〔89〕

決着の日から3日目、ますます騒がしくなるドレスローザ。リイムもゆっくりと寝ていたのは一晩だけで、その後はヴィオラから譲り受けたワンピースに、フードの付いた上着をすっぽりと被り、素性がばれぬよう王宮内を動き回り情報を得ていた。
「おつるに……大目付、センゴク……そろそろ、か」
もう王宮には、共闘した海賊達はほとんど残っていない。海軍の様子を見張る為、ルフィ達をこの島から脱出させる為に要所を見張っているのだという。そしておつる達が上陸したという情報。そうなれば……リイムの向かう先は決まっていた。

その前に、トンタッタ族の小人達が教えてくれたロー達が居るキュロスの家へ向かってもよかったのだが、リイムは王宮にいる事を選んだ。何かあった時に情報が得やすいだろうと思ったからだ。そしてその理由はもうひとつ。
「タイミングが、ね」
リイムは腕をぐっと伸ばしながら小さく呟いた。ウィッカがルフィやロー達に伝言があれば伝えると言ってくれたので、王宮にいるという事と、『もし何かあったら、どうにかする』という事を伝えてもらっていた。彼女がドジっ子できちんと伝わったかは怪しい、と後からヴィオラに聞いたが、当の本人はバッチリれす!と自信満々だったのでリイムはその件に関しては考えない事にした。
仮にだが、何かが起きた時のどさくさというか、慌ただしさに紛れてひょっこり戻れば少しは文句やら小言は減るんじゃないか、なんて思ったからだ。
その場しのぎかもしれない……結局、面と向かって会うのが怖いだけなのかもしれない。何を言えばいいのか、何と、言われるのだろうか……
リイムは振り返り王宮を見上げる。……この後、リク王が正式に王位復活を宣言する事もあって、人があふれそうな程に集まってきている。そして、レベッカも王女として……というのはこの国のこの後の話。私は私自身の未来を……と、リイムは誰にも聞こえないように小さく、ありがとうと呟き前へと歩き出した。



東の港付近。そこには瓦礫に寄りかかるローと、手にしたおかきを食べながら話し始めた、海軍、大目付のセンゴクがいた。
センゴクは、ある日自身にとって特別だった、息子の様に想っていた海兵が死んだのだとローに告げる。
「正直で人一倍の正義感を持ち信頼のおける部下でもあった……だが生涯に一度だけ私に嘘をついた。私は裏切られたんだ……
しかし理由があった筈。あの日の事件で消えたものは4つ。『バレルズ海賊団』、『私の部下の命』、『オペオペの実』、そして当時ドンキホーテファミリーにいた……『珀鉛病の少年』」
それはお前だろう?と言いたげな目のセンゴクに、ローははっきりと答えた。
「……!!ああ、おれだ」
答えを得たセンゴクはひとつひとつ、ローに確かめる。ロシナンテが半年間任務から離れた理由がローを病院へと連れ回っていたからだという事、ローを生かすためにオペオペの実に手を出し、そして死んだのだという事を。

「本当はふたりで逃げるはずだった!おれはあの人から命も、心ももらった!!大恩人だ!!だから彼に代わってドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた!!……だがこれがコラさんの望むDの生き方なのかわからねぇ」
「!!“D”!?」
ローの言葉に、センゴクは一瞬言葉を失う。こいつもそうなのか、と。Dはいつも数奇な運命に満ちている、と思いながら。それに何故か人を惹きつける、だからなのかと瓦礫の向こう側へと一瞬意識を向けた。
「麦わらと同じ様におれにもその隠し名がある!あんたはDについて何か知ってんじゃねェか??」
「……さァな、だが少なくともロシナンテは何も知らないはずだ……つまりその為にお前を助けた訳じゃない、受けた愛に理由などつけるな!!!」
瞬間、ローの脳裏には、「愛してるぜ!!」と笑顔を向けるコラソンの姿が浮かび上がる。ローの中に何かが込み上げ、センゴクに背を向ける。
「私がまだ現役ならお前らを檻にぶち込んでゆっくり話したが……」
「……?」
「ロシナンテの思い出を共有できる唯一の男が海賊のお前とはな……!だが……どうしても奴の為に何かしたいのなら、互いにあいつを忘れずにいよう……それでいい……お前は自由に生きればいい。あいつならきっとそう言うだろう……」
「……!!!」
自由に生きればいい……ローはセンゴクの言葉に思わず、帽子のツバを掴みグッと下げ唇を噛み締める。するとセンゴクが「それと、もうひとつ」と、空になったおかきの袋をくしゃりと握り、懐かしむようにほんの少し口角を上げた。
「ロシナンテも息子のように想っていたが、もうひとり……いてな。私の手には負えなかったが、ロシナンテも慕って、いや、振り回されていたと言う方が正しいか。それがシャイニーだ」

「えっ!?」
「なっ……」

ローはリイムの母であるシャイニーとコラさんが面識があった事にも驚いたのだが、それよりも、背後から聞き覚えのある声がした事に思わず身を返す。
「……リイム?」
声の主を呼べば、すぐに瓦礫の向こう側からバツが悪そうな顔……と言ってもフードを深く被っていてその表情ははっきりとは見えなかったが、そうであろうリイムがゆっくりと姿を現した。
「あー、えっと。……この人が悪いのよ?私は行こうとしたけれど、引き止めたりするから」



数分前、既にリイムはセンゴクの元を訪れていた。自分の母親について、シャイニーについて話を聞くために。リイムにおかきを勧めたが断られたセンゴクは自身の口におかきを放り込むと、ぽつりぽつりと思い出話をはじめたのだった。

