脱色 | ナノ
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02

死にたがりを生かす方法

どうやら七緒さんが戻ってくるのを待っている間に眠ってしまったらしく、柔らかく差し込む月明かりと肌を撫でるひんやりとした風に自然と瞼が持ち上がり、その流れのまま体を起こすと肩から桃色の羽織りが滑り落ちた。

「──目が覚めたかい?」
「京楽さん……? あの、これ……」
「ん? ああ、女の子が体を冷やしちゃ良くないからね」

確か、京楽さんがこんな感じの羽織りを身につけていたような──そんなことを考えていると、その勘は正しかったようで。
窓辺で月見酒を嗜む京楽さんへお礼とともに羽織りを返却しつつ、七緒さんの姿が見当たらないことに首を傾げた。京楽さんに声をかけてくると言っていたから、てっきり一緒に戻ってくると思っていたのに。

「七緒ちゃんには席を外してもらったんだ。人が少ない方が君もいくらか話しやすいんじゃないかと思ってね」

不思議に思っているところへすかさず投げかけられた言葉に自然と背筋が伸びる。
あの時、チャドくんにトドメを刺さなかったのは私に聞きたいことがあるからだと言っていた。結局、京楽さんの質問を遮るような形で舞い込んできた先生の訃報にそれどころではなくなってしまったけれど、この人が有耶無耶のままにしておくはずがないだろうなと心のどこかで確信していた。本気で向かってくる敵に情けをかけてまで聞きたかったことなら、なおさら。
わざわざ二人きりになる機会を作ってまで一体何を聞かれるのかと固くなるこちらの心内を察してか、京楽さんは苦笑を一つ零した。

「そんな緊張しなさんな。あの時聞こうとしたこととは違うんだけどさ……それ以上に君と惣右介くんの関係を知りたくてね」
「……先生……?」
「斬魄刀や鬼道を使っちゃいるが、君はれっきとした人間だ。本来なら死神と関わるはずのない君がそんなにも惣右介くんを慕う理由がどうも気になってね……聞かせちゃくれないかい?」

先生が死んでからまだ日も浅いのに話したくないと言うのが本音だけれど、それはここまで理由を聞かずに力を貸してくれたこの人に対して失礼だろうから。

「……私、親の顔を知らないんです。生まれてすぐ施設の前に捨てられていた私は12歳までその施設で育ちました。そこの園長と先生が古くからの友人とかで、園長に会いに来るたびに私のことまで気にかけてくれて……いつしか私の保護者の代わりを買って出てくれるようになったんです」

物心がつく前から園で育った私はどこで生まれたのかもどうして捨てられたのかも分からず、親との繋がりを証明してくれるのは自分の名前だけ。
そんな私の世界は園とそこで暮らす人たち、そしてほんの少しの外との繋がりで成り立っていた。そのことに不満があったわけでも、嫌気が差したわけでもない。ただ、あの人たちがくれたものが特別だっただけ。
自分だけにかけてもらえる"おかえり"や"いってらっしゃい"や、食卓を囲んでその日にあったことを聞いてもらえる時間がどれほど貴重で幸せなものなのかを知ってしまっただけ。
もちろん、規則を破ってまで園に置いてくれた園長や、赤ん坊のころから見捨てることなく育ててくれた皆のことは大好きだし感謝しているけれど、差し伸べられた手を取ることや園を出ることに迷いなんてなかった。

「今は先生たちが忙しい合間を縫って様子を見に来てくれているけど、次の仕事が一段落したら少し時間が取れるようになるから。そうしたら引っ越して一緒に暮らそうって言ってくれたのに……ッ」
「なまえちゃん……辛い話をさせてごめんよ」

ふと、衣擦れの音が聞こえたかと思えば、頭に大きな手が乗せられた。途端に喉の奥からこみ上げてくる熱いものをどうにか飲み込んでその手をそっと押し返す。
この人は目的のためなら手段を選ばない節があるけれど、本来なら殺すなり捕らえるなりしなければならない相手をここまで気にかけてくれるのだから優しい人であることには変わりない。けれど、その優しさに甘えるわけにはいかない。一度甘えてしまったら先へ進めなくなってしまうだろうから。
それに、京楽さんには悪いけれど私が心から求めているのはこの手じゃない。

「……実は、君が眠っている間にこっちにも動きがあってね。ルキアちゃんの処刑時刻に変更があったんだ」
「え……?」
「最終的な処刑時刻は、明日の正午だ──でも、決めたよ。たった今から、ボクは君の側につく」
「どうしてですか?」

京楽さんは答える代わりに目元に弧を描くと、ゆっくりと腰を上げた。それに合わせて背後の扉が開き、七緒さんが姿を現した。
何となくそんな気がしていたけれど、席を外したとは言ってもやっぱりすぐ傍に控えていたらしい。

「さて……七緒ちゃん、なまえちゃん。行くとしようか。ルキアちゃんの処刑を止めに」

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