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06

廻廊へようこそ

「──またハズレ」

一発目は片手で弾かれ、それ以降は悉く躱される。一発も決定打にならないのではなく、掠りもしないのだ。
副官補佐と隊長格でここまでの差があるのか。あまりにも遠すぎる。

「もう止しなよ。君の技は確かにすごいさ、人間にしちゃ相当なもんだ……だけど、ボクには当たらない。このまま続けても先は見えてるんじゃないの? そろそろ諦めて帰ったらどうだい」
「忠告どうも……だけど、退くわけにはいかない!」
「……止せと言ってる」

ここで大人しく引き返すようなら初めから戦いを挑んですらいない。上がり始めた息を強引に鎮め、再び振るった拳は、しかし最小限の動きで躱された。

「分かってるはずだ。技には消耗限界を超えると全く出せなくなるものと、それを超えても命を削って出し続けられるものがある。君の技は明らかに後者だよ」

そのまま目で追えないほどのスピードで背後へと回り込まれ、指先が右腕の鎧に触れたかと思うと凄まじい将撃に見舞われ、体が地面を転がっていく。

「そして君は今、消耗限界なんてとうに超えてしまってる。悪いことは言わないから帰んな。これ以上やると本当に死んじゃうよ」
「……、チャドくん……ッ!」
「……ッ、来るな! お前は、手を出すな!」

駆け寄って来ようとするなまえの気配を感じ、咄嗟に声を張り上げた。
例え力の差が歴然だろうと、背中を向けるわけにはいかない。代わりになまえが前に出る未来が容易に想像出来るからだ。

「参ったね、どうも。何でそうまでして戦う必要があるのさ。君の目的は何だ? 何のためにここへ来た?」
「目的は、朽木ルキアを助け出すためだ」
「ルキアちゃんを? 彼女がそっちで行方不明になったのは今年の春でしょ。短いよ、薄い友情だ。命を懸けるに足るとは思えないね」
「確かに、俺は彼女のことを何も知らない。命を懸けるには少しばかり足りないかもしれない……だけど、一護が助けたがってる。一護が命を懸けてるんだ……十分だ。俺が命を懸けるのにそれ以上の理由は必要ない」

さらに、俺の後ろにはなまえがいる。俺が倒れれば、敵の刃がなまえにまで及ぶことになるのだ。命を懸けるのにこれ以上の理由はむしろ手に余る。

「……参ったね、どうも。そこまでの覚悟があるのなら、説得して帰ってくれなんてのは失礼な話だ。仕方ない……そいじゃ一つ、命をもらっておくとしようか」

いよいよ、相手も刀を抜いた。
なあ、一護。俺はこいつを倒してなまえを守る。多分、命を懸けることになるだろう。だからもし生き残ることが出来たなら、今度は俺から誓おう。
あの時と同じ約束を、あの時と同じ言葉で。



茶渡は八歳のころに両親を亡くし、その後は唯一の肉親であるメキシコ人の祖父の元へ引き取られた。
当時の彼には少しでも気に食わないことがあるとすぐさま暴力に訴えると言う悪癖があり、体格に恵まれていたこともあり、喧嘩に明け暮れる日々を送っていた。
そんな荒れに荒れていた茶渡を見捨てることなく根気よく向き合ってくれたのが祖父であり、感情に身を任せて暴れることがいかに愚かなことであるのか気づくことが出来たのも祖父のお陰と言っても過言ではない。
以来、茶渡は祖父から譲り受けたコインに誓ったのだ。自分のための拳は振るわないと。だが、その時に限っては、その誓いが裏目に出てしまった。

「──知ってるぜ、これ。命より大事なんだってな。じゃあ、こいつを失くしたら死ぬしかねえってわけだ」

一体どこで聞かれていたのか。不意を突かれ椅子に縛りつけられた茶渡の胸元にあったはずのコインは、いつの間にか昨日返り討ちにした不良グループのリーダーの手の中にあり、見せびらかすようにゆっくりとペンチが近づけられていく。

「死ねよ、バァカ──なっ!?」

その意図に気づいたと同時に慌てて力んだものの、やけに太いワイヤーは簡単には切れそうになく。いよいよペンチの刃が触れようとした瞬間、突如現れたなまえがリーダー格の男の腕に飛びつき、そのままコインを掠め取った。

「テメー、一体どこから……いや、そんなことより何してくれてんだ!? せっかくの計画を邪魔しやがって。そいつ返せ、ゴラァ!」
「……、嫌!」
「この……っ、上等だ!」
「逃げろ、なまえ!」

額に青筋を立てた男の足がなまえに向かって振り下ろされようとした次の瞬間。

「ヘイ、まいど!」
「お、お前は……馬芝中の黒崎一護!?」

割って入ってきた一護は男に飛び蹴りを食らわせたかと思うと、すっかり伸びたその懐から携帯電話を取り出しどこかへかけ始める。

「……あ、すみません。救急車をお願いします」
「きゅ、救急車だァ!? テメー、俺らとやる前から茶渡の心配か。舐めやがって!」
「場所は西鳥屋二丁目、小野瀬川の橋の下。台数は……5台!」

この時、一護は茶渡へこう提案した。
お前は今までどおり自分のために誰かを殴ったりしなくていい。その代わり、俺のために殴ってくれ。俺はお前のために殴ってやる。お前が命を懸けて守りたいものなら、俺も命を懸けて守ってやる。

「約束だぜ」
「……ああ」

その言葉に茶渡は一も二もなく頷いた。身の上の話を聞いた際には半信半疑だったにも関わらず、ボロボロになりながらも茶渡のために戦ってくれたのだ。その言葉に疑う余地などない。

「……つーか、なまえ! 相変わらず一人で突っ走りやがって。俺が行くまで待ってろって言ったじゃねーかよ」
「……ごめんなさい。チャドくんの宝物が傷つけられそうだったから、つい……」

初めて出会った時から一護は喧嘩のたびに安全な場所へ避難させようとしたり、時には危険を顧みない行動に出るなまえを叱りつけることはあるが、だからと言って呆れて見放したりはしない。
それは恐らく彼女が一護にとって守りたいものの内の一つだからなのだろう。
聞いたところで素直に答えるとは思えないし、敢えて確かめるつもりもないが、そう言うことなら彼が傍にいない時は代わりに自分が彼女を守ればいい。
なまえから差し出されたコインに、茶渡は密かに誓った。




相手は構えこそ取ってはいるものの、その場から動こうとしない。受けきるつもりでいるのなら、防げないほどの強力な一撃を。寸前で避けるつもりでいるのなら、それ以上のスピードで撃ち込めばいい。
自身の全てを込めた拳をあらん限りの力で振り抜いた。だが──

「ごめんよ……」

次の瞬間、視界が赤一色に埋め尽くされた。

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