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01

死にたがりを生かす方法

京楽隊長が単身、懺罪宮へ向かってしばらく。辛うじて四深牢の上部が見えるくらい離れたここまで届くほど時折不自然に急上昇しつつ、ぶつかり合っていた二つの霊圧が落ち着きを取り戻したことでそこでの戦いにひとまず決着がついたことを悟った。
隊長が向かったのだから彼女の命が脅かされるような万が一の事態が起こることなんてないと分かってはいるものの、無事な姿を実際に確かめるまでは、やはり気が気でない。ざわつく胸元をごまかすように死覇装の襟の合わせ目をきつく握りしめたところで、これでは隊長のことを言えないと自嘲の笑みを浮かべずにはいられなかった。

(隊長に釘を刺しておきながら、彼女に肩入れしているのは私も同じ……)

むしろ、あの時の言葉は自分への戒めだったのかもしれない。入隊して間もないかつての私に一つの可能性を示してくれた彼女と瓜二つの少女との邂逅に舞い上がって気を許してはならないと。けれど、やはり無理だ。

「──京楽隊長!」

ふと、一陣の風が吹いた。かと思えば、よく見慣れた桃色の羽織りが大きくはためき、京楽隊長が目と鼻の先に音もなく降り立った。
その腕に大切そうに抱えられている彼女の元へ駆け寄ると、頬の切り傷が多少の血が滴ってはいるものの、それ以外に目立った外傷は見当たらない。無事だったことが分かったところでようやく胸をなで下ろした。

「んっふふー……そんなあからさまにホッとした顔しちゃって。何だかんだ七緒ちゃんもなまえちゃんのこと心配してたんじゃない」

そうやって締まりのない顔で敢えて口にする隊長が小憎らしい。せめてもの抗議として言葉の代わりにジト目を向けると、隊長はまあいいや、とつぶやきつつ彼女をそっと地面へと下ろした。

「七緒ちゃん、なまえちゃんのこと頼んだよ。女の子の顔に傷が残っちゃったらかわいそうだからね」
「……はい」

隊長からの指示に今さら渋る理由もなく八番隊の隊舎へ戻ってくるなり回道を施せば、彼女は跡形もなく消え去った傷痕を指先で撫でながら感嘆の声を漏らした。

「すごい……鬼道ってこんなことも出来るんですね」
「……回道と言います」

かつてのあなたが入隊して間もない私に教えてくれたんですよ、と言う言葉は既のところで飲み込んだ。言ったところで、私たちに関わる記憶を持たない彼女をただ困らせるだけだと言うことは明白だからだ。



彼女との思い出など片手で足りるくらいしかない。当然と言えば当然だ。
かたや自身の斬魄刀も持たず、鬼道も霊術院で習う程度のものしか習得していないような新入隊士。かたや近々上位席官への就任が噂されるほどの逸材。矢胴丸副隊長との読書会が特別だっただけで、200人を超える隊士が在籍する中で雲の上の存在と言っても過言ではない相手と言葉を交わす機会など、ない方が自然ですらあった。
だからだろうか。彼女に関わる一つ一つの記憶がより一層、色濃く残っているのは。

「──痛いの、痛いの……飛んでいけ」

恐らく何かの拍子に転んで、その際に運悪く引っかけてしまったのだろう。もはや原因も覚えていないくらい些細な傷を両の手のひらで包み込んだかと思うと、幼子を宥めすかす際によく耳にするまじないを唱えた。

「──はい、おしまい」
「! 傷が……ない……」
「回道って言うの……これはちょっと違うけど。七緒ちゃんは鬼道が得意って聞いたから、いざと言う時のためにこう言うのも使えた方がいいんじゃないかなって」
「どうしてですか? 治療専門の四番隊がいるのに……」
「一概には言えないけど、私は自分にとって大切な人の命を一分一秒でも長くつなぐための手段を一つでも多く持っていたいからかな」
「大切な人? 京楽隊長や、矢胴丸服隊長のことですか?」

彼女は──なまえさんは無言で笑みを浮かべるだけで、否定も肯定もしなかった。その姿がどこまでも綺麗だったから、今でも鮮明に覚えているのかもしれない。
同時にその笑みの理由を知りたくて、ひたすら鬼道の腕を磨いた。四番隊と同等とまでいかなくても、小さな傷なら一瞬で治せるくらいの回道を会得出来るようになればと。



「あの……?」
「……すみません。少し考えごとをしていました。それより、他に痛む箇所はありませんか?」

遠慮がちにかけられた声にハッと我にかえった。大袈裟に跳ねる心臓を取り繕いながら問いかけると、彼女は思い返すように黒目をクルリと動かしてから首を横に振る。

「そうですか……では、京楽隊長に声をかけてきます。あなたはここで待っていてください」
「ぁ……あの! 治療してくれてありがとうございました。えっと、七緒さん……?」
「……、いえ」

たどたどしく呼ばれた名前が堪らなく寂しかった。

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