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10

廻廊へようこそ

「──三日じゃ。三日でこやつをお主より強くする。それまで勝手じゃが、しばしの休戦とさせてもらうぞ。追いたくば追ってくるがいい。瞬神・夜一……まだまだお主らごときに捕まりはせぬ」
「……逃げられちまったな──っておい、どこへ行くんだ!? こいつらを始末しに来たんだろうが!」
「興味が失せた。後は好きにしろ」

かつての同僚が再会を懐かしむ間もなくこの場を後にした後、答える間ですら足を止めることなくみるみる遠ざかっていく背中に相変わらず勝手な奴だよ、と悪態をついた後ろでついさっきまで白哉と戦っていた少女が膝から崩れるようにその場に座り込んだらしい。振り返ると、慌てた様子で駆け寄る朽木や旅禍の青年が目についた。

「おいおい、大丈夫かよ!?」
「うん……何か、力抜けちゃって……」
「……ッ、馬鹿者! こんなところまで来て、その上兄様に戦いを挑むなど……!」
「ごめんね? 心配かけて……でも、友だちを助けたい気持ちは私も同じだから」
「馬鹿者……! お前も、一護も本当に──、ぅ……ッ」
「朽木さん!?」

彼らを安心させるためか、へらりと相好を崩した姿があのころと寸分の狂いもなく重なる。あの時、行き着く先が少しでも違っていれば部下となまえがここではない日常の中で穏やかに交流を深める未来があったのだろうかと、懐かしさの中に無視は出来ない程度の寂しさを感じながら二人の会話を見守っていると、不意に朽木が呻き声を漏らしながらその場に倒れ込んでしまった。
白哉が去り、なまえの無事を確認したことで緊張の糸が切れたのだろう。無理もない。

「──さてと、それじゃ呼んでみるか」

その腕を信用していないわけではないが、白哉が斬魄刀を解放して戦っているとなれば二人には少しばかり荷が重い。危険だからついて来るなと念を押したが、二人のことだ。十中八九近くにいるに違いない。
試しに声を張って名前を呼べば案の定、仙太郎と清音が弾丸のごとく頭上から降ってきた。かと思えば相変わらずの言い争いを始めた二人を適当に窘めつつ、この先の指示を出すべく改めて口を開く。

「……とにかく、清音は旅禍の二人を四番隊の救護牢へ。恐らく負傷した他の旅禍もそこにいるはずだ。仙太郎は朽木を……もう一度牢に入れてやってくれ」
「……はい」

皆が同じく叶うのならば抗いたい気持ちでいるが、それでも今はそうするべきでないと俺の指示に従い、朽木の元へ歩み寄る仙太郎の前に旅禍と四番隊の青年が立ちはだかった。それもそのはず、彼らは朽木を救い出すべくここまでやって来たのだ。敵対するのも当然ではあるのだが、どう説得するべきかと考えを巡らせていると、意外にも真っ先に口を開いたのは朽木諸共二人の背に隠されたなまえだった。
ここは俺たちに従おう、と。旅禍の青年が困惑のあまり思わず語気を強めようとなまえはあくまで平静さを保ったまま続ける。

「私も岩鷲くんもここへ来るまでに消耗しすぎた。今、朽木さんを連れ出そうとすれば流石にこの人も見過ごしてくれないと思うけど、だからと言ってまともに戦って隊長格に勝てるとも思えないよ」
「だからって大人しく牢に入るつもりかよ!? そもそも俺たちを助ける筋合いなんてねえし、本当に捕まるだけかどうかも分からねぇだろ!」
「もしそうなら、さっきの人を止める必要なんてなかったはずだよ。それに、夜一さんが私たちを置いて行ったことも少なくとも殺されることはないって判断したからじゃないかな?」

仲間を説得する形を取ってはいるが、決してこちらを信用したわけではない。証拠になまえの右手は始解状態の斬魄刀を握り締めたままなのだから。
恐らく朽木の救出と自分たちが置かれている状況を秤にかけ自分たちの命を取ったにすぎず、もし俺がここで少しでも怪しい素振りを見せれば容赦なく斬りかかってくるに違いない。もちろん、こちらにもそんなつもりなど毛頭ないが。

「君たちを手にかけるなんて出来るもんか。例え手段は悪くとも、俺の部下を助けようとしてくれたことには変わりないんだ」

俺の言葉を信じる気になったのか、それともなまえ同様、戦うことが得策ではないと踏んだのか定かでないが旅禍の青年が歯噛みしながらも四番隊の青年を伴いつつ朽木の前から退こうとした次の瞬間、彼の背後で派手な柄の羽織りがはためいたかと思えば、その体が大きく傾いた。

「岩鷲くん!?」
「まあまあ……そう慌てなさんな。彼なら気を失ってるだけだよ」
「……京楽さん……?」
「やあ、さっきぶりだね」
「──ぁ、これ、お返しします。せっかく貸してくれたのに勝手に持って行ってごめんなさい」

ふと、なまえが思い出したように首元にかかっていた編笠の結び目を解くと、そのまま京楽へと差し出した。
死覇装はともかく編笠とは、現世から来た割には不自然な格好だとは思っていたが京楽からの借りものだったのか。確かにこの場に現れた彼は珍しく素顔を晒している。

「ああ、別に気にしちゃいないよ──それにしても、ずいぶんと無茶をしたもんだね。女の子がむやみに傷を作るもんじゃないよ……と言いたいところだけど、彼と戦ってこの程度で済んだのなら不幸中の幸いと言うべきかな」
「話を切るようで悪いが、いくら何でも乱暴すぎやしないか? お前らしくもない」
「こっちにも色々と事情があってね」
「全く……まあいい。とりあえず仙太郎は朽木を牢へ戻してくれ。清音は二人を四番隊の救護牢へ……」
「いや、この子の身柄はボクが預かるよ。それじゃ、行こうか?」
「え……?」

そう言うやいなや、自身の腕の中に閉じ込めたなまえ諸共京楽の姿が目の前から消えた。
わざわざ彼に白伏をかけたのは初めからこうするつもりだったからかと、瞬く間に遠ざかっていく霊圧にため息をつかずにはいられなかった。

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