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07

窓辺でうたた寝

「ほぉーっ、3位かぁ! 相変わらずやるねぇ。あんた」
「えへへ」
「すごーい! 織姫って、こんな頭良かったの?」
「とてもそうは見えないでしょ。けど、この子中学の時から勉強出来るのよ」
「鈴は2位かぁ。文武両道とはこのことだね。入学式の時の新入生総代もあの子だったでしょ」
「そうなの!? そりゃ、先生たちも頭上がんないわけだわ」

皆の会話を聞きながら四列目に並ぶ自分の名前を見つけ、そっと胸を撫で下ろした。
最近は何かと勉強が疎かになることも多く密かに心配していたのだが、中間考査から順位を落とさずに済んだみたいで良かった。この結果なら要さんにもいい報告が出来るし、きっと喜んでくれる。
決して悪い意味ではないのだがこれくらい出来て当然と考えている節がある先生や、天才肌で学生のころは特にこれと言った苦労をしたことがないらしく勉強や進路に対して関心が薄いギンとは対照的に、自身も人一倍勉学に励んできたと語る要さんは私の成績に関してもことある毎に気にかけてくれていた。そんな経緯もあって私も試験の結果が出た時は真っ先に彼に伝えるようにしている。

「お! なまえは4位かぁ。あんたも相変わらず要領いいわね」
「ふふっ、まあね」
「全く、嬉しそうな顔しちゃって……今日は先生たちも来るの?」
「うーん……期末の結果が今日出ることも伝えてあるし、多分来るんじゃないかなぁ」

断言出来ないのは、約束しているわけではないから。とは言っても、昔から順位が発表される日はよほどのことがない限り顔を出してくれる要さんのことだから、今日もきっと時間を作ってくれているだろうけれど。

「そっか。なら、早く帰らないとね。あんたのことだから、ごはん作って待ってるつもりなんでしょ?」
「うん。忙しいと適当に済ませちゃってるみたいだから、ウチに寄ってくれた時くらいちゃんと食べて欲しいもの」

そんな会話をたつきと交わしていた時には、まさかこんな目に遭うなんて考えもしなかった。何がいけなかったのだろう。やっぱり道中で嫌な気配を感じて、思わず足を止めてしまったことだろうか。
生温い風と重苦しい圧をまとう空を見上げている内にだんだん目が慣れてきたのか、その一部に走った亀裂が墨汁のようなものを垂らしながらジワジワと広がっていく瞬間をはっきりと捉えることが出来た。同時に、根拠こそないがそれが虚が出てくるためのものだと確信し、慌てて走り出した。
案の定、背後でガラスが割れるような音が聞こえ、空気が震えるほどの咆哮を上げながら姿を現した虚は眼下を見渡して私に的を絞ると一直線にこちらへ向かってくる。
一護や朽木さんと違って戦う術を持たない自分には、逃げることしか出来ない。死にたくない。息を吸う度に胸が痛むし、両足だって鉛のように重くなって時折もつれそうにもなるけれど、せめて一護たちと合流出来るまでもってくれたらいい。きっと二人も虚の出現に気づいて向かってくれているはずだから。

「みょうじ、伏せろ!」
「! 朽木さん……ッ、」

一縷の望みに縋るようにひたすら走り続けていると、正面から現れた朽木さんがそのまま私を追い越して背後の虚へ自身の指先を向けた。

「破道の四・白雷!」

それが死神の力なのだろうか。振り下ろされる触手に向かって電撃のようなものを放つのが見えた。けれど、触手を焼き切ることも勢いを殺すことも適わず、地面を抉る既のところでどうにか引き寄せることが出来た朽木さんもろとも転がるようにして虚から距離を取った。

「……、朽木さん、大丈夫?」
「あ……っ、ああ」

二撃目に備えて再び虚が触手を振り上げる。
一度足を止めてしまったからだろうか。張り詰めていた糸が切れてしまったらしく、ここまでごまかし続けてきた疲労が一気に押し寄せてきたのも相まって体が言うことを聞かない。

(……先生……ッ、)

もし、私がこのまま死んだら、あの人たちは悲しんでくれるだろうか。要さんは素直に悲しんでくれそうだし、ギンは表に出すことはないだろうけれどひっそりと寂しがってくれるかもしれない。なら、先生はどうだろう。
あの人が取り乱した姿なんて想像もつかないけれど、ほんの少しでも悲しんでくれたら嬉しいな。三人の姿を思い浮かべながら覚悟を決めて目を閉じると、瞼の裏で白い羽織りがはためいたような気がした。



「──もう諦めちゃうんスか?」

頭上には空の代わりに深海が広がり、足元には大地の代わりに大小様々な浮き島が点在する。次に開けた瞳が映したのは、そんなひどく見覚えのある景色。ここは彼が暮らす夢の中の世界だ。

「あなたはまだ自分の力を何一つ使っちゃいない。にも関わらず、あの程度の虚相手に目を瞑り、ずいぶんと呆気なく己の死を受け入れようとしている」

やっぱり店長さんと瓜二つの彼がそこにいた。白の羽織りをなびかせながら現れた彼は、普段とはかけ離れた厳しい口調で私に語りかけてくる。

「どうしたんです。言い返さないんスか? いつものあなたらしくない」
「だって、あなたの言うとおりだから。それに私に虚と戦う力なんてあるわけ……」
「ある日突然、死神や虚が見えるようになり、持て余していた霊力もあの男の霊圧を介してコントロールする術を手に入れた。目の前には固く閉じられた扉があり、それを開くための鍵は既にあなたの手の中にあるんスよ」
「……でも、急にそんなこと言われても……」
「大丈夫。ボクも力を貸します。二人でなら、何が向かって来ようが敵じゃありませんよ」

ね、と今までの態度が一変。へらりと相好を崩した彼が手を差し出し、私も間髪を入れずにその手を取った。まるでそうすることが当たり前であるかのように。
そうやってお互いの手が重なった次の瞬間、目の前をスノーノイズが走り瞬き一つで景色が切り替わった。

「みょうじ? お前、その刀……」

目の前には相変わらず触手を振り上げた虚がいて、現実の世界へ戻ってきたことを悟ったと同時にいつの間にか手に持っていた刀を構えながらゆっくりと立ち上がる。

「──いいですか? この力を使うためには僕の名前を知る必要があります」
「名前?」
「ええ。ようやくあなたに名乗れる時が来ました……さぁ、僕の声に合わせて」

背後から柄を握る手に彼の大きな手のひらが添えられ、胸を満たす安心感を感じながら声を張り上げた。

「叶えろ・造り子!」

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