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06

窓辺でうたた寝

あまりの人の多さにいつの間にかはぐれてしまった織姫やたつきを探している内に番組の開始時刻が迫っていたようで。撮影機材を担いだスタッフさんたちが建物へ近づいた途端、辺りに響き渡ったまるで地を這うような叫び声に思わず両耳を塞いだ。
廃病院から伸びる鎖に囚われているその人が発するそれは、虚に近いものがある。距離がある分何とか耐えられないこともないけれど、建物に群がる私たちを威嚇するかのようでどうしたって気分のいいものではない。
もう撮影なんてどうでもいいから、早く治まって。そんなことを思いながら耳を覆う両手により一層力を込め、さらに目をきつく閉じると、不意に覚えのある手が後頭部に添えられた。

「大丈夫。あの時と同じっスよ。アタシの波長に合わせて、徐々に霊圧を安定させていくんス」

そのまま力強く、けれど優しく引き寄せられ、額が目の前の黒へぶつかった。
座り込んでいるか、立ったままかの差はあるがあの時とよく似た体勢と同じ声に促されて、ようやく自分の中の何かがぐらぐらと不安定に揺れていることを自覚した。
あの時と同じだと言うのならそうなのだろうと、忘れかけていた感覚を必死に手繰り寄せながらぐらつくそれを抑え込んでいくと、二回目だからか以前よりもすんなりと落ち着きを取り戻していく。

「……どうやら落ち着いたみたいっスね」
「……ありがとう、ございます。また助けてくれて……えっと、」
「んん? ああ! これは、ご挨拶が遅れまして。浦原喜助と申します。浦原商店と言うしがない駄菓子屋の店主をやってます。以後、お見知りおきを」
「浦原、店長さん……?」

ぱんっと勢いよく広げた扇子でニヤついた口元を隠す店長さんは、見れば見るほど夢の中の彼とそっくりだ。強いて違いを挙げるとすれば口調や表情は彼の方がやや硬いだろうか。きっと、本人はそれを聞いて嫌な顔をするのだろうけれど。

「ところで、あの後大丈夫でしたか? 体調を崩したり、また虚に襲われたりは……」
「いえ。あれから虚とも一度も出くわしませんでしたし、いつもどおり過ごせています」
「そうでしたか。それは何より……」

上手く言い表せない安堵感からすっかり抜け落ちていたけれど、ぐらついた原因を取り除いたわけではなく。再び、一際大きく響き渡ったそれにビクリと肩が跳ねた。

「何? あれ……人なのにまるで虚みたい……」
「半虚っスよ」
「半虚?」
「胸の孔も完全には空いていないみたいですし、この場所に強い未練がある整が虚に堕ちかけている状態と言ったところっスかね」
「そんな! なら、早く魂葬しないと……!」
「おや? 魂葬のことまでご存知でしたか。心配しなくても、本来整は長い時間をかけて虚に変化していくものです。胸の孔に極端に刺激を与えたりしなければ、今すぐどうこうなると言うものでは……」

店長さんの言葉を遮るかのように突然上がったそれは、今までの声が可愛らしく思えるくらい悲惨なものだった。歓声に包まれる中、上空から颯爽と登場したドン・観音寺が構えたステッキで胸の孔を力任せに広げ始めたのだ。
痛い、苦しい。何で俺がこんな目に、何もかもあいつが悪い。全てが憎い。文字どおり断末魔の叫びを通して伝わってくる彼の感情に心臓が嫌な音を立てる。
落ち着いたはずの何かが再びぐらつき始めたことに加えて息まで上がってきたころ、冷や汗でじんわりと湿った背中に店長さんの手が添えられた。

「あなたがあれを慮って、心を痛める必要なんてないんスよ」
「……、店長さん……?」

店長さんの声が全てを攫っていく。半虚の声も、それを通して伝わってくる負の感情も。どんなに両耳をきつく塞いでも完全に遮断することは叶わなかったのに。

「とは言っても、これはあまりいいとは言えない展開っスね」

目の前に張られたロープの柵を飛び越え、観音寺さんの元へ駆け寄る一護の姿が見えた。きっと、完全に孔が空いてしまう前に魂葬するつもりなのだろう。けれど、カメラが回っている今の状況ですんなりことが運ぶはずもなく。案の定、死神化させようとした朽木さんもろとも何人もの警備の人に取り押さえられてしまっている。

「……仕方ないっスね。みょうじサンはここにいてください。心配しなくても、こちら側にあれの霊圧は通しません」
「えっ……あ、あの……」

そう言うやいなや店長さんは口角を軽く持ち上げると、黒の羽織りを翻しながらあっと言う間に人ごみの中へと消えてしまった。

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