!」
「んー、どういう事?」

頭を抱えながらそうぼやくペンギンに、シャチも頭を抱える。ペンギンが言いたい事がわかるようでやっぱりよくわからない……もっと分かりやすく言ってくれよ、とシャチはペンギンに迫る。
「おそらくだな、あの二人の性格から推測するとだな、お互いにそれなりに認めてたり好意があったりするか、もしくは本当に二人とも正真正銘のぶっ飛んだバカで天然で鈍ちんって事だ!」
「あー、成る程ね!どっちもありそうで面白いなァ」
「面白いとかの問題じゃねェよぉ、前者だったらさ」
「おれはさっき言ったように、良いと思うんだけど。なんつーか、美男美女でお似合いだしな!」
「でもあの二人、永久にごっこしてそうでおれは!そんなんなったら見てられねェ!」
「まぁ、そうと決まった訳じゃないんだしさ、それに本当にくっつく時は勝手にくっつくもんだろう?二人ともいい年した男と女だ!少し考えすぎだぞ。気長に見守ろうぜ、ペンギン!」
「お前にそう言われると何か腹立つな」
「ちょっとそれどういう事?」
「そのままの意味だ」



「っくしゅん、あら、最近くしゃみが増えた気がするわ。それよりトラファルガー、この船にダンベルとかヨガマットとかはないのかしら」
「あ?ヨガマットはねェよ。ダンベルは……誰かしら持ってるんじゃねェか」
「そう。あ、バランスボールとかは」「ねェよ!!」
噂どころかペンギンが頭を悩ませているとも知らずに、リイムとローは各自の部屋へ向かいながら何気ない話をしていた。
「んなもん、何する気だ」
「何って、筋トレとかストレッチとか色々」
「へェ」
「剣士足るもの日々の鍛錬が重要。決して怠ってはならないわ。それが船であろうとなんだろうも……」
ローは真剣に筋トレについて話すリイムを少しだけ眺める。なぜ筋トレの話で苛ついたのかは分からなかったが、その頭をゴスッと小突いた。
「痛っ、何するのよ!」
「おれはあんまり筋肉質な女は趣味じゃねェんだよ」
「私だってムキムキになるつもりはないわよ」



ペンギンの苦悩

「ああ!!」
「なんだペンギン、まだ何かあるのか?」
「船長、船内では、って言ってたけど、もしかして外に出たら!!」
「あー、あぁ……変なところ真面目そうだもんな、二人とも」
「全力でカップルを演じそうだな」

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