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13

窓辺でうたた寝

「花火大会……ですか?」
「何や、近所なのに知らんかったんかい……まあ、ええわ。気分転換にもなるし、ちょうどええやろ。休むのも修行の一環やと思って楽しんでき?」

ついでに、いくら一人暮らししている身とは言え二週間丸々家を空けるのも良くないだろうからと、問答無用と言わんばかりに彼らのアジトから放り出された。
正直なところ、終業式の日を境に周りとの連絡を絶っていたも同然だから友だちとの約束があるわけでもないし、一人寂しく花火を見るくらいなら一つでも多くの戦い方を学びたい。ニヤリと口角を上げて綺麗に生え揃った白い歯を見せる真子さんに不満の一つや二つぶつけたいところだが、どうせのらりくらりと躱されるのがオチだろうと渋々ながら帰路についたところで、合鍵を使って我が家へ入ろうとしていたらしい先生と鉢合わせた。
夕方と呼ぶにはまだいくらか早い時間に珍しいと駆け寄ると、どうやら海外へ出張が決まり出発する前に寄ってくれたらしい。何でも、近々大きな仕事を控えているらしく、誕生日の前祝いを兼ねて来てくれたのだとか。

「聞いてから用意しようと思ってね。向こうから送ることになるから後日になってしまうけど、何がいいかな?」
「……何でもいいの……?」
「ああ。年に一度の記念日なんだ。何でも好きなものを言ってくれて構わないよ」

仕事終わりで寄るとなると、どうしたって日が沈んでからになってしまうから仕方のないことではあるのだけれど、引き取られてから今に至るまで先生と一緒に出かけた記憶がない。だからだろうか、好きなものと言われて真っ先に浮かんだのは真子さんにも薦められた花火大会だった。

「……今日、近所で花火大会があるの。先生がいいなら、一緒に行きたい……」

忙しい中でもなるべく私との時間を作ろうとしてくれていることが分かっているから、責めるつもりはない。けれど、何でもいいと言ってくれるのならと恐る恐る口にすると一瞬の沈黙の後、先生は中途半端に差し込んだままだった鍵をゆっくりと引き抜いた。

「もちろん、構わないよ。そうと決まればさっそく行こうか……良い席が埋まってしまう前にね」

自身の腕にかけていたジャケットを羽織り、ハットをかぶり直した先生は鍵を懐へ仕舞いながら振り返ると、柔らかく微笑んだ。



「──でも、自分で言っておいて何だけど本当に良かったの? 出張の準備で忙しかったりしない? それに、飛行機の時間とか……」
「準備なら全て済ませてあるさ。それに、向こうへ行くのは今夜の最終便だからね。心配いらないよ」
「……そっか」
「だが、君の方こそ本当に良かったのかい? せっかくの誕生日なんだ。少しくらい高価なものを強請ってくれた方が僕としても張り合いがあるんだが……」
「うーん……先生と一緒に花火を見に行けるなんて、私にとってはこれ以上ないってくらい最高のプレゼントなんだけどなぁ……」
「やれやれ、相変わらず欲のない子だね」

打ち上げ自体は小野瀬川を挟んだ向こう側の市立グラウンドで行われるらしく、先生と並んで小野瀬川沿いを歩いていると。

「あっ、なまえちゃんだ。おーいっ!」
「織姫……?」

大きく手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる織姫の姿が目に入った。

「終業式以来だね! 今日会えて良かった。これから皆で花火を見に行くんだけど、なまえちゃんも一緒に行かない?」
「皆……?」

織姫が走ってきた方角を見やると一護やチャドくん、たつきと言った見慣れたメンバーがいて、こちらに手を振っている。

「……せっかくのお誘いだけど、今日の花火大会には先生と二人で行きたいから。わざわざ声をかけてくれたのに、ごめんね?」

ここで皆に合流したら、先生は優しく送り出して一足先に空港へ向かうのだろう。姿を見かけたからとわざわざ足を止めてくれた皆にありがたい気持ちと申し訳なさを感じつつも、今はその輪に加わるつもりにはなれなかった。
友情にヒビでも入らない限り皆とは来年も再来年も一緒に見ることが出来るだろうけれど、先生とは次の機会があるかどうかも分からないから。

「先生……? ──! ご、ごめんなさい! 自己紹介もしないで……私、井上織姫って言います。なまえちゃんの友だちで、姿が見えたからつい……」
「ああ、君が……なまえからもよく聞いているよ。君がいいならこれからもこの子と仲良くしてやってくれないかな?」
「わ、私の方こそなまえちゃんとずっと友だちでいられたらって思ってて……! だから、えっと……」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう──さあ、そろそろ行こうか。あまりゆっくりしていると会場へ着く前に花火が上がってしまうかもしれないからね」
「うん。またね、織姫」

テンションが上がっていたからか私の隣に立つ先生の存在に気づいていなかったらしく、途端に慌て出した織姫に苦笑で返しつつも別れを告げ、少し先を歩き始めた先生の後を追った。

「──本当に良かったのかい? 僕に気をつかわなくても、友人と行った方が楽しめたかもしれないよ?」
「私が先生と行きたかったの。せっかくの誕生祝いだから……迷惑だった?」
「いや、そんなことはないよ」

大きな仕事を控えていてしばらく会えなくなると改めて言うくらいなのだから、それこそ何年と言う期間に渡る可能性も全くないと言うことを考えると、どうしたって先生との時間を優先したくなってしまう。
直接口にしたわけではないけれど、勘のいい先生のことだから私の考えなんてとっくに見抜いているのだろう。目深にかぶったハットや夕日を反射する眼鏡に隠され、その表情を窺うことは出来ないけれど、醸し出す雰囲気から困らせてしまったことが分かった。

「……君には、普段から寂しい思いをさせていることは分かっているんだ。今回だって……ただでさえなかなか顔を出せないと言うのに……」
「仕事なんだから仕方ないよ。それに私も夏休みの間、家を空けるつもりでいるの。だからそう沈まないで?」
「そうか……だが、やはりいつまでも君の気づかいに甘えているわけにも行かない。今回の仕事が一段落ついたら引っ越すつもりでいるんだ。今より時間も少し取れそうでね。君さえ良ければ一緒に暮らさないか?」
「えっ……? 先生、それって……」
「学校も含めて生活が大きく変わるんだ。もちろん、答えは急がないよ。だが、いつまでも君に寂しい思いをさせ続けるのは僕としても本意じゃないからね。一度、真剣に考えてみて欲しい」

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