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04

窓辺でうたた寝

「なまえ、一緒に昼飯食おうぜ?」

知りたいこと教えてやるから、と終礼のチャイムが鳴るなり声をかけてきた一護の陰にそんな言葉が聞こえたような気がして一にも二にもなく頷いた。
今度ちゃんと話すから、と有耶無耶のまま帰宅を促されてから数日。約束を守ってくれたらしい一護の後に続いて屋上に出ると、どこか険しい顔をした朽木さんが私たちを出迎えた。

「朽木ルキアだ。同じクラスに所属してはいるが、こうして腰を据えて話すのは初めてだな」
「えっ? あ……うん。言われてみると確かにそうだね。みょうじなまえです。よろしくね?」
「何、今さらそんな堅苦しい挨拶してんだよ。さっさと食おうぜ。食いながらでも話は出来るんだしよ」

それもそうだね、と頷き、屋上の柵に背中を預けるような体勢で横並びに揃って腰を下ろす。

「──ふーん。ってことは、最近一護が授業を抜け出したり人気のないところで倒れていたのは、朽木さんの代わりに虚を倒していたからってこと?」

膝の上に広げたお弁当をつつきながら2人(と言うより主に朽木さん)が教えてくれたのは先日遭遇した虚と、この世界に留まる幽霊を守るために虚と戦う死神についてだった。曰く、訳あって死神の力を失った朽木さんに代わって一護が死神の仕事をこなしているのだとか。

「ああ……それにしても、幽霊だけじゃなくてまさか死神や虚まで見えるなんてな。何で今まで黙ってたんだよ?」
「えっ? いや、言わなかったと言うか、そもそも最近まで幽霊すら見えなかったし……」
「そうなのか?」
「うん。チャドくんが連れてたインコの中に男の子が見えた時が初めてで──ところで、彼は元気?」
「彼……ああ、コンのことか? あいつなら騒がしいくらい元気にしてるよ」
「へー、コンくんって言うんだ? 元気なら良かった」

機会があったら、コンくんにもまた会いたい。

「本来なら記憶置換を使うところだが、死神や虚が見えるだけの霊力を持っているなら事情を知っておいた方がいいだろう。万が一、一人の時に出くわしても気休めくらいにはなる」

ちなみに、普段の朽木さんの振る舞いはこちらの生活に馴染めるように作っているものらしいと説明の過程で知った。
コンくんの一件では少なからず驚いたけれど、今の方がずっと自然体に見えるし、何より素を見せてくれたことでクラスメイトから友だちになれたような気がして嬉しい。

「まあ、そこまで難しく考えることもねーよ。俺たちがいるんだ、いつもどおりでいたらいいって」
「うん。頼りにしてます」



ざぱんっと、背中から叩きつけられるように落下した体が大小様々な泡を無数にまとってゆっくりと沈んでいく。けれど、不思議とそこに息苦しさはない。そのまま流れに身を任せていると、やがて波打ち際に寄せる白波のようなそれに視界を覆われた次の瞬間、ひどく懐かしい景色が目の前に広がった。

「──どうやら、ようやくボクの声が届いたみたいっスね」
「……あなたは……、」

先生に引き取られるまで、同じ夢をよく見ていた。

「いやぁ、それにしても久しぶりっスねぇ。あなたが最後にここへ来たのは、彼らに引き取られる前の晩でしたか」

無造作に跳ねる色素の薄い金髪と、所々で間延びする独特な口調。一護が着ていたのと同じ黒い着物に、真っ白な羽織り。
あの人は深く被った帽子で隠していたから眠たそうな印象を受ける目元はあくまで予想になるけれど、どんな些細なことでも包み隠さず打ち明けてきた先生にすら秘密にしているここで暮らす彼は、コンくんの一件で私を助けてくれたあの人とよく似ていた。

「……あなたは、一体誰なの?」

私たちは記憶の大半を共有しているらしく細かく言わなくても質問の意図を正しく理解しているはずなのに、その上で敢えて煙に捲こうとする時の顔はあまり好きじゃない。加えて、記憶に限らず感情の一部まで共有しているようで、彼はアハハ、と何とも力の抜ける声で笑った。