「不思議な海兵だったよ。大人びた見た目と裏腹に天真爛漫というかな、やりたい放題、と言った方が似合うな。年齢詐欺だとよく言われとった。そして共に過ごしたのはたった数年、しかし濃い数年だった。入隊後すぐにその能力の高さと、天性のものなのか……幸運の女神と呼ばれるようになったよ」
あの時、マリンフォードのリイムの姿にシャイニーを重ねた。同じ様に確実に世界の中心に引き込まれていくだろうとな……そんな事を考えながらセンゴクは続ける。
「娘を産んだという話は噂で聞いてはいたんだが、まったく、今のお前さんは……腹が立つほどそっくりだ。だが、長く一緒にはいなかったようだな」
「ほとんど記憶にないわ。物心が着いた頃には私は“ひとり”だった。でも、こうなるのは自然な流れだったのかと。自分がそうしたかったように、愛情じゃなくて、私に“自由”をくれたのよ、あの人。すごく自分勝手だし、わがままだとは思うけど……今となっては、なんだかそう思える」
親子としての時間を過ごしてみたかったと思わない事はない。でももう過去は変えられない。そして今の私があるのは、あの人の、母のおかげだんだと思えるようになってきたから……そう思うとリイムは素直に自由という言葉を口にしていた。
「なんとも、シャイニーらしいよ。しかしまァ、七武海の右腕としてまた海軍に顔を出すとはな」
「それは、私も思ったわよ、先生の時だけでも驚いたのに」
「に、しても……その船長とは一緒じゃないのか、ちょっとばかし聞きたい事があったんだが」
バリバリとおかきを頬張りながらセンゴクはリイムに問い掛ける。その問いにリイムは少しだけ顔をしかめ、何と答えるか迷った。特に迷う理由などないはずで、別行動だとでも答えれば済んだ話だったのだが、何故かリイムはゴチャゴチャとした思考の中から一つの言葉を引っ張り出した。
「……迷子、なのかしらね」
その言葉がどういった意味なのかはセンゴクにはわからなかった。そのセンゴクの表情を見て、ローが迷子になっていると捉えられているかもしれない事にリイムは気付いたが、だからと言ってそれが私の事ですと訂正する意味はあるのだろうかと、小首をかしげて誤魔化した。
「?……まァいい。一つだけいい事を教えてやろう、お前達には……縁があるはずだ」
「それは、どういう事かしら??」
お前達というのはローと私の事だろうか、リイムがそう考えた所で、よく知った気配が近付いてくるのがわかった。それはセンゴクも同じだったようで、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「噂をすれば……どうやら奴が来た様だな、その“答え合わせ”をこれからするんだが、どうだ――」



リイムはローに、微妙な距離を開けたままこうなった経緯を話す。だから、聞いてしまったのは申し訳ないけれど、説明した。
「そうか、お前のほうが早かったか……同じ話をしようとは思ってた。謝る事はねェ」
「……そう」
目深く帽子を被ったままローはリイムにそう声をかけた。リイムの反応が今一つ掴めない。目の前にいるリイム。どんな顔をして、何と言葉にすればいいのだろうか。ローがリイムの所へと一歩踏み出すタイミングを計っていると、地鳴りのような音が一帯を包んだ。
「何だ?」
「ガレキが!?」
センゴクもハッと辺りを見渡す。町中の瓦礫が宙に浮かんでいく……こんな事をするのは、イッショウ、藤虎以外いないだろうと、その場にいた3人はそれぞれがため息をついた。

「ここで話をぶった切るとはな、海軍は空気が読めねェのか」
直ぐに動いたのはローだった。悩んでいる暇はないと、ローはセンゴクを通り過ぎ、その後ろにいたリイムに駆け寄るとその手を掴む。
「……私の知った事か、後はお前達の問題だろう」
「……」
行くぞ、とリイムの手を引きセンゴクの元から駆け出したロー。今までも何度も手を繋ぐ事ぐらいあった。しかし今この雰囲気での突然の行動に、リイムは少しだけ驚かされたが、遅れないようにとローのペースに合わせた。そして母シャイニーと、コラさんの繋がり……13年前ローに起きた出来事に思いを馳せる。
……私は何も知らなかった。今の話もほんの一部で……でもこれからはきっと知っていける。ローは今、生きているから。一体私は何を躊躇していたのだろうか……握られたままの手から感じる温もりに、リイムはぎゅっと力を込めた。

「……さっきのが、今まで話してなかった昔の出来事のひとつだ」
「……聞く手間が、省けた」
ぎゅっと手を握り返されたローは、もう一度自分の口から直接伝えなければと、走りながらリイムにそう告げた。ところが、もっと感情的に返事が返ってくると思っていたローにとって、リイムの熱のないようにも聞こえた返答は胸にチクリとくるものがあった。そりゃァそうか、そうだよなとローは思いながら、気付けばなんとも情けない言葉を口にしてしまっていた。
「……怒ってる、よな」
「……??」
一方のリイムは、港へと向かいながらのこの状況とはいえ、伝えたかった事、聞きたかった事、しまっていたものが今にもあふれ出しそうになっていた。自身の心を落ち着かせる為にも、まずは冷静にと考え、そして答えたのだったが……予想外の反応に、リイムは心の中で繰り返す。怒ってる?怒ってるのは私で、私が、ローに?
そんなローの言葉が胸にすとんと落ちると、あっという間にリイムの強張っていた心と、口元が緩んでいった。



ゆきのはて

「……おっ、怒っ……?フフっ、わっ、私が……おこっ……っ」
「あー、くそッ!!今のはナシだ!!リイム!」
「フフフっ、ナシって……無理よ、お腹、っ、痛い」

prev/back/next

しおりを挟む