「いやだなぁ。そんな顔しないでくださいよ。せっかくのかわいい顔が台無しだ」
「なら、ごまかさないでちゃんと答えてよ。この間、あなたとそっくりの人と会ったの……どうしてこっちにもあなたがいるってこと言わなかった?」
「あんなのと一緒にされるのは心外っスね。言ったでしょう? 本来、ボクと言う存在はいない。ここにいるボクだってあなたの心を映し取った仮の姿にすぎないって」
「うん、聞いたよ。でも、そんなこと言われてもやっぱり分からないよ」

彼の外見に特にこれと言った思い入れがあるわけじゃないのだから。

「……ま! 今はまだ分からなくていいっスよ。いずれあなたが望もうが望まなかろうが、知らざるを得ない時がやって来るでしょうから」
「どう言うこと?」

一瞬で距離を詰めた彼の指先が私の体を優しく押した。体が後ろへと傾き、ヘラリと口角を上げながら呑気に手を振る彼の姿が遠ざかっていくにつれて頭上に広がる深海が確かな意思を持って迫ってくる。そして、呑まれる。

「──ちゃん、……なまえちゃん、起きてや?」
「んぅ……、ギン?」
「何や魘されとったら起こしてもうた。ごめんなぁ」

ゴポゴポと体にまとわりつく泡の立てる音が徐々に遠ざかっていく中、ふと、額に温もりが宿った。温もりと言っても決して高くないどころかややひんやりとしたそれに促されるように瞼を上げると、ぼやける視界に淡く輝く銀色が映り込んだ。
いつ来たのだろう。こんな時間まで仕事していたのだろうか。怖い夢でも見たん、とまるでうんと小さな子を相手にするかのような口振りで問いかけてくるギンに苦笑いで返しつつ、体にまとわりつく布団を退けながら上体を起こした。

「お腹空いてない? 簡単なものになっちゃうけど、何か作ろうか?」
「別にええよ。こっち来る前に軽く摂ってきてん」
「そっか。じゃあ、お茶でも淹れようか? 待ってて、すぐにお湯沸かすから」
「そんならボクがやるわ。なまえちゃんはここにいとき」

そう言ってキッチンの方へ消えたかと思うと、少しして両手にマグカップを持って戻って来たギンはその内の一つを私の方へと差し出した。

「はい。ホットミルクでも飲みながら少しお話しよ?」
「ありがとう……ん、おいしい」
「そらぁ、良かった」

ベッドの縁に並んで腰を下ろし口をつけたホットミルクは、ほんのり甘い。これはハチミツだろうか。さり気ないギンの気づかいと合わさって体だけでなく胸の辺りまでポカポカと温まってくるような気がする。すると何となく無性にそうしたくなってギンの肩に頭を預けると、耳元で微かな笑い声が響いた。

「何や、今日のなまえちゃんはずいぶんと甘えたやなぁ。さっき見た夢がそない怖かったん?」
「うーん……」

どうせ信じてもらえないだろうとか、彼に口止めされているとか、そう言うわけでもないのに夢のことを話す気にはなれなかった。むしろギンなら馬鹿にしたり笑ったりしないだろうけれど、こればっかりは自分でも上手く説明出来ないのだから仕方がない。

「どんな夢だったんだろう。そこまで怖くない夢だったような気もするし……よく覚えてないや」
「そっか。まあ、ほんまに怖い夢やったら思い出させてもかわいそうやし、忘れたままの方がええかもしれへんなぁ」

気がつくと空になっていたマグカップが手の中から抜き取られる。
さぁ、ええ子は寝る時間やで、と流れるようにベッドの上へと寝かせられ首元まで布団を引き上げられた。

「なまえちゃん、明日も学校やろ? さすがに寝んと寝坊してまうよ」
「うん……あのね、ギン。今日は来てくれてありがとう。久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「どういたしまして」

布団越しにお腹の辺りで柔らかく跳ねる手につられて、瞼が次第に重みを増していく。今度は夢も見ないくらい深い眠りに落ちていった。

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